638階 ふたつの障壁
魔神ヒース・クラン・・・それがコイツの名前・・・
「・・・コイツの名前は分かったけど肝心の君の名前は?」
「詮索するなと言っただろ?」
チッ・・・やっぱりダメか
でも名前すら教えてくれないというのは逆にいいのかも・・・解放する気がなくてこのまま殺す気なら名前くらい言ったってどうって事ないだろうし名前を言ってしまうと色々とバレてしまう身分にある可能性が高いって事になる。こっちは何も分からないんだから偽名とか使えばいいのに・・・嘘はつけないタイプなのか?
「・・・まあいきなり仲間になれと言っても困惑するだろうから少しくらいなら話をしてやろう・・・ただ兎にも角にも最初はそちら側の情報を教えてもらおう」
どうするべきだ?
全て話して解放するかは賭けになる・・・殺す気はないと思ったのも単なる勘・・・実際は単なる秘密主義で全ての情報を聞き出したと判断したら殺す気なのかも・・・マスターがいればどうすればいいか聞けるのに・・・
「ふむ・・・警戒するのも無理はない、か・・・私が身の安全を約束すると言っても素直に信じてくれるとは思えないしどうしたものか・・・」
「・・・こういうのはどうだ?互いにひとつずつ質問し答える・・・それならオレも話しやすい」
「なるほど・・・一方的に聞かれるのは抵抗あるが互いに情報を出し合うなら口も軽くなるか・・・しかし・・・」
「そっちの答えにくい質問には答えなくていい。こちらは全て答える・・・これでどうだ?」
「・・・交渉が上手いね。見かけによらず」
「そりゃどうも・・・で?どうする?」
こちとら元になったダンジョンコアの知識は残ってるんだ。長い間インキュバスの為に魔力をマナに変えて溜め込み魔物を創り出してダンジョンを経営していたダンジョンコアだけど人間を知る為の知識はその時点で持ち合わせていた。そうじゃないとダンジョン経営なんて出来ないからね
「いいだろう。では私から・・・この大陸についてどこまで知っている?」
「何も知らない。強いて言えば鱗の付いた人間がいる事と同じ言語を話す事くらいかな?それも流れ着いた腕と手紙から推測しただけだ」
「ふむ・・・次は君の番だ」
「他の人達は生きているみたいだけどどこにいる?」
「隣の房で大人しく捕まってもらっている。全員怪我はなく元気だ」
「じゃあなんでオレだけ・・・」
「質問は交互のはずだが?」
「うっ・・・じゃあどうぞ」
「君と同じ魔族は後何人乗っていた?」
「魔族はオレ1人・・・他は全て人間だ」
「魔族は人間と相容れぬ関係と聞いていたが実際は違うのか?それとも君が特殊なのか?」
「質問は交互・・・だろ?」
「・・・だったね。気になる事が尽きないからなかなか難しい・・・」
結局最終的には交互に質問するって約束もどこへやら互いに聞きたい事を質問しまくった
聞き出せた情報によるとこの大陸にはひとつの大きな国が支配しているらしい
ブルデン帝国・・・皇帝ジルニアスが支配し絶対君主制・・・全てがジルニアスって奴の決定で決まり誰も逆らう事が出来ないらしい
反乱等を防止する為に一般人の識字率はゼロに近いらしく裏でコソコソ手紙のやり取りなんて出来ないのだとか
『助けて』とだけ書かれた手紙も識字率の低さが原因なんだと
「おそらく流れ着いた腕は魚人族の腕だろうな。監視の目を掻い潜り何とか助けて欲しいと手紙を出そうとしたがバレて腕を斬られた・・・君達の大陸に着いたのはその者の執念か・・・魚に食われずあらぬ方向に行かず流れ着いたのは奇跡に近い」
「魚人族?」
「ああ、そちらには居ないのか。海での狩りを主とする種族・・・元は人間だが繰り返し海での狩りを続ける事により進化した者達の総称だ。他にも獣人族やドワーフ族、エルフ族なんかも存在している」
「・・・は?何それ・・・」
「やはりそちらにはいないか・・・伝承通りだな。獣人族は山や森で狩りをし続ける事により進化しドワーフ族は鍛治に従事し進化・・・エルフ族は学問に没頭するあまりに進化した・・・魚人族は水圧から身を守る為に肌が鱗化し速く泳ぐ為に水掻きを発達させ長く潜る為にエラが進化している。獣人族は動物を狩る為に素早く動けるよう足を強靭に素早く狩れるよう爪を鋭くさせ牙を生やしている。ドワーフ族は鍛治に従事し続けた事により筋骨隆々となりその影響なのか背が低くエルフ族は知識を得る為に部屋にこもっていた為か色白で動かない為か学問に集中した為か食事をあまりせず細身・・・そして最も特徴的なのが何でも学ぼうとして声に耳を傾け過ぎて耳が長くなったところだな」
「・・・んなバカな・・・」
「もちろんたかだか数年での進化ではない。数百年・・・いや数千年と繰り返し続けた事による進化だ」
「・・・その割には君は進化してないみたいだけど?」
「残念ながら進化を必要としない立場でな・・・生まれはどうする事も出来ない」
残念がっている・・・進化した種族が良かったのか?それとも違う理由で・・・
「・・・そう言えばコイツの事を魔人ではなく魔神と呼んでいたよね?もしかしてコイツも・・・」
「ちゃんとコイツではなくヒースと呼んでやれ。そうだヒースもまた進化した・・・長い時を経てな」
「・・・隣のコイツは?」
「アードスは残念ながらまだ魔人の域を脱してない。そもそも魔神となったのはヒースだけ・・・アードスが魔神になるにはまだまだ気の遠くなるほどの年月が必要になるだろう」
「魔神はよく分からないけどこのアードスが魔人なら・・・オレの知っている魔人ならなんでこんな大人しいんだ?魔人になると魔力が尽きるまで暴れまくり最後は死に至るんじゃなかったっけ?魔力封じの首輪とか着けてれば別らしいけど・・・」
アードスが何か着けている様子はない・・・てか着けてたらオレの魔力を吸えないだろうし・・・
「分からないか?『人』は『神』を崇める・・・つまり魔人も・・・」
「神・・・魔神を崇めて!?」
「そういうこと。まああまり長い時間離れると信心が薄れるのか普通の魔人みたいに暴れ回ってしまうがな」
なんだよそれ・・・いやでも魔人ってそういうものなのかも・・・理性が無くなる分、本能的に強い者に従いやすいみたいな・・・
「・・・魔神は大陸と民を護る為に船を襲ったって言ったよね?もしかしてコイツ・・・ヒースを使って反乱を考えているのか?」
魚人族とやらが『助けて』と外部に助けを求めた事や識字率をわざと低くしている事を考えると皇帝は民をその名の通り支配しているようだ。その支配は民を苦しめている・・・となると民を護ると言っている魔神ヒースは皇帝に反発するはず・・・
「そう・・・ヒースは民にとって守り神・・・そのヒースの目的は現皇帝ジルニアスを失脚させること・・・いえ帝国自体を滅亡させること・・・けど・・・」
「けど?」
「所詮は多勢に無勢・・・ヒースや何体かの魔人だけじゃそれは叶わない。国の力は強大だ・・・もし魔神ヒースがやられてしまえばもはや抗う術はなくなってしまう・・・」
「それでオレ達を仲間に引い入れようと?・・・てかオレ達少人数を引き入れるより不満を持っている民を扇動した方がいいんじゃないのか?」
「出来ればそうしたいのだがな・・・染み付いた恐怖は簡単には拭えない」
「恐怖?」
「識字率が低いと言っただろ?それは反乱を防止する為だ・・・つまり反乱を企てるとしたら仲間を集めるのに実際に会って話すしかない・・・だがそんな事をすれば密告され一族郎党拷問され晒し者にされてしまう・・・密告者は賞賛され財を得て密告された者は拷問され惨たらしい死を迎える・・・そんな事が定期的に行われていれば反乱なんてする気など・・・」
「確かに・・・けど定期的に密告があるって事は潜在的にはかなりいるってことでしょ?反乱を企てようとする人間が」
「まさか・・・誰だって我が身は可愛いものだ。更に自分の命だけではなく家族にまで悲劇をもたらすと分かっていて行動に移す者など皆無」
「ならなんで定期的に・・・定期的?まさか・・・」
「その通りだ。平和な世が続けばどうしても魔が差す者が出て来る・・・だから定期的に釘を刺すのだよ・・・下手な考えを起こさせないように無実の罪を着せてな」
「・・・何もしてない人間を・・・」
「完全に何もしてない場合は少ない。ただ少し国に対して不満を言ったり納める税金を滞納したり・・・些細な事を最大限に膨らませて拷問した後で処刑し晒す・・・効果は絶大で友人同士・・・家族同士ですら集まるのを忌避するようになった。それでも続く・・・火のないところにも煙が立つのだよ我が帝国は」
「クソだね本当・・・だから恐怖を知らないオレ達を仲間にしたい訳か・・・けどどうしてその話をオレにする?魔族だからか?」
「そうだ」
「なら見当違いだな。オレは魔族だけど戦闘に関してはからっきし・・・特殊な能力があるからついて来ただけだ。頼むならネターナかコゲツ・・・それかリュウダって人間に頼みな。そいつらが仲間になるって言うならオレも協力してやる」
「・・・残念だが今言った3人はここにはいない。その3人はどうやら運が悪かったようだ」
「・・・は?」
不味い不味い不味い・・・非常に不味い!
そうだ・・・20人と聞いてなんでその可能性を考えなかったんだ・・・約半分なんだからその可能性は充分にあったはずなのに・・・
「そうか・・・主要メンバーが向こう側に・・・残念だが諦めてくれ・・・救い出すのはリスクが高過ぎる。下手をすると君達まで・・・」
「ダメだ!助けないと・・・ダメなんだ・・・」
「気持ちは分かるが・・・」
「違うんだよ!あの3人はダメなんだ!」
「・・・何が君をそこまで追い詰めているのだ?」
「・・・妹だ・・・」
「なに?」
「妹は普段は大人しい・・・人間にも優しいし・・・オレが魔力を使わず話すようになったのも妹が『共に行動するならたとえ人間でも仲間よ。人間と同じように話さないとダメ』と言ったからだ。妹のくせに姉ぶるがオレは言う事を聞くようにしている。何せ妹のゲートくんはマスター絡みだと鬼となるから」
「・・・すまん、話が全く入って来ない・・・妹なのにゲートくん?」
「その辺は気にすんな・・・とにかく妹はマスターが絡むとヤバい・・・マスターの言いつけを守らなかっただけで海の底に沈められそうになったり約束の時間に遅れそうになっただけで溶岩の上に落とされた時もあった・・・てか事前にそういう場所を見に行ってる行為が既に恐ろしい・・・」
行ったことのない場所にゲートは開けない。つまり妹は用もないのにそういう場所に行ったのだ・・・おそらく誰かをそこに落として始末する為に
「その妹に出発する前に言われていたんだ・・・『他の人間はどうなってもいいけどネターナ、コゲツ、リュウダって人間はマスターの知り合いみたいだから死なせてはダメよ?死なせたらドラゴンの胃の中に放り込むからね?魔力封じの首輪をつけて』って満面の笑みを浮かべて・・・」
「そ、そうか・・・だが・・・」
「何でも協力する!オレの能力も話すし存分に使ってくれても構わない!だから・・・後生だからその3人だけは助けてくれ!」
「・・・君の能力次第では・・・けど危険過ぎる・・・」
「そんな事はない!オレの能力は『ゲート』・・・一度でも見た事ある場所に繋げる事が出来る。つまりどんなに離れた場所にも一瞬で行けるんだ!だから捕まっている場所さえ分かれば・・・」
「なに!?・・・なら君のいた大陸にも?」
「・・・それが無理なんだ・・・ゲートは使えるけどエモーンズ・・・オレの住んでた場所に繋げようとすると失敗する・・・こんな事一度もなかったのに・・・」
「魔力障壁」
「魔力障壁?」
「魔力は大気に漂う・・・なので発生した魔力は大陸の外へも流れ出てしまうらしい。そこで大陸内の魔力を潤沢にする為に設けたのが魔力障壁だ。空気はもちろん人なども普通に通る事は出来るが魔力だけは通さない結界のようなもの・・・おそらくそれが邪魔して・・・」
そのせいだったのか!道理でマスターにも連絡出来ないはずだ・・・けど・・・
「ならこの大陸の中ならどこでも行けるはず!この場所からでも小さいゲートを連続して使って見てしまえば何処にだって行けるように・・・」
「・・・それも難しいな」
「なんで!?」
「恐らく幽閉されているのは第一級犯罪者が送られる場所・・・アビニオン監獄だ。そしてその監獄の壁は・・・魔力を遮断する材質で出来ている──────」




