654階 一週間
ふう・・・何とか上手くいったかな?
彼・・・コゲツは協力すると言ってくれた・・・ただ動くにはまだ互いに信用しきれていない。多くの・・・本当に多くの命が関わる事だから慎重にならざるを得ない。私だけの命なら今すぐにでも行動を開始したいくらいだが逸る気持ちを抑えアビ二オン監獄から帰路に着く
しかし彼は一体何者なのだろうか・・・魔銃を受けても痛いで済み先日拷問を受けてもケロリとしている。それにヒースと互角に戦うなんて・・・まるで人間ではないみたいだ
マスター・・・ゲートちゃんが言っていた存在は彼以上と言うのか・・・だとしたら嬉しい誤算だ・・・ヒースの命を・・・使わなくて済むかもしれない
皇帝陛下に尋問の結果とちょっとした手助けをしに再び謁見の間へ
皇帝陛下は相変わらず一番奥の少し高い位置に設けられた豪華な椅子に座り肩肘をつく
「して報告とは?」
「もちろん侵入者に対する尋問の件です」
「昨日の今日でか?」
「はい・・・全てを聞き出せた訳ではありませんが都度報告した方が良いかと思いまして」
「・・・ふむ・・・今後は丞相を通して報告するがいい。それで何を聞き出せた?」
さして重要視していないといった感じだな・・・まあ他の事で頭を悩ませているのだろう
「畏まりました。では手短に今回の尋問で得た情報を報告致します。まず・・・と、その前にこのまま報告しても?」
「構わぬ。ここにいるのは全てを知っておる者達だけだ」
「ですか・・・では・・・まず私が聞き出したのは別大陸から何人でここに来たか、です。彼は『自分も含めて20名』と申しておりました」
「・・・囚人に対して『彼』か・・・まあよい。それでその話の真偽の程は?」
「確実とは言えませんが私は真実であると思います」
「思う?」
うっ・・・肘置きに乗せてる指をトントンと動かすのは皇帝陛下が苛立っている時にする仕草だ
皇帝陛下は曖昧な返事や態度を嫌う・・・しかもわざわざ時間を取って頂いている為に尚更だろう。しかし嘘をついて『確実に20名です』と答えればどうして確実と言えるのか問われる・・・それに答える術を私は持っていない
「・・・まだ一度しか尋問出来ていませんので確実ではありませんが・・・彼が嘘をつく理由がありません」
「なに?」
「一人で堂々と街に侵入し守衛を倒し応援に駆けつけた一個小隊を圧倒・・・更にはロザリオ将軍までも倒してまう・・・そして彼はそれらを拷問を受けた後に脱出不可能と言われていた監獄を抜け出して実行しているのです。嘘とはその場を取り繕う為につく言葉・・・果たして彼が取り繕う必要があるでしょうか?」
「・・・」
指のトントンが止まった
それは苛立ちが収まったのではなく苛立ちが怒りに変わった証拠・・・しかしここで引いてはダメだ
「取り繕う必要がなく余裕すら感じさせる彼から私は得るものが多いと感じております。監獄に閉じ込めても無駄、力で屈服させる事も難しく拷問すら耐えるというのなら懐柔しどのようにして監獄を脱出しどうやってその力を得てなぜ拷問で受けた傷が一夜で治ったのか聞き出すことこそが我が帝国の為になると私は考えます。どうか私めにその役目をお与え下さい!」
既に尋問権は得ている。それも侵入者を止めた褒賞として・・・だから無闇にその権利を取り上げる事は出来ないからこそ出来る交渉・・・彼・・・コゲツの安全の確保だ
尋問権は独占して尋問出来る権利ではない。他の人も尋問権を得ようと思えば得られる・・・特に彼のような大罪を犯した者には複数の人に尋問権が与えられる事が多い
まあ誰も尋問権を得ようとしなければ問題ないのだけどこのままだと確実に得ようとする者が現れる
ロザリオ将軍
彼に倒された将軍が無事回復に向かっていると聞いている。まだ動けないようだけど動けるようになったらほぼ確実に尋問権を得ようとするだろう。さすがに殺しはしないだろうけどギリギリまで痛めつけようとするはずだ・・・そんな事はさせない
「・・・」
皇帝陛下の指が再び動き出す
怒りから苛立ち・・・そして・・・
「よかろう・・・ただし期限を設ける。1週間だ・・・それ以降は他の者にも機会を与える・・・ちょうどその頃に一人動けるようになる者が尋問権を欲していると聞いておるからな」
「・・・畏まりました・・・必ずや皇帝陛下のご期待に添えるよう努力致します」
1週間・・・何ともまあ偶然とは恐ろしい・・・私もちょうど思っていたところだ・・・1週間でケリをつける、と──────
「・・・んで?なぜに1週間?」
「おそらくロザリオ将軍の回復が1週間だからだろう」
「違う・・・なぜ皇子は1週間でケリをつけようとしてるんだ?」
「それは・・・」
昨日に続き尋問部屋でコゲツと情報交換をしていた
少し監獄の環境が変わったからか非常にスムーズにことを運ぶことが出来たのは幸いだな
それにしても・・・これは言わざるを得ないか・・・あまり焦らせて判断を誤るのは避けたかったので言わなかったのだが・・・
「非常に言い難いのだが・・・保護している彼らに渡した食料や飲み物がちょうど1週間で尽きる・・・何度も訪れる事は出来ないと予想して多めに持って行ったつもりだが今となっては近付く事さえ困難になってしまった・・・なので・・・」
「・・・なぜ近付く事さえ困難に?」
「近くをアギニス将軍の配下が捜索を続けている為だ。私の言葉を信じ聞き入れて下されば捜索を打ち切るかと思ったが罰も兼ねているらしく捜索を続けさせるとのこと・・・それが終わるまで私は行くことは出来ない・・・見つかれば彼らの存在もバレてしまうからな」
「となると食料も届けられないか・・・なあ、ゲートちゃん達は何処にいる?」
「助けに行くと言うのならそれはそれで構わないが出来れば少し待って欲しい。君なら難なく助け出せそうだがそうすると始まってしまう・・・一度始まってしまえば後戻りは出来ないからなるべく準備を終えてから・・・」
「いや聞き方が悪かったな・・・どんな場所なんだ?」
「?どんな場所とは?」
「いや実はゲートちゃんの存在が感じられなくてな・・・この大陸が魔力を通さない結界で覆われているのは分かっているが結界内に入っても存在を感じられないのはおかしい・・・だからもしかしたら・・・」
「結界・・・魔力障壁だな大陸を覆っているのは」
「魔力障壁?」
「その辺は後で詳しく話すとして彼らの存在とやらが確認出来ないのはおそらくこの監獄と同じ作りだからだ」
「魔鉄鋼か・・・」
「ああ・・・所々に魔鉄鋼を埋め込んで魔力が漏れないようにしている。いや厳密に言うと魔力が流れ込まないように、だが・・・」
「なぜ?」
「ヒースや魔人・・・特にヒースは過度に魔力を摂取すると正気が保てなくなる。それで魔力が入って来ぬよう周りに魔鉄鋼を埋め込んだからおそらくその影響だろうな」
「・・・じゃあいきなり現れたのは・・・」
「いや、あれは違う。魔鉄鋼を散りばめているとはいえ強大な魔力は感じられるみたいでそれを感じて外に出たのかと・・・正気を失いかける程だったので前回よりもかなり強大だったみたいだ。しかし不思議だ・・・魔銃を大勢で使ったとしてもそれ程の魔力は・・・いやもしかしたらロザリオ将軍の武器に反応したのか・・・でも・・・」
「・・・前回って?」
「うん?ああ・・・君達の船を壊してしまった時だ。あの時も船から魔力を感じて・・・」
「・・・船から魔力・・・」
「魔銃やら武器から出る魔力は自然の魔力に近く大量に使われてもそこまで気にならないらしい。けど魔人が放つ魔力などは自然の魔力と違い意思が込められているとか・・・そういう魔力には敏感に反応してしまうとヒースは言っていた。まあ船の時はゲートちゃんに反応したと後で聞いたから分かるが今回は・・・」
「ああ・・・すまん・・・多分俺に反応しているなそれは」
「??・・・まさか君はゲートちゃんと同じ・・・」
「俺は違う」
ん?少し違和感がある言い方だな
言葉は普通だが何故か『俺』を強調する言い方・・・俺は違うがゲートちゃん以外にもいると言いたいのか?しかしそれだとヒースが現れた理由には繋がらないし・・・まさか・・・
「あの場にいたのか?君以外の人物・・・マスターと呼ばれる・・・」
「いた」
やはり!となるとそのマスターにヒースは反応してしまったか・・・
「そのマスターはどこに?あっ・・・もしかして君達をここから脱出させたのも・・・」
「ああ、そうだ。場所は今は明かせない・・・時が来れば分かるさ」
そうか・・・となると彼の余裕も合点がいく
そのマスターが動けば脱出出来る・・・もしかしたら拷問で受けた傷もそのマスターが?
「・・・」
「どうした?」
「そのマスターも私達に協力してくれるのだろうか?もちろん君が強いのは知っている・・・だがより確実にするには・・・」
「多分・・・けど正体もその力も明かせない・・・理由は分かるだろ?」
「・・・ああ」
互いに情報を出し合い協力関係を築こうとしているがどうしても手札が足りない・・・ゲートちゃん達を引き渡せれば信用を得られるのだが・・・
こんな事になるのなら最初に食料を運んだ時に別の場所へ移動してもらうべきだった・・・今彼らがいる場所はアギニス将軍が捜索を行っている場所そのもの・・・今回ヒースが出入りしたのも見られているやも・・・いやいっそのこと見られていた方が諦めがつくか・・・けど・・・
私が悩んでいるその時・・・尋問部屋の扉が開く。通常尋問が始まれば誰も入室しないのが慣例だが・・・
「何用だ!」
「おっと使用中だったか・・・って、こ・・・皇子様!?」
「・・・毎度毎度ワザとだろう・・・ドグラ・ドグマよ」
入って来たのはドワーフ族代表のドグラ・ドグマ・・・こやつは会う度に人を『皇女』と呼ぼうとする。小さい頃は確かに女の子みたいと揶揄されたが今はそれなりに・・・男らしくなったはず・・・多分・・・
「こりゃ驚いた・・・まさか皇子様がこのような所をご使用になるとは・・・」
「それはこっちのセリフだ。何か悪さでもしたか?それとも拷問道具に興味が?」
「まさか!・・・ここの新しい所長に監獄を隈なく調べろと言われて来た次第ですよ・・・納期も厳しいのに本当無理を言いなさる・・・しかも誰も行きたがらないから仕方なくワシが・・・」
「新しい所長?・・・ああ、彼女か。復帰して早々精力的なのは結構だが何を調べよと?」
昨日コゲツをこの部屋から3階の独房まで送り届けた時にまた話しかけて来たベラと名乗る囚人・・・あまりに執拗いので話を聞くとどうやらこの監獄の所長に就任の日にコゲツ達に逃げられたらしい・・・正確にいえば逃げられていたとか
就任し地下の独房を確認しに行くも誰もおらずベラはその責任を負わされ自らが独房に入る事となってしまったらしい
さすがにそれは可哀想だと思い城に戻った際その事を丞相であるハヌマー・テギスに相談すると彼女は呆気なく解放された
まあ単に責任の所在に困って新任の彼女に押し付けた形なのだろう・・・それに私が話に行ってすぐに解放したのは『フラン皇子が庇ったから』とベラに問題があった場合に責任を押し付けようとする魂胆が透けて見える
丞相ハヌマーとはそんな奴だ・・・小賢しい
「何でもこの監獄から脱出した者がいるらしいじゃないですか・・・誰かが逃がさない限りそんな事はありえないと思うんですがね・・・建物を疑う前に人を疑えって話ですよ・・・設計は気に食わないがこちとら誠心誠意を込めて作ったって言うのに・・・」
「・・・なるほど・・・競わせる気か・・・」
「へ?」
「いやこちらの話だ。だが覚えておくといい・・・この部屋は使用中は入室禁止となっている・・・聞いてなかったか?」
「おっと・・・そりゃすみませんね・・・こ・・・皇子様」
「・・・やはり使って行くか?」
「冗談やめてくだせぇ!作った側としてその道具のおぞましさは重々知ってますよ・・・それにこの部屋の防音効果もね」
「なるほど・・・もしかしてワザとか?」
「いえ、偶然でさぁ・・・それでそちらの方は?」
ドグマはヒョイっと覗き込み私の陰に隠れているコゲツを見て尋ねる
「あまり探るな。時が来れば分かるさ・・・時が来れば、な──────」




