671階 参上
「小煩くてかなわんのう」
「音は一箇所ではないようですね。離れた場所にいくつか・・・となると分かれて行動するしかありませんね」
「と、当然だろ?・・・俺は最初っから1人で行こうと思ってたぜ?」
「自信がないならやめときな。誰も責めたりしねえから」
「コゲツやめろって・・・これだから脳筋は・・・」
「まあまあ許してやりなよ。これくらいの小競り合いは船の上ならしょっちゅうさ。マルネはアタイと一緒な」
「はい!よろしくお願いします船長!」
「魔人の数は分からずとも一人一殺を続ければすぐに終わりは見えるでしょう・・・腕が鳴ります」
外から聞こえる騒ぎを聞き久方ぶりに外に出た
別れを惜しんでか嬉しさのあまりか涙を流す家主達に見送られ出て来たはいいが騒ぎは四方八方から聞こえてくる。何のつもりか知らぬが固まっていないのはこちらにとっても好都合じゃ
共に戦った事があるならいざ知らずどんな動きをするか分からぬ者と共に戦うのは難しい。特にワシは、な
「とりあえず騒がしい所に行けばいいのか?あんまし詳しくないから迷子になりそうだぜ・・・無駄に広いし」
「あー気にしなくていいぞ?魔人に辿り着けなくても地理に疎いし街は広いし仕方ないよな」
「・・・トゲのある言い方に聞こえたのは気のせいか?」
「気のせいだろ?それか図星を言われたからそう思うかだが・・・どっちだろうな?」
「・・・っのボサボサ頭が」
「ゴリラは森に帰れウホウホ」
ハア・・・ダンとコゲツはどうしてこう・・・ん!?
「・・・どうやら道に迷わず済んだみたいだな・・・ゴリラ」
「歩く手間も省けてラッキーだ・・・こいつは俺がもらうぞ」
どこからともなく現れた魔人・・・ワシらの前だと言うのに余裕綽々なところが腹立たしいのう
しかしこの大陸の魔人は向こうとは全然違う・・・向こうは体が肥大し人間の中でも大きい方のダンの2倍くらいの大きさ・・・なのに目の前にいる魔人は大きいとはいえダンよりも少し大きい程度・・・なぜこうも違うんじゃ?
「さーて、お前らは行った行った・・・ここは俺に任せてっておい!シア!」
「やる気満々なところ悪いがコヤツはワシがもらう。ちょうど他に人気もないことじゃしワシにうってつけと思わぬか?」
意気込んで魔人に向かおうとするダンの前に出る
他の所で魔人を見つけたとしても周りに人間がおったら邪魔じゃしな
「は?ふざけ・・・」
「さっさと去ね・・・お主は守る者がいた方がちからが発揮出来るじゃろう?」
「うっ・・・まあそうだけど・・・」
「ここは老婆に任せて他を当たれ・・・それともワシに歩けと言うのか?」
「・・・チッ・・・普段はババア扱いするとキレるくせに・・・分かったよ・・・俺は他に行くよ・・・ったく」
他の者達もどうやら納得してくれたようで各々騒ぎの中心地へと向かった
ダンは最後までこちらを気にしていたがその姿も見えなくなりとうとうワシと魔人の2人きりとなった
「待っていてくれるとは意外じゃな・・・それともお主の目的は・・・ワシか?」
魔力の影響でか浅黒くなっておるがそれを除けば普通の人間にも見えなくはない。魔人特有の雰囲気と肌の色が違ければ街中に紛れておったら気付かぬかも知れんな
《・・・》
「どうした?見た目は人間っぽいがやはり人語は話せぬのか?向こうの魔人も言葉は話せぬようだったしのう」
《・・・》
やはり話せぬか・・・まあよい・・・別に会話したいとは思っておらぬからな
「・・・ブラッドミスト・・・」
血の霧が視界を奪う
そして血で剣を作り出しワシを見失っている魔人の背後に回り一気に突き刺した
ベルフェゴールと違い抵抗はかなりあったものの血の剣、ブラッドソードの剣先は魔人の肌を貫き体内に侵入する。剣先が向こう側を抜けた感触が手に伝わると更に力を加えそのまま横に・・・
《・・・吸魔・・・》
なっ!?喋れるのか?・・・いやそれよりも・・・吸魔じゃと?
魔族であるメフィストフェレスの『吸収』と同じ?ならばマズイ!
急ぎ剣から手を離すが遅かったのか大分持っていかれた・・・吸魔・・・やはり他者の魔力を吸い取る術か・・・
「やはり狙いはワシじゃったか・・・魔力に誘われてノコノコやって来た・・・そうじゃろう?」
《・・・》
しまったのう・・・すぐに倒し他の者の救援に向かおうと思っておったがまさか魔力を吸われるとは・・・
ブラッドソードも吸収されてしまったのか消えてなくなり傷口も無くなっていた。高い再生能力に吸魔を使う魔人・・・あまり相性が良いとは言えんのう・・・しかし
「泣き言は言っておられんか・・・お主が特別強いのか他の魔人も強いのか・・・どちらにせよ決着は急がねばなるまい。ヴァンパイアは人間に『吸血鬼』と呼ばれ恐れられていたらしい・・・『吸血』と『吸魔』・・・どちらが上かハッキリさせようぞ──────」
私の名前はラハルス
デスター将軍の配下で千人長を務めている
厳戒態勢の中見回りをしていると突如魔人が襲来し応戦するも窮地に追い込まれていた
その時巨大な魔弾と共に現れたのは心強き援軍・・・デスター将軍率いる本隊だ
「何人やられた?」
「申し訳ありません未だ数は不明・・・しかし半数以上は・・・」
「そうか・・・しかし足止めに成功したのは褒めてやる。後は俺に任せて撤退しろ・・・巻き添えを食らいたくなければな」
「巻き添え?しかし魔人は・・・」
「あれくらいで死ぬなら苦労しねえ・・・いいから黙って退け・・・来るぞ」
振り返ると土煙が晴れ魔人の姿が現れる。無傷ではないようだが致命傷には至っていない・・・私達の時は防御の姿勢すら取らなかったのに両腕を交差させ防御の姿勢を取っていた
「ガッハッハッ!そうじゃなくちゃな・・・簡単にくたばったら俺が出張った意味がねえ・・・砲撃隊前へ!集中砲火を食らわせてやれ!」
砲撃隊!?デスター将軍の専用武器『爆虎激砲』にちなんで編成された部隊・・・将軍のように巨大な筒型の大砲を肩に背負っている訳では無いが魔銃とは比べ物にならないくらいの威力がある迫撃砲を使用するというあの・・・
「将軍!この距離では・・・」
「バーカ、上に向けようとするから距離が足んなくなるんだよ・・・直接狙え」
「ハ、ハッ!」
私も見た事があるが迫撃砲は設置型である。地面に固定し魔力の詰まった砲弾を打ち上げ敵の傍に落として爆発させる・・・それを直接狙えと?いやそもそも魔人に当たったとしても爆風で近くにいる兵士達が・・・
「て、撤退しろ!そこからすぐに離れるのだ!!」
まだ魔人の近くに私の兵が・・・このままでは巻き込まれ・・・
「撃て」
撤退する間もなく将軍の命令が下る
砲撃隊は地面に固定することなく数人で支えながら砲口を魔人に向けて発射した
5つの迫撃砲から放たれる砲弾・・・その砲弾が吸い込まれるように魔人に当たると地面を揺らす程の音と体が浮きそうなくらいの爆風が押し寄せる
「・・・そ・・・そんな・・・」
離れていてもかなりの衝撃・・・となると近くにいた者達は・・・
「トロトロしてっからだ・・・次!」
「お、お待ち下さい将軍!まだ撤退が・・・」
「待たねえよ・・・準備が出来次第撃て」
「ハッ!」
先程撃った迫撃砲を後ろに下げまた新たな迫撃砲が5つ並べられた
その時魔人の近くで何かが動く気配がした。目を凝らして見ると這いずるように魔人から離れようとしている兵士の姿・・・私の部下だ・・・
「将軍!少しだけでも・・・」
「あん?ならお前はもし魔人が逃げたら責任取れるのか?それに俺は最初に言ったはずだ・・・撤退しろ、とな」
そうだ・・・確かに将軍は撤退させろと私に言った・・・しかし私はもう既に魔人が倒れたものだと勝手に思い・・・私の判断が遅かったせいなのか?部下が巻き添えを食らってしまったのは私の・・・
「てか呆けてる暇があったら肩を貸せ・・・砲台にはもってこいだ」
「・・・え?」
将軍は軽々と私を持ち上げると自分の前に置いた。そして肩にズッシリと重みがかかり見ると砲身が目の前に・・・まさかこのまま・・・
「ちと熱いぞ」
カチッと音がしたと思ったら爆音と共に激しい光で目の前が真っ白に・・・そして砲身から伝わる凄まじい熱で仰け反ると肩を掴まれ強引に立たせられる
何かを言っているようだが耳鳴りのせいで何も聞こえない。おそらく『動くな』と言っているのだろう・・・耳はまだ聞こえないが目はようやく見えるようになり砲身の熱に耐えながら魔人の様子を伺うとまだ倒れてはいなかった
またあの光と音・・・それに熱が来る・・・そう思うと恐怖で気を失いそうになるがそうなって思い出した
私達は『物』である事を
そして私もまた下の者を『物』として扱っていた事を
そうやって下を物扱いし成り上がり千人長の座に就いた・・・だが部下と接している内にその気持ちが薄れてしまっていた
「っ!?」
魔人が反撃に出る
口を開けたと思ったら何かを吐き出した
その吐き出したものは一直線に飛んで行き迫撃砲を支える兵士に当たり頭部を吹き飛ばす
あんなものを食らったらひとたまりも・・・あ・・・
魔人が次の獲物に選んだのは将軍だった
魔人は先程と同じように将軍に向け口を開く。当然避けるものかと思いきや私の後ろである言葉を呟いた
「カッ、やるじゃねえか・・・まだ撃てねえって言うのに・・・仕方ねえ・・・受けて立ってやる!」
受けて立つ?あの攻撃を?
それを意味していたのは何かであの攻撃を受けるという事・・・そしてそれを受けるのは・・・私だ
それはそうだ・・・将軍の持つ大砲はかなり重い。砲身だけ乗っかっているにも関わらず肩が悲鳴を上げる程に。その大砲を持って回避するよりも盾があるのなら攻撃を受けて次に備えた方が安全であり効率的だ
私も盾があればそうしている
「・・・あ・・・」
正面から見るとよく分かる。魔人の開いた口・・・その奥から今にもこちらに向かって来そうな魔力
あの魔力が放たれた時、私は盾として人生を終える
恐怖に負け逃げ出そうにも将軍にガッチリと押さえられ動けない。『盾として人生』を?我ながら言っていて滑稽だと最後の最後で気付いた
こんなもの・・・人生ではない、と
その事に気付いた時にはもう遅かった
魔人の口から魔力は放たれ私の元へと向かって来る
私は最後の瞬間を見る勇気がなくギュッと目を閉じた
バシュッと音が聞こえた
多分魔力が放たれた音だろう
間もなく私は死を迎える
将軍の盾として・・・国の消耗品としての人生を終えるのだ
「・・・?」
いくら待っても来ない終わり
気になり勇気を振り絞って薄目を開けると見慣れない背中がそこにあった
「チッ・・・コゲツにああ言った手前協力しない訳にもいかねえし・・・」
誰だ?
本物の盾を掲げおそらく魔力を防いだその背中は意味の分からない言葉を吐き捨てるように呟くとこちらに振り向いた
「おい!協力してやるからそいつを離せ!」
「・・・なんだてめぇは・・・」
「誰だっていいだろ?とにかく離せ・・・脳足りんなお前に教えてやる・・・人間は盾じゃねえ」
私は見ず知らずの人に人生を否定された・・・いや、否定してもらった
物であるのは人生ではない・・・そう言ってくれたのだ・・・盾を持つ彼は
「はっ、なんだそりゃ・・・どこの所属だ!?」
「所属?・・・聞いて驚け・・・次期エモーンズの長であり街一番のタンカー・・・ダン・フォローとは俺様のことよ!──────」




