701階 備えあれば
お前が説明するんじゃないのか・・・振り返りエルダーを見やると彼は嬉々とした表情で語り始めた
「はい。ではまずきっかけから・・・私達には課題がふたつありました。ひとつはこの国をより完璧にすること。もうひとつは来たる襲撃に備えること。そのふたつを達成するまで死んでも死にきれない思いでいっぱいでした。そんな私達に起きた現象はブルデン様から聞いた通りです。私達はその身は朽ちてもなおこの場に残り続けたのです。そして我が子孫に乗り移り進めてまいりました・・・」
どうも話が長いと言うか回りくどいと言うか・・・とにかく2人の意識はこの地に留まり何度か自分の子孫に乗り移った、と。で、2人は推し進めて行く・・・国の発展とアバドンに対する準備を
国の発展の方は思うように進められたらしい。肉体のない状態でも考える事は出来たみたいでその状態で国をどうすればいいか考え子孫に乗り移った時に実行すればいいだけだったからだ。そうやって国は現状に近付き今の状態がほぼ完成形らしい
もうひとつの懸念材料である対アバドンの方は頓挫していたらしい。それも当然で2人はアバドンの事を何も知らない・・・唯一知っている情報は『勇者より強い』という曖昧な情報だけだった
そんな中で初めに作り始めたのは武器。まだ魔銃が誕生する前で沢山の色々な武器を作っていたらしい
だが上手くはいかず・・・
「焦る私達をよそに人口は増え続け食糧難に陥った・・・そこで4つの部隊を作る事にした。大陸にある森や山で食糧となる獲物を狩る部隊、海で魚を獲る部隊、武器を考案する部隊に考案した武器を作る部隊・・・それが後の獣人族、魚人族、エルフ族にドワーフ族です。その部隊は他の仕事に従事する者達よりも徹底した管理が必要でした・・・何せ国を落とし得る力を持つ事になるのですから」
2人の理想の国は争いのない国・・・聞こえは良いが裏を返せば自分達が脅かされない国とも言える。その理想に反するやもしれない4つの部隊を徹底的に管理した結果、人間は驚くべき進化を遂げたのだと言う
そしてその中から彼が生まれた
ウォンカー・・・魚人族の青年であり人の身でありながら魔人に対抗しうる力を持っていたのだとか
「彼ならいずれ魔人と言わず勇者や彼のアバドンにすら近付けるのではないか・・・強靭な肉体に魔人に対抗出来る強さ・・・それに開発している武器が合わされば・・・そう淡い期待をしていたのですが・・・」
「が?」
「残念ながらその期待も長くは続きませんでした。人間は老います・・・それは魚人族とて同じ事・・・だからその子孫に期待したのですが・・・確かにウォンカーの子は非凡ではあったものの全盛期のウォンカーに遠く及ばずウォンカーは単に偶然生まれた産物にしか過ぎなかったのです。あの時は非常にガッカリしたものです」
ウォンカーの強さが保てれば希望もあった・・・が、当の本人は衰え、その子供達はウォンカーに及ばなかったみたいだな
「知っていますか?魚人族の特徴を」
唐突に聞かれ答えに窮しているとエルダーは邪悪な笑みを浮かべ両手を広げた
「鱗やエラなど見た目だけが取り沙汰されていますが彼らの真なる特徴はその親和性にあります」
「親和性?」
「ええ・・・海に長く潜れようが速く泳げようが水圧に耐えられようが魚を生身で捕まえられるかと聞かれたら答えはNoです。いくら身体能力が優れていても魚に追い付ける訳ありませんし近付いただけで察知され逃げてしまいます。獣が人間の匂いを嗅いで接近に気付くように魚にも察知するような能力があるようなのです。魚人族はその魚を撮る為に身に付けたのですよ・・・海に同化し魚に気付かれぬよう近付く術を・・・それが親和性です」
そう言えば魚人族に聞いた事がある・・・実際に海に入った事ない私は魚人族がどうやって魚を獲るか気になったので聞いたら『海と一体化する』と答えたがその事だったのか・・・
「で?その親和性がどうしたと言うのだ?」
「・・・兼ねてよりある実験を行っていました。いくら優れた武具を作ってもそれを操る者が優れてなければ意味がないと考え・・・優れたモノを作る実験を行っていたのです」
嫌な予感がする・・・この先の話を聞いてはならないと私の中の何かが警鐘を鳴らす
多分これからエルダーの言葉を察してしまったからだ
ウォンカーを作った・・・しかしウォンカーという人物は存在していた・・・親和性・・・ウォンカーがヒントをくれたという言葉・・・そこから導き出される答えは・・・
「貴様ら・・・使ったな?」
「ええ。使いましたが?」
平然と答えるエルダーに殺意を覚える
この2人は使ったのだ・・・死体を・・・いやもしくは・・・
「解剖部屋・・・いえ今は拷問部屋?尋問部屋でしたか?まあ部屋の名前なんてどうでもいいでしょう。あの部屋で何度も繰り返した人体実験・・・ウォンカーを元にするとそれまでの失敗が嘘のように成功しました。ドワーフ族の強く繊細な腕、獣人族の俊敏な足、エルフ族の知的な脳・・・四種族が人間の進化と言うならウォンカーは正に『進化の集大成』と言うべきでしょうか・・・拒絶反応もなく上手く出来上がりました」
・・・狂ってる・・・正気の沙汰じゃない・・・
「・・・貴様らには道徳心というものがないのか?いくら死体とはいえ好き勝手していいものではない!」
「死体?何を言ってるのですか?生きた状態でないと拒絶反応が出る訳がないでしょう?彼は最後にその身を捧げて貢献してくれたのです・・・素敵でしょう?ああ、ちなみに四種族の他に人間のも何度か使ってます・・・もしかしたらフラン皇子の母君も使われてるかも知れませんね」
「・・・」
話を聞いていると頭がどうにかなりそうだ
この2人は・・・この世に存在してはいけない
「ハヌマー!!貴様は!!」
「・・・デネット君だっけ?ああ、そう言えばフラン皇子の母君は君のお姉さんだっけ?安心したまえデネット君・・・粗悪な女を使う訳ないだろう?今のはフラン皇子を少しからかっただけだ」
「~~~っ!!」
「デネットよせ!・・・私とデネットを挑発してどうするつもりだ?」
「これは失礼しました・・・デネット君が押さえつけている兵士を跳ね除けて襲いかかって来たりフラン皇子が怒り任せに行動しようものなら見せられたのですが・・・今話していたウォンカーの性能を」
「師匠を投げ飛ばした時点で十分強さは理解している・・・それよりもまだ話に続きがあるだろう?」
怒りをぶつけるのは後だ・・・まだ話は終わっていない
「・・・今ので終わりですが?」
「嘘をつけ・・・肝心な部分を言っていない。魚人族の親和性により他の種族を組み合わせる事に成功した・・・それだけで完成ではあるまい。それにおかしな点がある」
「おかしな点とは?」
「寿命・・・魚人族の寿命は人間とさほど変わらないはず・・・なのになぜアレは・・・ウォンカーは生きている?」
今の話はつい最近の話ではない・・・かなり前の話だ。そしてウォンカーが生きていると言うなら何百歳という年齢になっているはず・・・しかし魚人族はそんなに生きられない・・・たとえ他の種族の体を使ったとしても寿命までは延びないはずだ
なのにこの若さ・・・と言うか老いを感じさせない出で立ちはなんだ?老いない生物など私はひとつしか知らない・・・それは・・・
「聡明なフラン皇子なら既に気付いておられるのでは?」
「・・・魔人・・・ウォンカーは魔人と化したのか?」
「流石フラン皇子・・・半分正解です」
「半分?」
「『化した』と言う表現は少し違います。何故なら魔人もまた作れるからです」
「魔人を・・・作れるだと?」
「なぜ人間が魔人になるのか・・・知っていますか?人間は長期間魔力に晒されると魔人化してしまうのです。ではなぜ全員が魔人化しないのか・・・それは人間の体内には核と呼ばれる魔力をマナというエネルギーに変換出来る臓器があるからです。その核が傷付けば魔力が漏れ出しいずれ魔人となる・・・それが魔人化の真相です。という事はつまり・・・体内から核を取り除けば簡単に魔人が作れるのです」
「・・・ウォンカーの・・・核を抜いたのか!」
「ええ。いつ来るか分からないアバドンに対抗する為に作ったウォンカーがたかだか数十年で死んでは身も蓋もないでしょう?魔人の寿命がない事は知っていましたので維持するのに核を抜き魔人化させる以外であると思いますか?」
「・・・」
言葉もない・・・コイツは人を何だと思って・・・
「ちなみに抜き取った核はちゃんと再利用していますよ?収束波動銃に取り付けた玉・・・あれは魚人族の核です」
「な・・・に?」
「魔鉄鋼で作ったケースに入れ魔力を注ぎ続けた結果、限界を超え魔力を溜め始めたのです。魚人族の親和性のなせる技でしょうか・・・他の種族ではああはなりませんでしたので」
「・・・まさか度々この街に魔人が現れていたのは・・・」
「そうですよ。アバドンが襲って来た時の為の練習として実戦形式で兵士達と戦わせようと核を抜いた者を街に放ったのです・・・が、どこぞの誰かに連れ去られて練習になりませんでしたがね」
「じゃあ魔人が出なくなったのは・・・」
「必要最低限の核は揃いましたしウォンカーも完成しましたし・・・練習など必要なくなったので核を抜く事はなくなりました」
なんて事だ・・・全てこの2人の仕業だったとは・・・いや、この国の仕業、か
「魔力障壁でこの街の魔力の濃度を高め、その魔力を一箇所に集める・・・そして使用する分以外を全てウォンカーと核に注ぎ込む・・・ツギハギだらけだったウォンカーの体はいつしかあのような継ぎ目のない体になり色も変わりあのような力を得た・・・もはやアバドンが来ても恐れる必要もありません・・・勇者ですら倒せなかったアバドンを私が作ったウォンカーが倒す日が来るのです!」
「・・・来るかも分からないアバドンに対抗する為に何人もの人を犠牲にしたのか!」
「貴方も皇子という身分なら分かるはずですよ?備えの大事さ・・・それとも何も起こらなければ兵士など要らないとでも言いますか?食事に困らなければ貯蔵などしなくてもいいと?いつ何時何があるか分からない・・・それなら想定出来るものには備えるべきとは思いませんか?」
「だからといって人を犠牲にしていいとは思わない!」
「私だって同じ思いですよ。ですが犠牲にしなくては無理だから仕方なくしているだけです」
「なら自分がやればいい!自分の核を抜き魔人になってアバドンを・・・」
いやそうじゃない・・・誰も犠牲にならない道を模索する必要が・・・でもそれでも見つけられなければ?アバドンが来たらこの国が滅びる・・・それが分かっていたとして私ならどうする?
「無駄ですよ・・・行き着く先は決まってます」
まるで私の心を読んだかのように言うエルダー
本当にそれ以外方法はないのか?本当に・・・
《凄い・・・凄いわね!繰り返さずに放置すると人間はここまで・・・》
ウロボロス?
これまで黙って聞いていたウロボロスが賞賛の声を上げた
「魔族の貴女に称えらるとは光栄ですな」
《あら?私が魔族って言ったっけ?》
「人体を再生するなど聖女ですら出来ない御業・・・出来るとしたら魔族くらいのものでしょう・・・名乗らずとも分かります」
《ふーん・・・賢いのね。バカだけど》
「なっ!?どこがバカだと言うのですか!」
《間抜けと言った方が正しいかしら?備えるのは確かに大事かも知れないけど・・・アバドンは来ないわ》
「なぜ言い切れるのです?まさか見つからないとでも?それかここまで来る事が出来ないと・・・」
《違う違う・・・アバドンが本気を出せば見つけられるでしょうし簡単に来れると思うわ。けどアバドンって大陸にいる人間を破壊したら満足しちゃって眠っちゃうのよね・・・まあ魔力が尽きてってのもあるけど・・・それに・・・》
「・・・それに?」
《アバドン死んじゃったし》
「・・・は?」
《つい最近の事なんだけどね・・・アバドン負けちゃったのよ。だから来ないわ》
「・・・勇者が倒したのか?」
《いえ。勇者に負けるほど弱くないわ。アバドンは・・・》
ウロボロスが言いかけたその時、部屋の中心からウォンカーに投げられた師匠が現れた。その師匠を見てウロボロスは笑みを浮かべて言葉を続けた
《彼に倒されたの・・・ロウニール・ローグ・ハーベス・・・素敵でしょ?──────》




