750階 女王出陣
「騒がしいぞ!何事だ!」
下の階が妙に騒がしい為に降りてみると1人の職員を囲むようにして冒険者達が喚き散らしていた
「ギルド長!それが・・・」
「フェリス・・・何があった?」
受付をしていたフェリスが青冷めた顔をして私に何か言いかけると冒険者に囲まれていた職員が冒険者達を掻き分け私の元へ
そして・・・
「ギ、ギルド長!ダ、ダンジョンが!」
「なに?」
「ベネスが・・・ダンジョン・・・冒険者も・・・」
「落ち着け!何があった!」
「・・・ダンジョンから・・・は、半年前に行方不明になった冒険者が出て来て・・・話し掛けたらベネスを・・・そしたらダンジョンから次々と魔物が・・・」
「っ!・・・扉は?扉は閉めたのか!」
「・・・それが・・・」
くっ!なんて事だ・・・今の話から察するに最悪の事態・・・ダンジョンブレイクが起きてしまった・・・という事か
しかも扉を閉めてないということは既に街に・・・
それに行方不明だった冒険者が?頭が混乱し正常な判断が出来ん・・・しかし止まっている訳にもいかんな
「冒険者達に緊急依頼だ!直ちにダンジョンへと向かい状況を確かめて来てくれ!もし魔物がいたら討伐してくれ!それと・・・フェリス!領主の屋敷に向かいこの事を伝えて来てくれ!」
「は、はい!」
緊急事態・・・そんな中でも冒険者達は冷静さを保っていた
「ギルド長さんよぉ、緊急依頼って事は特別ボーナスでもくれるのかい?」
普段から金を稼ぐ為に命懸けである連中だ。こんな時でも金が欲しくなるのは当然と言えば当然か
「ああ・・・細かい金の話は後にするがたんまりくれてやる・・・だから・・・街を救ってくれ」
「ならOKだ・・・行くぜてめえら!」
「仕切るなコノヤロウ!」
「俺が一番狩ってやる!」
普段はどうしようもない荒くれ者達もこのような時は頼もしい・・・が、たとえ冒険者と言えどダンジョンブレイクは手に余る・・・不幸中の幸いか今この街にはディーン将軍がいる・・・後はどれだけ迅速に伝えられるかだが・・・
街に魔物がいるかもしれないのにフェリス1人に任せて大丈夫か?誰か冒険者を護衛に・・・いやいっそ私が・・・
「ギルド長・・・大丈夫です。私、行って来ます」
私の心を読んでかフェリスは真っ直ぐに私を見てそう言った。ギルド職員としてダンジョンを管轄する義務がある・・・それこそ冒険者と同じように命を懸けなくてはならない時も
それが今だと分かっているのだろう・・・ここで私がギルドを離れてしまえば指揮を執る者が不在になり更なる混乱を招く事も
「任せた!しかし危険だと判断したらすぐに戻って来るように・・・分かったな?」
「はい!」
力強く返事をして早足で駆けて行くフェリスを見送り残ったギルド職員達には冒険者が来たらダンジョンブレイクの件を伝え出て来た魔物を退治するよう依頼しろと伝えた
そして2階に上がると通信道具を使い緊急事態を告げる
アケーナにてダンジョンブレイクが発生の可能性あり。近隣のギルドに救援を求める、と──────
フェリスが到着する前に既にスウはダンジョンブレイクに気付いていた
街を巡回していた兵士からの『街に魔物が現れた』という報告を受けそれが街の外からではなく内側から・・・つまりダンジョンから魔物が出た事に気付く
「妾が来ているタイミングでか・・・作為的なものを感じるがどうだ?」
「・・・バカ兄貴がいなければそれも考えたかも・・・でもねぇ」
「ならばロウニールか・・・さすがと言うべきかなんと言うべきか・・・」
ロウニールいる所に何かが起きる・・・これはもはやフーリシア王国では定説のように言われ続けていた
決してロウニールが悪い訳ではないのだが偶然にしては重なり過ぎており理解者であり常識人のディーンすら否定出来ない程だった
「そのバカ兄貴は今どこに?」
「おそらくダンジョンだな。ベルフェゴールよ連絡は取れんのか?」
《・・・試してみましたがダメでした。おそらく結界内に閉じ込められているかと》
サタン大陸にいたベルフェゴールは貴族調査の為に戻って来ており一時的にスウの護衛をしていた。ディーンがヘギオンの私兵の編成に追われていると知っての計らいだった
「何をやってんだか・・・どうする?スウ・・・街を閉鎖して魔物の流出を防ぐか開放して街から追い出すか・・・」
「ダンジョンからどれくらいの魔物が出るかも分からない以上外に出すのは危険だろう・・・街の住民を外に避難させつつ魔物をこの街に閉じ込め減らしていくしかあるまい」
「将軍は?」
「すぐに住民の避難に向かわせた。ベルフェゴールがいる事が幸いしたな・・・いなければテコでも動かなかっただろう」
「住民を全て外に避難させて魔物を全て討伐する・・・一体どれくらいの日数が掛かるやら・・・こんな時にバカ兄貴がいれば・・・」
「いない者を頼っても仕方あるまい。今いる者で何とかせねば・・・それにおそらく問題が起きているのは外だけではないのだろうからな」
ロウニールが結界内に閉じ込められているとしたらそれは何者かの仕業によるものに違いない。そしてその者が今回のダンジョンブレイクを引き起こした・・・スウはそう考えていた
「偶然ダンジョンブレイクが起きた・・・とは考えられないの?」
「なくはない・・・が、限りなくゼロに近いだろうな。ここのギルド長が言っていたダンジョンの異変、そしてこれまで断念していたダンジョンの攻略・・・そのふたつが関連していると考える方が辻褄が合う」
「ダンジョンの異変ねえ。ベルフェゴールは何かバカ兄貴から聞いてない?」
《聞いているのはここのダンジョンにはフェンリルという魔族が関わっているという事だけです。そのフェンリルは大した魔族ではないのでロウニール様をどうこう出来るとは考えにくいのですが・・・》
「フェンリルか・・・聞いた事はないがその魔族が今回の件に関わっている可能性はある訳だ。しかしロウニールを結界内に閉じ込めたりする事は出来ない、と」
《そもそも結界はシュルガットという魔族が得意とするところ・・・ワタクシや他の魔族もやろうと思えば出来なくはないと思いますがロウニール様を閉じ込めるような高度な結界は難しいかと》
「出来なくはない、か。そのシュルガットがフェンリルと組んだ可能性は?」
《ありえません。シュルガットはロウニール様の眷属・・・裏切る事はありえませんし万が一裏切ったとしたらワタクシにも分かります》
「そうか・・・ひとつ気になったのだがベルフェゴールよ・・・お主はあまり心配ではないのか?仮にも主が結界に閉じ込められている可能性があるというのに」
《ロウニール様ですから》
「・・・ロウニールだから心配ない、か。信頼されているのう・・・まあ妾も同意見だが。ともあれ今は街の安全が優先か・・・ベルフェゴールよ、もし妾は自分の身は自分で守るから魔物の討伐をしてくれと頼んだら・・・」
《申し訳ありませんがお受け出来ません》
「そうよな・・・仕方ない宮廷魔術師よ」
「なに?」
「これより妾は魔物討伐に打って出る・・・お主も宮廷魔術師の力を存分に発揮せよ」
「本気?アタシはいいけどあんた曲がりなりにも女王でしょ?それが魔物退治って・・・」
「これでも一応宮廷魔術師候補の1人だったのだ・・・それなりに戦えるのは知っておろう?それに心強い護衛もおるしな」
「まあ・・・そうね。ちなみに街はどれくらい破壊して大丈夫?」
「国家予算が尽きない程度なら許す・・・尽きたらその分は払ってもらうがな」
「その時はバカ兄貴に請求して。多分たんまり貯め込んでるはずだから」
「そうしよう・・・ん?誰だ!」
部屋がノックされスウが叫ぶと扉の奥から声が聞こえる
どうやら来客のようだった・・・ギルドから人が来たと伝えられる
「通せ!・・・おそらくギルドからの救援依頼か・・・何か新しい情報でもあればよいが・・・」
扉が開くとギルドの受付嬢のフェリスが部屋に入りスウ達に頭を下げる。スウは内輪で話をしていた態度から一変女王らしく態度を変え『面を上げよ』と一言呟いた
「お、恐れ入ります。ギルド職員のフェリスと申します・・・この度は・・・」
「前置きはよい。ダンジョンブレイクの事か?」
「は、はい!ギルド長アーノンより領主様に救援依頼をと・・・」
「既にディーン将軍が兵を率い街の住民の避難に動いておる。ギルドはどう動いておるのだ?」
「は、はい!冒険者を総動員し魔物討伐を・・・しかしなにぶん全ての冒険者とは連絡が取れずに戦力として安定しない状況でして・・・」
「まあそうだろうな。冒険者の居所などギルドは把握しておるまい・・・街で冒険者を見掛けたら協力するよう伝えるか・・・」
「そ、それと・・・」
「まだ何かあるのか?」
「はい・・・ギルドに一報が入った際、その伝えに来た者が妙な事を・・・」
「妙な事?」
「・・・ダンジョンから魔物が出て来たと言う前に『半年前に行方不明になった冒険者が出て来た』と・・・」
「?・・・半年前に?」
「はい。ギルドカードの・・・あっ・・・」
「構わぬ。ここにいる者達は知っている事だ」
フェリスは言いかけてスウ以外に人がいる事に気付き言葉を止めた。すぐにスウはなぜ言葉を止めたか気付きフェリスに話を続けるよう告げる
「はい。ギルドでの行方不明はほとんどの場合がギルドカードに埋め込まれている魔核の欠片の光の消滅を指します。例外もありますがほとんどの場合光が消滅し初めて捜索隊を出すのですが・・・その・・・光の消滅は・・・」
「その冒険者の死を意味する・・・つまり死んでいるはずの冒険者がダンジョンより出て来た・・・そう言いたいのか?」
「・・・職員の見間違いかも知れません・・・かなり慌てていた様子でしたので・・・まだ不確定な内容で大変申し訳ありませんが今はなんとも・・・」
「ふむ・・・いや、聞いているのと聞いていないのでは対処が違う。不確定でも知らせてくれた事に感謝しよう。シーリス、ベルフェゴール何か思い当たるところはあるか?」
「・・・冒険者が半年もダンジョンの中で暮らせるかと言ったら不可能かと。となると見間違え・・・もしくは魔人化している可能性があるかと」
「っ!・・・確かに魔人化していれば食事は必要ないと聞いた事がある。しかしそれだとギルドカードの欠片は光を失わぬのでは?魔人化は死んだ訳ではなかろう?」
「ギルドカードはマナに反応すると聞いた事があります。魔人化は確か・・・」
シーリスがチラリとベルフェゴールを見るとそれを受けベルフェゴールはその続きを語り出す
《人間の魔人化は核より魔力が漏れて起きます。完全に魔人と化した人間はマナが存在しない事になるのでマナに反応するとしたら消えてもおかしくはないでしょう》
「そうか。もしかしたらやはりギルド長の言っていたダンジョンの異変と関連しているやもしれんな。今回の件は妾が責任を持って対処する!ギルドは引き続き冒険者を魔物討伐に向かわせてくれ!」
「はい!畏まりました!」
「シーリス!」
「はっ!」
「この場にて指揮を取れ!」
「はっ!?」
「妾は陣頭指揮を取るために現場に行く・・・お主もと思うたがそれではギルドとの連携が取れまい・・・なので妾だけ出る。その方が予算が減らずに済みそうだからな──────」




