745階 解毒
「ハア・・・これでエモーンズに行くのは当分先になったのう」
ヘギオンが使っていた椅子に座り深くため息をつくスウ・・・なんだよ・・・その言い方だと俺が悪いみたいじゃないか
「明日出発しても今から出発してもそう日数は変わらないだろ?」
「アホか!この状態で出発出来るか!・・・まあ元はと言えば妾がまいた種なのだが・・・それにしてもタイミングというものがあるだろう・・・これから妾はヘギオンが担っていた領地の管理を誰に任せるか決めなければならない・・・その前に領主不在でも支障ないように各部署と話をして・・・あー!やる事が多すぎるわ!」
「怒るなよ。あんなのを放置していたお前の責任だろ?」
「・・・そうなのだが・・・確かにそうなのだが・・・」
俺の子アースに会いに行くタイミングでって言いたいのだろうけど仕方ないだろ?放置してたら犠牲者は増えていたかもしれないんだしさ
「んで?ヘギオンの悪巧みとか証拠になるような物は出て来たのか?」
ヘギオンとレーストを拘束し現在は牢に入れている。そしてスウ達がヘギオンの屋敷を調べ始めて数時間が経過していた
「ない・・・特にそのような物は出て来なかった。これを聞いたら各地の貴族達がヤーヤー言って来そうだのう」
「本人が罪を認めているのに?」
「あれは罪を認めている内には入らん。やった事を素直に認めただけだ・・・そして貴族の中にはそれが罪になると思っている者は少ないからのう・・・それでだろう?お主が貴族は要らないと言ったのは」
「まあそういう事だな」
俺が貴族を要らないと言った理由はただ一つ・・・自分達を偉いと勘違いして貴族以外を見下しているからだ。その考えが貴族の間に根付いているようなら貴族なんて要らない・・・そう思っている・・・まあ例外もいるにはいるだろうけど・・・
「・・・仮に妾がヘギオンを擁護していたらお主はどうしていた?」
「この国は変わらないだろうと見限りサラ達と共にどこか別の国に行ってたかもな」
「・・・そうか・・・妾の感覚が貴族寄りでなかった事に感謝せねばな・・・」
そう・・・スウだからヘギオンを断罪出来たのかもしれない。前王とかスウの兄弟達は貴族寄りの考え方の可能性は高い・・・そうなるとある程度の正当性があれば平民が死のうが問題なし・・・とか言いそうだしな
スウは王位継承権が低く王になる可能性は限りなくゼロに近かった。だから魔法の才能があると分かった時点で宮廷魔術師候補にさせられたらしい。平民出身者のディーンが傍におり宮廷魔術師候補の中には平民・・・我が妹のシーリスもいたりと平民と近い存在だったから変な考えに染まる事なく育ち王となった・・・だからこそなんだろうな
「しかしまさか侯爵ともあろう者が裏であのような事を・・・」
「しかも貴族の派閥的には最大派閥のトップなんだろ?なら他の貴族も・・・」
「やっているかもしれぬな・・・頭が痛いわい」
貴族は偉く逆らってはいけない・・・俺も頭のどこかでそう思ってしまう節がある。貴族に命令され従わなければ痛い目を見る・・・誰に言われた訳でもなくその考えは染み付いており反抗する気にはなれない
まあ実際私兵を持っていたりと実力行使に出られたらお終いだしな
「・・・実際貴族はこの国に必要な存在だ。妾が王都から目を光らせていたところで遠く離れた地で何が起きたとしてもすぐに行動には移せん。なので妾の代わりに問題を解決する者として貴族が必要なのだ。当然そうなればある程度の地位を確立してやらんと民は言う通りに動いてはくれぬだろう・・・その地位を悪用せねばいい・・・それだけなのだが・・・」
「無理だろ?」
「・・・かもしれんな。ヘギオンの奴があっさりと罪の告白をしたのも大した問題になると思っていなかったからだろう。平民を殺して何が悪い?・・・そんな考えが透けて見えておった。わざと殺してさえいなければ問題にならないと考えておったし殺してさえいなければ問題ないとも考えておった・・・何が聖王国だ・・・腐敗し切ってこれでは毒王国だ」
「それいいんじゃない?聖女達を毒と呼んでたし自ら毒王国って名乗ってみれば?」
「・・・妾では無理か?」
「うん?」
「今は毒王国かもしれぬ・・・だが聖王国と名乗るのに相応しい国にするには妾では無理と思うか?」
「出来るんじゃないか?毒は解毒する方法か毒の元を断つ方法がある。毒の元を排除すれば簡単に取り除けるぞ?」
「出来れば解毒の方で行きたいのう」
「それだと・・・今世では難しいかもな」
「・・・そうか・・・そうだな・・・」
毒の元を排除・・・つまり貴族達を一掃してしまえばとりあえず毒は消える。だけどそうなると国は空中分解しかねない。俺もそれは分かっているけどどうにも貴族ってヤツが今回の件で許せなくて・・・あっ、俺も貴族だった
解毒は貴族達を改心させる方法だ。権力は振りかざすものではなく人々を守る為に使う・・・そんな風に考える貴族も中にはいるが圧倒的少数だろう。となると大多数の貴族を改心させなければならない・・・表面上改心したとしても裏で何をやっているか分からないし・・・毒を根絶するにはかなり厄介な作業であり膨大な時間がかかるはずだ。もし仮にフーリシア王国全ての貴族が改心したとしてもやがて世代が代わると毒はまた蔓延るだろうな・・・下手をすればスウの次の世代の王が毒になるかもしれないし
「難しいのう・・・妾もお主と同じぐ出来れば貴族など根絶したい・・・偉そうにして何も出来ず人にあれこれ命令するだけの貴族など腐るほど見て来たしのう・・・今回もヘギオンに対して頭に血が上り処分を下そうとしていても頭の片隅でその後がどうなるか考えてしまい鈍った感もある。ぶっちゃけた話お主がいなかったら見逃していた可能性もある」
「・・・」
「そう睨むな。それだけ貴族・・・しかも侯爵ともなると担っている部分が大きい。ヘギオンはアケーナだけでなく他に三つの街を領地にしておるのだがその事を考えると吐き気を催す程だ」
そう言ってため息をつき頭を抱えるスウ
ヘギオンがこれから侯爵に戻る事はないだろう。いや貴族ですらなくなる。これまで見下して来た平民となるのだがそうなるとヘギオンの後釜が必要となる。ホイホイと侯爵が管理していた領地を任せられる人材を探せるかと言ったらそうでもないらしい。かなり膨大な手続きの上で適性を見極め判断しなくてはならない。特にアケーナはダンジョン都市だ・・・そこを任せるとなるとそれなりの地位があり信頼出来る者に任せないとならない
「ふぅ・・・後任が決まるまでしばらく妾がやるしかないだろうな・・・お主の子に早く会いたいと言うのに・・・」
「だから会いたいなら送ってやるって」
「それでは・・・いや、もはや言っている場合ではないのう。ここに滞在中に頼んでも良いか?」
「もちろん。サラも喜ぶよ」
「・・・お主のように自由に遠方へと行き来出来れば貴族など要らぬのに・・・いっそお主が王をやるか?お主になら喜んで譲るぞ?」
「アホか・・・出来れば公爵すらやりたくないってのに王なんて真っ平御免だね」
「むぅ・・・ハア・・・しかしこれからやる事を考えるといくらあっても手が足りぬ・・・ヘギオンの事を考えるとなるべく早く解毒に着手せねば毒は広がる一方だ。しかしそれには妾が今回のように出向くか信頼のおける者を向かわせるしか方法が・・・書簡を送ったところで正直に返す者だとおらぬだろうし」
「・・・なんなら人貸そうか?」
「なに?・・・それはありがたいが誰を貸してくれると言うのだ?」
「俺の配下の中で解毒にピッタリな人材がいる・・・まあ人間じゃないけどな」
「人間ではない・・・魔族か?もしやヴァンパイア・・・」
「いや・・・ヴァンパイアは支配するんだったら打って付けだけど今回は解毒・・・んで、解毒するにはそいつが毒かどうか見極めないといけないだろ?」
「うむ・・・となると?」
「ちょっと今遠い場所で仕事中だからな・・・一段落しているようなら呼んで来るよ」
「で、その魔族は誰なのだ?」
「『探求』ベルフェゴール・・・調べる事が大好きなお茶目な魔族だ──────」
という訳でやって来ましたサタン大陸クラン帝国
その帝国の手伝いをしているナージの元を訪れたのだが絶賛無視されている最中だ
「・・・あの・・・ナージさん?」
「暇でしたら手伝って下さい。こちらは寝る間もない程忙しいと言うのに・・・今度は冒険者ごっこですか?」
あっ、そのまんまの格好で来たから・・・ってごっこじゃないし!
「最近どうだ?進捗具合は」
「たった数ヶ月で何が変わると?頭沸いているのですか?」
「・・・お前・・・」
「手伝う気がないのならお帰り下さい。それともまさかこれ以上私に押し付けようって話ではないですよね?」
うっ・・・押し付けようとしている訳では無いけどそれに近いかも・・・
「あの・・・ベルフェゴールを連れ帰っていいかなって・・・」
「・・・構いません」
おおっ!意外とすんなり・・・
「その代わり彼の代わりになる人材を連れて来て下さい。複数人でも構いません。彼に任せている業務は皇帝陛下の身辺警護に兵士達の訓練に街の修復やインフラ整備など多岐に渡ります。しかも眠ることなく食事も必要とせず文句も言わないので彼のような人材でしたら1人でも構いませんが・・・」
いるかそんなヤツ!
「・・・分かった。代わりが何人必要か言ってくれ。その人数を揃えたらまた来る」
「先に連れて行って下さってもいいですよ。代わりにヴァンパイア殿の力を少し使わせてもらえば・・・」
「やめろ・・・『魔眼』で洗脳して強制的に働かせる気だろ?そんなもん許可出来るか」
「残念です。指示系統が統一出来て楽だと思ったのですが」
「怖いから・・・まあいいや。とにかく何人必要なんだよ?」
「そうですね・・・魔法使いが数人・・・他は別に足りてます」
「・・・おい」
「よく考えてみれば現在のクラン帝国は治安も悪くありませんし優秀な人材も揃って来ております。なので魔法使いさえいれば何とかなるかと」
「初めからそうならそうと言えばいいのに・・・あ、お前わざとだな?そうやって俺を困らせようと・・・」
「そうだとしたらどうしますか?私をクビにでもしますか?」
「アホか・・・お前が居なくなったら俺が困る」
「知りませんよそんな事。とにかく魔法使いを連れて来て下さるならベルフェゴール殿を連れて帰っても構いません。他に用事がないのならお引き取り下さい・・・閣下ほど暇人ではありませんので」
「いや俺も結構忙しいよ?」
「あと部屋に入る時は正規のルートでお願いします」
「無視かよ!・・・別に仕事しているだけだろ?・・・まさか・・・そうか・・・そうだなうん」
「・・・邪推も程々にして頂きませんと兵士を呼びますよ?」
「やめろ・・・分かったよ。じゃあベルフェゴールは連れて帰るぞ」
「はいご自由にどうぞ」
ったく・・・愛想の欠けらも無いな。てっきりカレンとの濡場に遭遇するからかと思ったがこの様子じゃそれもないか。カレンのやつ押しが強そうだから既成事実くらい作っているかもと期待していたが・・・
ベルフェゴールの居場所を探り、その場所にゲートを開き潜り抜けた瞬間、背後でナージが何かを呟いた
ゲートが閉じ始めていた為に全ては聞こえなかったけど・・・『1年違』?・・・よく分からん
ナージの謎の言葉は気になるが今はベルフェゴールだ
ちょっとの間、スウの手足となって働いてもらうぞベルフェゴール──────
ロウニールが去りナージが仕事の続きをしているとノックの音がして振り向くとドアを開け部屋に入って来た女性が何故か部屋をキョロキョロ見渡していた
「あら?今話し声が聞こえてたような・・・」
「気の所為ですよ。それより何の用ですか?カレン閣下」
「・・・2人の時は・・・まあいいですわ。用事はこれですわ!」
「・・・紙ですね」
「あっはー!そうですわ!紙・・・でもただの紙ではありませんわ・・・裏を見て下さい!」
紙の裏には何やらビッシリと文字が書かれていた。それを見てナージは思わず「呪いですか?」と尋ねるとカレンは頬を膨らませ顔を真っ赤にして抗議する
「違いますわ!名前の候補!どちらか分かりませんので候補を男女共に50ずつ・・・わたくし的に気に入っているのは『レージ』『カーナ』・・・どうですか?」
「・・・そうですね・・・どちらもいい名前です」
「むきぃー!感情がこもってないですわ!」
「そうは言っても産まれてくるのは来年ですしまだまだ先の話なので・・・」
「来年なんてすぐそこですわ!それまでに終わらせないといけないことが沢山・・・あ、そうそうゲートくんにお父様への手紙を頼んだらその場で返事を書いて渡して来ましたわ」
「・・・内容は聞かなくても分かります。『帰って来い』ですね?」
「あっはー!当然貴方も連れてと書かれてましたわ!」
「・・・フラン皇帝陛下に暇を貰わないといけませんね。ついでにエモーンズにも寄って行きますか・・・どうせゲートくん達に頼めば一瞬ですし」
「それはいいですわね!まだロウニール様とサラ様のお子様を見てませんし・・・歳も近くなるので仲良くしてくれるかしら?」
「1年違いです・・・ほぼ同年代と言っていいでしょう。それよりも・・・本当に・・・」
「まだ言ってますの!?わたくしは何度も言ったはずです!あの時確実に・・・孕んだと!」
「・・・分かりましたからあまり大きな声では・・・ハア・・・」
ナージは部屋にある窓から外を見て大きくため息をついた
酒の席で勢い余ってと言い訳するつもりもなくもし孕んでいなかったとしても責任は取るつもりでいた
まだ『その時』から数日・・・カレンは確実に孕んだと言うが根拠はない。それでもケジメは早目に付けないといけないとナージは覚悟を決めた
「私はしばらくロウニール閣下の傍を離れるつもりはありません。それでも宜しいのですね?」
「無論ですわ。婿養子になって欲しい訳ではありません・・・ただ恋焦がれた結果ですので」
「・・・グルニアス卿に・・・いえ、今はファゼン様ですか・・・殺されるかもしれませんね」
「あっはー!お父様はわたくしには甘いので平気ですわ!・・・多分」
「心強いお言葉ですね。数日後に合わせてお暇をもらいましょう。それまでにキリのいい所まで終わらせておきます」
「分かりましたわ!では学校があるのでまた来ますわ!」
そう言って嵐のように去って行くカレンを見送りナージは再び窓の外を見つめる
「・・・閣下にはしてやられました・・・完敗です」
ロウニールがカレンをここに寄越した意図は何となく気付いていた。その意図にまんまと引っかかった事を自嘲気味笑うと立ち上がり窓の側まで歩く
「来年は今よりもっと騒がしくなりそうですよ・・・ロウニール閣下──────」




