706階 総力戦
『本当の皇族』だと?嘯きよるわ・・・たかだか生まれて十数年の小童が
「へ、陛下・・・我々はどうしたら・・・」
「・・・待機だ」
「はっ!では戻り待機命令を・・・」
「待て・・・出番があるやもしれん・・・対魔神用の隊列を組み待機しておけ」
「対魔神用・・・」
「使う相手は魔神ではないかもしれないが・・・無駄飯食らいと言われたくなければ日々の訓練の成果を見せてみよ」
「・・・はっ!」
何の因果か対魔神と言いつつ対アバドン用に兵士達を備えていたがまさか同じく対アバドン用に備えていたウォンカーを止める為にその兵士達を使う事になるとはな
それにしても・・・似ている・・・
「ヒースが振り回されるのも分からなくはないな」
「え?」
「・・・まだいたのか・・・サッサと行け」
「は、はっ!」
慌てて走り去る兵士を見届けた後、再び死地に向かう彼女・・・いや、小童の背中を見た
その背中はとても死に急ぐ者の背中には見えない・・・状況を理解していないのかそれとも・・・
「陛下!申し訳御座いません!・・・丞相を守り切れず陛下までも危険な目に・・・」
俺を見つけ駆けつけたマドマーが息を切らせながら謝罪をする
「構わん。それよりも貴様にやってもらいたい事がある」
「はっ!何なりと」
さて・・・この国の未来を見届けようではないか・・・なあヒースよ──────
フランからデネットの境遇は聞いていた
フランの母でありデネットの姉が無実の罪を着せられ投獄された挙句に殺され、フランを手伝う形で復讐しようとしていた
フランの目的は現皇帝と皇族の排除でありそれが母親の復讐にも繋がるっていう話だがデネットの目的はあくまで姉の復讐・・・その復讐の相手が目の前にいるのだからチャンスがあれば殺そうとするのは当然の事だった
デネットを責めることは出来ないな・・・俺がデネットの立場でも同じ事をしただろう
だからまあ・・・仕方ない
それはもういい。今は目の前のコイツを倒す事に集中しなきゃ・・・
ウォンカー・・・今のコイツはマジでアバドンに匹敵するかもしれん
制御を失っても基本的な強さは然程変わってはいない
変わったのは感情だ
これまでは無感情だった・・・それが制御を失った途端に溢れ出たのは『憎悪』
それだけで人を死に至らしめるほどの憎悪だ
しかも最悪な事に自らも魔力を発している点だ
魔人や魔族なら人間の出す魔力が必要不可欠であり、魔力が薄い所なら自分の魔力が尽きれば行動不能に陥る
だがウォンカーは自ら魔力を発しそれを吸収する事で永久機関となっていた
インキュバスが魔物や魔族の魔力を確保する為に創り出したのが人間だから元が人間のウォンカーが魔力を出すのは当たり前っちゃ当たり前なんだが自分で出した相当量の魔力を自分で吸収するのはもはや反則だろ・・・最も効率のいい勝ち方が魔力切れを狙う方法だったけどその方法が使えないじゃないか
せめて使用する魔力の量よりもウォンカーが出す魔力が少なければ徐々にコイツの体内にある魔力は減少するだろうけど、どれだけ恨みを持っているか定かではないがウォンカーから出る魔力は相当なもんだ・・・この魔力を上回る魔力を使わせるには収束波動砲を使わせないと難しいだろうな
しかしあの威力を連発されたら街が滅ぶ勢い・・・本来なら使わせないで倒すのが望ましいのに逆に使わせないといけないってかなり厳しいぞ?
「なにモタモタしてやがる」
「ん?・・・お前達・・・」
振り向くとそこにはダン達がいた
どうやら無事に住民達を逃がせたみたいだな
「つーかありゃ何だ?まさかお前がまた変なものを生み出したとか・・・」
「『また』言うな。俺がいつ変なものを生み出したんだよ・・・アレはウォンカー・・・偽物じゃなくて本物の、な」
「本物のウォンカー?」
「今のウォンカーは獣人族のヒュノスって奴だ。代々ウォンカーの名を引き継いでいたらしい・・・んでもって元祖ウォンカーがアレって訳だ」
「なんでそんな事を・・・」
「さあな。多分名前を残しておきたかったんじゃないか?ウォンカーは対アバドンの最終兵器・・・ぽっと出の奴がアバドンと戦い国を救うより名の知れた奴が救った方がインパクトあるだろ?」
『顔なし』とか言って表舞台に姿を現さなかった代々のウォンカー・・・民は実在するかすらも分からないが名前だけは記憶する・・・んでいざアバドンが現れたら颯爽と現れてアバドンを倒してこう思わせる
『ウォンカーは実在した。そして国を救ってくれた』と
それまで恐怖の代名詞みたいな存在が打って変わって救世主だ・・・民はウォンカーを讃えそれを操る皇帝と丞相は磐石の地位を築けただろう
今回フランが起こした反乱など起こらない磐石な地位が
けど実際はあべこべだ
アバドンが来ずとも魔神であるヒースが街を襲撃しそれをウォンカーが倒すってシナリオもあったかもしれないが今は全くの逆・・・ウォンカーが街を破壊しそれを魔神ヒースが止めようとしている状況だ
目論見は完全に外れたが・・・まっ、今の皇帝はそれどころじゃないか・・・俺達が勝っても負けても皇帝は敗北決定だしな
ただフランに裁かれるかウォンカーに裁かれるかの違い・・・ウォンカーの場合は国もろともだろうけど
「・・・とりあえずアレが敵なのは分かったが・・・勝てそうなのか?」
「ちぃと厳しい」
「おい」
「仕方ないだろ?アレは人間の進化の集大成らしい・・・しかも街に漂っていた魔力をほとんど吸収した化け物だ。アホが操ってる時はまだマシだったが今は何をするか分からないし・・・っと!」
ウォンカーがこちらを向いて口を開くと収束波動砲が飛んで来た。集まって来たのが癪に障ったのか?離れていたからゲートを開いて躱したがこれを撃ちまくられるとかなり厄介だぞ
「・・・おい・・・今のはなんだ?」
「収束波動砲・・・ドギツイ口臭だ」
「・・・『悪食』で止められるか?」
「やめとけ。お前ごと溶けてなくなるぞ。『悪食』の胃が空っぽでも半分食えるかどうか・・・それほど魔力が凝縮された一撃だ」
俺も受け止める自信はないしゲートで別の場所に飛ばす以外今のところ方法は・・・ない
「離れたら防御不能の一撃・・・かと言ってお前と魔神がぶっ叩いても傷一つ負わねえってか・・・どうするつもりだ?」
「・・・さあな。とりあえず叩きまくるしかないだろうな」
「いい作戦だな・・・俺様好みだ」
そう言うとダンは指を鳴らす
本当に今の状況を分かってんのか?・・・と思ったがどうやら他のみんなも全員やる気らしい
「・・・食らえば死ぬぞ?セシーヌの回復も・・・ウロボロスの再生すらも難しいかもしれない・・・それでもやる気か?」
「逃げたいのは山々だがここまで来たら最後まで付き合ってやるよ」
「そりゃどうも・・・って、俺の戦いでもないんだがな・・・」
いつの間にかみんなに混ざっているフランを見た
不安そうにウォンカーと戦うヒースを見ている・・・そんな顔されたら俺達だけ帰る訳にもいかないだろう・・・
「なるべく固まって動け!さっきの口からのやつは受けようとするな躱せるなら躱せ!躱せなかったら・・・まあ諦めろ!全員ありったけの攻撃をウォンカーに叩き込め!これが最後だ!」
未だ活路は見い出せないがやるしかない
俺達全員が倒れるのが先か奴の魔力が尽きるのが先か・・・とにかくここで終わらせる!んでもってサラと子供に聞かせてやらないとな・・・お父さんは二つの大陸を救ったんだってな──────
勇気ある者・・・勇者・・・兄さんはやっぱり凄い
どんなに相手が強大であろうとも臆する事なく立ち向かえる勇気・・・私では一歩足を踏み出すのも躊躇するレベルなのに今は自然と足が前に出る
ウォンカー・・・境遇には同情するがもはや彼にとっての安寧は死のみ・・・そしてその死はこの国の未来にも繋がる・・・負ける訳にはいかない
《グオオオオオォォォォ!!》
魔力と憎悪が入り交じりドス黒いモヤがウォンカーを包み込む
恐怖で歯が鳴り手が震えるがそれを乗り越え一歩踏み出す
《ヌオォォ!》
ウォンカーは少し前の私だ。我を忘れ闇雲に暴れ回るだけの私と同じ・・・なのでいくら強大な力を持っていようとも隙だらけであり一撃を当てるのは容易・・・だが強靭な肉体はその一撃を受けてもなお動じず反対に食らえば必死の一撃を返してくる
《くっ!》
目の前を拳が通り過ぎる
あと一歩・・・いや、半歩前にいたのなら私の首は遙か彼方に飛ばされていた事だろう
それでも私は前に出る
兄の勇気がそうさせる
「行くぞ!!」
っ!?
ウォンカーに吹き飛ばされたロウニールが仲間を引連れて戻ってきた
久しく・・・1000年もの間見ることのなかった魔法が飛び交いウォンカーに次々に襲い掛かる
それにあれは・・・アードス!?生きていたのか!
《・・・『吸魔』》
「シア!ある程度吸わせたら離脱させろ!あまり吸うとそいつの体が弾け飛ぶぞ!」
「了解じゃ!アードス自分で限界と思ったらその場から離れよ!」
《御意!》
アードスが私以外の者の命令を聞いてるだと?
「おい!魔神!何ボーッとしてんだ!動け動け!」
盾を持った男がドスドスと走りながら私に文句を言いそのまま走り去って行った。一体彼は何をしているのだ?
「ダン!そういうてめえは何やってんだ!?」
「止まったらあのビームが来るだろ!走りながら悪食に魔力を溜めてんだ・・・俺はいいからてめえは戦ってろコゲツ!」
「言われなくても・・・やるってんだ!」
魔法を放つ者は少し離れた場所から・・・それと同時に槍を持つ少年や白髪の老人・・・それに片腕の男とどこか見覚えのある男がウォンカーに向かって行く
激しい打ち合いの中、ウォンカーの頭上に影が・・・
「人間の急所と同じかしら?」
ウォンカーの頭上に突如として現れたメイド服の女性は持っていた短剣を頭頂部に突き立てた。それでも刃は通らなかったのか顔を顰めその場から脱出する
「硬いなんてものじゃないですね。マナを纏ってこれですか・・・」
彼女の持つ短剣は見事に刃こぼれしていた
「どれだけ重ねりゃここまで硬くなるんだよ!」
目の細い片腕の男が文句を言いながら蹴りを放つがウォンカーはそれを受けても微動だにせずただ男を見下ろす
闇雲に戦っても意味がない・・・何か手段を講じねば・・・
「ヒース何サボってんだ?」
《ロウニール!・・・このままでは・・・》
「魔力切れを狙う・・・途方もない時間が掛かろうとも今はそれしか方法がない」
っ!そうか・・・魔力さえ無くなれば・・・しかしどれほどの魔力を有しているのだ?・・・いや、考えても仕方ない・・・確かに方法はそれしかない
覚悟を決めウォンカーを睨みつける
こちらは魔力を無駄に消費せずウォンカーの魔力を出来るだけ削る・・・かなり厳しいが出来ない事は無い・・・何故なら私は1人では・・・ない!
大きく息を吐きまた死地へと踏み出す
兄から借りた勇気を振り絞りながら──────
一体どれだけの時間が経っただろうか
ウォンカーの攻撃が単調なお陰でまだ犠牲者は出ていないが・・・それも時間の問題のように思えた
休まずに攻撃を続け疲弊する者達・・・このままではいずれ・・・
《巻き込まれたくなければ退くがいい!》
・・・ブルデン?
魔道具を使ったブルデンの声が響き渡る
見るとそのブルデンの横に大小様々な魔銃を構えた部隊が見えた
その中には収束波動銃も・・・まさか・・・
《狙いはウォンカーだ・・・撃てぇ!!》
「ちょ・・・チッ!全員退避だ!!」
ロウニールが慌てて全員を退かせる
様々な魔銃からは信じられない程の威力の魔弾が放たれウォンカーに襲いかかった
凄まじい爆音と共に上がる土煙
間一髪で逃れた私達はただその土煙が晴れるのを待った
これで少しでもダメージを受けていてくれと願って
しかし・・・
土煙を切り裂くように魔力の塊が帯を引いて魔銃を撃った兵士達に向かって伸びていく
その塊は兵士達に悲鳴を上げさせる間もなく消し去るとその背後に並んでいた他の兵士達すらも綺麗に消し去ってしまった
そして土煙が晴れると無傷のウォンカーが現れ再び魔力を放とうと口を開ける
今の一撃で何千人死んだ?
敵対していたとはいえただ皇帝の言う通りにしていただけの兵士が一瞬で・・・どれだけの数命を散らしたというのだ?
《くっ!怯むな!訓練を思い出せ!撃て・・・撃ち続けろ!》
ダメだブルデン・・・意味もなく犠牲を増やすな・・・これ以上・・・死を増やすな!
気付いたら駆け出していた
ブルデン達の前に立つとありったけの魔力を体全身から放出する
耐えられるか?
程なくしてウォンカーの口から魔力が放たれ私は光に包まれた──────




