646階 アビニオン監獄
道すがらこれから僕が入れられる『独房』について聞いた
簡単に言えば独房は拷問器具が所狭しと並べられた尋問室に送られるまでの待機部屋みたいなものらしい
尋問室とは名ばかりのその部屋からは呻き声や叫び声・・・そして死を望む声が聞こえて来るとか来ないとか
ベラはその部屋をよく使うらしく逆らったりやる気がなかったり気に食わなかった兵士をその部屋に連れて行っては拷問を繰り返しているのだとか
見事に見た目通りの人物みたいだな・・・意地悪そうな顔してたしね
「悪いがそういう所だとしても私達は貴様を送り届けぬ訳にはいかない・・・逃げようとすれば・・・」
「あー、逃げる気は毛頭ないのでお気になさらずに。むしろ俄然興味が湧いてきました・・・そのアビニオン監獄の独房とやらに」
「・・・話を聞いてなかったのか?」
「聞いたからこそ興味が湧いたのです。とても、ね──────」
2人の上官に挟まれ肩を掴まれて歩く兵士の姿を街の住民は幾度となく見てきた。なので住民はその者達の行先も知っている
アビニオン監獄
その光景を見る度に住民達はこれから凄惨な拷問に合うかもしれない罪人に憐れみの視線を向けるが今回は違った
普段は泣き叫んだり抵抗しようと試みる罪人・・・だが今回の罪人は興味深そうに目をキラキラさせて街を見渡していた
現実逃避か気でも触れたのかと思う者もいたが耳に入る会話の内容からとてもそうは思えず困惑する住民達・・・まるで望んで自ら行くように罪人に困惑する一方だった
「・・・今のって・・・だよな?」
「ああ・・・けど落ち着いて・・・むしろ楽しんでいるように見えたけど・・・」
「イカれちまったとか?」
「そうとしか思えないよな・・・くわばらくわばら」
「でも・・・普通に会話してたぞ?」
「バカ・・・あの状況で普通に会話してたからイカれちまったんだろ?しかも子供のようにキョロキョロして・・・ありゃ思うに精神が異常をきたして童心に戻っち待ったんだろ・・・現実を受け入れられなくてな」
「なるほど・・・お前意外と博識だな」
「祖父が軍人でよく聞かせてくれたんだ・・・ああやって監獄に送られる奴は皆未来を想像して狂っちまう・・・噂程度にしか聞いてないけど勝手に想像してな。まあ実際は想像を遥かに超えるって話も聞くけど・・・とりあえず確実なのは二度と外には出られないって事だけだ。それはお前も知ってるだろ?」
「・・・ああ・・・」
「祖父がよく言ってた・・・『下を向け』と。上を向けば上官の反感を買い、真っ直ぐを向けば同僚といざこざが起きる。下を向いとけば自分より立場の低い者しかいないから安心出来るってな。そうやって祖父は任期を全うして余生を過ごす事が出来た・・・運もあったけどな・・・祖父の時代は魔神が来なかったらしいし」
「『下を向け』か・・・けど俺らが下を見ても誰も居ないぞ?」
「いるだろ?人じゃない奴らが」
「ああ~そっかそうだ・・・な!?」
「っ!?」
護送されるケイト達を見て話をしている2人の間に突然図体の大きい男が間に入り2人の肩に腕を回してきた。突然の事に驚き2人はその男の顔を見ると男はニヤリと笑い周りに聞こえないように呟く
「オッサン随分と詳しそうだな・・・ちぃと話を聞かせてくれや──────」
「・・・ここが・・・アビニオン監獄・・・」
街の風景を見てもはや想像すら不可能だと分かっていたがこれはまた・・・
「記憶はどこまで失ったんだ?」
「・・・全てです」
「にしても少しくらいは覚えているだろう?街をあれだけ興味津々に見ている奴を初めて見たぞ」
「訓練場には兵舎から直行でしたし見る機会がなかったので」
「そうじゃなくたとえ記憶を失ったとしてもある程度は覚えているものではないのか?」
「・・・記憶喪失の人と会ったことは?」
「ない」
「ですよね。記憶喪失はこれまで記憶したもの全て忘れると思っていただければ幸いです。自分の名前すら忘れてたのです・・・街の風景などとても・・・」
「・・・言葉は忘れてないのだな」
「そうみたいですね&#*@’'”"//+]:(=”-」
「おい・・・いきなり言葉を忘れるな」
「ままならないですね・・・記憶喪失って」
「・・・そうだな」
そんな取り留めない会話をしているといつの間にかアビニオン監獄の入口に辿り着いた
「アビニオン監獄へようこそ・・・っと言うよりお帰りなさいと言った方が?」
「ふざけるなグロス。さっさと手続きをしろ」
「すみません・・・一応確認しますが独房で『面会者』はいつも通り千人長ベラ様で?」
「ああ」
「畏まりました。・・・受け入れ手続きはこれで完了です」
グロスと言われた者は手際良く手続きを済ませ僕の身柄はそのグロスへと引き渡された
「いつもながら世知辛いなぁ・・・別れの挨拶くらいすりゃいいのに」
「そうですよね」
「・・・変わってるなお前。ここに連れて来られる人は皆同じ反応でつまらないと思っていたけどお前は違う・・・面白い」
「楽しんでもらえたようで・・・それで僕は何処に連れて行かれるのですか?」
「・・・聞いてないのか?」
「独房とだけ・・・その独房が何処にあるかまでは聞いてないので」
「なるほどな。けど何処かなんてお前が気にする事じゃない・・・お前はただ俺の後について来ればいいだけ・・・地獄の案内人であるこのグロス様のあとをな──────」
地獄の案内人グロスは僕が記憶喪失だと知ると歩きながら色々と教えてくれた
アビニオン監獄が如何に素晴らしい建物なのか懇切丁寧に
「・・・って訳で一面『魔鉄鋼』を使用して建てられたこの監獄はたとえ魔神の襲来があっても簡単には壊せないって訳だ。無論中から逃げるのも容易じゃない・・・いや不可能だな」
魔鉄鋼とは魔銃にも使われている魔力を通さない鉄の事らしい。その魔鉄鋼を溶かして壁の材料などに混ぜるだけで魔力を弾くのだとか
「地獄の案内人グロス様」
「・・・なんだ?」
「どうしてその魔鉄鋼を使って監獄を?」
「そりゃ囚人が魔人化して内側から壊されるのを防ぐ為だ。捕まった囚人はたまに魔人化しちまう・・・そうなると鉄格子をひん曲げて牢から出て来ちまって俺達に被害が出たり下手すると街に出て暴れる・・・なんて事も起きかねないからな。外敵から守ると言うより魔人を外に出さない為に使ってるんだよ」
「そうなんですね・・・厄介だな」
「ん?」
「いえ何でもありません。あ、もうひとつ聞いてもいいですか?地獄の案内人グロス様」
「・・・なんだ?」
「この『エレベーター』はどうやって動いているのですか?」
今僕はグロスと共に狭苦しい部屋の中にいる
エレベーターと言う部屋でなんでもこの部屋に入り壁に書いてある数字を押すとその階まで運んでくれるらしい。確かにグロスが3と言う数字を押すと妙な浮遊感を感じた
「原理は俺も知らねえよ。魔力を使って上から引っ張ったりしてんじゃねえのか?」
上から引っ張る・・・それだと下に下がる時はどうなるのか不思議だがまあそんな感じなのだろう。グロスが魔力を使った様子はないからボタンを押すと別の人が魔力を流して部屋を吊るしてるロープを引っ張る?いや魔力を使えるのは魔族や魔人だけだしそれはないか・・・気になるな・・・
「てか、そんな事はどうでもいいだろ?それよりその『地獄の案内人グロス様』と呼ぶのはやめろ・・・俺の同僚の前で言ったら容赦なく撃つ」
「分かりました地獄・・・ではなくグロス様。ちなみにその魔銃は・・・」
僕に向けられた魔銃・・・取り上げられてしまったが僕の持っていた魔銃にそっくりだ
「お察しの通りお前達が普段持っている訓練用の魔銃と同じものだ。威力の高い魔銃で万が一にも撃ち殺してしまったら俺が代わりに独房に入れられちまうしな」
「そして代わりにベラに拷問を受ける・・・ですか?」
「おい・・・俺しかいないとは言え千人長か様を付けろ。どうせ殺されるからと言って自暴自棄になっても良いことないぞ?苦しむ時間が長くなるだけ・・・あの部屋に入ったらこれまでとは逆になるんだ・・・覚えておけ」
「逆?」
「生を拒み死を望むようになる・・・これまでと逆だろ?」
「・・・確かにそうですね。あの人の性格からすんなり終わらせてはくれなさそう・・・辛い時間になりそうですね」
「お前また・・・『あの人』とか言うな!・・・しかも何で他人事なんだ?」
「さあ?何ででしょう?」
「・・・」
グロスが僕を訝しげに見ている間にエレベーターは目的の3階に到着した。促されエレベーターから出るとツルツルの壁と床の通路となっていた
「ほらキビキビ歩け!」
壁や床の材質が気になり立ち止まっているとグロスは僕の背中を小突く。そして促されるまま歩いているとグロスの同僚と思われるもう1人の看守に出会した
「おうグロス・・・そいつは?」
「独房行きの囚人だ。奥は空いてるだろ?」
「空いてるけど独房は基本地下を使うんじゃなかったのか?」
「地下はお客様でいっぱいだ・・・お前聞いてないのか?」
「3階で勤務してて地下の情報なんて入って来ねえよ。珍しいな・・・地下がいっぱいになるなんて・・・なんか暴動でもあったのか?」
「ある訳ねえだろ!ちぃと遠くから団体様が来たんだよ・・・お前残念だったな・・・かなり濃厚な時間を過ごせたって言うのに知らなかったなんて・・・」
「は!?マジかよ・・・そんな上玉が!?」
「まあ酒の一杯でも奢ってくれりゃ話さないこともないぜ?勤務時間は?」
「後3時間だ・・・お前は?」
「俺も同じ・・・じゃあ決まりだな・・・いつもの所で・・・ってさっさと用事を済まして戻らねえと怒られちまう・・・奥の鍵は?」
「はいよ・・・表勤務はそれがあるからな・・・羨ましいぜまったく・・・」
「まっ、お前も配属先が変わればおこぼれにあずかれるよつになるさ・・・じゃあ使わせてもらうぜ」
グロスは同僚の看守から鍵を受け取ると僕を連れて奥の部屋へ・・・そして受け取った鍵で扉を開ける
「ここは地下がいっぱいになった時の為に用意された部屋だ。好きな所を使っていいぞ?自分から入ってくれるとありがたいが無理そうなら俺が押し込んでやる」
これは・・・部屋の中が鉄格子だらけだな・・・よく見ると四方が鉄格子に囲まれた空間がいくつも並んでいるのが分かる。独房と言うより檻だな・・・それとも見世物小屋の方が近いか?
「どうした?今更怖気付いたか?」
「・・・いえ・・・どこでもいいなら奥で」
そう言って自ら進み一番奥にある見世物小屋に入り込んだ
「・・・こりゃ驚きだ・・・最後の足掻きもなしとは・・・諦めの境地ってやつか?」
「どうでしょうね・・・それより早く閉めてくれます?寒いので」
「・・・あまり調子に乗るなよ?死なせなきゃある程度の痛め付けは許されてるんだぜ?」
そう言いながらグロスは入口を閉めて鍵をかけた。鉄格子に囲まれている為に閉めてもさほど・・・と言うか全然風を凌げはしない・・・床も何だか冷たいしこのままでいると風邪を引いてしまいそうだ
「そんなつもりは・・・とりあえず少し冷えるので温かいお茶とかありませんか?」
「おい!」
グロスは突然怒鳴りながら鉄格子を叩いた。どうやらご立腹のようだ
「一応独房入りだから気を使ってやってたら調子に乗りやがって・・・いいか?さっきまではここに来るまでの間に暴れられたら面倒だからお前に合わせてやってただけだ・・・本当ならケツを蹴ってここに連れて来た方が早く済んでたのに合わせてやったんだこの俺が」
知らんがな
「いいか?記憶喪失かなんだかで忘れてるかもしれねえから教えといてやる・・・下を向け・・・上には逆らわず下を見下して生きる・・・それだけでお前は寿命を全う出来たんだ。だがお前は上を向いて失敗した・・・これ以上失敗したくなかったら精々下を向き続けるんだな・・・そうすりゃベラ様も・・・っ!?」
「俺からも教えといてやる・・・腕が通るくらいの幅がある鉄格子には不用意に近付くな。こうなるから」
鉄格子の隙間から腕を伸ばしグロスの後頭部を掴んだ。グロスは咄嗟に逃げようと試みるが逃がす訳もなく力を入れて逆に顔を近付けさせた
「離せ・・・このっ!」
逃げれないと分かるとグロスは腰に手を伸ばし腰からぶら下げていたホルダーから魔銃を取り出すと俺に銃口を向けた
「撃つなら撃て・・・でも交互だぞ?」
「意味の分からない事を・・・俺が撃たないと思ったか!!」
叫びながら引き金を引くグロス・・・銃口から魔弾が発射され俺の腹に命中する
「・・・少し痛いな・・・じゃあ次は俺の番だ」
「なに!?ちょ・・・何を・・・」
腕の力を一瞬緩めるとグロスの顔は鉄格子から離れる。ある程度離れたのを見計らって今度は力を入れて再び引き寄せた
「グッアッ!!」
顔面に鉄格子がめり込むとグロスは顔を歪めながら呻き声をあげる。鼻の骨でも折れたのか鼻血が大量に噴き出し少し曲がっているようにも見えた
「さて次はお前の番だ・・・撃っていいぞ?」
「・・・へ・・・へめぇ・・・」
「なんだ?撃たないのか?なら俺の番だな」
そう言って今度は強引に後ろに引っ張ると勢いをつけて引き寄せる
「ゲヒャッ!」
「さてどうする?撃つか?それとも・・・」
「ひゃんで・・・倒へない・・・」
「鍛えてるからな・・・まあ百発くらい同じ所に食らえば・・・青アザくらいにはなるかもな」
「・・・死へ!!」
どうやら人の話を聞かないタイプらしい・・・二発目三発目と連続で撃つ・・・が魔銃が持ってられないくらい熱くなったのか魔銃から手を離し床に落としてしまった。分かり易く丁寧に『その魔銃は効かないぞ』って教えてやったのに・・・
「ど、どうひて・・・どうひ・・・ヒッ!ま、まへ・・・もう・・・」
「えっと・・・連続で二発撃ったから俺も二回・・・いやでもその前に順番飛ばしたから一回か?・・・うーん面倒だから二回でいっか」
再び手に力を入れて鉄格子との隙間を作るとグロスは鉄格子を掴み必死に抵抗する
「・・・もう・・・やめ・・・」
「・・・やめて欲しかったら素直に話せ。さっき話していた事を詳しくな」
「さ、さっき?」
「お仲間と話してただろ?『お客様』やら『濃厚な時間』やら・・・それが俺の思い過ごしならもしかしたら寿命を全う出来るかもしれないが・・・思い過ごしでないのなら覚悟しておけ?お前はもう陽の光を浴びることも見ることもなくなるから──────」




