72階 弟子入り
「へ?休み?」
「聞いてなかったのか?昨日ケイン殿に冒険者ギルドの長から連絡があったらしくてのう・・・『しばらくロウ坊を預かる』と・・・だからしばらくワシ1人で番をする事になったのじゃが・・・」
聞いてない・・・てか、ギルド長が出て来たって事は恐らく犯人は・・・サラさん・・・
出勤したら勝手に休みにされてましたってシャレにならないぞ?何が『門番の仕事に支障がないように』だ!昨日といい今日といい・・・こうなったらローグで文句を言ってやる!
「ヘクト爺さん!すぐ戻って来ます!」
「う、うむ・・・どこに行くか知らんが気を付けてのう・・・」
ヘクト爺さんに頭を下げた後、すぐに司令室に向かおうとその場を離れようと振り返ると・・・サラさんがいた
「さあ行こうか・・・弟子よ」
おお・・・僕のあげた服がバッチリ決まってる・・・じゃない!
「サラさん!これはあんまりじゃないですか!?」
「ん?何がだ?」
「あれだけ言ったのに・・・サラさんだって仕事に支障がないようにするって言ってたじゃないですか!」
まだローグになってないけど怒りが爆発して思わず直接言ってしまった・・・けど、これはやり過ぎだ。言わずにはいられない
「ロウニール・・・君が仕事熱心なのは分かった。だが君は少し履き違えていないか?」
「え?」
「君を強くしようとしている私と弱いまま門番をする君・・・どちらが仕事に支障をきたしているか・・・考えるまでもないと思うがな」
「・・・」
「門番とは何の努力もしないで務まるものなのか?君は門番となってどのような努力をしてきた?あれだけ激昂するのだ・・・さぞかし誇りを持って門番という仕事に励んでいたのだろう・・・私に教えてくれないか?その努力を」
うっ・・・何も言い返せない・・・
確かに僕は門番として何の努力もしてない。ただ突っ立ってるだけで、ヘクト爺さんに言われて動くだけ・・・しかも度々抜けるし・・・
てか門番に必要な努力ってなんだろう・・・今のところ門番の仕事は許可証を確認する、持ち物を見るのふたつだけ・・・でも実際は昨日サラさんが言ったように何かあった時の為に備えないといけないのかもしれない・・・
そうなると仕事に支障をきたしているのは・・・何も考えないでボーッと立っているだけの・・・僕の方?
「それだけ怒るのなら仕事への愛着はあるのだろう。だが口先だけなら何とでも言える。愛着があるのなら努力すべきではないか?その道のプロフェッショナルになる為に」
プロフェッショナル・・・カッコイイ・・・そうだ・・・僕は門番のプロフェッショナルに・・・・・・なりたいか?
正直片手間でやってるって言われても否定出来ないくらいのやる気だしな・・・多分他人から辞めろと言われたら『はい分かりました』って言ってしまいそう
でもそれだと一緒に門番しているヘクト爺さんに失礼だよな・・・となるとやる気を見せる意味でも鍛えた方がいいかも・・・
「・・・やります。頑張ってみます!」
「うむ!その心意気だ!では、早速向かおうか」
「向かうってどこへ?」
「君は知らないかもしれないがダンジョンにいい場所がある」
ああ・・・訓練所か──────
知らないフリをしてサラさんと共にダンジョンへ
どうやら話は既に通しておいたらしく入口に立つギルド職員に挨拶するとそのまま奥の訓練所へと向かった
「このダンジョンは至り尽くせりなところがあってな。その中のひとつがこの訓練所って訳だ」
「ほ、ほほう・・・」
「どんなに壁を破壊しても次の日には元通り・・・中も広いし訓練所にはもってこいだ。なかなか使えるだろ?」
「え、ええ」
僕の苦労も少しは分かって欲しい・・・壁の傷を直すのにどんだけ苦労するか・・・まあその分のマナは頂いてもらってますけど
「さて、まずは組手からやるか」
「組手からですか?」
「昨日は基本的な動きを見たからな。今日は流れの中で動きを見たい。遠慮せず本気でかかって来い」
手のひらを上に向けてクイックイッと手招きする
本気で・・・か。今の僕の実力はどれくらいなんだろう・・・ダンジョンマスターとしてではなく魔法剣士でもない僕の実力は
「よろしくお願いします!」
さすがにマナを全力で出すのはやめておこう。マナを使えて間もないのに多く使えたら怪しまれてしまう。少量のマナを使って身体能力を強化して拳にマナを纏い・・・さあ行くぞ!
「・・・まるっきりダメだな」
殴りかかったら簡単にあしらわれる
ぶっちゃけ何が起きたのか分からなかった・・・突き出した腕をトンと触れられるとその後は倒されて天上を眺める始末・・・多分背中を打ち付けないように手加減して投げてくれた?それすらも分からない・・・
「武闘家に必要な能力はなんだと思う?」
「・・・まだよく分かってません」
「ふむ・・・必要な能力は流れだ」
「流れ?」
「マナを少なく使う事で長く戦える・・・その為にはどうすればいいか考えた」
「少なく・・・」
「剣や槍、斧など武器を使う場合は1本もしくは2本の武器にマナを纏わせればいい。しかし武闘家の武器はいくつもある。両手足は当然、肘や膝・・・細かく言うと爪先や踵に指1本1本・・・その部分に全てマナを纏わせたらどれだけマナがあっても足りない」
確かにそうだ。武器なら決まった本数だけど武闘家に関しては全身武器みたいなもの・・・いちいち全部に纏わせてたらダンコに怒られてしまいそうだ
「ならどうするか・・・そこで流れだ。例えば右手から左手に・・・」
そう言ってサラさんは両手を広げた。すると淡く光ってた右手から光が移動し左手に・・・流れってそういう事か
「攻撃する際に必ずマナを纏う必要がある。身を守る為と破壊力を生む為だ。いくら鍛えた拳でも鉄の鎧や盾を打てば痛めてしまうし逆にマナを纏えばそれらを破壊する事も可能だ。なので攻撃手段が多彩な武闘家においてマナを移動させる事は必要不可欠・・・まあマナポーションを湯水のように使うというのであれば別に必要ないが・・・」
「そんなに早く動かせるものなんですか?」
「訓練次第だな。今は私ほど早くなくていいが、自分の攻撃速度が上がるとそれに合わせてマナの移動も早くしなくてはならない。そこで最も重要なのが姿勢だ」
「姿勢・・・ですか?」
「ほら!背中が丸まってる!背筋を伸ばし真っ直ぐ立て!」
「は、はい!」
「いいか?マナは移動する際に曲がるとその速度は落ちる。なるべく直線になるよう姿勢に気を付けろ。マナの移動だけではなく力の伝わり方も違うから常にな」
姿勢か・・・そう言えばよく猫背って言われてたな
「常に背中に真っ直ぐな棒が入ってると思え。そうすれば・・・」
そう言うとサラさんは真っ直ぐ立ったまま突然しゃがんだ。背中はピーンと真っ直ぐと右足は横に伸ばし・・・すると服のスリットから生足が・・・ゴクッ・・・
「姿勢を崩さなければ攻撃を躱した後の反撃が容易になる。この状態から屈んで躱し相手の腹部に一撃とか、な。ん?どこを見ている?」
「あ、いや、蹴りを放つのかと・・・し、姿勢ですか・・・あまり気にした事ありませんでした・・・」
「見れば分かる・・・門番としてたっている時も無様なものだぞ?背筋を伸ばし直立不動で迎えれば程度の知れた小悪党への抑止力にもなる。要は強そうに見えるって事だ」
それだけの事で強そうに?・・・それはいいかも・・・
「まずは姿勢を気にしながら突きや蹴りを放つ練習だ。それから柔軟・・・どんな態勢でも真っ直ぐになるには体の柔軟さが必要だ。蹴りの角度にも影響してくるしな。今日はそこら辺を中心にやっていくぞ」
「は、はい!サラさん!」
「それから師匠と呼べ・・・我が弟子よ!」
「はい!師匠!」
とうとう本格的に始まったサラさんもとい師匠との訓練・・・魔物との訓練には慣れてるけど人との訓練は学校以来だ
2年後に戦う予定のドラゴニュートは二足歩行だしこの訓練はきっと僕の糧となるはず・・・よし、頑張るぞ!
「その状態のままでいいから聞いてくれ」
「・・・」
「ロウニールはこの街でお金の管理が出来て信用出来る人物は居るか?もし居れば紹介して欲しいのだが・・・」
「・・・い・・・」
「あー、無理に答えなくていいぞ?鈍った体にはキツかったと思うからな・・・朝から晩までぶっ通しの訓練は」
あ、甘かった・・・美人の女性と密室で2人っきり・・・そんな中でウフフアハハみたいな感じで訓練すると思いきや全然想像と違う
訓練所の床の冷たさを感じながら立ち上がろうとするが指先すら少しも動かない・・・こんな事を続けてた・・・死んでしまう・・・
「ロウニールはジケット達と同期と聞いている。つまり16くらいか・・・つい最近マナが使えるようになったらしいがこれまでのツケが回って来ているな。マナの展開の遅さが目立つ」
それはマナを調整しているからでして・・・
「体力はないし・・・目の下のクマは寝不足か?早寝早起きが基本だぞ?」
ダンジョン作りに忙しいものでして・・・
「・・・今日はこれまでにしよう。明日はギルドに来てくれ」
「・・・は・・・い・・・」
「うむ!しっかり体を休めるのだぞ!」
そう言ってサラさんは部屋から出て行ってしまった
身動きの取れない弟子を1人残して──────




