694階 ヒース・クラン
深い深い闇の中・・・その闇の奥底にある光はいつも私に語り掛けてくる
しかし私は耳を塞ぎ聞こえないフリをしてきた
もう疲れた・・・楽になりたい
「頑丈な奴め・・・ならもう少し上げてみようか」
そう言って目の前の男は私に向けて蹴りを放つ
蹴りなど何年・・・何百年見てなかっただろうか
《ぐっ!》
受けた腕に激しい痛みが走る。その度にとっくに忘れていた兄との修行を思い出す
私より少し先に産まれただけで兄と名乗り全てにおいて私を上回り完璧だった人・・・疎ましいと思う反面憧れでもあった兄・・・その兄が勇者と分かった時は嫉妬ではなく憧れだった
私も兄のように・・・兄の数秒後に産まれた弟はその時心の底から『兄』と呼び始めた
その『兄』が私の中に存在し語り掛けてくるのだ
きっと不甲斐ない私を叱咤しているのだろう・・・兄みたいになれればどんなにいいか・・・けど私はなれない・・・兄のようには
「どうだ?痛いだろ・・・降参するか?」
《・・・誰が!》
性格はまるっきり違うがこの男も強い・・・まるで兄と対峙しているようなプレッシャーに卓越した戦闘技術・・・単純な力だけなら私の方が上かも知れないが他は全て劣っていると言っても過言ではない
「お前が、だよ」
懐に入り込まれ重い一撃を食らい仰け反る
強い・・・私ではこの男に勝てない・・・
《えっと・・・聞こえる?・・・えー・・・私の名はフラン・・・第5皇子フラン・マルチス・ブルデンだ》
っ!?フランの声が先程の皇帝の声と同じように街に響き渡る
《一方的に話すがどうか聞いて欲しい。先ず初めに言っておく・・・この騒動の首謀者は私だ。魔神ヒースと共に魔人を使い街を襲撃した。狙いは私の父であり現皇帝であるジルニアス・マルチス・ブルデン》
その名を聞いた瞬間に周囲がざわめく
当然だ・・・口に出す事は疎か考える事さえ極刑に処されそうな言葉を何の躊躇いもなく発するフランに対し動揺を隠せないのは当たり前のこと・・・しかし前は皇帝だけではなく他の皇族も一掃すると言っていたのだが・・・
《現皇帝ジルニアス・マルチス・ブルデンを討ちそこで戦っている魔神ヒース・クランを皇帝とするのが私の目的だ》
《っ!?・・・何を・・・》
そんな話は聞いていない・・・私はこの戦いが終わったら・・・
《皆はただ皇帝が代わるだけと思うかもしれない。だが約束しよう・・・ヒースが皇帝となったあかつきには魔力障壁は排除し他の街との交流を開始する。そして自分が望む職業に就き、好きな相手と結婚し、隣人と肩を並べて語らい、字を書き、本を読む為に字を学ぶ・・・そんな未来を約束しよう》
《しかしそれには苦痛が伴うだろう・・・今までのように衣食住を国から与えられる事はなくなるからだ。それに魔力障壁を排除すればこれまで通りに魔道具を使える事もなくなるだろう。貧困の差が出たり時には争いが起きる事があるかもしれない・・・これまでの国では起きえなかった事が起きるのは間違いない》
《辛い事の連続かもしれない・・・このままの方が良かったと後悔する日が来るかもしれない・・・私とヒースが恨まれる日が来るかもしれない・・・だがそれでも私は・・・私とヒースは皆に知ってもらいたいのだ・・・自由とは何か・・・そして皆が無限の可能性を秘めているという事を》
《唐突にこんな事を言われてさぞかし混乱している事だろう。無理もない・・・ただ少しでもいい・・・私が言う未来を想像してみて欲しい。そして決断して欲しい・・・今まで通り何の起伏もない平坦な道を歩くのかそれとも入り組んでいて何が起きるか分からない険しい道を進むかを》
そんな言い方をすれば前者を選ぶに決まっている。どうしてフランは今の国の現状を訴えないのだ・・・それさえ伝えればきっと民は味方してくれるはず・・・それなのに・・・
《困難な道をわざわざ選ぶ人などいないだろう。現状に満足しているのであればこれまで通り皇帝を崇め私を非難してくれて構わない・・・だけどもし・・・ほんの少しでも自由を求めるのであれば私とヒースを信じてついて来て欲しいのだ・・・もし信じてくれるのであれば・・・私とヒースが先頭に立ち険しい道を切り開く手伝いをしよう》
フランと私で切り開く?険しい道を?・・・そんな事出来るはずもない。いや、フランなら出来るかも知れないが私は・・・
周りを見てもフランの言葉に混乱している様子が見て取れる。こんな状況で皇帝を討ったとしても決して上手くいくとは思えない。それに私はそんな大層な考えで皇帝を・・・皇族を根絶やしにしようとしていた訳ではない。ただ復讐をしようとしただけ・・・しかも当の本人は遥か昔に死んでしまっているからその子孫を狙っての復讐・・・決して正義ある戦いではない
フランは民を騙そうとしている?いやそんな子ではない・・・決して。だとしたら上で何かあったのか?言わされている・・・感じではないな・・・そう言わざるを得ない状況なのか?
「おーおー・・・立派なご高説だこと・・・しかし言うに事欠いて道を切り開く手伝いをするのが皇帝の5番目の息子と本人が道に迷っている自称魔神とはな」
・・・この男・・・
《・・・フランは真剣に民の事を考えていた・・・私の事は何とでも言えばいい・・・だがフランの事をバカにするのは許さん》
「別にバカにしたつもりはないさ。ただ事実を言ったまで・・・他に何かあるのか?」
《貴様にフランの何が分かる!》
「いやだから分からないって言ってるだろ?周りの連中も同じだ・・・知らないからきっとこう思っているはずだ・・・『魔人を使って街を破壊している第5皇子が何か言ってる』・・・世間の認識とか考えるとそんなもんだろ?」
《・・・》
「別に心に何も響かない・・・そんなもんさ」
《貴様・・・》
「けどフランをよく知る奴が聞いたらどうだろうな?改めてフランの意思を聞きどう思ったか・・・道は目の前に広がっているぞ?ヒース」
《なに?・・・グゥ!》
フランが話している時は何もして来なかった男は突然消えたかと思ったら目の前に現れ拳を私に叩き込む
その拳は今までよりも鋭く硬く私の体はくの字に曲がり意識が遠のきそうになる
「まだ分からないのか?知らねえ奴から何を言われても響かない・・・けど知っている奴なら響くだろ?・・・お前は何も感じなかったのか?フランを誰よりも知るお前は・・・何も響かなかったのか?」
《・・・私は・・・》
フランは私にいつも興奮気味に話してくれた。本で読んだ知識を・・・遠い別の大陸ではこんな国があるとか魔法の事とか・・・そしていつも決まって遠い目をして黙ってしまう・・・おそらく思い馳せているのだろう・・・この国が本の中にある理想の国のようになる事を
そんな彼女・・・いや、彼の願いを叶える為なら私の命など惜しくはない・・・いや、長きに渡り生きてきたのはその為だったと言えるかも知れない
しかし『その時』が近付くにつれて迷いが生じ始める
本当にそれで人々は・・・彼は幸せになるのだろうか・・・私が住んでいた頃の大陸と同じように人と人とが争う事になるのではないだろうかと考えてしまうようになった
そして遂に・・・フランと会えない日々が続き迷いは私を狂わせた・・・体の制御が効かなくなったのだ
気付いた時には城の前・・・後一歩のところでフランの願いが叶う場所で立ち尽くしていた
そこに現れたこの男・・・勇者である兄と遜色のない強さを持つこの男のせいで考える暇がなかったが今が決断する時なのかもしれな・・・っ!
「死ねぇ!!」
男は私の返答を待たず攻撃を仕掛けて来た
《このっ!少しくらい待てぬのか!》
「アホか・・・充分待ってやって後押しがあったにも関わらず『私は・・・』なんて言う奴の返答なんて待ってられるか!どうせまたウジウジウジウジ悩み始めるんだろ?いい加減飽きたわ!」
《くっ・・・どれだけの未来が関わって来ると思っているのだ!そう簡単に答えが出せる問題ではない!》
「はぁ?1000年も答えが出ねえ奴が少し悩んだくらいで答えを出せるなんて思っちゃいない・・・お前が考えるべき事は『フランを信じるか信じないか』だ」
《無論フランは信じている!しかしその道が誤っていたとしたらどうするのだ!》
「間違ってる訳ねえだろ。ただ困難な道程になるのは確かだ・・・だからお前はその困難を乗り越えられるか乗り越えられないかだけで判断すればいい。乗り越えられないと思ったらなら全力で止めろ。乗り越えられると思ったなら実行すればいい・・・ただそれだけだ」
《なぜ間違ってないと言える!》
「その道を選んだのがフランだからだ」
《なっ・・・》
「これが他の誰かが考えた・・・とかなら悩むのも分かる。けどあのフランが選んだ道が間違っているとは俺には思えない。しかしそれは決して楽な道ではない・・・はっきり言って普通の人なら足踏みするようなイバラの道だ。けど・・・それでもフランは突き進むと宣言した・・・お前となら乗り越えられると信じているからだ」
《・・・》
「でも肝心のお前が躊躇するって言うなら・・・お前は用無しどころか邪魔なだけだ。お前がいるからフランは行けると考えているがいなくなれば諦めがつくだろう・・・だから迷うくらいならここから去れ・・・足でまといなんだよお前は」
《・・・私がフランの足を引っ張っている?》
「そういうこと。お前がいるからフランはひとつの考えに拘る・・・けどお前がいなくなればフランは別の方法を考えるだろ?・・・例えば他の誰かと組む・・・とかな」
《他の方法だと?》
「俺が代わってやるよ・・・お前の役割を、な──────」




