652階 護送
俺は何を見せられているんだ
一個中隊が・・・いや全ての兵士が死を覚悟して臨むべき相手・・・魔神・・・その魔神を相手に足を止めて素手で殴り合う彼・・・コゲツ・・・魔神が思ったより弱いのかそれともコゲツが強いのか・・・まあ拳が当たる度に空気が震えるところを見ると後者なのだろう
「はっ、やるじゃないか魔神!」
《グルァ!》
何となく会話も成立しているような・・・にしてもいつまで殴り合ってるつもりだろうか・・・かれこれ数分は休まず続けている。全力であれだけ動けば普通ならすぐに息切れしそうなものだけど・・・まさか全力じゃない?
「ダット・・・平気か?」
「ヘルノ・・・無事だったのか」
「無事・・・とは言い難いがな。ところでありゃ何だ?」
「副官は魔神と言っていた・・・本当かどうかは知らないけどな」
「魔神!?」
「おい!大声を出すな!こっちに向かって来たらどうすんだよ」
「悪ぃ悪ぃ・・・じゃあ、ありゃ何だ?」
「おい・・・話を聞いてなかったのか?」
「違ぇよ・・・アレが魔神だとしたら1人で戦ってるありゃ何者なんだよ」
「・・・確かに」
ロザリオ将軍を倒し更に魔神と互角に戦う・・・そして何より・・・ん?あれは・・・
こちらに向かって走って来る少年・・・何処かで見た記憶が・・・そうだあれはケイトと共に帝都を訪れ兵士になった日・・・その日に見た・・・
「いけません!フラン皇子!」
そうだ!皇帝陛下の五番目の皇子・・・入隊式の日に皇帝陛下と各将軍・・・それに皇子達がズラリと並んでおりその中で女の子っぽい見た目と俺より幼いのにしっかりしてそうな感じで印象深かった・・・何より並んでいる方達の中で唯一温かみがあると言うか優しそうだなと・・・
その皇子が何故か1人でこちらに走って向かって来ていた
思わず俺は叫んでしまい恐る恐る魔神達を見るが叫んだ俺よりもフラン皇子に注目していた
「・・・あれが・・・」
《グッ!・・・》
コゲツは呟き魔神は何故か頭を抱える・・・そして・・・
《・・・》
魔神は無言で再びフラン皇子を見つめた後、何処かへと飛び去ってしまった
俺の気のせいかもしれないけどフラン皇子を見る目はまるで・・・い、いやそれよりもまだ厄介なのが1人残っていた!
「フラン皇子?皇女?美少年か美少女か・・・どっちだお前」
「皇子だ!手を上げろ!貴様を拘束する!」
「おいおいそれは・・・ん?」
皇子は魔銃を構える・・・それを見てもこれまでと同じく余裕の表情のコゲツ・・・え?一瞬チラリとフラン皇子が俺達を見たような気がしたけど・・・もしかして俺達に援護しろと?そっか・・・皇子は知らないんだ・・・コゲツが魔神並の化け物だと言うことを
この人数じゃ絶対に勝てない・・・身を呈してでも皇子を守り出来れば応援を・・・
「参ったな・・・さっきの魔神との戦いで体力が底を尽きたみたいだ・・・大人しく捕まるから撃たないでくれ」
・・・え?
「お前達、手は空いているか?」
「は、はい!」
「ならばこの者を護送せよ」
・・・ええ?
「どうした?さっさとしないと体力が戻りまた暴れ出すやも知れぬぞ?・・・あー、それとこの者は私達3人で捕らえた事にしておけ。分かったな?」
「ハ、ハッ!」
・・・えええ!?
ついさっきまでどうなる事かと思ってたのに・・・仲間が倒れ将軍さえもやられてしまいそこに魔神が乱入していきなり戦い始めて・・・それなのにフラン皇子が来ただけでこんなにもあっさりと・・・これが皇族の力?
てか俺達にも手柄をとか・・・ヤバいフラン皇子のファンクラブがあったとしたら入ってしまいそうだ・・・まあそんなクラブを作ったら一瞬で解体されてしまうだろうけど・・・
「何をボーッとしている!さっさと動け!」
「ハッ!」
「・・・返事だけは一丁前だな・・・私は捕らえた事を報告しに行く・・・確実に送り届けよ・・・アビ二オン監獄にな──────」
ううっ・・・フラン皇子はさっさと行ってしまい残されたのは俺とヘルノ・・・それにコゲツ
十人長達や将軍達は未だ目を覚まさない・・・ということはやっぱり俺とヘルノでコゲツを・・・
「あーそろそろ体力戻ってきそうな気が・・・いいのか?早く連行しなくて」
「くっ!ヘルノ!」
「おう!任せた!」
「・・・いやお前も来るんだよ」
「嫌だよふざけんな!俺はお前と違って出世欲にまみれてねえから!命を大事にをモットーに退役まで平々凡々と暮らし孫達に武勇伝を語るのが俺の夢・・・出世したいのならお前一人で連れてけよ!」
いやなぜ軍人になったんだ・・・ヘルノよ
「フラン皇子は『お前達』と言い『3人で』とも言った・・・つまり俺1人で連れて行けばお前は皇子の命令に逆らったことに・・・」
「何をしているんだい?ダット君・・・さっさと行くよ」
・・・おい・・・
呆れる俺を置いて行こうとするヘルノを慌てて追いかける
しかしこの男・・・コゲツはまだ余力がありそうなのになぜこうも素直に?
「・・・何の目的で街に侵入したんだ?・・・いやそもそもお前は・・・何者なんだ?」
抵抗なく連行されるコゲツに興味本位で尋ねた。別に尋問する気もなく日常会話として聞くとコゲツは歩きながら振り返り俺を見た
「この大陸を救いに来た・・・と言ったら信じるか?」
「何を・・・それに大陸?まるでその言い方だとお前は別の大陸から来たみたいな言い方じゃ・・・まさか・・・」
もしかして本当に別の大陸から?そう言えば大陸がどうこう言ってたような・・・
「あーでも今聞いた事は聞かなかった事にした方がいいぞ?知らなくていい事を知った時、どうなるかは想像をするのは難しくないだろ?特にこの国は・・・だろ?ダット」
「気安く名前を呼ぶな!・・・どうして俺の名を知っているんだ?」
「・・・そりゃー・・・隣のヘルノがお前の事をダットと呼んでたから」
「・・・耳がいいんだな」
「お陰様で」
「・・・」
「・・・」
よし、余計な詮索はやめよう
しかし一つだけ・・・これだけは聞かなくては・・・あの時は戦闘中であまり深く考えなかったけど冷静になって今考えると彼がアイツの事を知って・・・いや名前すら知っているのはおかしい
「お前・・・なぜケイトの事を知っている・・・」
「・・・知り合いだ・・・って言ったら信じるか?」
「ありえない・・・俺はずっとケイトと共に過ごして来た・・・その中にお前のような奴はいなかった」
「お前の知らないところで・・・」
「ありえない」
そうありえない・・・部屋は別々だし隊も違うけど誰よりもケイトの事を知っている・・・だからありえない
「即答かよ・・・そんなに気になるか?」
「ああ。なぜお前から・・・『今捕らえられているケイトは別人だ』という言葉が出て来るんだ?答えろ!」
ケイトが捕らえられてからそんなに時間は経っていない。だから知っているとしたらアビ二オン監獄の看守か訓練をしていた時にいた千人長ベラ様の部隊の者だけのはず・・・同じ隊にこんな奴がいれば目立つし看守も身だしなみに厳しいと噂されるアギニス将軍の配下だとしたらありえない・・・となるとコイツは一体・・・
息を飲み答えを待っているとコゲツは笑みを浮かべながら口を開く
「それも知らなくていい事なんだけど・・・知れば戻れなくなるぞ?」
「構わない!」
「お、おおい!ダット!俺がいる事を忘れてないか?」
「・・・耳でも塞いでおけ」
ヘルノは素直に耳を塞ぐが多分そんなのは通用しないだろうな・・・俺がコゲツのこれから言う情報を知りその事が国にバレたら聞いた時その場にいたヘルノも同罪とされる・・・たとえ聞こえなかったとしても・・・
「・・・やっぱりやめておく・・・」
「賢明な判断だ」
「聞かずともこの目で確かめればいい・・・ケイトが別人だと言うのなら独房に行きこの目で確かめる・・・ケイトが別人かそうじゃないか俺が分からない訳ないからな」
「・・・・・・・・・そ、そうか」
何だが微妙な間が気になるが今はコゲツを監獄に連行する事だけに集中しよう・・・皇子が仰った通りにして下されば褒賞を貰えるはず・・・その褒賞を金や出世として貰うのではなくケイトの解放を願えば・・・その前に直接会って本物かどうか確認すればいいだけのこと・・・ヘルノを巻き込んでまで危険を冒す必要はない
いつまでも耳を塞いでいるヘルノと共に静かな街を進み俺達は街の最奥にあるアビ二オン監獄を目指した──────
帝都城内謁見の間
「・・・報告は聞いた・・・だが疑問が残る。何故皇族であるお主が自ら出向いたのだ・・・フランよ」
「皇族として当然の事をしたまでです。帝都に賊が侵入し民を脅かしていると聞けば出向くのは当然では?皇帝陛下」
「それは皇族のする事ではない。民の為を思うなら自らの身を第一に考えずどうする・・・民を導けるのは皇族のみ・・・その自覚が足りぬようだな」
「皇族と言えど私は末席も末席・・・ともなれば皇帝陛下の跡を継ぐのは厳しく跡継ぎが決まった後の事を考えるのは当然かと」
「・・・それが今回の行動とどう繋がる?」
「民に覚えが良くなれば跡を継がれたいずれかの兄達も無闇に私を切り捨てる事は出来ないかと・・・反乱の芽を無駄に育てるのは上に立つ者としては悪手ですから」
「なるほどな・・・民を救った英雄を理由もなく断じれば民の反感を買う、と。だから日頃から民と接しているのか?兄達は民に媚びを売っていると揶揄しておったぞ?」
「・・・普段から街に繰り出しているのは『よく知る為』です。民が国をどう思い皇族をどう思っているのか知る為に気軽に話せるといった印象を与えています。いずれその関係がいずれかの兄に有利に働くと信じて・・・」
「献身的だな」
「恐れ入ります」
「献身的で聡い・・・傍に置きたくなるよう未来を見据え考えておる・・・齢いくつとなった?」
「15です」
「そうか・・・その割には体が小さいな。ちゃんと食べているか?」
「はい、ち・・・皇帝陛下」
「・・・報告に挙がった3人には褒美を取らせよう。差し当たってフランよ・・・お主は何を望む?」
「でしたら捕らえた者の尋問権を」
「・・・何故?」
「気になるのです・・・帝都に侵入した理由が・・・皇族に仇なす者なのかそれとも・・・とにかく本人の口から聞きたいと思いまして」
「そうか・・・いいだろう」
「ありがとうございます・・・皇帝陛下──────」




