724階 蠢くもの
風呂に入った後、サラ成分とアース成分をたっぷり吸収し食堂へと向かった
「お客様は先に席に着いております」
「ああ」
食堂に入るとサーテンがわざとらしく深々と頭を下げそう告げる
ガートンの前には普通では食べられないモッツ特製の料理が所狭しと並び当の本人は引き攣った顔をして一切食事に手を出してはいない様子
「待たせたな。先に食べていても良かったのに」
「い、いえ!公爵閣下の食事に手を付けるなど・・・」
「ちなみにそこはいつもの俺の席・・・上座だが俺はここに座ればいいか?ガートンさん」
「っ!?案内されて・・・す、すぐにどきます」
慌てて席から離れると部屋の隅で何故か直立不動で固まるガートン。チラリとサーテンの方を見るとすまし顔でそっぽを向いていた
多分わざとやりやがったな・・・性格の悪いヤツだ
俺はそのまま歩きガートンがどいて空いた席に座ると未だに身動きひとつしないガートンに視線を送る
「そのままではせっかくの食事に届かないだろ?適当に座ってくれ」
「は、はい!」
さて・・・俺が公爵と分かって緊張しているのは分かった。あとはもう一押ししておくか
「サーテン」
「はい」
「知らずとはいえ公爵に不遜な態度を取ったらどうなる?」
「度合いによりますが殆どが処刑されるかと」
「それくらいで処刑かよ・・・人口減る一方だな」
チラリとガートンの方を見るとありえないくらいガタガタと震えていた。ちょっと脅しが効きすぎたようだ
「悪いなガートン。脅すつもりはない・・・だがGランク冒険者のロウでは埒が明かないから正体を晒させてもらった・・・このままじゃ気が気でないだろうから単刀直入に聞く・・・不合格にした理由は?」
「あ・・・その・・・」
「嘘はつくなよ?今は公爵として聞いている・・・意味は分かるな?」
「・・・フェリスに頼まれました」
「同行だけを?それとも・・・」
「同行し見極めて・・・不合格にしてくれ、と」
「なぜ?」
「理由までは・・・けど悪意があった訳じゃ・・・おそらくこれ以上冒険者の死を見るのが嫌だったからだと・・・冒険者を送り出し戻って来た時に笑顔で迎えるのが日常だったのにそれが突然・・・だから・・・」
ふむ・・・ギルド長が言ってた件か
原因不明の冒険者失踪事件・・・失踪と言うか行方不明と言うか・・・おそらくギルドカードのマナが消えた・・・つまりダンジョンで命を落とした冒険者が急に増えた・・・ギルド長は原因究明を、受付嬢のフェリスは冒険者を増やさない事で死者を減らそうとした・・・って感じかな?
それにしても・・・
「俺達は手を抜いたとはいえGランクどころかBランクに匹敵する力を見せたはずだ・・・それを正直に言えばフェリスも納得してくれたのでは?」
「そ、それは・・・」
「どうせフェリスに言われた通りにした方が美味しい思いをするからとかそんな理由だろ?例えば食事の誘いを受けてくれる事になっていたがその条件が俺達の不合格だったとか・・・もし見たままを報告したらその約束は無しになるとか考えて不合格にした・・・とかじゃないのか?」
「・・・」
そうですとは言えないわな
さてどうしたもんか・・・ガートンに素直に話させるにしてもそうすれば新人冒険者としてアケーナダンジョンを楽しむ・・・もとい研究する事は出来なくなる・・・かと言ってギルド長に頼んで強引に続けるのもなんだかなぁ・・・いっそフェリスにだけ正体を明かすか?・・・いや、明かせば今のガートンみたいになるだろう・・・受付嬢であるフェリスが畏まっていたら他の冒険者が怪しむだろうし・・・うーん・・・
「何を悩んでおられるのですか?」
「サーテン・・・もう新人冒険者として活動するのは無理かなって・・・」
「・・・協力者がいれば何とかなるのでは?」
「協力者?」
「話を聞いてますとアケーナにて旦那様の正体を知る者はただ1人・・・その方にお願いしてみてはどうでしょうか?」
俺の正体を知ってる人に?それって・・・
「お、俺ですか!?」
ガートンに?でも協力と言っても・・・あっ
「そうか・・・ガートンはBランク冒険者だったよな?」
「は、はい・・・一応・・・」
「受付嬢のフェリスは新人冒険者がダンジョンで行方不明になる事を恐れて不合格にしようとした・・・なら行方不明にならなければいい。正体を明かさずに行方不明にならないようにするなら・・・実力者の手を借りれる環境だって証明すればいいんだ」
「?・・・その実力者って・・・」
「もちろんお前だガートン。明日ギルドに行き新人冒険者である俺達の面倒を見ると伝えろ。Gランク冒険者にBランク冒険者が付き添うならフェリスも安心して送り出せるはずだ・・・今回がそうだったように」
今回俺達の実力を見極める為にガートンを同行させダンジョンに送り出した。それはすなわちガートンが一緒にいるなら安心出来ると思っている証拠・・・まあBランク冒険者がGランク冒険者の行くような階に行くのだからそりゃ安心出来るだろうな
「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!俺も一応パーティーを組んでて・・・」
「ならパーティーごとしばらく協力してくれればいい。報酬は出す・・・そのパーティーでダンジョンに行った時と相違ないくらいにはな」
別にタダ働きさせる気はなかったしBランク冒険者が一日に稼ぐ金額くらい払っても・・・
「旦那様のポケットマネーなら100日位は余裕でしょうね」
自腹かよ!てかそんな金貰ってないし!
「・・・ま、まあ平気だ」
くそっ・・・金を創るのは禁止されてるし魔道具を創って売って金にするか・・・
「それなら何とかメンバーに相談して・・・という事はフェリスとの約束は・・・」
「無効・・・だろうな。けど命と食事の約束どちらが大事かなんて考えずとも分かるだろ?」
「っ!・・・はい・・・」
そもそも人を陥れて得た約束なんて無効だ・・・にしてもフェリスはそこまでして俺達を・・・
確かに受付嬢は入場料を受け取り許可証を出す立場・・・そしてギルドカードに備えられている命の灯火とも言える核の欠片の光が消えるのを真っ先に発見する立場でもある・・・だからと言って裏工作までしてアケーナから追い出そうとするなんてやり過ぎなんじゃないか?
これまでも冒険者の死なんて見てきたはずだ。ここエモーンズでもない限りダンジョンでの死なんて日常茶飯事・・・ギルド長の話では急増しているって話だけどそこまで神経質になるのは他に理由が・・・
「あの・・・よろしいのですか?」
「ん?何がだ?」
振り返るとサーテンは指をさす・・・その先には冷めかけている料理があった
「よろしくない・・・ガートン早く食え!料理が冷めると怒られるぞ!」
「え?」
「『せっかくの料理を台無しにしやがって』と最悪殺さねかねん・・・いいから食え」
「・・・公爵様を恐れさせる料理人とは一体・・・」
そりゃ恐れるさ・・・世界一美味い料理を作り世界一怖い料理人・・・胃袋を掴まれる怖さは掴まれないと分からない・・・もしモッツさんが怒って出て行ってしまったことを考えると・・・・・・・・・怖いな
たまに食べるならまだしも毎日のようにモッツ料理を食べていると他の人が作った料理が味気なく感じてしまう
モッツさんが出て行ってしまわないように冷め切る前に俺とガートンは慌てて完食を目指した──────
コンコン
アケーナギルドのギルド長執務室のドアがノックされる
書類に目を通していたアーノンは書類から目を離し顔を上げると短く『入れ』と呟いた
「ギルド長、今日の職務は終了しましたので引き継ぎ帰らせてもらいます」
「ああ、お疲れさん」
「・・・」
「?・・・何かあるのか?」
「あのGランク冒険者パーティー・・・Bランク冒険者のガートンさんに同行を頼みましたがアケーナダンジョンは厳しいとの判断が下りました」
「・・・誰がそんな事をしろと頼んだ?フェリス」
「私がギルド職員になったのは姉のような冒険者を出さない為です。訳の分からない妄言で遺体も見つからないまま処理された姉のような冒険者を」
「・・・まだ言っているのか・・・あれは確かに・・・」
「この10年!未だに『黒い狼の魔物』など見た冒険者はいません!それでもまだ信じよと言うのですか!」
「・・・フェリス・・・」
「最近の冒険者の行方不明者急増をそれに関連付けたいのは分かります。ですがそんなものは・・・いません!」
「・・・」
「冒険者の行方不明者急増は組合が無くなったのが原因です・・・早急に総ギルド長に・・・いえ国にその事を報告するべきです。手遅れになる前に・・・あの妄言を終わらせる為にも・・・では失礼します」
フェリスは頭を下げると執務室を後にした
その姿を見送ったアーノンは椅子にもたれ掛かり天井を見上げた
「・・・妄言だったらどんなにいいか・・・なあ?テレサ──────」
アケーナダンジョン奥深く・・・最奥の間
《随分と揃ったものだ。鎖を断ち切る為とはいえ少々集め過ぎたか・・・目立った行動を避けていた時とは違い今は気にする必要もない・・・勝手に自滅してくれたからな》
口の端を歪めニヤリと笑う獣はその巨躯を揺らしズラリと並ぶモノを見て目を細める
《クッカッカッ・・・まさかワシと同じ事をしインキュバスを・・・更にはアバドンまでも始末してしまうとはな。やはり人間は侮れん・・・唯一『超える力』を得た種族なだけある》
そう言うと獣はその姿形を人間の男の姿に変貌させると地面から突如として湧き出た椅子に座り足を組んだ
《時は満ちた・・・その前にワシの代わりに成し遂げてくれた者に褒美をやらんとな・・・》
1人呟くと男は指を鳴らす
すると目の前に並んでいたモノ達が一斉に片膝をついた
《侵攻開始はその後だ・・・早く来い解放者よ・・・たっぷりと褒美をくれてやる──────》




