659階 兵長と『顔なし』
死んでもらう・・・か
フランが帰った後、独房の中で1人寝っ転がりながら聞いた話を思い返す
皇族として自らの命を断つ覚悟・・・それは分かったが協力者である魔神や魔人の命まで背負うつもりか・・・
15歳・・・青年と言うには若く少年と言えなくもない歳でそこまで背負う必要あるのか?しかも皇族でもない可能性もあるみたいだし・・・それに魚人族の事もかなり責任を感じていたみたいだったな・・・
ここから遠く離れた俺達の住む大陸に届いた手紙・・・その手紙は誰かの腕ごと海を渡り海岸に打ち上げられていた。その腕の持ち主はとうに死んでいるらしい・・・拷問された挙句の死・・・その原因を作ったのは自分だとフランは言う
フランはドワーフ族、獣人族以外にも魚人族との交流も積極的に行っていた。今の環境を普通のことと認識している魚人族・・・それは違うとフランは色々な話を聞かせていたらしい
それはフランが書庫で見つけた本の話であり、読み書きが出来ない魚人族にとっては新鮮であり面白おかしく聞き入っていたのだとか
その中の話のひとつにある冒険譚があった。この大陸に辿り着く前・・・この大陸を目指す冒険の話
その冒頭である人物がこれから冒険に出る者達にこう言った
『困った事があったら手紙でも寄越せ』と
この大陸以外にも人が住んでいることにも驚いたが自分達の祖先が別の大陸から来た者達というのにも驚いた魚人族達・・・そして魚人族のある青年が閃いた・・・もしフランの話が本当なら手紙を出せば助けが来るのではないだろうか、と
しかし手紙を書くにも字が書けない・・・そもそも紙やペンすら見た事がない。そんな状況では手紙など書けないはずだったが青年はフランに字を学びたいと申し出た。手紙を出すとは言わずに
フランは学びたいという青年の気持ちに答え字を教える・・・そして青年はフランから教わる時に得た紙とペンを使い『助けて』と書き海を渡れるようにその手紙を筒の中へ入れた
そしてある日・・・漁をする時に懐に手紙の入った筒を忍ばせ海岸へと向かう
監視の目がある為に隠していたが筒は懐からこぼれ落ち監視をしていた兵士に見つかってしまう
当然不審な筒を発見した兵士は問い質す・・・青年は中を見られたらマズいと筒を拾い上げると海に向かって放り投げようとした
咄嗟に兵士は魔銃を撃つと青年の腕は千切れ筒ごと海へ・・・そして回収する間もなく流されてしまった
当然青年はその場で捕まり独房へ・・・その後尋問部屋にてあの筒が何だったのか詰問され続け・・・
結局青年は口を割らなかったらしい・・・割っていれば魚人族・・・いやフランや他の種族までも一斉に処分されていたかもしれない
最終的には青年が死んでしまったことにより筒の中身は国にはバレず魚人族やフラン達には疑いの目は向かなかったが魚人族は未だに怪しまれているのだとか・・・その青年の単独犯ではなく魚人族自体が何かをやろうとしている・・・そんな目で見られているらしい
風当たりはキツくなり監視の目も強化された
族長や他の主要人物は尋問部屋へと連れて行かれたらしい・・・殺されはしなかったけどかなり激しい拷問にあったのだとか
フランはその事で自分を責めた
自分の行いは『皇族の支配から民を守る為のもの』だったが守ろうとしていたはずの民が自分の行いのせいで傷付いたから
けどもう後には戻れない・・・魚人族もドワーフ族も獣人族も知ってしまったから・・・今の暮らしが異常である事を
知らずにいれば幸せだったかと言われればそうでもないはずだが知る前よりはマシだったはず。普通というものがどういうものか知ってしまった後では今の暮らしがよりいっそ地獄に思えてしまう
15歳の少年が教えてしまって人を死なせてしまった責任と教えてしまった事により今の暮らしを苦痛に感じるようになった責任・・・ふたつの責任を背負っていると考えると・・・
〘暇じゃ〙
〘・・・感傷に浸っている時に何だいきなり〙
いきなり頭に響いたシアの声で台無しだまったく・・・
〘感傷に浸る?・・・どれワシが聞いてやろうか?〙
〘暇潰しで話す内容じゃない。てか待機も立派な任務の内だ・・・我慢しろ〙
〘むう・・・しかしこうもやる事がないとのう・・・〙
〘仕方ないだろ?騒動が起きれば警戒が強くなる・・・一応はフランの味方なんだから邪魔する訳にもいくまい〙
〘一応?もう完全に味方なのかと思うたぞ?〙
〘全てを知った訳じゃない。実は皇帝は良い人でした・・・なんてオチがないとも限らないだろ?〙
〘話を聞く限りないとは思うが・・・それに知るには時間がなさすぎんか?〙
〘問題はそこだよな・・・かと言って皇帝に突撃インタビューでもしようものなら始まってしまうし・・・〙
〘ふむ・・・どうしたもんかのう〙
〘て言うか通信道具を使って話せよ。念話だと俺とシアだけしか話せないだろ?せっかく通信出来るのは確認出来たんだしさ〙
〘そうじゃった・・・いやしかしアレはマナを送ると音が鳴るのではなかったか?音が鳴って良い状況か確認出来ぬし・・・〙
〘音は鳴らずに光るようにしてるから大丈夫だ。いきなり喋りかけられるとマズイが・・・ん?〙
〘なんじゃ?〙
〘・・・ひとつ頼みたい仕事がある〙
〘ほう?今なら格安で受けてやるぞ?〙
〘金取るんかい・・・まあでも頼みたいのはシアじゃなくて──────〙
上手くいくだろうか・・・彼女なら大丈夫だとは思うが・・・
将軍の実力が全員一緒だとは思わないが似たり寄ったりなら心配ない・・・が、まさか将軍より上がいるとは思わなんだ
立場的には将軍と同じか少し上・・・近衛兵長マドマー・フォマスと『顔なし』ウォンカー・・・この2人がこの帝国の最強の盾と矛なのだとか
近衛兵長のマドマーは当然皇帝を護る為に常に皇帝に付き従い、もう1人の『顔なし』ウォンカーとやらはその二つ名の通り誰も見た事がないらしい。しかし見た事がないのに実在するとフランは言い切る・・・誰も見た事がないのはそいつを見た者は例外を除いてそいつに殺されているらしいのだ
そりゃ誰も見たこと無いはずだわな・・・顔を見たければ例外・・・皇帝になればいいらしい
まっ、皇帝の懐刀ってところか
皇帝を護る近衛兵長マドマーと懐刀のウォンカー・・・皇帝になると絶賛付いてくる最強の盾と矛・・・絶対支配の皇帝も防具と武器を持たねば安心出来ないか・・・少し人間っぽくて安心した
それにしても近衛兵長はともかく『顔なし』か・・・フランの言い方からおそらくだが暗殺者・・・皇帝に歯向かうものを始末する・・・そんな奴なのだろう。絶対支配者の皇帝にも表立って始末出来ない人間はいるはず・・・そういう人間を始末するため・・・もしくはそういう人間に対する抑止力的なものかもしれない
となると実は実在しないのかも・・・皇帝に逆らえば『顔なし』が来るぞ!と脅せばかなりの抑止力になる
「・・・まあ実在するかしないかはいずれ分かるか・・・なあ?フラン皇子様」
「いきなりデネットを連れて来いと言うから何かと思ったら・・・まさか私が嘘をついたとでも?」
一夜明けて次の日の朝、フランがいつものように1人で独房にやって来たのでそのフランにお願いした
『デネットを連れて来てくれ』と
別にデネットの存在を疑った訳じゃなく、今のは俺が『顔なし』の事を呟いたのをフランがデネットの事と勘違いしただけ・・・まあタイミング的に勘違いしても仕方ないか
「デネットの事を言った訳じゃ・・・」
「おい貴様!皇子に対する態度といい私を呼び捨てにする事といい・・・どうやら囚人としての自覚がないようだな!」
「ま、待てデネット!」
うん?・・・ああ、そういえばフランが何も言わないから気にしなかったけど俺寝っ転がりながら対応してた・・・この国でしかも皇族に対して囚人がする態度ではないな・・・いや、ぶっちゃけ誰に対してでも失礼か・・・
「すまない。つい・・・」
「『すまない』?『つい』?・・・皇子・・・今日の尋問は私が代わりにやっても?一日・・・いや一時間でしっかり教育してみせます!」
おおう更に怒らせてしまったようだ
「・・・彼への対応は皇帝陛下から私に一任されている。その権利を其方に譲れ、と?」
いつものフランとは違う・・・これが皇族のフランか・・・
相手を睨みつけながら含みのある言い方・・・まるで『皇帝陛下に逆らう気か?』と取れるような言い方は話に聞いていた皇族そのものだ
「・・・いえ、そんなつもりはありません。しかしこの者の態度と物言いは度が過ぎているかと」
へぇ・・・てっきり『へへぇー』とか言って平伏するかと思いきや反抗的な態度・・・ただの主人と従者の関係ではないのか?
「其方こそ囚人とはいえ人前で私に楯突く気か?」
「私がいつ皇子に?」
「その態度が、だ!」
こりゃ主従関係にヒビが入りかねないな・・・仕方ない・・・了承を得てからと思ったが・・・
「フラン、下がれ」
「っ!貴様皇子に向かって・・・え?」
「交代だデネット」
鉄格子の隙間から手を伸ばしデネットの顔に仮面を被せる。そしてそのまま押すとデネットはゲートに吸い込まれ俺の背後・・・つまり独房の中に現れた
「????・・・な、なんだ・・・」
「どうだ?独房の居心地は・・・意外に快適だろ?・・・なあコゲツ」
「は?・・・っ!?な、なんで私が・・・」
デネットは鉄格子まで走り寄りフランの隣にいる人物・・・つまり俺を凝視する。ついさっきまで自分がいた場所に自分そっくりの人間が立っていればそりゃ驚くよな
「二番煎じのやり方だが待遇は悪くないはずだ。一人目はここの所長代理に目を付けられていた奴に成り代わり拷問の果てに死んでいったがお前はただ独房の中で休みを与えられただけ・・・しかもフランしか手を出せないって状況だから安全な身だ・・・嬉しかろう?」
「・・・貴様・・・何者だ!!」
コゲツの姿をしたデネットが叫ぶ
フランが出て行った後で誰が来るか分からないから念の為にコゲツになってもらったが・・・傍から見ると意外と小汚いな・・・コゲツって
まあそのコゲツの姿を借りている俺が言うのも何だけど・・・早く元に戻りたいけど今は・・・
「知らないのか?俺・・・いや、私の名はデネット・・・フラン皇子の従者だ──────」




