727階 交渉材料
アケーナダンジョンに本格的に挑んだ初日、俺達は順調に進み今度から11階からのスタートが可能になった
節目の10階をクリアした時点の感想は可もなく不可もなく・・・これといって特徴のないダンジョン・・・それが現時点のアケーナダンジョンの評価だ
「ワイらはこれで労せず報酬ゲット・・・けどいいのか?ワイらへの報酬は今日の稼ぎじゃ賄えないぞ?」
「別に構いません」
「ふーん・・・まっ、ワイらが手伝えば早くランクも上がるだろうしいずれは元は取れるか」
「聞いてませんでした?ランクは上がりませんよ」
「あん?」
「同行してもらっている間は私達のランクは上がりません」
「・・・なんだそりゃ・・・じゃあまるっきり赤字じゃねえか!なんだぁ金持ちの道楽か?」
「そんなところです・・・さ、ギルドに報告に行きましょう」
金持ちの道楽・・・に見えるよな
ダンジョンに行っても赤字でランクも上がらないなんて・・・
俺の目的が『アケーナダンジョンを経験する』だから赤字でもいいしランクも上がらなくていい・・・のだけど・・・何か仕事を探すか・・・毎日帰るとはいえ宿に泊まっていないのは不自然だから宿は取らないといけないし・・・ウェル達の報酬を考えるととてもじゃないが金が足りない
ううっ今まで金に困った事がそんなになかったから知らなかったけど金に困ると頭の中が金ばっかになるな。まるで金に支配されているみたいでイヤな感じだ
金を払拭するように首を振り頬を叩くとギルドに向かう
・・・そう言えばギルド長に報告したら報酬貰えるのかな?・・・って、払拭出来てない・・・金の亡者か俺は
「ここは俺に任せて先に行け」
「・・・は?」
「だからギルド長に報告があるんだろ?ダンジョンの成果報告は俺がしとくからさっさと行って来いって言ってんだよ」
なるほど・・・フェリスと話したいからか
ギルドに入るとガートンがカッコつけて変な事を言うから気でも違ったかと思ったがそういう事らしい
なので俺達・・・となぜかウェルとナルも一緒にギルドの奥にある階段を上りギルド長のいる部屋に向かった
その際にフェリスが横目でチラリと見ていたが何も言わず・・・もう俺達を追い出すのは諦めたかな?ならウェル達を連れて行かなくて済むのだけど・・・うん?
「おっウェルにナルじゃねえか。久しぶりだな」
「ヒューイとジットさん!ギルド長の部屋から出て来たって事はまた何か悪さでもしたのか?」
「またってなんだまたって・・・それにジットはさん付けで俺は呼び捨てかよ」
「気になるならまた組合長とでも呼ぼうか?」
「よせよせ・・・ってお前らもギルド長に用事があるんだろ?積もる話もあるからまた今度飯でも食いながらな」
「ああ、そうだな」
ちょうど俺達が2階に上がったタイミングでギルド長の部屋から出て来た2人・・・どこかで見た事があるようなないような・・・その2人はウェル達と知り合いのようで軽い挨拶をして下に降りていった
「・・・今の人達は?」
「知らないのか?あの2人こそアケーナ最高の冒険者・・・『千里眼』のヒューイに『要塞』ジットだ」
「・・・へえ」
「なんだその薄い反応は・・・冒険者の誰もが憧れる存在・・・フーリシア王国全体で最強のパーティーを作るとしたらって仮定の話で必ず名前が上がる2人だぞ?」
そこまで・・・まあ確かにどこかで見た気はするけど名前を聞いてもピンとこないな・・・でもその2人がギルド長の部屋に何の用だったんだろ?
少し気になったけどそれくらいの人物なら呼ばれる事もあるだろうと勝手に納得し仕切り直していざギルド長の部屋に・・・
するとアーノンギルド長はソファーに座り厳しい表情を浮かべていた。それになんだか空気が重いような・・・
「ん?・・・ああ、お前達か・・・まあ座れ」
アーノンに促され俺がソファーに座るとウェルが俺の右隣で足を組んで座りナルが俺の左隣にちょこんと座った
「ウェルとナルはただの同行者だろ?なぜここに?」
「別にいいだろ?それともワイらに聞かれたくない話でもあるのか?」
「・・・まあいい。それで?ここに来たって事は何か異変に気付いたのか?」
ウェルの言葉にため息をつくとアーノンは答えが分かりきっているかのように期待の欠片もない表情で尋ねて来た
「特に何も異変らしい異変はありませんでした」
「だろうな。まっ、そんなにすぐ分かるとは思っていない・・・で?何階まで下りたんだ?」
「10階のボスを倒して11階に・・・明日からはその先を攻めたいと思います」
「・・・ウェル・・・飛ばし過ぎだろ」
「言いたい事は分かるけどワイらじゃないぞ?正真正銘この3人・・・てか2人でボスを攻略しやがったのさ」
「なに?」
「ランクなんて当てにならないな。Gランク?冗談じゃない・・・コイツらがGランクならGより下のランクを10個くらい作らなきゃいけなくなる・・・そうなりゃワイらもGランク以下になるだろうな」
「・・・フリップめ・・・ただのGランク冒険者じゃないのは分かっていたが・・・」
「フリップ?」
「ああ、こっちの話だ。なるほど・・・そうか。一応低階層の異変を見てもらおうと思ったが宛が外れたみたいだな。かと言って中階層や高階層は頼んでいるパーティーは既にいるし・・・」
「?・・・何の話だ?」
ウェルが怪訝な表情で聞き返すとアーノンはすぐに返答せずテーブルに置いてあったコーヒーの入ったカップを手に取り口へと運ぶ
「・・・ダンジョンは広大だ・・・ひとつのパーティーに頼んだところで調査出来る範囲はたかが知れている。かと言って冒険者全員に頼むと不安が広がってしまう事を考えるとギルドとしては・・・」
「ちょ、ちょっと待てよ・・・そこまで大事にする事か?確かに行方不明者が多いのは知ってるけど・・・」
「大事にならないようにするのが私の仕事だ。取り越し苦労ならそれはそれで構わない・・・ビビりのギルド長と言われるだけで済むからな」
「はっ、貴族に逆らうような奴を誰がビビりなんて言うかよ・・・てかなるほどね・・・だからヒューイとジットさんが組んでたのか。あの2人を組ませて下の方を・・・」
「いやあの2人には調査とは別の事を頼んでいる」
「あん?別の事?」
「ああ・・・アケーナダンジョンの・・・攻略だ──────」
アケーナダンジョンの攻略・・・普通の事を溜めて言うアーノンに怒りを覚えたがどうやらアケーナでは普通の事ではないらしい
最初の頃・・・アケーナにダンジョンが出現した最初の頃は冒険者達は躍起になってダンジョン攻略を目指していたらしい。もちろん踏破してもダンジョンコアは壊すつもりはなくただただ最奥を目指していた
ところが何年経ってもダンジョンの最奥に到達した者は現れなかった・・・難易度が高いと言うよりは無限に続くかのように降りても降りても最奥には至らなかったらしい
まあ多分ダンジョン都市って事もあり冒険者が多く集まってマナが溜まりやすくダンジョンコアがどんどんとダンジョンを拡張したからなのだろうけど
とにかく冒険者達は無限に続くダンジョンの攻略を諦め金稼ぎに走った。各フロアを細かく調べ地図を作って売ったりパーティーと相性のいい魔物が出る所だけに行ったり・・・なのでアケーナの冒険者パーティーは5人パーティーは少ないらしい。頭数が多ければ稼ぎも減るので大体は3人パーティーなんだとか
ここまではアーノンとウェルの話に割り込みながら聞き出せたが俺が割り込んでいるせいで話が進まないことに苛立って来たウェルが睨んできたのでしばらくは口を挟むのをやめておこう
「・・・んで?下の方の調査は他のパーティーに任せてヒューイ達に攻略をさせている理由は?」
「調査も兼ねているが武器が欲しい」
「あん?・・・武器?」
「そうだ。材料とも言う・・・交渉のな」
「誰と交渉するつもりなんだ?」
「決まっているだろう?ヘギオン・クリナス・エリエケ侯爵様だ」
「っ!・・・死ぬ気かよ」
「死ぬ気はない・・・故の交渉材料だ」
クリナス侯爵?知らんな・・・いや、正確には覚えてない、か。ダンコがいれば会ったかどうか聞けるんだが・・・
「・・・チッ・・・聞くんじゃなかった」
「聞かれずとも言ってたさ。今ならまだ間に合う・・・聞いて降りるなら今の内だぞ?」
「・・・ハア・・・で?とりあえず聞いてやるから言ってみろ」
常に強気のウェルも貴族は苦手らしい・・・まあ貴族が好きって人の方が少ないから当然の反応かも知れないけど・・・
「侯爵様にとってアケーナダンジョンは金の成る木・・・私の総ギルド長への手紙はその金の成る木を失いかねない内容だった。その総ギルド長に出した手紙を横取りされ更に侯爵様の派閥の貴族が総ギルド長の元に来てある物をプレゼントしたそうだ」
「プレゼント?」
「ああ・・・産まれたばかりの孫に対するプレゼントだったみたいでな『このボタンを押すと光るだけの玩具』と言ったらしい。そして『次はどんな物か分かりませんが』と付け加えた」
「おいおい・・・シャレにならないな」
「だろ?総ギルド長も参ってしまってな・・・自分の身が危険に及ぶのは平気だが孫となると・・・」
なんて卑怯な・・・でも総ギルド長を脅した事には実際はならない。貴族が総ギルド長の孫にプレゼントを送っただけ・・・卑怯な手口だ
「一体どんなラブレターを送ったんだ?そんなに侯爵が嫉妬する内容だったのか?」
「茶化すなウェル・・・ただ事実を書いただけだ。それが侯爵様にとっては都合が悪かっただけ・・・」
「ふーん・・・で?ダンジョン攻略がどう武器になるんだ?」
「簡単な話だ。侯爵様はダンジョンにご執心だからな・・・人質ならぬダンジョン質を取るんだ──────」




