702階 残滓
「あん?」
師匠が・・・アバドンを・・・倒した?
部屋の全員が突如現れた師匠に注目すると師匠は居心地悪そうにキョロキョロし状況を把握しようとする
「途中まで途切れ途切れで聞いてたが・・・今は一体何の話をしてたんだ?」
《アナタの武勇伝よ》
「・・・なんでウォンカーの話から俺の武勇伝になるんだよ・・・」
困惑している師匠・・・しかし師匠以上に困惑しているのはブルデンとエルダーの2人だった
「何をバカな・・・アバドンを倒しただと?」
「ありえません・・・そんな事は・・・」
ウロボロスの言葉に耳を疑う2人。私にも本当か嘘か判断つかないが本当だったとしたら喜ぶべき出来事も2人にとっては素直に喜べないのだろう
心血を注ぎ作ったという最高傑作のウォンカーが無用の長物となったのだから・・・
《嘘じゃないわ。と言うか今回はかなり異例続きでね・・・勇者より先に魔王を倒すわアバドンを倒すわ・・・全然予定通り進まなかったのよこの人のせいで》
「おい」
強いのは知っていたがまさかそこまでとは・・・いやそれよりも
「予定通りとは?」
ウロボロスの言う『予定通り』と言う言葉が引っかかった。予想や予言ではなく予定・・・つまりそれって・・・
《予定調和って言葉は知ってる?細かい事は除いて大まかな流れは決まっているの・・・それが予定調和・・・簡単に言えばどう回り道したところで辿り着く場所は一緒だったのに彼のせいで人間は全く別の場所に辿り着いてしまったわけ。それが人間にとって良いか悪いか不明な場所に、ね》
「アホか・・・今までより悪くなる事はないだろうから良いに決まってるだろ?」
《分からないわよ?それも全て定まってないのだから》
「何言ってんだ?俺がいるんだから大丈夫だろ」
《そうだといいけどね》
憮然とする師匠に挑発的な笑みを浮かべるウロボロス・・・この2人の関係がよく分からない・・・
「仮にその話が本当だったとしたらアバドンとやらは大したことなかったということか・・・ウォンカーに手も足も出ず放り投げられていたしな」
《そうなの?》
「お前も見てただろうに・・・だがあれはここじゃ狭いから外でやろうって事だったんじゃないのか?外で待っていても一向に来ないから戻って来ちゃったけど」
投げたのはそういう事だったのか・・・けど投げた後ウォンカーはピクリとも動かなくなったし・・・どういう意図だったんだろ?確かに投げ飛ばしても師匠が死なないのはウォンカーも気付いていたはずだし・・・
「・・・それもある。ここで暴れられて部屋を壊されてはたまったものではないからな。しかしそれに貴様が付き合うメリットがどこにある?強がりにしか聞こえないぞ?」
「だったらここで暴れてやろうか?俺は一向に構わないが?」
師匠は余裕の笑みを浮かべている・・・確かに師匠は強い・・・けどウォンカーも不気味だ・・・果たしてどれくらい強いのか見当もつかない
「大口を叩きよる・・・いいだろう。そこまで言うなら見せてみろ!貴様がどれ程のものか対アバドンの為に作った最高傑作であるウォンカーで試してやる!」
「いや待て」
「・・・今更命乞いか?」
「違う違う・・・その対アバドンっていうのは本当なのか?」
「臆したか?そうだウォンカーこそアバドンが攻めて来た時の為に俺達が作り上げた・・・」
「アバドンは?」
「・・・なに?」
「対アバドンとか言ってるけど肝心のアバドンがいないぞ?何かまるで自分達はアバドンの為に備えてましたみたいな感じで言ってるが違う・・・それは自分達を正当化しようとする単なる言い訳に過ぎない」
「違う・・・俺達は本気で・・・」
「ならアバドンが来るまで出すなよ」
「・・・」
「黙って聞いてりゃ反吐が出る事ばかり言いやがって・・・アバドンが来たら大変だから生きた人間で実験を繰り返し強い兵器人形を作り出した・・・俺からしてみりゃそんなもんどう足掻いても正当化出来ない話だがお前らの中では正当化出来たんだろうよ・・・国を守る為に仕方なくってところか?でも今はどうだ?ただ自分達の身を守る為にウォンカーを・・・対アバドンの兵器人形を使おうとしている・・・おかしいとは思わないか?」
師匠の言う通りだ
まるで大義は自分達にあるような言い方をしていたがそれも勇者をも倒してしまうアバドンあってのこと・・・そのアバドンが現れた訳でもないのにウォンカーを出すのは・・・ただ単に自分の保身の為に人を犠牲にして兵器人形を作ったと言っているのに等しい
「・・・使えるものがあるのなら使うだろ?それだけだ」
「なら初めからそう言えよ。『僕達は弱いので強い人達を生きたまま解剖し強く思いのままに操れる人形を作りました』ってな」
「っ!貴様・・・」
「違うって言うならウォンカーを引っ込めろ。それが出来ないなら認めろ・・・どうする?」
「・・・フン、それを認めたとして何が変わると言うのだ?」
「何も変わらないさ。ただちょっと迷っている奴の後押しにはなるはずだ・・・叩く相手が単なるクソ野郎って分かればな」
師匠は視線を黙って聞いていたヒースに向けた
《・・・私はもう迷ってなどいない》
「そうか?ならなぜクソ野郎共は生きているんだ?さっさと殺していればウォンカーなんて厄介なものは出て来なかったはずだが?」
《・・・》
「とにかくこの戦いはフランとヒースで始めた戦いだろ?俺は出しゃばらないからさっさと決着をつけてくれ」
そう言うと師匠は振り返り手をヒラヒラさせて壁際に・・・てっきり師匠がウォンカーを・・・いや、師匠の言う通りこれは私とヒースが始めた戦いだ・・・師匠に頼るのはお門違い・・・けどヒースはウォンカーに勝てるのか?
「ウロボロス、今度こそ治してやれよ・・・もしかしたらお前の見たいものが見れるかもしれないぞ?」
《・・・どうだか・・・まあいいけどね》
どういう風の吹き回しなのか先程断った治療を今度は承諾しヒースに近付く。そして父上の手を治したようにヒースの腕も一瞬で再生させた
「好き勝手言いやりたい放題やってくれる・・・しかもウォンカーの相手がヒースだと?笑わせるな・・・ウォンカーよ!ヒースなど一瞬で倒してしまえ!」
始まる・・・ヒースとウォンカーの戦いが!──────
《・・・あまり楽しくないのだけど》
「そう言うな。ヒースは頑張ってるよ」
俺の横に来て溜息をつきながらウロボロスは呟く
『魔神』と『護国神』の戦い・・・子供なら絵本の表紙にそう書いてあればワクワクしてページをめくるだろうがめくった後はお察しだ
《何を企んでいるの?》
「企む?人聞きが悪いな・・・俺がそんな人間に見えるか?」
《見えるわ》
「おい」
《見えるしある程度はアナタを知っているから疑問に思うの・・・アナタなら自分でアレを倒そうとするはず・・・なのになぜ?》
「言ったろ?出しゃばる気はない・・・ヒースが勝てるならそれに越したことはないしな」
《勝てると思ってるの?》
「どうだろうな・・・兆しならある」
《兆し?》
「ヒースが本物のサタンになる兆し」
ヒースは魔人になったが兄アークの魂のお陰でこれまで正気を保って来た。そしてアークの魂に残っていたサタンの残滓・・・それが合わされば・・・
《言っとくけど確かにサタンの因子とか言ったのは私だけどサタンそのものの魂は現勇者にあるわ・・・あそこにあるのはあくまで残滓・・・残り香みたいなものよ?》
「だろうな」
《だろうなって・・・つまり普通の魔人とほとんど変わりないのよ?それがアナタですら危うい相手に勝てると本気で?》
「だからだよ」
《え?》
「それにお前が言ってただろ?今の俺に勝てるかどうかみたいなことを」
《まあね。気付いたの?》
「何となくだけどな」
今の俺と前の・・・アバドンと対峙した時の俺の違いは体の造りだ
あの時はサキュバスであるダンコ達を失った直後・・・核が壊れて間もなかったからギリ人間だったと言えるだろう。けど時間が経つにつれて変わり始め今では人間より魔人寄りになってしまった
それまでもダンコの影響で普通のにんげんとは違っていたが『魔力を使っても問題ない体』程度だったが今は・・・『魔力しか使えない体』に成りつつある
つまり拒絶し始めているんだ・・・マナを
《今のアナタじゃマナと魔力を衝突させて輪廻の部屋を開く事は出来ない・・・魔力の方が強過ぎるからね》
「だろうな。まあ出来ない事もないが威力は極小・・・部屋もかなり小さいだろうな」
マナと魔力をぶつけて生まれる衝撃・・・それをアバドンに当てて何とか倒した。その際に輪廻の部屋が開いたが今の俺には無理だろう
あの技はマナと魔力が拮抗してなければならないし両方の力が強ければ強いほど威力が上がる・・・つまり今俺が出せるマナに合わせたら以前に比べてかなり魔力を低くしなければならない
《普通なら人間から魔人になれば強くなるけどアナタの場合に限っては弱くなったと言わざるを得ないかしら・・・まあと言っても輪廻が開けなくなっただけで基本的な能力は上がっているはずだけどね》
弱くなったと言うよりマナが使えなくなっただな
使えなくもないが今まで通りには使えない・・・困ったもんだ
「ウォンカーがアバドン並なら打つ手なしだな。まっ、あのアバドン並なんてありえないけどな」
《当然でしょ?人間がいくら進化しても届かない・・・それが私達魔族よ》
「俺は届いたぞ?」
《・・・アナタは・・・特殊なだけ》
「けど人間だ。元が付くかも知れないけどな」
《・・・まあいいわ。それでアナタは何がしたいわけ?》
「人間の可能性を見たくなった」
《は?》
「ウォンカーとヒース・・・どちらも人間の可能性だ。良くも悪くもな」
《・・・アナタなら人間同士を合成させたと聞いて激昂すると思ったけど・・・意外ね》
「その辺の思考も魔族寄りになってきたのかもな・・・前までは向かって来る人間には容赦しない程度だったが今は顔も知らん人間がどうなろうと怒りが湧く事はなくなった」
《いい傾向ね》
「前にダンコ・・・サキュバスにもそう言われたよ。まあいい傾向かはさておき楽にはなったかな?」
《ふーん・・・それで人間が人間を使って作り出したモノと人間が魔人となったモノの戦いを見たくなったわけ?》
「そうじゃない。魔族が干渉しなかった時の人間の可能性を見たくなっただけだ」
《?私達が干渉しなかった時?・・・それってどういう・・・》
「サタンが人間に何を見たのか・・・どうして俺に逆らってまで人間の味方をしたのか・・・ずっと気になってた事が分かるかもしれないと思っただけだ」
《・・・アナタ・・・本当にロウニール?》
「どっからどう見ても俺は俺だろ?・・・ただ少し混じっているけどな」
みんなにあの場を託した後、ゲートを開きここに来ようとした時に誰かさんの感情が流れ込んで来た
気になって仕方ないみたいだ・・・初めて創った魔族・・・思い入れもあるのだろう
ここはそのサタンにとって理想の地・・・魔族が介入せず人間だけが暮らしている場所。そしてサタンの魂ではないとはいえサタンの魂を一時期は受け継いでいた勇者アークの魂を受け継いだ者がいる・・・この戦い・・・いや、この大陸の行く末が気になるのも無理はない
《・・・その混じりものに乗っ取られないように注意した方がいいわよ?》
えっ!?怖い事言うなよ・・・ただの残滓に乗っ取られることなんてあるのか?・・・ないよな?・・・ない・・・よな?──────




