707階 ウォンカー
全てに恨みを込めて──────
それは突然だった
これまで後輩の指導に務めていたが中々芽が出ず苦しんでいる時に呼び出された
きっとお叱りを受ける・・・そう思いビクビクしていると豪華な食事でもてなされ内心疑問に思いながらも勧められるがままその食事に手を伸ばした
そこからしばらく記憶が無い
目覚めた時には暗くジメジメした部屋で動けないように拘束されていた
丞相が私に何かを告げるが意識が朦朧としていて聞き取れなかった・・・そしてその後から地獄の日々が始まる
最初に切り落とされたのは右腕
痛みでどうにかなりそうだったが拘束されており身動きひとつ取れずただ腕を切った相手を睨むことしか出来なかった
傷口から出る血を止める為に傷口は焼かれ、更なる痛みで気を失いそうになっているとヤツらは信じられない物を持って来た
他人の腕
長年私の右腕だったソレではなく見た事もない他人の右腕を持って来て傷口に押し当てたのだ
そしてその右腕を私の傷口に合うように加工すると再び傷口に押し当て縫合し始めた
正気の沙汰ではない
他人の腕を繋げ何をしたいのか全く分からなかった
自分の腕すら一度切り落とされてしまったら繋いだとて動くはずがない。他人の腕なら尚更・・・そう思っていたのだがしばらくすると他人の腕はまるで自分の腕だったかのように自由に動くようになった
だが残酷な仕打ちはそれで終わりではなかった
動くようになった右腕は拘束され今度は左腕を・・・次に右足、左足と切り落とされ同じように他人のモノを繋げられた
その頃には既に痛みを感じなくなっておりまるで他人事のように他人のモノを繋げられるのを見つめていた
ようやく四肢が全て動くようになると次に内臓へと移行する
胸を切り開かれ自分の内臓を見せられても驚きもせず冷静に見つめる
この時、私は狂っていたのだと初めて悟った
悟った後は何をされても平気になった
他人の内臓を入れられようとも他人の皮を貼り付けられようとも・・・何も感じなくなっていた
しばらくすると座らされ頭に何かをされる
ゴリゴリと音が鳴っていると思ったら突然全身が浮く感覚が押し寄せ、目が見えなくなり何も感じなくなった
その時から不思議な現象が起こり始める
私が私を見下ろしていたのだ
最初は意味が分からず戸惑っていたが次第にどうでも良くなる。そして改めて『私』を見つめ笑い転げた
もう原型など留めておらず全くの別人がそこに横たわっていたからだ
おかしくて可笑しくて・・・おかしく、て可笑しくて・・・おかし、なモノを眺めて笑う日々
次第に愉しくなって、きた
もう誰でもない・・・アレは私ではない私
アレは一体何なのか・・・誰かに聞きたいが聞くことも出来ない
そうこうしている内に私の頭に管が取り付けられた
その管は見た事のない装置に繋がれ、る
弄る者達の、話ではその装置は魔力を、蓄えるものだ、とか
その装置から私は魔力を供給さ、れているらしい
死なない、程度に
更に私の中から取り出した内臓・・・玉のようなものも装置に繋げられた
その玉はどうやら『核』というものらしい
何に使うかは不明、でも他の内臓と違い取り出しただけだった
それからどれくらいの月日が経過しただろうか・・・皇帝と丞相は何代も代わりその度に私を見て眉を顰める
どうやら私を管理する者は次期皇帝となる者らしい
若い皇帝に似た男が次々と訪れ私を管理していた
そしてある時、また次期皇帝がやって来た
そいつはズボラで管理を他の者に任せっきり・・・だがそのお陰で私は2人と出会えた
魚人族の2人・・・これまで魚人族は誰1人として来なかったがここに来て初めて魚人族が私の近くに来たのだ
その2人は見張りの目を盗み私に語り掛ける
『ようやく・・・ようやく会えました・・・ウォンカー様』
『ずっと聞こえておりました・・・しかし助け出す事が出来ず・・・私達が必ず・・・お助けします』
彼らに何が聞こえていたのか分からない・・・が、私の名を呼び涙しながらそう言うと1人がその場を離れもう1人が突然私を拘束している枷を叩き始める
見張りが気付き止めても叩き続ける
撃たれても叩き続ける
倒れても起き上がり叩き続ける
そして・・・
『きっと・・・お助けします・・・』
そう言い残し彼は息を引き取った
結局彼は何をしたかったのだろうか
もう1人の彼はどこに行ったのか
分からないまままた私を眺める日が続く
そして遂に枷が外される時が来た
男は私の中にあった玉を装置から取り出すと嫌悪感を顕にしながら私の枷を外す
私は立ち上がる
歩き出す
男の後ろをついて行く
それは私の意思ではない
私の意思では、ない
私はとある部屋に辿り着く
少し違うがここは謁見の間なのだろう
そして戦いが始まる
相手は誰だろうと考えている間に体が引き寄せられた
私は久方振りに私の体の中へ入った
すると私の中で見た事のない者達が憎悪を向ける
私にではなく全てに対して
すると何となく理解出来た
この者達は腕だ、足だ、内臓だ・・・私なのだ、と
つまり持ち主達・・・その持ち主達の憎悪が私を包み込む
私は動き出した
──────全てに恨みを込めて
一瞬の出来事だった
高みの見物でもしているかと思いきやブルデンはどこからか集めた魔銃の一斉砲撃を試みた
結果は残念なものに・・・しかもそれだけに留まらずウォンカーの標的は師匠達からブルデン達に移り変わり一撃で多くの人達が命を落とすことに
そして続けざまにもう一撃・・・また多くの人が犠牲になると目を背けた時、目の端に人影が映り込む
ヒース
彼はウォンカーとブルデン達の間に入りその身で収束波動砲を受け止めた
収束波動砲の放つ光が段々と薄れていきヒースの姿が見え始めると同時に彼はゆっくりと膝をつき地面に伏した
なんで・・・なんでだ・・・確かに兵士達はブルデンに命令されて敵となっていた存在・・・命令がなければ敵ではなかっただろう。だから率先して倒すべき相手ではないが救いの手を差し伸べるべき相手でもないじゃないか
見殺しにしても誰も責めたりはしなかった・・・それなのに・・・っ!?
ウォンカーが三度口を開く
向いている方向はヒース達がいる方向のまま・・・更に追い討ちをかける気か?
ダメだ・・・ここでヒースを失う訳にはいかない・・・そしてヒースが助けた人達も・・・失う訳にはいかない!
どうすればいい・・・今から駆け付けても間に合わない・・・いや、間に合ったとしても私には・・・・・・・・・あるじゃないか・・・一つだけウォンカーの気を引く方法が
「・・・見せてやる・・・大魔道士フラフラフランの大魔法を──────」
あのバカ!なんで・・・
倒れたヒースはピクリとも動かない。死んではないがおそらく立ち上がるのは難しいだろう
他のみんなも疲弊しているし・・・万事休すか・・・
と、その時眩い光と共にウォンカーが雷に打たれた
一体誰がと見渡すとすぐに分かった
フランが右手をウォンカーに向けて突き出している。決めポーズのつもりなのかドヤ顔で
これまでウォンカーと戦ってきて分かったのは攻撃されるとその攻撃して来た相手に向かっていく習性がある
つまり次の標的は・・・フランだ
確かにあのままヒースが狙われたら確実に死んでいただろう・・・けど今度はフランに確実な死が訪れようとしていた
ゲートを・・・そう思ったが離れている場所にゲートを開く場合ズレが生じる場合がある。ウォンカーとフランの射線上に上手くゲートを開ければいいがそうでなければ・・・
なら俺がゲートを使ってフランの前に出る?けどもし移動した先でゲートを出すのが遅れたら・・・
サラの顔とまだ見ぬ赤ん坊の事が頭をよぎる
すると動きが止まり思考も停止する
ダメだ・・・俺は死ぬ訳にはいかない・・・けどフランを死なせる訳には・・・
ならどうする?どうすればいい?
俺は・・・
〘人間はやはり愚かだな。愚かでか弱く無様だ〙
黙れ記憶!
〘物事には優先順位というものがある。ただそれを把握し選択すればいいだけなのに悩み迷う・・・感情というものが邪魔してな〙
違う・・・感情があるからこそ・・・
〘ヒースも然りフランも然り・・・感情に左右され行動に移した結果が今ではないのか?〙
・・・
〘違うと言うなら証明してみよ・・・まだ絶望するには早い〙
え?・・・お前は・・・
〘我に見せよ・・・その先を──────〙
ハ、ハハッ・・・やってしまった
何がフラフラフランだ
後悔はしていない。きっとヒース達がこの国を救ってくれると信じている。だから犠牲になるのは仕方ないと思っている・・・けどどうせなら見たかった・・・かな?
この件が終われば死のうと思っていた。皇族としてのケジメのつもりだった
けどそれは無責任と知りヒースを立てて民を導く覚悟が出来た
だから・・・少しだけ残念だ
案の定ウォンカーは魔法を放った私を見た
作戦通り・・・これでヒース達は助かるはずだ
このまま動かないなんて事はないよな?ここから逆転して少しだけ私も活躍したと後世に残してくれ
ほんの少しだけど活躍した、と
ウォンカーの口が開くと喉の奥から凝縮した魔力が覗かせる
もはや死の1歩手前・・・不思議だな・・・怖くはないが少し寂しい
ヒース、デネット、師匠、師匠の仲間達、ドワーフ族のみんなに魚人族の人達・・・助けてくれてありがとう・・・どうか私が死んだ後に輝かしい未来への道があるように
ウォンカーが口から魔力を放つと眩い光に包まれた
私の物語はここでお終い・・・だ?
目の前に人が立っていた
その人は私の希望のひとつ・・・
「なんて事を・・・なんて事を!貴方はここで死んではならないのに!」
この戦いにおいて必要不可欠な人・・・師匠が私の前にいる
ウォンカーの前に体を晒し収束波動砲を一身に受け止めようとしていた
ダメだ!貴方がいなくなったら・・・
「この国は絶望に包まれてしまうのに!」
《絶望?この程度で絶望とは・・・片腹痛いわ》
そう言うと師匠は片手で収束波動砲を受け止め弾き返す。すると魔力の塊は遥か彼方へと飛んで行ってしまった
「・・・師匠?」
これまでゲートを使っていたのに・・・それに後ろから見ても分かる・・・雰囲気が・・・違う?
《少しだけ教えてやろう・・・絶望を知れ──────》




