674階 ラズン王国三人衆
コゲツ、リュウダ、シャシの3人は共に同じ方向を目指していた。目指す先は帝都西側・・・隠れ家に使っていた場所とほぼ変わらない住宅街となっていた。住宅街という事もあり建物の高さも低く3人は屋根に上りその上をヒョイヒョイと飛んで喧騒の地を目指す
「何も分かれてやらずとも固まって動いて各個撃破すればいいのでは?」
音が近くなり警戒を強める中、シャシは誰に尋ねる訳でもなく呟いた。その言葉にコゲツがニヤニヤしながら反応する
「なんだ1人は怖いのか?」
「違う!効率の問題だ!」
「逆だろ?各個撃破じゃ時間がかかる・・・その間に魔人が暴れて街が壊滅したら恩を売るどころじゃなくなる。それに今回の作戦は『数打ちゃ当たる』だからな」
「と言うと?」
「俺が会ったアギ何とかって奴は上に立つ器でもねえのに将軍なんて名乗っていやがった。そんな奴と交渉なんて出来るはずもねえ・・・クソ野郎にはクソを喰らわすのがラズンのやり方だろ?」
「初耳だが・・・まあ『目には目を歯には歯を』がモットーではあるな」
「そうそれだ!・・・とにかく奴は魔人から助けたところで交渉に応じるとは思えねえ。だがまあ中にはいるかもしれねえからな・・・話の通じる奴がよ」
「それで『数打ちゃ当たる』か・・・承知した。外れたら斬る・・・でいいのか?」
「もちろんだ」
シャシとコゲツの会話を黙って聞いていたリュウダは大きくため息をついた
「・・・何が『もちろんだ』だよ・・・黙って聞いてれば2人共おかしい・・・将軍を殺したら話が通じる将軍がいたとしてもダメになっちゃうだろ!そんな事も分かんないの?」
「んなもん黙ってりゃバレねえだろ?」
「バレるわ!口封じに目撃した人達を全員殺す気か?・・・ぶっ倒すのは構わないけど殺しちゃダメだ・・・とりあえず暴れている魔人を全部倒した後、魔力を溜められる道具を作ってもらうまでは」
「めんどくせえな」
「コゲツ!・・・ハア・・・お前本当に恩を感じてないのか?それともあの状況から自力で抜け出せると?それに今歩けてるのは誰のお陰だ?脱走出来たのも今歩けるのも全部ロウニールのお陰だろ?」
「聞いてなかったのか?誰も頼んじゃいねえ」
「・・・お前・・・売り言葉に買い言葉で出た言葉かと思ったけど本気で・・・」
ダンに放った言葉・・・それはつい頭に血が上り出た言葉であり本心ではないと思っていた・・・が、冷静になってもまだその言葉を放つコゲツをリュウダはキッと睨みつける
「勘違いすんな。俺はただ生き恥を晒したくないだけだ。ロウニールにゃ恩も感じているし助けたいとも思う・・・が、死人にゃちと荷が重い」
「はぁ?死人?」
「・・・俺はあの時死んだ・・・歩けなくなり拳も握れなくなった時点で『拳豪』コゲツは死んだんだよ」
「の割には生き恥は晒したくないのだな」
「揚げ足を取るなよシャシ・・・まあでもそうだな・・・『拳豪』は死に抜け殻となった『コゲツ』は生きている・・・偉そうに拳の道を説いてた俺は存在しなくなりコゲツという復讐心にまみれた男だけが生き残った・・・そんな俺に魔人から復讐相手を助けろって言われてもな・・・」
コゲツは拷問を受けて次に目覚めるまで・・・気を失いながらも復讐の火は絶やさずにいた。負けて死ぬなら何も問題はない。むしろ清々しい気分で逝ける・・・そう考えるコゲツであるが故に勝った相手に一方的に拷問され、しかも『拳豪』にとって命とも言える拳を奪われ更には足も奪われた
戦いどころか日常生活もままならない状態の中、コゲツは復讐心だけで命を繋いだ
結果的には失われた拳も足も元に戻ったが復讐心は消えはしない。拷問を行った者、命令した者、そしてこの国全てがコゲツにとって復讐の対象であり憎むべき存在となっていた
「・・・リュウダ・・・別に各個撃破は強制ではないよな?」
「うん?・・・まあそうだね」
「私はコゲツと共に行こうと思う」
コゲツの心境の吐露を聞きシャシはコゲツに承諾も得ず共に行動をすると伝える。リュウダはそれを聞いて少し間を開けた後、ゆっくりと頷いた
「そうだね・・・それがいいかも」
「・・・おい、勝手に話を進め・・・」
「死人は黙っていろ。死人に口なしと言うだろ?」
「そうだそうだ。都合のいい時だけ生き返るな死人」
「てめえらいい加減に・・・」
「む?黙れ死人・・・どうやら着いたみたいだぞ?」
「あ、本当だ・・・じゃあ僕は更に奥に行って探してくるよ。じゃあね」
屋根の上から人集りを見つけその中心は魔人と交戦していると判断しリュウダはコゲツとシャシを置いてさっさと行ってしまった
残されたコゲツとシャシ・・・コゲツはシャシを見ると困った表情を浮かべ頭を搔く
「・・・ここで俺が突っ込んでもリュウダを追っても付いて来そうな顔してんな」
「無論・・・死人を放っておけぬからな」
「・・・ハア・・・勝手にしろ。輪の中心が見える位置まで移動するぞ」
何を言っても無駄だと判断したコゲツはシャシを連れて輪の中心・・・兵士達が魔人と戦っているであろう場所に向かう為に更に進んだ
そして・・・
「・・・こりゃまた酷いな」
「我が国では考えられぬな・・・武人は強き者ほど前に出る・・・その常識はどうやらここでは通用しないらしい」
2人が見つめる先は阿鼻叫喚の地獄絵図・・・大通りの中央に位置する魔人を取り囲む兵士達は為す術なく撲殺されその輪は徐々に拡がって行く。そしてその足元にはおびただしい量の兵士の亡骸・・・その様子を見て2人は眉をひそめる
「兵士が逃げ出さねえって事は司令系統が生きている証拠だ。つまりあれは命令されてやらされている・・・って事だよな?」
「おそらくな。どこぞでふんぞり返って戦況を見つめているのだろう・・・他国の戦い方に物申す気はないが戦力的に上手くいっているとは言い難いな。単騎で倒す自信がないかもしくは人の命・・・兵士の命を軽んじているか・・・」
「まあ後者だろうな。いや両方か?・・・とにかく見ていて気持ちのいいもんじゃねえ・・・と言ってもあそこに割り込んで俺らが的にされないとも限らねえ・・・チッ・・・やりにくいったらありゃしねえ」
「ならばやる事はひとつであろう?」
「あん?どうすんだ?」
「決まっている」
そう言うとシャシは大きく息を吸い込むと目をカッと開き大声で叫んだ
「我が名はシャシ!故あって助太刀に来た!協力し魔人めを討伐しようぞ!!」
屋根のギリギリの所に立ち、いきなり大声で叫ぶシャシに魔人と戦う兵士達は疎か隣に立つコゲツさえも不審な目を向ける
「・・・おい」
「ん?何か間違ったか?」
「いや・・・まあ友軍に対する対処としてはいいが今のところ俺らは敵だぞ?それがいきなり味方するって言っても受け入れづらいだろ」
「むう、そうか・・・だがいきなり飛び込んでも的にされると言ったのはコゲツだぞ?」
「そりゃそうだけど・・・でも見てみろよ・・・絶賛混乱中だぞ?」
魔人の近くにいる兵士達はそれどころではなく2人に気付いていないが他の兵士達は屋根の上で喚く2人を見て一様に困惑の表情を浮かべていた
「ならば証明するのみ・・・いざ参る!」
「お、おい!・・・こんの暴走娘が!・・・ったく!どうなっても知らねえぞ!?」
シャシは飛び降りると大通りを埋め尽くす兵士達の肩に器用に飛び移り輪の中心へ
それを見てため息をついた後、コゲツもその後に続いた
そしてシャシは輪の中心に降り立つとすぐさま魔人へと斬り込む
「シャシ!!」
腰に差した刀に手をかけると抜刀しそのまま魔人に斬り掛かる。しかし魔人は腕でそれを受け止め反撃に転じた
襲い来る魔人・・・だがシャシは躱そうとはせず魔人を睨みつけていた
「なろっ!!」
コゲツが何とか間に合いシャシに当たる寸前の手を払い除ける。すると魔人はよろめき後退し威嚇するように唸り声を上げる
「お前はアホか!何ボーッと突っ立てんだよ!」
「残心だ」
「このっ・・・それと抜刀する時の発声をそろそろ変えろ!なんで抜刀しながら自己紹介してんだよ!」
「剣の師が最も適した発声をしろと・・・それで色々試したが『シャシ』が一番力も抜け抜刀しやすいのだが・・・」
「他にも色々試せ・・・傍から見るとアホの子だぞ?」
「・・・肝に銘じる・・・」
輪の中心でそんなやり取りをする2人を見て混乱に拍車をかける兵士達。魔人すらも戸惑う最中、魔銃での射撃は止まり一瞬だが静寂が訪れる
「これはこれは・・・決闘場の英雄殿ではありませんか」
その静寂を破ったのは将軍ペネット・アグリート
兵士達が道を開けると奥から姿を現しコゲツを見て『決闘場の英雄』と揶揄する
「決闘場の英雄?」
「・・・色々あってな・・・まあ全て終わったら話してやるよ。てかちなみに『英雄』と呼ばれるようなことはしてねえから今のは嫌味だぞ?勘違いするなよ」
「気になるがそれどころではないか・・・っと!」
それまで唸るだけだった魔人が突然動き出しシャシに襲いかかる。咄嗟に身を引きそれを躱すとコゲツがシャシと入れ替わるように間に入り攻撃後の無防備状態の魔人を殴り飛ばす
「私達と同じく見事な連携ですね。これは貴方達2人で魔人を圧倒出来そうだ・・・」
「その通りだ。私達2人で魔人を討伐出来る・・・ただ私達が魔人を討伐する理由はない。先程屋根上から申したように故あって助太刀に来たのだ」
「・・・つまり交換条件がある、と?」
「うむ。とりあえず話を聞いてもらいたい・・・出来る出来ないはその時判断してくれればいい・・・お主達もこれ以上兵の数を減らしたくはあるまい」
「・・・まあ減っても減らなくてもどちらでも構いませんが・・・手間が省けるのは助かります。助太刀お願い出来ますか?」
「うむ心得た」
コゲツはあまりにすんなり話が通ることに違和感を覚えるがシャシは二つ返事で魔人討伐を引き受け魔人と対峙する。そうなればコゲツも戦わざるを得ないと判断し頭を描いた後で構えを取る
魔人VSシャシ&コゲツの戦い・・・その戦いは一瞬で幕を閉じた
「まっ、こんなもんだろうな」
「鬼に個体差があるように魔人にもあるのだろう。ほとんどの鬼は取るに足らない実力だが中には強者もいると聞くし・・・」
「・・・お前・・・鬼と魔人が同じってまだ気付いてなかったのか?」
「なっ!?・・・そうなのか?」
「呼び方が違うだけで中身は一緒だ。てかそんな事も知らなかったのか?」
「・・・誰かさんみたいに国の外に出て遊び呆けてないからな。少し情報に疎いだけだ」
頬を膨らませプイッとそっぽを向くシャシに困惑しているとペネットが突然拍手をした
「お見事です。まさかこれ程とは思いませんでした」
「2対1なら当然だろ?本当は1対1でやりたかったが状況が状況だからな・・・まっとにかく感謝してくれていいぜ?例えば魔力を溜める道具をくれたりとか、な」
「ええもちろん感謝しております。かなり具体的な礼が所望のようですがその道具を準備するには時間がかかりそうですね・・・その前にやる事もありますし・・・」
「魔神・・・か?」
「ええ・・・それにまだ魔人も残っているかもしれませんし・・・余計な敵も増えたようですし」
「あん?余計な敵?」
「ええ・・・そろそろ準備も終えた事でしょうし始めましょうか」
「お主何を・・・キャ!?」
「シャシ!・・・っ!」
地面からウネウネと植物のようなものが生えてきてシャシの体に絡み付く。コゲツがシャシを助けようと動き出そうとした時、目の前を魔弾が通り過ぎその動きを封じた
「・・・てめえ・・・てか一体どこから狙いやがった・・・」
兵士達が撃った気配はない。それに殺気も感じられなかった。コゲツは身構え周囲を伺うが魔銃を撃った者は見当たらなかった
「ここから遠く離れた場所ですよ・・・アビニオン監獄を管轄していたアギニス将軍・・・お会いした事があるのでは?」
「っ!・・・アイツか・・・てか最初っから2人で魔人を・・・」
「言ったでしょう?『私達と同じく見事な連携ですね』と・・・伝わっていると思っていましたが・・・。さて無駄話はこれくらいにして今度は私達の連携をお見せしましょう・・・私と・・・アギニス将軍の連携を、ね──────」
くそっ・・・どういう事だよ・・・
コゲツ達と分かれてすぐ魔人と戦う集団に出会した
押されているように見えたので加勢に入り魔人を倒したのはいいけど・・・
「おい聞いてんのか!?人の獲物を横取りしやがって・・・何者だ!」
「助けてもらってそんな言い草はないだろ!苦戦していると思ったから・・・」
いやそりゃ戦いに割って入られたら腹が立つのも分かる・・・けど一方的にやられているように見えたから僕は・・・
「?・・・ああ、よそ者か・・・どうりで礼儀がなってない訳だ。その棒もよそから持って来たのか?」
「これは・・・魔神を倒す槍だ!」
ロウニールの奴が『龍槍はダメだ』と言って代わりに寄越した槍・・・魔人相手にも充分通用したし相当な業物だけど・・・ないものを求めても仕方ない・・・今はこの槍でやるしかない
「魔神を?・・・へえそりゃまた・・・堂々と獲物の横取り宣言とは恐れ入ったわ」
「へ?いやそうじゃなくて・・・僕はただ協力しようと・・・」
「大陸によって『協力』って言葉の意味が違うのか?・・・まあいい・・・どうあれ俺がやることは変わらねえ・・・俺にとっては獲物が代わっただけだ・・・お前ら手を出すなよ!これは俺の獲物だ・・・将軍ガルバン・ヤクニー様の、な──────」




