751階 VSフェンリル
ヘギオンの屋敷の執務室
そこに1人残されたシーリスが不貞腐れながら座っていた
コンコン
「入れ」
扉がノックされ返事をすると扉が開き現れたのはディーン
「なに?もう魔物を倒しちゃったの?」
「えらく機嫌が悪いですね・・・まだまだ溢れ出ていますし住民の避難も終わっていません」
「ならなんで・・・」
「ひとつ陛下にお願いがありまして・・・ところで陛下はどちらに?」
「・・・」
シーリスが無言で外を指差すとディーンはそれで全てを察して頭を抱える
「相変わず・・・王になってもですか・・・」
「大変ねいつまで経っても子守りから解放されないでいて」
「そう思うなら止めて下さい」
「いやよ・・・それにスウなら平気よ。ベルフェゴールが守ってくれているから」
「だとしても・・・ハア・・・仕方ありません。それにここに居ても安全とは言い切れないので」
「そんなに酷い状況なの?ここに居たら何も分からないんだけど・・・」
「ええ・・・気付くのが早く対処が迅速だった為に被害はそれほど出ていませんが魔物は絶えずダンジョンから出ており打ち漏らした魔物も何体かは街で人々を襲っております。それと・・・」
「それと?」
「協力してくれる冒険者もかなりいるのですが中には話し掛けても無反応な冒険者がいまして・・・1人の兵士がそういった無反応の冒険者にしつこく声を掛けていたら・・・殺されました」
「はっ!?冒険者に?兵士が?」
「はい・・・協力は強制ではないと伝えていたのですが街を守りたい一心で冒険者に無理強いを・・・しかしまさか殺されるとは・・・」
「・・・行方不明者・・・」
「はい?」
「ギルドからの報告でダンジョンから魔物の他に行方不明になっていた冒険者も一緒に出て来たと聞いているの。ダンジョンで行方不明となり死んだとされていた冒険者・・・ギルドカードでもハッキリと死んでいる事になっていたらしいわ」
「・・・冒険者の亡霊?」
「かもしれないわね。ただの亡霊ならまだしも魔人という名の亡霊かもしれないって話だわ」
「・・・ダンジョンで行方不明になり魔人と化した冒険者が地上に・・・しかし見た目は普通との報告でしたが・・・」
「その辺はまだ分かっていないのよね・・・ただの憶測・・・けど冒険者が半年もダンジョンで生き長らえる事って出来ると思う?」
「・・・無理でしょうね。もしそれが出来るならとっくに出て来てもおかしくはないかと。もしくは閉じ込められていた・・・と考えればありえない事もないですが」
「ダンジョンに?一体誰が?何の為に?」
「そこまでは・・・ローグ閣下なら答えを知っているような気もしますが・・・」
「バカ兄貴なら居ないわよ。しかも行方不明・・・眷属であるベルフェゴールも気配を感じなくなってしまったらしいの」
「っ!・・・単なるダンジョンブレイクではなさそうですね」
「アタシもそう思う。かと言って何が起きているかは全く分からない・・・そう言えばダンジョンに一体魔族がいるらしいわ。分かっているのはそれだけね」
「魔族・・・ですか。ちなみにその魔族は?」
「フェンリルって名前らしいけどベルフェゴール曰く大した魔族じゃないらしい・・・まっ、ベルフェゴールの大した事ないがどれ程か分からないけどね」
「確かに・・・私達とでは尺度が違いますから・・・しかし魔人に魔族ですか・・・どうやら急ぐ必要がありそうですね」
「そう言えばスウに何かお願いがあるって言ってたけど・・・」
「・・・ええ。しかし今は陛下の許可を得ている暇はなさそうです・・・後で怒られるかもしれませんが独断でやらせて頂きます──────」
アケーナダンジョン180階
フェンリルの頭上に浮かび上がった映像の数々には逃げ惑う人々や街中で暴れる魔物達が映し出されていた
しかし・・・
「やってくれる・・・普通では起こりえない状況下で無理矢理起こしたってか・・・ダンジョンブレイクを。けどそこまで深刻じゃなさそうだぜ?冒険者もいるし兵士もかなりの数いるはず・・・ヘギオンの野郎が集めていたってのは癪だがな。俺達が助けに行くまでもねえ・・・ならやる事はただ一つ!てめえを倒してロウを救う!それだけだ!」
ヒューイの言う通り映像には絶望的な場面は映されていたなかった。寧ろ希望が見える内容に助けに行かなくてはならないと思う程の焦燥感は湧かずにいた
《ふぅむ・・・確かに思ったよりも被害は出ていないようだ。これは些か予想外だったな》
「はっ、人間を舐めるなってんだ。ダンジョンブレイクなんか以前はそこかしこで・・・起きてはないけど経験はしている・・・その対処法だって・・・」
《経験している割には呑気だな》
「なに?」
《ダンジョンブレイク・・・魔物がマナを求めて外に飛び出して行く・・・さて、今出ている魔物は果たして何階までの魔物かな?》
「っ!」
《10階かそれとも20階か?まあどちらもそう変わらないだろうな・・・たかだか下級の魔物が外に出たところで毛の生えたばかりの冒険者にすら敵わぬ事なぞ知っている。だが50階・・・70階と進めばどうだ?冒険者でもそれなりのランクがいるのでは?その魔物達が街中で暴れ始めても同じ事が言えるかな?『人間を舐めるな』と》
「・・・ならてめえを速攻で倒してロウを助けて最速で地上に戻る・・・そうすりゃ・・・」
《まあ何人かは救えるかもな。ただ・・・前提が間違っている。貴様らではワシに傷一つ付けることは叶わぬだろう。つまり貴様らはロウニールを助ける事も地上に出る事も叶わない・・・ここでワシに喰い殺されるだけだ》
「・・・の野郎・・・やってやる・・・『千里眼』のヒューイを舐めるなよ!」
「少しいいですか?」
「・・・セシス・・・じゃなくてレオン・・・」
ヒューイは滾って来た感情を一瞬で消され待ったをかけたレオンを睨みつけるがレオンはその視線を何処吹く風と受け流しフェンリルの前に進み出る
「聞きたい事があるのだけど・・・なぜ君はそんなに強いのに私達の心を掻き乱そうとする?」
《・・・なに?》
「だってそうでしょう?傷一つ付けられない相手に対して外の映像を見せて焦燥感を煽ったり動じなかったと分かったら言葉で脅してみたり・・・何か困る事でもあるのかな?私達が動揺しなかったら」
《・・・別に・・・ワシは事実を映し出し真実を述べているだけ・・・それの何がおかしい?》
「おかしくはないよ。ただ親切な敵だなって思ってね。君が教えてくれなければ現状を知る由もない私達に懇切丁寧に教えてくれるなんてね。まるで他に理由があるのではないかって疑いたくもなるだろう?」
《クッカッカッ・・・せっかくの慈悲をひねくれた目で見るとそうなるか。素直に受け取ればいいものを》
「慈悲・・・ね。どうやら人が使う慈悲と言う言葉と魔族が使う慈悲と言う言葉は別の意味のようだね・・・あ、それともうひとつ・・・君の言う『貴様ら』には彼女達が含まれていないように感じるのは私の気の所為かな?」
《・・・》
「どうも意図的に私達の方を見て話しているみたいだけど・・・まあ彼女達は人間がどうなろうと知ったこっちゃないだろうしそれだけの理由かもしれないけど・・・もしかしたら彼女達なら傷一つと言わず倒せる可能性があるのかもって気になってね」
《・・・ならば試してみるといい・・・ただしあまり希望は持たない事だな。あまり希望を持つと絶たれた時その分絶望は大きくなる・・・絶望した人間ほどつまらぬ相手はおらぬからな》
「ご忠告どうも・・・では軽く一戦・・・やってみようか!──────」
さすがはSランクってところか・・・あのまま戦ってたら相手に呑まれたままだった
ゴチャゴチャ考えながら戦える相手じゃねえ・・・頭を空っぽにして目の前の敵・・・フェンリルに集中しなきゃ絶対に勝てねえ!
「スミ!もっと離れろ!センはなるだけ接近し続けとけ!危なかったらジットが守る!」
スミとセン・・・相変わらず物怖じせず淡々と相手を削り取りやがる・・・けどフェンリルも今までの魔物とは格が違う・・・スミの魔法を軽くいなしセンの長剣を軽々と受け止める
「レオン!」
「ええ!」
レオンは器用に相手の隙をつき魔法なのか何なのか分からない攻撃を繰り出しダメージを与える。ハッキリとした戦力が分からねえのに指示するのは簡単じゃねえがそれでも僅かながら俺達が押していた
後は俺っちが・・・『千里眼』でヤツの弱点さえ見抜いちまえば・・・
《・・・思いの外やる・・・これは少し本気を出さないといけんな》
これまでは本気じゃないってか!
それでもまだ・・・こちらにも勝算はある!
フェンリルの両腕に黒い毛が生えてきた。そのまま狼の姿になるかと思ったが人間の姿に毛を生やした程度・・・もし完全な狼の姿がヤツの本気と言うなら今は3分の1程度の力ってか?・・・笑えねぇ
両腕に生えた毛はどうやらただの毛じゃねえみたいだ。剣で切れず魔法を弾く毛・・・あの毛で武器を作りゃ結構なもんが出来るんじゃねえか?
「ヒューイ!まだか!」
フェンリルの攻撃を受けたジットが叫ぶ
こちとら指示を出しながらずっと覗いてんだ!無茶言うなってえの!
『千里眼』はただダンジョンの隅々を調べるだけの能力じゃねえ・・・全てを丸裸にする能力だ。例え相手が魔物でも・・・魔族でも・・・
しかしこりゃ超難解なダンジョンだ・・・隅々まで見たつもりでも次に同じ所を見たら違う顔を出す・・・だが諦めねえ・・・絶対にあるはずだ・・・ヤツの弱点と言える場所が!
しかし・・・
もう穴が空くほど見てるってえのに中々顔を出して来ねえ・・・まさか弱点なんてねえのか?・・・いやそんなはずはねえ・・・絶対にあるはずだ!
何か見落としている所は・・・何か・・・
「ヒューイ!」
レオンの叫び声でようやく気付く
弱点を探るのに夢中ななってた俺っちに迫り来るフェンリル
《あまり覗かれるのは楽しくないな》
チッ!集中し過ぎたか!
センとジットの間を抜けスミを越え俺っちの元に辿り着くフェンリル
レオンが駆け付けようとしているが間に合わねえ・・・クソッ・・・せめて弱点だけでも・・・
《この期に及んでまだ覗くか・・・人間よ》
「俺っちは人間なんて名前じゃねえ!『千里眼』のヒューイだ!!」
絶対見破ってやる!たとえここで俺っちが朽ち果てようとも・・・絶対に!
《クッカッカッ・・・見ている見ているな・・・幻の中で何を見ているやら・・・ワシの弱点でも探っているのか?うーん?》
「・・・ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
《ああ、すまんすまん・・・貴様らの事を忘れた訳ではないぞ?ただ人間がどのような『幻』を見ているか気になってな。足掻く貴様らを前にしても動かない人間共を不思議に思うだろ?仕方ないのだよ・・・貴様ら魔物と違って人間は想像する事に長けている。故にかかりやすいのだ・・・ワシの『幻影』に、な──────》




