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ダンジョン都市へようこそ  作者: しう
三部
695/856

690階 暗影のエミリ

「くっかっかっ!段々色っぽい姿になってきたじゃねえか!」


セシーヌ様とシークスさんのお陰でヒュノスと一対一となったのにこの体たらく・・・最近戦いから遠ざかっていたのが原因でしょうか


獣人族はマナを使えない代わりに強靭な肉体と鋭い爪・・・そして全てを噛み砕く牙を持っている。マナで身体強化し武器にマナを纏った者と同格・・・少々厄介ですね


「服を切り裂くのがお上手のようですね。普段から服を切る練習でもしているのですか?」


「・・・減らず口もここまでだ・・・俺が獣になる前に降参した方がいいぞ?」


「ならもう手遅れでは?」


「獣がこんな紳士的に話せると思うか?」


「・・・貴方の中での紳士というものを懇々と問い質したいところですが・・・時間もあまりありませんしこの際目を瞑りましょう」


ヒュノスの口ぶりからまだ何か奥の手を隠している様子・・・そうなるとまずいですね・・・


視線の端でシークスさんの戦っている姿が見える・・・利き腕を失い弱くなったと思いきや以前のシークスさんを凌ぐ勢い・・・あっという間に獣人達を倒してしまい残るはガイエルのみとなっていた


「おい!よそ見している暇はねえぞ?」


「貴方との会話が暇だったのでつい・・・」


いつの間にか間合いを詰め爪での攻撃を仕掛けて来たヒュノス・・・体を捩りそれを躱すと逆手に持った短剣を振り反撃を仕掛けるがそこには既にヒュノスはいなかった


「どこを狙っているんだ?」


「移動されても獣臭さが残っていたので」


「そうか、よっ!」


これだ


私達の大陸の方と対峙しているのであればマナを使用している箇所によりどのような行動を取るかある程度把握出来る。しかし彼はマナを使わない・・・いや、使えないが正しいでしょうか・・・どちらにせよマナの流れが見えない分やりにくい


今も間合いに入られ一撃目は躱せて反撃出来ましたが躱されてしまい爪の餌食になりかけました・・・それにしても本当に服を切り裂くのがお上手なようで・・・侍女服が痴女服になってしまいそうです


「なかなか好みの格好になってきたな・・・次は下か?それとも上をもう少し・・・」


「・・・まさか本当に服だけを狙って?」


「どうだろうな」


殺気がないのもそのせいでしょうか


マナも使わず殺気もないのでやりにくくて仕方ありませんね・・・どちらかでもいいのであって下さると助かるのですが・・・


「やっぱり下にするか・・・膝上・・・いやスレスレまでそのスカートを短くしてやる」


「余計なお世話です」


さて・・・どうしましょう


実力はやりにくさを差し引いてほぼ互角・・・一気に片をつけるには・・・・・・何を考えているのだか・・・私はセシーヌ様の侍女エミリ・・・あの時に戻るなど・・・


「よそ見したり考え事したり・・・俺の事舐めてんだろ?」


近っ!臭っ!


「失礼しました・・・失言を」


「心の中で何を言いやがった!?」


また間合いに入られましたが今度は爪を短剣で防ぐ。力強くすぐ押し切られそうになりましたがその力をいなす


「淑女の心の中を聞くなんて野暮ですよ?」


「チッ!」


態勢を崩したヒュノスに一撃をお見舞いしようとしましたが地面を蹴る・・・と言うより抉り物凄い速さでその場を脱する


このままじゃ埒が明きませんね・・・ヒュノスは技術はありませんがそれを補って余りある身体能力を持っている・・・それは時にマナを使用した私をも凌駕するほど・・・なれば私は・・・その身体能力を超える技術を使うのみ


「・・・へえ?やっとやる気になったか・・・なら俺もそれに答えねえとな」


っ!ヒュノスの毛が逆立って・・・まるで・・・そう、猫が怒った時のように!


「・・・お前また心の中で俺の悪口を言ったな?」


「・・・いえ・・・どちらかと言うと褒め言葉です」


「嘘をつけ!」


「っ!」


・・・今・・・何かが通り過ぎた?・・・あ・・・脇腹が・・・熱い・・・


「獣に近付くと制御が効かなくてな・・・スカートを切り刻むつもりが肉を抉り取っちまったぜ」


「・・・少しお腹が気になっていたので・・・ちょうど良かったです・・・」


意識が朦朧とする・・・脇腹の肉を・・・持って行かれた・・・


致命傷とまではいかないまでもかなり深い・・・もしかしたら内蔵まで届いているやも知れません・・・


「まだ減らねえかその口は・・・なら次は反対側の肉を取ってやろうか?痩せたいんだろ?」


ヒュノスから殺気を感じる


そうですか・・・彼は今まで狩人だった・・・だから殺気を放たずに・・・


獣を狩る時に殺気を放っては気付かれ逃げられてしまう・・・だから狩人として殺気を放たずにいた


けど今は獣となった


獣を狩る者ではなく自分の領域に侵す者を始末するただの獣に・・・


・・・このままでは・・・負ける・・・


「手伝おうか?」


シークスさん・・・既にガイエルも・・・


気絶したか死んでしまったか分かりませんが倒れているガイエルの上に乗りながらニヤニヤと笑いながら言うシークスさん・・・彼ならもしかしたら・・・私がやられたらセシーヌ様に被害が及ぶかもしれない・・・ここはシークスさんに任せて・・・


「頼・・・」


「けどボクが代わりにその獣を倒したら今後は侍女として過ごしなよ・・・邪魔だから」


「・・・え?」


邪魔って・・・


「侍女だったり護衛だったり暗殺者だったり・・・中途半端なんだよね。ボクは中途半端な奴が大嫌いなんだよ」


「・・・ハッキリと言いますね・・・」


「今のエミリは怖くないからね」


「怖くない・・・ですか?」


「ああ、怖くない・・・もしかしてエミリ・・・『負ける』とか思ってんじゃないの?」


「・・・」


「ここにいるのは誰だ?セシーヌの侍女か?護衛か?それとも暗殺者か?侍女なら元々引っ込んでろって話だし護衛ならセシーヌを護る為の行動を取れよ。どちらも勝ち負けとかねえだろ?」


・・・確かにそうですね・・・侍女ならば戦わないし護衛ならセシーヌ様を連れて逃げればいい・・・勝ち負けに固執する必要など・・・ない


「エミリは今何の為にそこに立ってんだ?勝つか負けるかの勝負をしてんのか?・・・違うだろ?お前は何だ?・・・エミリ」


「・・・私は・・・」


私は何だ?・・・私は・・・


「おーい、ゴチャゴチャ横からうるせえな・・・女をひん剥いたら相手してやるからそこで大人しく待ってろよ糸目のガキ」


「あ?」


私はセシーヌ様の侍女?護衛?・・・違う・・・私は・・・


「やっぱボクがやるわ・・・躾てペットにしてやるよ・・・」


「ハッよく見えるように瞼も引きちぎってやる」


ヒュノスとシークスさんが対峙する


これで良かったのだろうか・・・私は・・・


「エミリ・・・失った部分は戻せないけどとりあえず止血だけでも・・・」


いつの間にかセシーヌ様は私の背後に回り傷口に手を当てた


痛みが和らいでいく・・・暖かい・・・傷だけではなく心も癒されていくような感覚・・・私はこのような方を暗殺しようと・・・


「後はシークスに任せてエミリは・・・」


「・・・いえ、大丈夫です。完治しましたから」


「完治って・・・血が止まっただけで・・・」


「完治しました」


自然と笑みが零れる


これが聖女の力なのだろうか・・・いや・・・聖女ではなくセシーヌ様の力・・・


そうだ・・・私は侍女ではなく護衛でもない・・・


「シークスさん・・・獲物を取らないでもらえますか?」


「あ?・・・何だやっと思い出したの?」



私は暗殺者・・・いずれセシーヌ様を暗殺する・・・暗殺者だ



対峙する2人の間に入りヒュノスを見据える


「後でたっぷり可愛がってやるから今はそこをどけ・・・そこの糸目にきっちり・・・」


「貴方の相手は私です・・・いえ、私の標的は貴方です・・・の方が正しいでしょうか」


「あん?標的?」


「あ、でも依頼も受けていないのに標的とは・・・」


「エミリ」


背後から名前を呼ばれ振り返るとシークスさんは指で何かを弾く。それは放物線を描き私の元に来た為に受け取り見ると・・・


「・・・1ゴールド?」


「依頼してあげるよ・・・そいつを殺せ」


「・・・随分と安いですね」


「獣ごときの暗殺依頼なんてそんなものだろ・・・ちなみに君が戻って来ないからボクの懐はそれでスッカラカンだ」


「私が戻って来ないから?・・・ああ、とてもお買い物が楽しんだようで何よりです」


「ざっけんな・・・さっさと依頼を遂行しろ暗殺者」


「心得ました依頼主様」


随分とセシーヌ様も楽しんだみたいですね・・・シークスさんの財布が空になるまで買い物をするなんて・・・


「さて、依頼も受けた事ですしとっとと終わらせると致しましょう」


「待ちくたびれたぜ。黙って聞いてりゃ・・・今のやり取りに何の意味があるんだ?」


「貴方の相手が私から『暗影のエミリ』と相成りました。よろしくお願い致します」


「暗影?どこも変わってないが?」


「貴方のように毛を逆立てる事は叶いませんがすぐに理解出来るかと・・・では死んで下さい」


「一方的にやられててよく言うぜ・・・どうやら止血は出来たみたいだが抉れた所はそのまま・・・予告通り反対側を・・・っ!」


細く鋭いマナを飛ばしてヒュノスの頬に傷を付ける。彼は頬の傷に気を取られて私から視線を外した


「もしかしてこれが暗影か?かすり傷付けるのが得意って・・・っ!?」


気配を消し彼の視界に入らないように動く。その際に少々仕掛けをさせていただきます


「チッ・・・どこに行きやがった!」


キョロキョロと私を探すヒュノス・・・貴方程度じゃ私を見つける事は不可能でしょう・・・本能で動く獣程度では


ヒュノス・・・彼は狩人から獣になり身体能力が格段に上がった・・・もしかしたら目や鼻や耳も強化されているかもしれません。けれど五感に頼ってしまうとどうしても他の感覚が鈍くなる・・・視界から消えた私を目で追い匂いで探し耳を澄ますが何も感じなければ焦りが生まれ他の感覚に頼りづらくなる


経験則や勘・・・本能に従っていればもしかしたら私を捉えられたかもしれませんが・・・獣と言いつつ中途半端に獣人の貴方にはそれらに頼る事は出来ないはずです


「出て来い!コノヤロウ!」


「・・・人が暗闇を恐れる理由を知ってますか?」


「そこか!」


私の声がした方にヒュノスが飛び込んで来ましたが既に私はそこには居ない・・・そして仕掛け・・・小刻みに気配を出し入れしあたかも複数の気配があるように見せかける


「このっ!」


「人が暗闇を恐れるのは『暗闇の中に何があるのか分からない』からです。もしかしたら敵が潜んでいるかもしれない。突然襲われるかもしれない・・・そんな勝手な妄想で作り出すのです・・・恐怖を」


「恐怖だと?俺がお前に恐怖すると思うか?」


「私だけとなぜ思うのですか?」


「まさか!・・・チッ!」


ヒュノスは振り返り全く動かずにいるシークスを見て舌打ちする


そう・・・貴方は自らの手で暗闇を作り出す


「・・・コソコソ隠れやがって・・・ハッ!いいぜどっからでもかかって来いよ・・・どうせお前の刃は俺には効かねえ!」


「そうでしょうか?人にも獣にも隙間はあります。どんな強靭な肉体も鍛えられない箇所があるのです。目、鼻、耳に口の中や股間・・・ああ、貴方の場合は尻尾も鍛えられないかもしれませんね」


「このっ!」


闇雲に狙ってももうそこにはいませんよ?それと今言った箇所は狙いません・・・下手に五感を削ぐと別の勘が働きますからね


「クソ野郎が・・・やれるもんならやってみろ!!」


彼の意識は今言った箇所に集中しているはず・・・自分が急所と思う箇所を私から守ろうと必死・・・それが隙となる


「ご要望通り参りました」


「てっ・・・」


喚くヒュノスの目の前に立ち短剣を胸の・・・骨と骨の隙間に突き刺す。心臓は守ろうと本能が働くので難しいですが横にある肺なら本能も働きにくい・・・短剣はスルリと骨の間を掻い潜り肺に少しばかりの穴を空ける


「ごっ・・・貴様ぁ!!」


若干空気が漏れる音を鳴らしながらヒュノスは目の前に現れた私に爪を向けた。しかし爪が振り下ろされる時には私は既にその場にはおらず彼の爪は虚しく空を切る


「・・・もう勘弁ならねえ!絶対にぶっ殺してやる!!」


怒りで我を忘れ完全に冷静さを失ってしまったようです


それが闇を深めるとは思いもしないでしょうね


「次だ・・・次てめえが現れた瞬間が最後・・・ズタズタに切り裂いてやる・・・」


全身からマナではない何かが立ち込める


あれは・・・魔力?


魔族が出すような濃厚な魔力ではありませんが確かにあれは魔力・・・獣人とはもしかして魔人に近い存在なのでしょうか


それはさておき中々厳しそうですね・・・ヒュノスはどんな攻撃が来ようとも防ぐと気合十分・・・強引に仕掛ければ彼の言う通り私は彼の爪に切り刻まれてしまうでしょう


次の一撃は確実に仕留めにいかなければならない・・・彼が人間である事を祈るばかりです


「どうした!?出て来い!!」


「そう喚き散らさないで下さい・・・次が最後です」


「来い!!」


「ちなみに知っていますか?」


「何をだ!!」


「人間の頭蓋骨は元から半分に割れているのです。つまり僅かながらですが『隙間』があるのです」


「あ?」


ヒビのような割れ目・・・そこに寸分たがわず短剣を突き刺すと剣先は割れ目を拡げ脳に突き刺さる


「ピッ・・・」


「ああ良かった・・・獣人族と人間の体の構造は同じようですね。貴方は見た事があるか知りませんが頭蓋骨には先程も申し上げました通りヒビがあるのです・・・頭頂部を突き刺しそのヒビに剣先を突き立てれば鍛えられない頭蓋骨は割れその先にある脳に届く・・・と解説したところでもう理解する事は出来ないようですね」


彼の肩に足を乗せ脳天に突き刺した短剣を引き抜くと地上に降りる


彼は想像もしなかったでしょう・・・私がほとんど宙に浮いていたなんて


最後以外話しかける時は常に地上にいた・・・気配を出す時も必ず地上・・・そうやって彼の意識を地上に集中させ意識外の宙で隙を伺う・・・彼は五感に頼り地上にいるはずだと視線を動かすが見つかるはずもない・・・ここが森など木があり上を意識するような場所なら話は変わったかもしれませんがね


「・・・シークスさん・・・なぜ頭に手を?」


「いや・・・見てたらイタッってなって・・・」


「・・・そうですか・・・これにて依頼は完了です。そして私はセシーヌ様の侍女に戻ります」


「そうしてくれ・・・じゃないと妙に頭がソワソワする」


「安心して下さい。依頼は金輪際受ける気はありませんので・・・もし受けるとしてもセシーヌ様からくらいでしょうか」


「・・・」


少し脅しが強過ぎたでしょうか。ですがセシーヌ様がシークスさんの暗殺依頼などする訳・・・あ・・・


世界が反転する・・・いえ私が倒れた?どうやら無茶し過ぎたようです



セシーヌ様が私の名を叫ぶ声と駆け寄るシークスさんの姿が・・・ふふっ・・・こんな事を言うのもなんですがこれが幸せというものでしょうか


セシーヌ様の暗殺依頼が終わるまで死ぬ訳にはいきません・・・誰からも愛され怪我や病気ではなく幸せな最期を迎えるセシーヌ様を見るまでは・・・私の依頼達成率100%は途切れてしまうので──────


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