644階 ある軍人の記録
魔力の弾を頭に受けて記憶を失った俺は同郷の者であり親友であると言うダットに色々と教わる事になった
兵士が寝泊まりする兵舎のダットの部屋・・・そこで椅子に座り向かい合うとダットは真面目な顔をして俺に尋ねる
「・・・ふざけてる訳じゃないよな?」
「ふざけてなんかない・・・本当に全て忘れてしまったんだ」
「・・・なんか話し方すら違うな。繰り返し言うけどお前の名前はケイトで俺はダット。俺とお前は北西の街出身で生まれた時から共に過ごした仲だ。ここまではいいか?」
「ああ、俺がケイトでお前がダット」
「『僕』だ」
「?」
「お前は自分の事を『僕』と言ってた。俺は『俺』だけどお前は『僕』・・・なんかそうじゃないと調子狂うから『俺』って言うのはやめてくれ」
「・・・分かった」
「で?何を忘れたんだ?・・・いや、何を覚えてる?」
「何も」
「・・・まさかローズの事も忘れたなんて言わねえよな?」
「ローズ?」
「・・・マジか・・・少しホッとしたけど・・・」
「ホッとした?」
「俺の事を忘れてるのにローズの事を覚えてたらなんかムカつくからな・・・まあ自分の事すら忘れてるんだから当然ちゃ当然か」
「・・・そのローズも俺・・・僕と同じ街に?」
「ああ・・・で、互いに惚れてた」
「・・・」
「先に十人長に昇進した方が告白するって約束してたんだ。互いに鳴かず飛ばずで未だに告白出来てないが・・・お前が記憶を失ったんなら今は俺が一歩リードだな」
「一歩リードも何も言わなきゃ独走してたんじゃないか?僕が昇進しても忘れてたら意味ないし・・・」
「アホか。後で記憶が戻ったら文句言われるだろ?それに・・・正々堂々勝負するって誓ったから・・・」
「ダット・・・お前良い奴って言われるだろ?」
「まあな・・・ってそんな事はどうでもいい!ったくあれだけ惚れてるローズを忘れるなんてどうかしてるぜ・・・本当に何も覚えてないのか?」
惚れている・・・ちょっと想像してみるか・・・
「・・・長い黒髪を後ろで束ねて・・・」
「ローズは赤い髪で束ねるほど長くねえ」
「・・・切れ長だが大きい瞳・・・」
「めっちゃタレ目だ」
「・・・大きい胸をユサユサ揺らして・・・」
「絶壁だ・・・お前わざと言ってるだろ?見事に真逆じゃねえか!」
「仕方ないだろ!本当に覚えてないんだから」
「にしても・・・まあいい。てか何も覚えてないならまさか全て俺が教えないといけないのか?」
「そうなるな」
俺・・・僕が笑顔で答えるとダットは肩を落とし項垂れた
「俺は学校の先生に就職した覚えはねえぞ」
「そう言うなって・・・頼んだぞ親友──────」
「・・・って感じだ。一応今のが絶対に守らないといけないこと・・・分かったか?」
「要は『上司に逆らうな。皇帝陛下万歳』って事だろ?」
「・・・お前それ絶対他の所で言うなよ?皇帝陛下を茶化していると思われたら一族郎党皆殺しだぞ?」
「善処する」
「絶対に守れ!・・・ハア・・・記憶喪失ってのはこうも性格を変えちまうものなのかよ・・・」
嘆くダットはさておきブルデン帝国とやらがようやく分かってきた。大陸唯一の国ブルデン帝国・・・現皇帝ジルニアス・マルチス・ブルデンが治めこの国はその皇帝が絶対的な支配者として君臨している
逆らうなど以ての外、一般人なんて目を合わせるだけで不敬罪だと言って処刑された事もあるのだとか
もちろんそれは現皇帝に限らず歴代の皇帝もそんな感じだったらしい
つまり長い間ずっと支配され続けていた事になる・・・そうなると反乱のひとつでも起きそうなもんだがその辺は徹底している
字の読み書きを禁じ、集会を禁じ、宗教を禁じた。字の読み書きは密かにやり取りをし結託するのを防ぐ為、集会も同じ理由・・・宗教に関しては皇帝以外を崇める事を許さないからだとか
他にも沢山規制がありその全てが皇帝の支配力を補うものになっていた
神にでもなるつもりか皇帝は
「いいか?皇帝陛下と表で言うと『なぜ今皇帝陛下と言ったのだ』と尋問される。だから表では気軽に皇帝陛下と言うな・・・分かったな?」
「分かった分かった・・・皇帝陛下万歳」
「・・・不安だ・・・」
「大丈夫だって・・・あ、それとずっと気になってたんだけど・・・」
僕はベルトに付いているホルダーから魔力を発射する道具を引き抜いた
「バ、バカ!無闇に魔銃を抜くなって!見られたらお終いだぞ!」
「いやこの・・・魔銃について知りたくて・・・」
「だったら口で言え!・・・とりあえずしまえ・・・抜いたままじゃおちおち話も出来やしない」
「分かったよ・・・そんなに危ないものなのか?」
「違ぇよ。訓練の時でもないのに抜いてるのを見られたら『反逆の意思あり』って判断されて良くて監獄行きだ」
「悪ければ?」
「監獄行きだ」
「・・・」
「別に冗談を言ってる訳じゃない・・・待遇の差が出るって話だ。運が良ければ何日間の拘留で済むけど悪ければ・・・沢山の器具がある部屋に連れて行かれて『頼むから死なせてくれ!』と泣き叫ぶ程の拷問を受けることになる・・・らしい」
「・・・」
その話を聞いてすぐに魔銃をホルダーに戻した
「それでいい・・・で?魔銃について何か聞きたい事が?」
「あ、いや・・・これって魔力を・・・」
「そうだ。握る部分・・・グリップの内部に魔力を溜める弾倉があって引き金を引くと銃口から魔力が弾となって発射される・・・俺達が渡されているのは訓練用で威力は抑えられているから殺傷能力は皆無だがそれでも魔銃は魔銃だからな・・・絶対に人前で抜くなよ?」
「ああ気を付けるよ。てか魔力を・・・凄いな・・・」
「まっ欠点はあるけどな。魔力が溜まるまで結構掛かるし一発毎にかなりの熱を持つ・・・訓練用で威力を抑えているとはいえ連射すると持っていられない程だ。上官が持っている魔銃なんて威力が高い分熱くなるのも相当らしくてほとんどの人が利き手の手の皮は厚くなってるらしいぞ?」
「へえ・・・熱くならないように改造は出来ないのか?」
「どうだろうな・・・その辺は俺らじゃなくてエルフ族が考える事だから・・・」
「エルフ族?」
「・・・マジかよ・・・まあそうか・・・ローズの事を忘れててエルフ族の事を忘れてない方が変だよな・・・エルフ族ってのは四種族の内のひとつで主に新しい物の開発などを担当していて・・・後から聞かれたら面倒だから全部教えとくぞ?エルフ族は──────」
なるほど・・・エルフ族は研究を任された人達が徐々にその姿を変えていった種族・・・皇帝の要望を聞き逃さない長い耳と室内にこもって研究している為に肌は色白なのが特徴らしい。それと頭が良くて体が弱いのだとか
四種族のドワーフ族は主にエルフ族が研究した物を実際作る人達・・・物作りに特化してて力仕事が主だから筋肉隆々で座っての仕事が多いからか背が低いのが特徴だ。エルフ族とは真逆で体は強いが頭は・・・らしい
それと他には獣人族と魚人族がいるらしく、獣人族は狩りに特化してて見た目は半分獣なんだとか・・・魚人族は海に潜り魚を獲るのが主な仕事で海に潜るのに必要な体へと変わっていったらしい。速く泳ぐ為に指と指の間に水掻きがあり、水の抵抗を減らす為の鱗、長く潜る為のエラなどがそれだ
なんでも元々は同じ人間だったけどその仕事に従事し続けた為に変わっていったらしい。つまり人間が進化した姿・・・けど帝国内の地位は低いらしい。今の仕事に特化しすぎて他の仕事が出来ないのが理由なんだとさ・・・よく分からないな
「他に聞きたい事はあるか?・・・まさか食事の仕方すら忘れたとは言わないよな?」
「それくらいは分かる・・・他には・・・まあ追々聞くことにするよ」
「大丈夫か?まあさっきみたいな平野での訓練は月に1回程度だし他の日は・・・」
「おい聞いたか!?明日も平野での実践訓練らしいぞ!」
「・・・ヘルノ・・・お前ノックくらい・・・え?マジで?」
「ああ大マジだ・・・理由は分からないけどベラ千人長がかなりやる気になってるらしくて・・・」
部屋に突然入って来たのはダットと同じ十人長の配下で同僚のヘルノ。ダットは平野での実践訓練が明日もあると知って顔を青ざめさせていた
「またあの訓練か・・・そんなにキツイのか?」
「お前・・・その訓練で頭に魔弾を食らって記憶を失ったのを忘れたのか?ぶっちゃけ生きてるだけマシだ・・・頭に当たりゃ打ち所が悪いと死んでもおかしくないからな・・・つまりそれだけ厳しい訓練なんだよ」
「死んでもおかしくないって・・・それ訓練か?」
「・・・死を恐れないようにする訓練だ。死なないと分かってたら訓練にならないだろ?」
「なんでそんな事・・・平和そうに見えるのに・・・」
大陸には国がひとつしかない・・・つまり敵国なんて存在しないし他に敵らしい敵もいないのに・・・
「あー言うの忘れてた・・・まあ最近は出没してないしな・・・」
「出没?何が?」
「この帝国において唯一の敵・・・魔神の事だよ」
「魔人?」
「魔神だ魔・神・・・一説によると魔人が長い時を経て魔神になったらしい。普通の魔人なら威力の高い魔銃で殺せるけど魔神は魔銃が一切効かないらしい。そんなヤツがたまに襲って来るもんだから必要なのさ・・・死を恐れない訓練ってやつがな」
魔銃が効かない魔神・・・それに対する訓練が死を恐れないようにする?それってつまり・・・
「もしかして・・・壁になれってこと?」
「壁・・・そうだな・・・かっこよく言えば盾かな?皇帝陛下の盾になる・・・それが俺達軍人の唯一無二の仕事だ」
「それが・・・軍人・・・」
「ダットの友達でケイトだったっけ?そんな事も忘れちまったのか?」
「そうなんだよ・・・聞いてくれよヘルノ。こいつさあ・・・」
2人が僕の事を話している横で頭の中を整理する
ブルデン帝国は皇帝が支配し上下関係に厳しく四つの種族・・・いや人間と魔神も入れたら六種族か・・・六種族がいる、と・・・で、僕ことケイトには幼なじみがいて目の前にいるダットと北西の街で僕達の帰りを待っているローズという子が・・・
「・・・おい・・・おいケイト!聞いてんのか?」
「んあ?ごめん考え事して聞いてなかった・・・なに?」
「・・・しっかり者って印象だったけど・・・お前本当にケイトか?」
「そりゃー・・・多分、ね──────」




