715階 帰還
2回目の戴冠式を見終わり城の地下を訪れた後、俺はようやくエモーンズへと戻る事が出来た
すぐさまサラの元へと向かいたかったが他にやる事が出来たしそれが終わったらで・・・
・・・正直に言うと俺は逃げている。一旦帰った時は笑顔で送ってくれたが今はどうか分からないし子供が産まれたっていうのに帰らない旦那をどう思っているやら・・・やはり途中で子供の顔だけでも見に帰るべきだったか?いやそんな事するとサタン大陸に戻りたくなくなりそうだったし・・・ハア・・・少し落ち着いたら会いに行こう・・・謝り倒せば許してくれる・・・はず!
「お帰りなさいませ旦那様」
ゲートを屋敷の中庭に開き正面玄関から入ると待ち構えてたかのようにサーテンとメイド達が出迎えてくれた
「出迎えご苦労・・・変わった事は?」
「・・・わざと聞いてますか?」
「いや・・・ある・・・そりゃあるよな」
「はい。私の口からお伝えしても?」
「いや・・・行く・・・行くよ・・・」
暗に『分かっているならさっさと行け』と言われているような・・・そんな笑顔を俺に向けるサーテン
メイド達も何故か俺に『頑張って下さい』『ファイトです』と応援の言葉を投げかける
そんなに頑張らなくてはならない状況なのかと恐る恐る2階に上りサラがいるであろう部屋の扉の前に立つ
この部屋の中にサラと・・・俺の子が・・・
産まれた時に一緒にいればこんな緊張する事はなかった。改めてサタン大陸であった様々な出来事を恨みつつ勇気を振り絞り扉を叩く
「・・・はい」
ノックの音に反応して返事が返ってきた
サラの声・・・扉越しだからか少し疲れた様子の声に聞こえたが・・・
「ン、ンン!・・・俺だけど・・・入っていいかな?」
「・・・どうぞ」
喉がつっかえそうになるのを咳払いをして何とか捻り出すとサラから入室の許可が下りた
緊張する手で扉を開きサラ達がいるであろうベッドの方を見ると・・・背中を向けた団子頭のサラが見えた
「あ・・・えっと・・・ただいま」
「お帰りなさい」
サラは振り返らず返事をした
まさか・・・相当怒っている?もしかしてあの髪型は・・・臨戦態勢!?
「・・・何をしているの?」
「いや・・・入ってもいいものかと・・・」
「授乳中だから早く閉めて・・・入ってもいいかって自分の部屋でしょ?」
そりゃそうだ・・・ん?授乳中?
それを聞いて急いで扉を閉め高鳴る心臓を抑えながらサラの正面に回り込む
すると・・・胸をはだけさせたサラが小さい・・・小さい天使を優しく見つめていた
その小さい天使はサラの胸を咥え小さく喉を鳴らしていた
「こ、の子が・・・」
「そうよ・・・ちょっと待ってね・・・この子まだ自分でゲップが出来ないから・・・」
そう言うと母乳を飲み終えた子を肩に担ぐように抱くと背中を優しく叩くサラ・・・すると子は小さくゲップをしそのまま寝てしまった
サラは寝てしまった子を優しくベッドに寝かせるとはだけた服を直し俺を見つめた
「随分と遅かったわね?」
「あ、いや・・・それには理由があって・・・」
「シー・・・やっと寝たから起こさないで」
「あ・・・ごめん」
言われて謝った後、改めて寝ている我が子を見た
「どう?」
「どうって・・・俺の子・・・だよな?」
「あなたの子じゃなきゃ誰の子よ・・・正真正銘あなたの子よ・・・私とあなたの子・・・」
うっ・・・ヤバい・・・感動して涙が出そうだ
なんて可愛いんだ・・・気軽に戻らなくて正解だった・・・今からサタン大陸に戻れと言われても絶対に戻りたくない・・・この子と離れたくない・・・ずっと見ていたい・・・言っちゃなんだがサタン大陸がどうなろうと知ったこちゃない・・・そう思ってしまっている俺がいる
「そんなに見たら穴が空くわよ?・・・そうそうまだ名前決めてなかったのだけど・・・」
「名前・・・名前!?俺が決めていいのか?」
「だからシー・・・若干の不安はあるけど聞くだけ聞くわ」
大きな声を出すなと言われてたのに名前と言われて思わず興奮し大きな声が出てしまった
名前・・・そうか名前か・・・1人目がロウニールの『ロ』とサラの『ラ』を取って『ローラ』だったから・・・ん?
「どっち?」
「どっち?」
「いや、男の子か女の子か・・・」
「ああ・・・男の子よ?」
男の子か・・・なら
「『ラーロ』」
「却下」
くっ・・・瞬殺されてしまった・・・
「適当に考えないで・・・別に私とロウの1文字取らなくてもいいんだからね。スクスク健康で元気に育ってくれるような名前なら何でも・・・」
2人の名から1文字ずつ取るべき・・・そう思っていたがサラの言う通り必ずしも取る必要はない。何だかそれに縛られ過ぎていたみたいだ
けど健康にそして元気に育つような名前って・・・うーん・・・・・・・・・っ!
考えていると突如として浮かんだ名前がある
それは一度だけ聞いた名前・・・なぜ彼がそう名乗ったのか分からなかったがその名を聞いて何故か印象が強かった名前だ
力強く・・・元気に育ってくれそうな名前・・・どんな困難でも打ち勝ちそうな・・・そんな予感がする名前・・・
「・・・アース・・・」
「アース?」
「アース・ローグ・ハーベスってのはどう?」
ヒースが何故か名乗った名前・・・もう何故名乗ったか聞けなくなってしまったが妙に心に残った名前・・・『アース』・・・サラは気に入ってくれるだろうか・・・
ドキドキしながら上目遣いでサラを見ていると彼女は寝ている子の頭を起きないよう優しく撫でて微笑んだ
「いい名前ね。ロウが考えたんじゃないみたい」
「どういう意味だよ・・・って、それじゃあ・・・」
「ええ・・・あなたは今から『アース』よ。アース・ローグ・ハーベス・・・それがあなたの名前」
サラが我が子・・・アースに再び微笑みかける姿を見てその姿が妙に神々しく・・・そして・・・
「ちょっとロウ・・・なんであなたまでベッドに・・・しかも鼻息荒いし・・・」
「その・・・ほら・・・妊娠中はあれだったし遠征しててしばらく会えなかったしで・・・」
「・・・産後安静・・・」
「え?何その凶悪な魔法は」
「回復魔法で治してもらったけど出産時にかなり出血したみたいでまだ貧血気味なの・・・それに寝ようとするとこの子・・・アースに起こされて寝不足だし・・・それでも?」
「いえ!自重します!」
俺はなんてサイテーなんだ・・・自分の事だけしか考えてない最低のエロ野郎・・・ん?
「・・・ふぇ・・・」
サラが俺ではなく小さい声を上げたアースを見てる
まるでダンジョンで罠を発動させてしまったような・・・そんな表情で
「・・・ふぇ・・・ふぇ・・・」
なんだ?もしかして俺の声で起きて・・・
「ふぇ・・・ふんぎゃあああぁぁ!うぇあああ!」
!?
「・・・ハア・・・だから静かにって言ったのに・・・」
物凄い勢いで泣き叫ぶアースとズーンと落ち込むサラ・・・どうやら俺はやってしまったみたいだ・・・
あたふたする俺をよそにサラは慣れた手つきでアースを抱っこし泣き止むよう優しく揺らす
多分こんな事をずっと続けて寝不足になっているのだろう・・・やっと寝付いたのに俺って奴は・・・
俺はただアースが泣き止むまで呆然と立って見ているしか出来なかった──────
落ち着いた頃話を聞くとどうやらアースはメイド達では泣き止まずサラが四六時中一緒にいないとダメらしい
髪を団子頭にしていたのも俺を迎え討つ為ではなく授乳の時に髪がアースにかかるのを防ぐ為なんだとか・・・少しでもサラが離れると察知し泣き出すアース・・・サラはアースが産まれてからゆっくり寝る事も大好きな風呂にも入れず食事を満足に食べる時間もないらしい
一度メイド達が無理でも俺ならどうだと抱っこしてみたが首も座ってないのに全力で仰け反られた・・・少し悲しい
「・・・ハア・・・」
「だいぶお疲れなようで」
何とかサラの負担を軽くしようと試みるも全て不発に終わり部屋から追い出されて執務室でため息をついているとナージが部屋に入って来て珍しく俺を気遣うような発言をする
「お前も経験してみろ・・・自分の攻撃が一切通じない相手と戦っている気分になれるぞ?」
「遠慮しておきます。それで私に何か?」
「ああ・・・ちょっくらサタン大陸に行ってフランを手伝ってくれないか?」
「・・・その知っている体で話すのはやめてもらえませんか?サタン大陸とは?フランとは何者ですか?」
「言ってなかったか・・・サタン大陸とは今回見つけた新大陸の名前、フランはそこの新皇帝だ」
「・・・そこで私は何を?」
「フランの敵になりそうな奴を狩り取れ」
「なるほど・・・確かに私の得意とするところですね」
「ああ・・・国は生まれたての赤子のような状態だ。全てを吸収しスクスク育っていくはずだがその分敵の攻撃に脆い・・・有事の時に備えてベルフェゴール達に守らせているが出来れば敵が敵となる前に始末しておきたい」
「その敵になる前の敵は自分がそうであると自覚していますか?」
「してる奴もいればしてない奴もいるだろうな。それを炙り出し全て処分してくれ」
「・・・畏まりました」
「処分の内容は任せる。ただ火種は残すな・・・なるべくフランの負担を減らしたい。それと兵士を訓練する為に何人か残ってくれたが他にも手伝わなければならない事が山ほどある・・・適当な人材を見繕って連れて行ってくれ」
「ではその国の内情を詳しく教えてくれませんか?」
「ああ」
俺はクラン帝国の事を分かる限り話すとナージはそれに見合った人材を集めた
何故かその中にカレンがいたので尋ねるとどうやら遊びに来たタイミングでナージの遠征の話を聞きついて行くと駄々をこねたらしい・・・それでいいのか貴族の当主
まあ前当主である父親のファゼンも健在だから領地は何とかなるのかもしれないが・・・って俺も人の事は言えないか・・・
とにかくこれでしばらくはゆっくり過ごせそうだ・・・後はアースが俺に懐いてくれてサラの負担を少しでも減らせればいいけど・・・
そんな事を考えていると執務室のドアがノックされる
返事をするとドアが開き書類の山が歩いて入って来た
「・・・誰だ?」
「私よ私・・・ちょっと机が見えな・・・あ、重い・・・ここ?ここでいいの?」
と言いながら書類の山を机の上にドサリと置いたのは・・・ジェファー
「何これ」
「貴方が不在でも街は動いているのよ?その証拠」
「・・・勝手に動いて成長してくれないもんかね」
「街も子供と一緒・・・手がかかる分だけ可愛いでしょ?」
「何人か産んだくらいの貫禄のある言葉だな」
「ええ何人も産んだわよ?街の新たな産業とか、ね。育てるのは貴方の仕事・・・頑張ってね」
「ちょ・・・手伝ってくれないのか?てかセイムは?」
「過労でダウン・・・んで、私はその看病をしないといけないから暇をもらうわね」
「・・・マジ?」
セイムが過労で倒れた?そんな話聞いてないけど・・・
「嘘よ。慰労も兼ねて街の隅々を視察してくるだけ。ここに座ってても見れないものもあるでしょ?」
倒れてはないけどそれだけ疲れているって事か・・・セイムって真面目だしこっちから休みを与えないと働き続けそうだしな・・・ジェファーやナージと違って
「なら俺がゲートで・・・」
「慰労も兼ねてって言ったでしょ?それに貴方まで出掛けたら誰が書類に目を通すの?毛毟るわよ?」
「・・・はい」
毟られたら堪らないと頭を押さえながら返事をするとジェファーは満足したのかフフンと鼻を鳴らし部屋を出て行った
これじゃあどっちが主だか・・・
溜息をつきながら机に置かれた書類を一枚めくり少し読んでそっと閉じる
「そういえば各国の王にも報告せな・・・サタン大陸産の魔道具の件も話さないといけないし・・・あーのんびりしたい・・・」
椅子にもたれ掛かり1人呟く
そしてしばらく無言で椅子を揺らした後、ある事を思い出し立ち上がる
「・・・報告・・・」
サタン大陸の事を各国の王に報告する・・・のではなく、いの一番で報告しなくてはならない場所を思い出した
椅子から立ち上がりすぐにその場所にゲートを開くと飛び込む
冷りとした風が頬を撫でる・・・部屋の中にいて時間の感覚がなかったが辺りはすっかり暗くなっていた
そして俺の目の前には大きな墓石・・・その墓石に手を触れるとそっと呟く
「報告が遅れた・・・お姉ちゃんになった気分はどうだ?・・・ローズ──────」




