664階 輪廻の起点
輪廻転生・・・魔王インキュバスと勇者が紡いでいた『物語』と呼んでも良いのかも知れぬ。それはインキュバスの死で途切れたはずでは?
「あらヤダ彼ったら話してなかったの?彼は新たに輪廻の起点となった・・・輪廻点とも言うべき存在にね。彼を中心に魂は巡る・・・当然彼もその内の一人・・・ね?会えるでしょ?」
違う・・・確かにロウニールの魂を受け継いだ者かも知れぬがもはやそれはロウニールではない
「ふ、ふざけんな!そうだお前がウロボロスなら『再生』なんだろ?今すぐロウニールを・・・」
「再生しろって?まあ出来なくもないけど・・・」
「ならっ!」
「再生するには魔力が足りないわ。アナタ達人間を再生する量とは比べ物にならないほどの大量の魔力が必要なのよ。一部ならまだしも今の私の魔力じゃ無理ね」
「出来るって言ったじゃねえか!」
「・・・うるさいわね・・・『出来なくもない』と言ったのよ。私も以前インキュバスの肉体を再生させたけどかなりの時間を要したわ。サキュバス達も過去にインキュバスを創造している・・・『創造』と『再生』に必要な魔力量はそう変わらないから同じくらい魔力があれば出来るってだけよ」
「それってどれくらいなんだ?」
「さあ・・・検討もつかないわね。サキュバスがせっせとマナを溜めて数百年・・・かなり膨大な量である事は間違いないわ」
「マナ?魔力じゃなくてか?」
「魔力は溜められないからマナを溜めてそのマナを魔力に変換して使うのよ。アナタ達人間から搾取したマナをね」
間違ってはないが癇に障る言い方じゃ・・・にしてもサキュバスがインキュバスを復活させているのは知っていたしそれにどれくらい魔力量が必要なのかも知ってはいたがまさかロウニールの再生に同じくらいの魔力が必要だとは・・・
数百年・・・ウロボロスやワシにとっては大した時間ではない・・・じゃが人間にとっては途方もない時間じゃ・・・身重のサラにはとてもじゃないが言えん・・・何とか出来ぬか・・・何とか・・・
「ちょっと待って下さい・・・ロウニール様の体が再生出来たとして本当に生き返るのですか?」
マルネの言葉に全員がハッとする
確かにそうじゃ・・・たとえ『再生』のウロボロスとはいえ生き返らせるのは無理なはず・・・
「普通なら私でも生き返らせるのは無理なんだけどロウニールは肉体さえあれば確実に生き返させられるわ」
「ロウニール様なら?」
「そう・・・彼はさっきも言ったように輪廻点・・・輪廻の中心にいるから魂の出し入れは簡単なのよ。器はさえあればいつでも生き返る事が出来るの」
ワシも輪廻について詳しい訳ではないが普通の人間よりは知っている方であろう。そのワシがウロボロスの言ってる事が理解出来ないのだ・・・当然・・・
「う、器?ちょっと何言ってるか分からないんだが・・・」
「魂とは何でしょう・・・よく船員達が『船乗り魂を見せてやる』などと言ってますがそれと同じですか?」
「・・・シアちゃん?」
助けを求めるかのようにワシを見るウロボロス・・・ワシだってこやつらに説明出来るほど詳しくないので首を振って応えるとウロボロスはげんなりした顔をして呟いた
「仕方ないわね・・・私が直々に教えてあげる・・・輪廻とは何なのか人間とは何なのかを、ね──────」
輪廻の事は何となく知っておったが人間とはそのようなものだったか・・・
人間とはインキュバスが創造した生き物で間違いない。自分達を模して創り出した生き物・・・初めは魔力の供給源だったがいつしかそれだけの存在ではなくなっていた
意思を持ち自立した人間・・・本来なら創造主であるインキュバスに逆らう事は出来ないはず・・・だがそれを可能にしたのが『魂』なのだとか
魂はインキュバスが意図して創ったものではない。勝手に宿ったと言うべきか生まれたと言うべきか・・・とにかく創られたものではないらしい
その魂に従い動けば創造主にさえ牙を向ける・・・ワシや他の魔族にとっての核のようなものに思えるがもしかしたらそれよりも・・・
「って訳で人間と言うのは肉体という器に魂が宿ったものなの。で、輪廻って言うのは肉体が朽ち果てた人間の魂を保管し新たな肉体に宿す事を言うの・・・ここまでは分かった?」
「お、おう当たり前だ!」
ダン・・・お主絶対理解しておらぬじゃろ・・・
「・・・ハア・・・バカは放っておいて続けるわね。人間と違って魔族は核が魂みたいなものなの。魂と核・・・似て非なるものだけど・・・」
「ち、ちょっと待て・・・魔族って核あるのか?確かないって聞いた覚えが・・・」
「それは魔核の事でしょ?魔力をマナに変換する魔核と核は違うわ。私が言う核とは魔族の本体と言うべきもの・・・当然私にもあるしそこのシアちゃんにもある・・・まっ、ちょっと違うけどね」
「?どう違うんだ?」
「人間の魂と魔族の核・・・そのふたつが混ざり合った核を持っているのがシアちゃんのような魔族と人間の間に出来た子よ。三者三様でそれぞれ違いがあるの。魂は記憶を刻む事が出来ないけどどの肉体にも適合出来る柔軟性があり、魔族の核は記憶を刻む事は出来るけど唯一無二の存在、シアちゃん達の核は魔族の核のように唯一無二とまではいかないまでも魂のようにどの肉体でもって訳にはいかないのよね・・・同等の器なら何とかって感じかな?」
「うむ!分からん」
いっそ清々しいなダンは・・・
「あの・・・それだと人間は輪廻転生出来て魔族は出来ない・・・ということでしょうか?」
「いや、そうじゃないよ。魔族は核に記憶が刻まれているから同じ肉体でないと転生出来ないだけ・・・なので肉体がない場合は創造してもらわないといけないの。ベルフェゴールならベルフェゴールの肉体を、ヴァンパイアならヴァンパイアの肉体を、ね。だから肉体が創造されなければずっと転生出来ないままになるの」
「なるほど・・・ではシアさん達は?」
「完全な魔族ではないシアちゃん達は核に見合った肉体になら転生出来るわ。記憶も断片的なら覚えている事もあるし本当魂と核の中間って感じなの。一番有名な例が勇者ね」
ふむ・・・そう言えば勇者はサタンと人間の間に出来た者だったか・・・
「ロウニールはどうなんだ?」
「・・・肉体的には魔族・・・けど・・・正直分からない・・・初めてのケースだしね」
完全な魔族でもなくワシのように魔族との間の子でもない・・・人間だったが魔族であるサキュバスの核を飲み込み融合した稀有な存在・・・確かに例がないのも頷ける。となるともしかしたら・・・
「生き返っても記憶が無い可能性があるってことか?」
ダンの言う通り魔族なら記憶はそのままだが違うと言うなら記憶は無いもしくは断片的にしか覚えてない事になる。勇者を見る限りほとんど覚えてないに等しいのではないじゃろうか・・・となるとそれはもはやロウニールとは別人・・・
「・・・可能性としてはあるとしか言いようがないわ。記憶がある可能性が高いとは思うけどね」
ウロボロスが知らないとなれば他の誰も知る由もないじゃろう。ならば賭けになるか・・・記憶があるかないか・・・とにかく生き返させねば話にもならんが・・・問題は魔力か・・・
「やるしかねえってか・・・ったく無駄な仕事を増やしやがって・・・」
「じゃ、そういう事だから私は帰るね。あ、そうそうもし私を頼るならその頭ちゃんと保管しといた方がいいよ?別に腐っても骨になっても再生は出来るけどその分余計な魔力が必要になるからね」
「お、おい帰るってどこに・・・一緒に来るんじゃないのかよ?」
「まさか・・・アナタ達といて私に何のメリットが?それに私は傍観者・・・だから存分に暴れて楽しませてね──────」
「なーにが『楽しませてね』だ!何千年も生きているクソババアのくせに」
「ほう?お主はワシに喧嘩を売ってるのか?」
「・・・いや、シアは別に・・・」
ウロボロスが去りダンの空元気に付き合っているが他の者達の空気は重い・・・特にエミリ・・・思い詰めたように一点を見つめておった
今は別室である事に従事しておるが・・・これからやる事が山積みというのに先が思いやられるのう
ワシもまだ現実を受け止められていない・・・あのロウニールが死んだなど実際にこの目で見ても未だ信じられん
窓から辛うじて見えていてのはコゲツに扮した姿じゃったし首が切り落とされた後はシャシが飛び出そうとして揉めておったので事の顛末は見れていない・・・ワシはと言うとその瞬間にアレがロウニールだと分かってしまった為に思考が停止しておったし・・・
気付いた時には本物のコゲツ達や遅れその後にロウニールの首を持ったウロボロスまで現れ・・・コゲツ達が言うには魔神達の襲来によって混乱している隙をついて街に侵入したらしいがその時にはあの場にいた魔神は居なかったらしい
ふむ・・・遠目に見てもこのまま街を滅ぼさんとする勢いじゃったのになぜ・・・気になる点がいくつかあるのう・・・まあ追々分かるじゃろう
「さて・・・冗談はさておきどうするかのう・・・」
話によると当初の目的はどうやら達成したみたいじゃ。今ここにはいないが全員ロウニールが作ったダンジョンにいるらしい
となるとゲートちゃんのゲートで大陸に戻りロウニールを生き返らせる方法を考えるかそれとも・・・この大陸で必要な魔力を溜めるかだ
後者の考えに至ったのはマルネの一言じゃった
『この大陸なら魔力を溜められるのでは?』
ウロボロスが言っていたサキュバスにマナを溜めさせてインキュバスを復活させる方法はあくまで魔力が溜められないという前提の元・・・じゃがこの大陸には魔力を溜める事の出来る技術がある
魔力はマナと違って大気中に存在する為、マナを溜めるより遥かに早く溜まるはず・・・じゃが問題は・・・
協力者であるフランとやらと連絡を取る術がない
たとえ作れる技術があってもワシらでは到底作れない為に作れる技術者が必要となる・・・その技術者とのパイプ役としてフランの名が上がるが街は魔神の襲来で混乱しており警戒も強めているはず・・・その中で最も警戒を強めているであろう城に行きフランと接触するのは困難・・・せめて作れるか作れないかさえ分かれば無茶をする理由になるのじゃが・・・
「やはり一旦戻るべきでは?ゲートを使えばまたすぐに戻って来れるのでしょう?でしたら戻って準備を整え戻って来た方が・・・」
確かにシャシの言う通りじゃ
このまま残るよりは・・・じゃが戻った場合ある問題に直面する事になる
「けど戻ってなんて説明すんだ?『ロウニールが死んだから生き返らせる為にまた戻る』とでも言うのか?」
「それは・・・」
「それはマズイのう。この事は知られてはならぬ・・・サラは当然としてベルフェゴールにヴァンパイア・・・この2人に知れたらこの大陸は焦土と化すじゃろうのう」
「焦土って・・・なんでだよ?」
「魔族には時間があるからのう・・・いずれ復活すると分かっておるからお主らのように事を急ぐ必要はない。じゃからこう考えるじゃろうのう・・・『主の仇を』と」
ワシも同じく悠久の時を生きるもの・・・いずれ復活するのならと考えなくもないがもし記憶がない状態だとしたらそれは側だけがロウニールの全くの別物・・・いやそもそもサラの為にも早急に生き返らせねば・・・
「戻っても増援を望めないんじゃ戻る意味はねえな・・・となるとここにいるメンバーで・・・後はあれか・・・フランっていう協力者に何とか連絡を取って・・・」
「それは難しいかと」
ダンの言葉を遮ったのは別の部屋にいたエミリだった
いつの間にか戻って来ていたエミリは無表情のままロウニール復活が更に困難になった事をワシらに告げる
「フラン皇子はたった今拘束され連行されました・・・魔神隠匿の罪で──────」




