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ダンジョン都市へようこそ  作者: しう
三部
678/856

673階 船長と航海士見習い

海将ネターナ・フルテド・アージニス・・・私の直属の上官であり憧れの人


航海術や操船術それに的確な指示を飛ばす判断力に船員を動かす統率力を完璧にこなす唯一無二の船乗り


彼女には数々の逸話がありその中でも私のお気に入りの話がある


彼女がまだ船長ではなかった若かりし頃、当時彼女が乗っていた船が港を出ようとする際に天候の変化にいち早く気付き船長に出船を遅らせようと進言したらしい


しかし出船を遅らせれば次の港に着くのが遅れる・・・そう判断したか知らないが彼女の言葉を無視して船は予定通り出航した


するとしばらくして彼女の読み通り海は荒れ、船は船員達が立っていられない程激しく揺れた


転覆する寸前まで傾き、操舵手が舵から手を離すと強風で煽られ高速で回転していた・・・その時、颯爽と現れた彼女が舵の回転を止め、操り始めると見る見るうちに船は安定し始める


しかし船は流され嵐のど真ん中に・・・進むも戻るも出来ない状況となってしまっていた


それでも彼女は舵を握りながら動けるようになった船員に的確な指示を出し窮地を乗り切ると何事もなかったかのように船室に戻り次の港に着くまでずっと寝ていたらしい


それはそうだ・・・嵐は丸一日続きその間ずっと舵を握りながら指示を出していたのだから・・・


しかもそんな中でも航路からほとんどズレなかったと言うから驚きだ・・・当時を知る人から話を聞くと彼女がいなければ100%沈没していたと口々に言っていた


バツが悪いのは当時の船長だ


彼女の言葉を聞き入れていたらこんな事にはならなかったのだから・・・しかし謝罪に来た船長に彼女は言った


『船長の判断は正しかったじゃないですか・・・こうやって予定通りに港に着いた事だし』


屈託のない笑顔でそう言われ、船長は船を降りることを決意した


責められた訳でもないのになぜ船を降りたのか・・・当時の船長はこう語る


『責められたら反省をし今後に活かせると思ったがアイツは俺を一切責めなかった。何だか見限られた気になってな・・・お前はもう成長しない、と。それにアイツの実力に惚れ込んだってのも理由のひとつだ・・・俺という足枷がなかったら何処まで行けるか見てみたいって思っちまったんだ』


船長は自分の限界を悟り後進に託した。海という無限の可能性を自分という枷がないなら・・・彼女はもっと広げられると信じて


ちなみに当時の事を直接彼女に聞いた事がある。天候を読み危険だと分かってても船に乗り込んだのは何故か気になったから


すると彼女は平然とこう言い放った


『アタイに自殺願望でもあると思うかい?』


その一言で全てを理解した


彼女が危険と承知で船に乗り込んだのは自分なら乗り切れると判断したからだ


いざ不測の事態に陥ったら勇気を振り絞り対応する・・・ただ不測の事態の事態ではなく予測出来る事態なら無謀な事はせず回避する



私が船乗りは・・・いや、航海士はこうあるべきだと学ぶと同時に憧れるきっかけとなった話だ



「やけに静かだね・・・さっきまで騒がしかったのに」


私と彼女はみんなと分かれてから騒がしい・・・つまり魔人と兵士達が戦っているであろう場所を目指した


この街はかなり広い・・・もしかしたら我が国の王都と比べたら何倍もあるかもしれない。なので人口もかなりのものだろう・・・にも関わらずすれ違うのは兵士の制服を着た人だけという異常事態の中、ただひたすら音がする方を目指していた・・・が、音は何故か止んでしまった


航海で言うと追い風から急に凪になったって感じ・・・やな予感がする・・・


「終わっちまったかな?だとしたら少しマズイね・・・」


「はい・・・今回の目的は魔人を倒すのに協力し恩を売りこちらの要望に応えてもらうというものです。勝敗が決してしまうと恩を売ることが・・・」


「だね。魔人が勝利してたら恩を売る相手がいないし兵士側が勝利してたら恩を売る機会を失った事になる。前者ならまあ徒労に終わるけど魔人を倒せばいい・・・けど後者ならアタイ達は単なる脱走者・・・魔人討伐のついでに捕らえられちまうかもしれないね」


すれ違う兵士の数はかなりの人数だった・・・今は魔人のことで手一杯かもしれないけど魔人との戦いが一段落すれば私達は追われる側に・・・それだけは避けたいところだけど・・・


「今からは慎重に行こう。大通りを避けて路地を通り音がしていた場所を目指す・・・いいね?」


「はい!」


遠くではまだ音がしている場所もある・・・けど分かれる時にその方向には他の人達が向かっているのを見た。音が収まった場所に向かうのは危険だから他の人達と合流するのもひとつの手だけどなぜ音が収まったのか確認してからでも遅くはない


もし魔人が勝利していたら・・・付近の一般市民が危険にさらされている事になるし・・・


私達は大通りを避け路地に入ると狭い道を駆け抜け音がしていた方角へと向かった


大通りよりかなり遠回りになるけど仕方ない・・・たとえネターナ船長が強いとはいえ大勢の兵士達に囲まれたらどうしようもない


私という足でまといがいるなら尚更だ



「・・・止まれ・・・」


先を行く彼女が足を止め静かに言った


「いましたか?」


「ああ・・・けどここからじゃ兵士が人垣となって何も見えない。上から見て来るからここで待ってな」


「はい」


彼女はそう言うと向かい合う壁を足場に軽やかに上へと上がって行く


私もあれくらい出来た方がいいのかな?船に乗ったらマストに登る事もあるかもしれないし・・・え?


既に見えない所まで行ってしまったネターナ船長の軽業を見てそんな事を考えていると後頭部に冷たく硬いものが押し当てられる


「動くな!」


何かと思い振り向こうとすると鋭い声・・・油断した・・・後ろにいるのはこの国の兵士・・・そして押し当てられているのは・・・魔銃だ


「ここで何をしている?外出禁止令が出ているはずだ・・・それにその服は・・・」


マズイ・・・この国の人はほとんどが無地のシャツとズボンもしくはスカートを履いている。私が今着ているような柄が刺繍されてたりボタンがある服を着ている人などいない


バレても問題ないと服は来た時のままにしていたけどこの状況下ではマズイ・・・路地裏に潜み何かを企んでいる者に見えてしまう


どうする・・・と言っても私に出来ることはない・・・なら


「私の名前はマルネと申します!魔人に襲われ窮地にあるかと思い助っ人に参りました!」


「っ!コイツ・・・急に大声を出すな!」


「申し訳ありません!地声が大きいもので!」


嘘をつけば疑いは深まり敵対心は強くなる。この緊迫した場面で敵対心が強くなれば後頭部に当てられた魔銃を撃つ可能性も高まる


それにこれだけ大きい声を出せば・・・


「っ!?・・・何者だ!」


ドスンと大きな音を立て上から落ちて来たものに私に向けていた魔銃を向ける兵士。どうやら上にも聞こえていたらしい


「どうやら行き違いがあるようだね。アタイらは味方だからそれを向けないでもらえるかい?」


私の声を聞き急ぎ降りて来てくれたネターナ船長


魔銃から開放された私は振り向き状況を確認した


兵士は3人・・・全員彼女に魔銃を向けている。皆緊張しているがすぐに撃つ気配はないのはおそらく兵士達にとって私達が想定外の存在だからだろう。この国は上下関係がかなり厳しいと聞いた・・・上官には絶対服従に近いらしい。それは軍としては理想かも知れないけど実はそうではない・・・臨機応変に対応出来ないという欠点がある


命令されている事は忠実に守るが命令されてない・・・想定外の事が起きるとどう行動していいか途端に分からなくなる・・・おそらくこの兵士達は困惑しているだろう


突如現れた私達にどう対応すればいいか分からないはずだ


「私達に敵意はありません。よろしければ上の方に掛け合ってもらえないでしょうか?」


「・・・掛け合う?」


「はい。お察しの通り私達は以前あなた方に捕まっていた者です。別大陸から来た者・・・と言えば分かりやすいでしょうか?その私達が出て来た理由はただひとつ・・・魔人討伐の協力を申し出ようと・・・」


「待て・・・別大陸?貴様何を言っている?」


あれ?反応が薄い・・・監獄に捕らえられていたネターナ船長達が脱走した事を知らない?・・・いや、そもそも私達の事を・・・知らない?そんなはずは・・・


「なるほど・・・まっ、国としては知られちゃ不味い事をわざわざ知らせるわけはないからね」


「知られちゃ不味いこと?」


「アタイらの存在はこの国にとって毒なのさ。手紙に何て書いてあったか覚えているだろ?」


手紙?・・・そっかこの大陸に来るきっかけとなった手紙・・・そこには『助けて』と書かれていた。おそらくあの手紙の『助けて』は魔神から『助けて』ではなく国の支配から『助けて』だろう・・・となると私達はあの手紙を出した人にとっては救いの手を差し伸べに来た者になるけど国にとっては支配を邪魔しに来た者になる・・・もし国が私達の事を兵士に伝え兵士が民に漏らしたら反乱が起きるかもしれないと考え情報を規制した・・・そう考えると辻褄が合う


彼女達が捕らえられたのもそういった理由からだろう・・・民を刺激し反乱を起こさせないように・・・


「何をごちゃごちゃと・・・貴様ら一体何者だ!」


「何者かどうかはともかく、まずは責任者に確認するべきじゃないかい?『不審な人物を見つけましたがどうしましょうか?』ってね。そこに『この国の民とは服装が違う』と付け加えると話がすんなり進むと思うけど・・・それとも勝手に判断して怒られてみるかい?ただ怒られるだけで済めばいいけどね」


彼女の言葉を聞き戸惑う兵士達は顔を見合せどうするか話し合うと結局彼らは私達を責任者・・・兵士達の上官に当たる将軍の元に連れて行く流れになった



「さて・・・果たしてどんな対応をしてくれるやら」


「結局どうだったのですか?」


「かなりの犠牲は出たみたいだけどね・・・将軍と思わしき人物の近くに魔人と思われる死体が転がっていたよ」


「そう・・・ですか・・・」


兵士達に連れられている最中、2人だけに聞こえる程の小声で話す


魔人を倒せたのは喜ばしい事だけどこちらとしては交渉材料を失ったも同然・・・協力を仰ぐ事が難しくなってしまった



「へえ・・・予想以上に歓迎ムードじゃないか」


彼女の言う『歓迎ムード』がどこを指しているのか分からないが3人の兵士の内1人が先行して戻りどうやら私達の事を報告したらしい・・・多くの兵士達がひしめく中、私達が通れるように道を開けていた


そしてその奥に・・・兵士達の輪の中心に他の兵士とは服装や雰囲気・・・そして持っている武器も違う人物が立っていた


「厄介なタイミングで出て来ましたね・・・てっきり自分達の大陸に帰ったのかと思っていましたが・・・」


「いいタイミングの間違いだろ?それといいのかい?アタイ達の事を兵士達に知られても」


「人の口に戸は立てられないと言いますし下手に隠すよりは全て明らかにした方が良いと思いまして・・・皇帝陛下やその周辺はひた隠そうとしているみたいですけどね。それよりもいいタイミングとは?」


「魔人が暴れアタイ達が出て来た・・・アンタは手間が増えたと思っているようだけど全くの逆・・・アタイらが出て来たのは魔人討伐に力を貸そうと思ったからだからね」


一瞬男を『アンタ』と呼んだ瞬間に兵士達がざわめき殺気立った。しかし男がそれを手を上げて制すと首を傾げ手に持った剣を魔人の亡骸へと向けた


「コレの事ですか?それなら見ての通りですが・・・何に対して力を貸してくれると?もしかして運んで下さるのですか?」


魔人は既に倒されている・・・けど


「それは()()だろ?それより強力な()()は倒せていないはず・・・魔神討伐に協力すると言ったらどうだい?」


「貴女方が?足を引っ張るのではなく協力すると?」


「そういうこと・・・必要だろ?」


「必要ないと言ったら?」


「たかだか魔人相手にこれだけの犠牲を出してなお虚勢を張ると言うなら断ればいい」


彼女の声のトーンが変わる。最初は高く最後の言葉は低くまるで脅すような物言いにハラハラする


だけどそれは脅しではなく事実だ。なにせ魔人と戦った痕跡は凄まじくおびただしい数の死体が片付けも終わらぬまま放置されている・・・これで協力の必要がないと言うのは虚勢以外の何ものでもないだろう


ただ現状が協力を必要としていたとしても相手の実力が分からなければ協力してくれなどとは言わないはず・・・だから彼女は・・・


()()()()・・・ですか・・・」


「ああそうさ。魔人相手に犠牲を出す方が難しい・・・なあマルネ・・・そうだろ?」


「・・・はい」


彼女は挑発する


自分の実力を知らしめる為に


「なるほど・・・そうまで言われたら確かめるしかありませんね。魔神との戦いの前に少々減らし過ぎたとは思っていましたので貴女達がそれを埋めてくれると言うなら是非もないところ・・・もちろんそれ相応の実力があれば、ですが」


釣れた


これで実力を示せば断る理由はなくなる・・・彼女、ネターナ船長は十二傑ではないけど実力は他の将軍と変わらない・・・いやもしかしたら彼女の方が上かも・・・


十二傑に入らなかった理由はひとつ・・・国王陛下が出さなかったからだ。国王陛下は彼女の強さよりも船乗りとしての実力を高く買っておりその分国として必要としているから


「そりゃもちろん見てもらいたいところだね。アタイが口だけではないってところを。で?誰を相手にすればいい?1人2人じゃ分からないだろうから数人でも数十人でも構わないよ」


「これは異なことを・・・物の優劣を確かめるなら自らやるべきでしょう?違いますか?」


「はっ、()とは言ってくれるね・・・それなら話が早い・・・とくと味わいな・・・アタイの実力を」


戦いが始まる


命を懸けた戦いではないのだけど・・・何故か悪い予感がする


まるで目印にしていた星が急に隠れてしまったような何か悪い事が起きそうなそんな予感が──────

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