663階 ロウニールの死
「後生ですからそこをどいて下さい・・・エミリ殿」
「残念ですがそれは出来ません・・・シャシ様」
一触即発の雰囲気で睨み合う2人
家から出ようとするシャシにそれを止めようとするエミリ・・・2人は互いに殺気を放ち得物に手を掛ける
「ま、待て待て!シャシの気持ちは重々分かる!俺も飛び出して行きたいのは山々だが・・・」
「・・・だが?」
「出て行っても無駄死にするだけだ。俺はタンカーだ・・・みすみす仲間を死にに行かせるようなことは出来ない」
「仲間?・・・その仲間が・・・私の仲間が目の前で殺されたのに我慢しろと?息を潜め指を咥えてやり過ごせと?国が違えば同じ言葉でもこうも違うか・・・『仲間』とはなんだ!?共に歩む者ではないのか!?」
「うっ・・・」
シャシの迫力にたじろぐダン
そしてシャシは再び標的をドアの前に立つエミリに変える
「・・・貴女も私が『仲間』だから邪魔をしているのか?私が『仲間』と共に歩む道を」
「・・・そうです」
「『そうです』?・・・正直に言ったらどうですか?『お前が出て行くと自分達まで被害が及ぶかもしれないから大人しくしてろ』と」
「・・・」
「冷静な判断が出来て羨ましい・・・まあけどそれそうですよね・・・彼は私の仲間であって貴女達の仲間ではない・・・だから冷静に仲間を止めるフリをしてそうやって振る舞える・・・羨ましい限りだ」
「・・・そうですね」
「くっ!退け!・・・退かねば・・・斬る!」
「軽口を叩き見捨てられないと分かれば次は強行手段ですか?やはり行かせられませんね・・・そのような状態では」
「なに?」
「一度深呼吸をなさってみては?少しはそれで冷静に・・・」
「黙れ」
ついにシャシは刀を抜き剣先をエミリに突き付ける
それでもエミリは目を細めただけで得物を出したりはしなかった
重苦しい空気が部屋を包み込み何も出来ずにオロオロしていたマルネはこんな時に一番頼りになるシアに視線を向け助けを求めようとした・・・が、シアはマルネの視線に気付かずうつむき加減に爪を噛み聞き取れない程のか細い声でブツブツと何かを呟いておりとても話し掛けられるような状態ではなかった
ダンは既にシャシに言い負かされ家の住民は役には立ちそうにない・・・ならばとマルネは大きく深呼吸すると意を決して進み出た・・・その時
コンコン
とドアをノックする音
ここに来てから数日、他人が訪ねて来る事はなかった
このタイミングで誰が・・・家の中の者達が息をのみドアを無言で見つめていると更にノックの音がした後で声が聞こえてくる
「本当にここで合ってるのか?」
「間違いないよ。ちゃんと地図も・・・うん、合ってるよ」
「・・・じゃあ蹴破るか・・・」
「なんでそうなる・・・ラズン王国ってみんなこんな感じなのかい?」
聞き覚えのある声
気付くとシャシは刀を納め背後を警戒していたエミリを押し退け勢いよくドアを開けた
「コゲツ!!」
「おうシャシ・・・居るならサッサと・・・!?」
シャシはドアを開けた先にいたコゲツに抱きついた
「・・・これはあれか?潜入生活で溜まった性欲が爆発して・・・」
「バカなこと言ってないで中に入ってよ・・・そろそろ人が戻って来るよ?」
「もうあの檻の中は勘弁して欲しいからね。乳くりあうなら中でしな」
抱き合う2人を呆れる様子で見つめるのはリュウダとネターナ
「乳くり・・・これは別に・・・と言うか3人共どうしてここに・・・」
ようやく冷静さを取り戻したシャシがコゲツから離れ赤面しながらも尋ねるとリュウダは溜息をつき答える
「騒がしかったから様子を見に来たんだよ・・・てかこっちが聞きたい・・・ここで何があったんだ?──────」
ようやく場が収まり家の中に全員が入るとシャシがなぜあれ程までに取り乱したかを説明した
「えーっと・・・つまり俺が魔神と戦って首を斬られて死んだ・・・ってか?」
「・・・そうだ・・・確かにあの時・・・」
そう・・・ワシらはその光景をハッキリと見た
こやつ・・・コゲツの頭が胴体から離れ転がるさまを
しかしコゲツは生きておる・・・当然じゃあのコゲツは・・・
激しい戦闘じゃった・・・その時点でワシは薄々気付いておったが確信は持てなかった・・・眷属になんぞなるべきじゃなかったのう・・・否定する材料を探そうにも繋がりがそれを否定する
「なるほど・・・だけど見ての通り俺はピンピンしてるぜ?・・・まあ少し前まで違う首は失ってたけどな」
「違う首?・・・・・・・・・ち」
「シャシ・・・お前やっぱり欲求不満なんじゃ・・・」
「ち、違う!な、何なんだ違う首とは!ハッキリ言わぬからあらぬ誤解を・・・ん?リュウダどうした?」
シャシは恥ずかしさを紛らわすように大声で喚き散らす・・・が、その時にリュウダの様子がおかしい事に気付いた。もしやあの少年は知っているのか・・・
「・・・本当にコゲツの姿だった?」
「あ、ああ・・・暗闇で少し見えづらかったが間違いない・・・あれはコゲツだった」
目の前と言うには遠いが家の窓から充分に見えていた魔神とコゲツの戦い・・・姿形は間違いなく目の前のコゲツじゃった
「だから俺は生きて・・・リュウダ?」
「・・・言ってなかったけど・・・コゲツに変装してたんだ・・・それで色々探って来るって言って・・・だから・・・」
「?・・・モゴモゴ言ってねえでハッキリ言えよ」
「いやだから・・・変装して・・・え?・・・死んだ?・・・」
「リュウダ!」
コゲツが名を呼ぶとリュウダは体をビクつかせた。そして一度目を閉じて数秒・・・口に出したくない言葉を吐く準備が出来たのか目を開け誰を見るわけでもなく真っ直ぐに前を見つめる
そして・・・
「ロウニールだ・・・ロウニールがコゲツに変装していたんだ・・・だから・・・」
沈黙・・・そして一瞬じゃが濃密な殺気が場に流れる
今は収めておるが殺気を放ったのは・・・エミリか
「ロウニールが?なんで俺の格好を・・・てか何の冗談だ?俺の格好をしていたのがロウニールならやられる訳ねえだろ」
「だ、だよな?なら別の誰かが・・・いやそもそもやっぱり見間違えなんじゃ・・・」
見間違えではない
あれはコゲツに化けたロウニール・・・
「アホらし・・・コゲツが無事だったからいいじゃねえか・・・とりあえず表も静かだし魔神ってやつもどっか行ったんだろ?残りをさっさと見つけて帰ろうぜ」
「おいお前・・・そんな言い方はないだろ?もしかしたら仲間が・・・ロウニールが死んじゃったかも知れないんだぞ?」
ダンの言葉に不安そうにしていたリュウダが噛み付く。ロウニールがコゲツに化けていた事を知っていたリュウダの不安の大きさは他の者より大きいようだ
しかしダンはリュウダに窘められても何処吹く風・・・あまつさえため息をつく始末
「だからだよ。コゲツに変装したのが他の奴ならいざ知らず変装したのはアイツなんだろ?心配する必要あるか?」
「・・・確かにそうかも・・・いいこと言うじゃないかオッサン」
「オッサン言うなガキ!とにかく心配するだけ無駄って話だ。それより建設的な話をしようぜ?」
余程信頼しているようじゃな・・・いや人のことは言えぬか・・・ワシもまだ・・・
その時突然ドアが開いた
全員が警戒し身構えるが現れたのは意外な人物・・・なぜコヤツがここに・・・
「何の用じゃ・・・ウロボロスよ」
「あら?ヴァンパイアハーフのシアちゃんじゃない・・・何の用ってご挨拶ね。せっかくいいものを持って来てあげたのに」
インキュバスとアバドンに並ぶ三大魔族の一人『再生』のウロボロス・・・なぜコヤツがここに居る?それにいいものとは一体・・・
「おいおい帰ったんじゃなかったのかよ?」
「何よその言い方・・・まるで帰って欲しかったような感じね。アナタが特に気に入るようなものを持って来てあげたって言うのに・・・はいどうぞ」
ウロボロスはコゲツに向けてあるものを投げた。それを受け取ったコゲツの顔が・・・いや、周りにいる全員の顔が見る見る内に変わっていく
「お・・・俺ぇ!?」
「どう?自分の死に顔なんて滅多に見れるもんじゃないから面白いかなって思ったけど実際見て何か思うことはある?」
「き、気持ち悪いだけだ!なんでこんなもの・・・」
「気持ち悪い・・・か・・・ありきたりな反応ね。まあいいわ・・・そんなに気持ち悪いなら元に戻してあげる」
「元にって・・・あ」
ウロボロスはコゲツに近付き先程投げ渡した頭の顔の部分を手で覆うとある物を取り出した
それは表立って見えなかったもの・・・彼が変装をする時に用いる・・・仮面だった・・・
「これで気持ち悪くないでしょ?」
クスクスと笑うウロボロス
その顔はコゲツのものから別人と変わっていた
ロウニール
足がふらつき壁に背中を預ける
そうしていないと立っていられないほど全身から血の気が引いた
違う
まだ心のどこかで否定する
しかし魔神に首を落とされた直後、彼との繋がりが切れた感覚があったのは事実・・・それがロウニールでないと否定するものがひとつまたひとつと減っていく
「そ、そんなわけねえだろ・・・またアイツが作った偽物かなんかだろ?」
ダンも必死に否定するものを探している
『そうだ』という答えを期待してウロボロスを見つめるがその期待を裏切るかのように薄笑いを浮かべてゆっくりと首を振った
「いいえ・・・正真正銘それはロウニールの頭よ」
ウロボロスの言葉がまるで刃のように胸に突き刺さる
「なっ!?・・・あんまり面白くねえ冗談だな・・・殺すぞ?」
「・・・寛容な私でもそろそろ怒るぞ?それとも私が再生しか脳がないと高を括っているのかな?」
マズイ!
「ウロボロス!お主はロウニールと懇意にしていたはずじゃ!なぜそのような笑みを浮かべてられる!」
殺気立つダンの前に滑り込みウロボロスと対峙する
今にも倒れそうじゃがこのままではダンすら失う・・・目の前にいるのは普通の魔族ではない・・・機嫌を損ねればここにいる全員なぞ一瞬でやられてしまう
「別に懇意にしていたつもりはないけど?・・・まあでもこの世で最も近い存在であったのは確かね。残念残念こんなに簡単に死ぬとは思わなかったわ」
「こっ・・・」
「ダンよせ!・・・辛辣じゃのう・・・何か隠しておるのではないか?ウロボロスよ」
ウロボロスと近い存在・・・今や三大魔族はウロボロスただ一人となった。じゃがロウニールはそれに近い存在・・・いや、ほぼ同等と言っても良い。そのロウニールが死んだと知りこんなあっけらかんとしておられるものだろうか・・・これは疑念ではなく期待・・・何かを隠していてくれという期待だ
「・・・うーん・・・隠してる訳じゃないけど・・・どうせまた会えるし」
「っ!やっぱり生きてるのか!?」
ダンが叫ばなければワシが叫んでしまっていたところだ
やはりロウニールは生きている・・・そうじゃ彼がそう簡単に・・・
「?だから死んだってば・・・何度言えば分かるの?会えると言ったのは来世の話・・・輪廻は巡る・・・彼を中心に。だから必ず会えるわ・・・それが数年後か数百年後かは分からないけど、ね──────」




