709階 ヒースとブルデン
《今度こそ終わりだ・・・ブルデン!》
もう逃げも隠れも出来ないだろう
長い・・・とてつもなく長い因縁に決着をつける時が来たのだ
「もう勝った気か?俺の背後に何が見える?何千何万の・・・俺の力だ!」
《まだ足掻くか!》
「足掻く?足掻いているのはどっちだ?富と名声も女も・・・全てを持っていたお前は全てを失い負けたのだ!そのお前が今更しゃしゃり出て何をするつもりだ!」
《・・・全てを正しい方向へと導く》
「正しい?何が正しいと言うのだ?俺が築いたこの国のどこが間違っていると言うのだ!」
《全てだ・・・ブルデン》
「何を・・・」
《お前はただ恐れているだけだ。自らの地位が脅かされる事に、来もしないアバドンに、そして私に。争いがない平和な世界?違うな・・・お前の敵がいない世界なだけだ・・・恐れ震えて見えない敵と戦っている哀れな存在・・・それがお前だ!》
「俺の地位が脅かされる?来もしないアバドン?バカなことを・・・俺の地位は磐石だ!それになぜ来ないと言い切れる!アバドンでなくとも未知の何かがやって来るかもしれない・・・それに備えて何が悪い!更には言うに事欠いてお前を恐れるだと?バカバカしくて笑う気すら起きんわ!」
《悪くないと言うのならば問うてみよ・・・それが独り善がりではないと証明してみよ・・・貴様が間違っていないと言うのであれば出来るはずだ!》
「何も知らぬ者に問い質し答えが得られると思うか!」
《何も知らぬよう操作したのは貴様であろう?悪くないと自信があるのなら全てを話し問うてみよ。それが出来ると言うのならな》
「くっ・・・」
そんな事は出来るはずもない。自身を正当化する為の方便だからな
きっかけはアバドンだったかもしれない・・・アバドンに備え、来るか来ないか分からないから混乱を避ける為に言わなかったかもしれない。だが今はどうだろうか?
皇族や一部の者が贅の限りを尽くし、民を管理し家畜のように扱う・・・その全てが必要な事であったと誰も考えたりはしないはずだ
その証拠に私の背後にいる民達は真実を知らないまでも今の会話で色々察知し皇帝であるブルデンに冷たい視線を向けている
その瞳は明らかに拒絶の意志を向けていた
「・・・誰のお陰で平穏に暮らせていると思っている・・・誰のお陰で・・・」
《恩着せがましい事を・・・誰も望んではいない》
「・・・」
これが私利私欲を尽くしていなければ民はブルデン達のお陰と思うかもしれない。今のこの国は誰かに望まれて出来た国ではなく『ブルデンとエルダー』が望んだ国・・・民に寄り添う訳でもなくて独り善がりで出来た国だ
しかしブルデンは・・・
《・・・ブルデン・・・貴様はエルダーに操られていた・・・そうだろう?ならばそれを認め皇帝の座を降りろ。そうすれば命までは取らない》
「・・・俺が操られていた?何をバカなことを・・・俺は操られてなどいない」
《何を言って・・・》
「操られていたのは俺の子孫だ。俺は操られていない・・・なんだ?お前を突き落としたのはエルダーが操っていたからとでも思ったか?違うな・・・お前が憎くて憎くて仕方なかったからだ!勇者の弟ってだけで地位も名誉も女も手に入れたお前が憎くて殺したんだ!お前の全てを奪い取る為にな!」
《嘘だ!貴様はそんな事をするような・・・》
「奴じゃない?お前が俺の何を知る?俺はなぁ・・・お前に話し掛けられるだけで劣等感に苛まれて来た・・・勇者であるお前の兄に負けるならまだ分かる・・・だがお前に・・・出来損ないに負ける者の苦しみが分かるか!」
《・・・》
「俺はブルデン・・・この国の皇帝だ!俺がこの国を作ったのだ!今更奪い取らせるものか!」
《き、貴様!》
ブルデンは懐から二丁の魔銃を取り出した
そして私に向けず銃口を私の右と左それぞれに向ける
「この魔銃は魔神であるお前すら貫く威力を持つ・・・そしてその魔銃が狙うわ民とお前の大事な大事なフランだ。選択肢は3つ・・・民を守り死ぬかフランを守り死ぬかその2つを無視して俺を殺しに来るかだ・・・皇帝の座を欲するのなら俺を殺せ・・・民とフランを見殺しにして、な」
《・・・ブルデン・・・》
「これは俺の優しさだよヒース・・・皇帝になればこういった選択をいくつもしないといけない・・・全てを守るなど不可能・・・何かを犠牲にしなければ得られぬものばかり・・・だから選べヒース!フランと共に死に英雄となるか民を見殺しにし自らも死に皇族を生かすか非情な皇帝となるか・・・選べ!」
《・・・》
両方止める方法はないのか?もし本当に私を殺せる程の威力を出せる魔銃ならその方法は皆無に等しい・・・ならばどうする?ブルデンの言うように選択するか?・・・・・・・・・3つ目は論外として民を守るかフランを守るか・・・いや、選べるはずもない・・・なら賭けに出るか・・・奴が引き金を引く前に奴を倒す・・・それしか・・・
「クックックッ・・・分かりやすいなお前は。やってみるがいい・・・賭けるのは自分の命ではないのだ気楽なものだろう?」
読まれている・・・やはり引き金を引く前に倒すのは無理か・・・ロウニールのあの技・・・ゲートとかいう技が使えれば・・・そうだロウニール・・・彼に・・・
「おっと、下手な真似するなよ?下手な真似すると驚いて引き金を引いてしまうかもしれないからな」
《くっ・・・》
「皇帝になりたいのだろう?災難は突然やって来るぞ?そして待ってはくれない・・・時間は解決してくれないんだよヒース」
《私が憎いのだろう?だったら・・・私の命を持って行け!》
「自己犠牲の精神か・・・俺の望んだ答えじゃないなそれは。もういい・・・全てを失え!ヒース!!」
撃つ!・・・ダメだ・・・私には選べ・・・
「ヒース!私は大魔道士だ!魔弾など効かぬ!だから民を守り皇帝を・・・ブルデンを討て!!」
フラン・・・違うのだ・・・私はもう・・・失いたくないのだ・・・
「それがお前の限界だヒースよ!お前は皇帝にはなれん!俺には勝てない!!」
足が動かない
民を、フランを助けないといけないのに・・・
民を助け私とフランが死ぬ・・・それが正解なのか?
フランを助け民と私が死ぬのが?それとも・・・
答えは出ない
いや、私の答えは出ている
フランを助けたい
だがその選択をした後、フランに嫌われるのが怖かった
いやフランに、ではないな・・・彼女に嫌われるのが怖かった
でも同じくらい彼女を失うのが怖い・・・とうの昔に失ったはずなのに・・・怖いんだ
私が答えを出す前に銃声が鳴り響く・・・しかしその銃声は一発分・・・しかも鳴ったのはブルデンの持つ魔銃ではなく・・・
「・・・マドマー・・・何の真似だ?」
「・・・皇帝陛下を・・・お護りするのが私の役目です」
銃声は近衛兵長のマドマーの持つ魔銃から
そしてその魔銃の銃口はブルデンに向けられていた
「・・・とち狂ったか?・・・皇帝は俺だぞ?」
「そうでした・・・あまりに皇帝らしからぬ言動と行動に失念していました」
「このっ・・・ガフッ!」
血を吐き崩れ落ちるブルデン
それも当然だ・・・マドマーに胸を撃ち抜かれたのだから・・・
「こんな・・・はずじゃない・・・こんな結末は・・・望んでいない・・・俺は・・・おれは・・・」
「陛下・・・陛下が望んでおられなくても民が・・・そして兵士達が望んでおられます」
「・・・ヒースを、か?」
「・・・はい」
力強く頷くマドマーを見てブルデンは一瞬眉を顰めると次に自嘲気味に笑い始めた
「そうか・・・やはり・・・そうなのだな・・・誰もがヒースを・・・クックッ・・・どれだけの長い年月経とうとも・・・何をしても変わらないか・・・」
《ブルデン・・・私は・・・》
望まれてなどいない・・・と言おうとした時、ブルデンはキッと私を睨めつけ言葉を制した
「俺は!お前に負けたのではない!・・・いや、俺の勝ちだ!お前は選ばなかった・・・選べなかった!お前は・・・俺に負けたのだ!」
《・・・その通りだ・・・お前の勝ちだ・・・私は選べなかった》
「・・・嫌な野郎だよ・・・本当に・・・」
そう言い残すとブルデンは息を引き取った。その表情はどこか満足しているようなけど寂しげでもあった
「マドマー様!この銃・・・両方共訓練用です」
「なんだと?」
ブルデンの死を確認した兵士がその手に持つ魔銃が訓練用だったとマドマーに報告する
訓練用?・・・つまり殺傷能力がない魔銃?
ブルデンは私をも殺す事の出来る魔銃だと・・・なぜ嘘を・・・
私を陥れる為についた嘘なのかそれとも別の理由があったのか・・・もう聞くことは出来ないが何となく理解した
《死んでも勝ちたかった・・・か・・・》
どの選択をしてもブルデンの『勝ち』・・・民を守ったとしてもフランを守ったとしても・・・その2つを犠牲にしてブルデンを倒したとしてもブルデンの『勝ち』・・・
私が『嫌な野郎』なら貴様は『汚い奴』だ・・・私達はお似合いのライバルだったのかもしれないな
ブルデンの死により、そして私の負けによりこの戦いは終わりを迎えた
長きに渡り続いたブルデン帝国が滅び、新たな国が誕生する時を迎えたのだ──────
「・・・音が・・・鳴り止んだ?」
「・・・」
「おーい、ダット?・・・ダットさーん、聞こえてますかぁ?」
背中合わせの状態でロープをグルグル巻きにされて拘束されているダットとヘルノ。廃墟と化した屋敷に入ったのが運の尽き・・・いきなり後ろから殴られ気付いたら身ぐるみ剥がされ拘束されていた
「誰だか知らないがアイツら俺らの会話を聞いてやがったみたいだし・・・制服を着て俺らのフリをして何を企んでやがるのか・・・変な事された日にゃ監獄送り・・・いやそれ以上かも・・・」
「・・・」
「外じゃドンパチと戦闘音みたいのが聞こえて来てたし・・・まさか俺達のフリした奴らが・・・なあ?聞いてるのか?ダット」
「・・・少し黙っててくれ」
「・・・まさかお前・・・」
「せめてした後で襲ってくれれば・・・」
「おい待て!今の状態は不味い!パンツは履いているとは言えこの密着した状態でされた日にゃ・・・耐えろ!何とか助けが来るまで耐えるんだ!」
「・・・」
「黙るなよ!・・・ああ、神様女神様・・・誰でもいいから助けてくれ!助けてくれたらそいつには一生ついて行く・・・だから・・・」
ヘルノの願いが届いたのか次の瞬間、屋敷の扉が開かれる
光が差し逆光になりヘルノ達からは誰が来たのか分からなかったがその人物は拘束された2人に警戒せずツカツカと歩き近寄って来た
「だ、誰だか知らないが助けてくれ!俺達は別に悪いこと・・・いや、まあ不法侵入かもしれないがトイレを借りたかっただけなんだ・・・それがいきなり頭を殴られて・・・」
「へえ・・・僕はてっきりどこかの変態2人組かと・・・」
「コイツと一緒にするな!」
「っ!その声は・・・」
目の前で立ち止まった人物の言葉に違う反応を見せる2人。ヘルノは否定する為に怒鳴りダットはその声に反応する
「随分と面白いことになってるじゃないか・・・ダット、それにヘルノ」
「ケイト!!」
「え・・・えぇ!?」
「ここに拘束されている事はとある人物から聞いていたけどなかなか来れなくて・・・騒ぎに乗じてようやく来れたが・・・遅かったか?」
「・・・その前に答えてくれ」
「なんだい?」
「ローズは?」
「超絶可愛い」
「ケイト・・・」
「なんだそりゃ」
2人のやり取りを聞いて溜息をつくヘルノ。だがこれでようやく解放される・・・と、安心していた瞬間悲劇が訪れる
「遅い・・・遅すぎるぜケイト・・・」
「まさか・・・どこかやられたのか!?」
ニヒルに呟くダットに心配そうに駆け寄るケイト・・・そしておしりの辺りに生暖かいものを感じるヘルノ
「・・・いっそ殺してくれ・・・安心した瞬間に・・・緩んじまった」
「っ!・・・ダット・・・気にするな・・・街じゃよく漏らしていただろ?・・・まあ子供の頃の話だけど」
「・・・そうだったな・・・そん時はよく拭いてくれてたっけ・・・」
子供の頃の出来事を懐かしむ2人・・・その2人をよそに震える1人の男
「・・・っざけんな!!クソ野郎共!!」
ヘルノの声がこだまする
それはようやく訪れた平和の国の中での悲劇の一幕であった──────
 




