637階 魔神
「ネターナ!!」
再び地下牢に靴の音が鳴り響くと意識のないネターナが元いた牢に放り投げられる。叫んだコゲツが格子に近付きネターナの様子を伺うとネターナを運んで来た男を睨みつけた
「てんめぇ・・・何しやがった!!」
「威勢がいいなラズン王国護天の一人コゲツ・ラジ。拳豪と呼ばれる程の強さを持つとか・・・暴れてみたらどうだ?友好と交易を目的として来たと言うのは嘘で侵略しに来たと自ら証明してみろ」
「くっ!」
「・・・陛下はどちらも望んでないがな。お前達がここから出る手段を教えておこう・・・従順な犬となれ・・・そして知っている事を全て吐け・・・技術、能力、生い立ちから性癖まで全てな。そしたら飼ってやる・・・分かったな」
「・・・お前さん名前は?」
「・・・ブルデン帝国皇帝ジルニアス陛下が配下・・・将軍アギニス・ウォークライだ」
「そっか・・・アギニスか・・・知っての通り俺の名前はコゲツ・ラジ・・・お前さんをぶっ飛ばす男の名だ・・・しっかりと頭に叩き込んでおけ」
「弱い犬ほどよく吠える・・・大した友好だ」
「ラズン王国は修羅の国・・・拳を交えて親睦を深める風習があるんでね」
「・・・面白い国だな。知的レベルが伺える」
「そりゃどうも」
「コゲツ・・・それ褒め言葉じゃないぞ」
「なに!?」
「フッ・・・程度も知れている・・・お座りとお手くらいは覚えられるといいが、な」
「このっ!」
「コゲツ!」
怒り拳を握るコゲツだったが隣の牢にいるリュウダの声で我に返り思い止まる
「おや?もう既に飼い主がいたのか?」
「・・・危うくお前さんのペースにはめられるところだったよ・・・今からここを出るのが楽しみだ・・・俺が出たら震えて待っとけアギニス!」
「その前に殺処分されないか怯えていろ・・・犬っころ」
アギニスは余裕の笑みを浮かべると配下を連れて地下牢から立ち去った。コゲツは去り際までアギニスを睨み続けると立ち去った瞬間に未だ動かないネターナに視線を移す
「ネターナ!おい平気か?」
「・・・」
遠くしかも薄暗い地下牢では詳しくは分からないがかなりの傷を負っているように見えた。連れて行かれて拷問されたのは明白・・・コゲツはネターナとの距離を阻む格子を握り潰さんとばかりに強く握り締める
「・・・喋っちゃったのかな?・・・ネターナ・・・」
「別に構わんだろ?俺の名前くらい・・・」
「名前くらいならいいけどどこまで話しちゃったかだよ・・・ここに囚われている人数が全てじゃないと知れば逃げ延びたかもしれない他のみんなにまで追っ手が・・・」
「問題ない・・・俺が全てぶっ飛ばす」
「・・・忘れたの?釣りを僕に教えてくれたのはコゲツだよ?『戦いの基本は釣りと同じだ。敵が食いつくまで決して引くな・・・引けば逃がす事になる・・・要は何事もタイミングだ』ってね。それで今は食いついてるのか?僕には食いついてるのが釣り人の方に見えるけど?」
「・・・言うようになったな小僧・・・だが言う通りだ・・・釣り人がエサに食いついてるようじゃお終いだな。すまねぇ怒りで飛んでたわ」
「まあ仕方ないね・・・僕も怒り心頭で龍槍があればヤツを牢の中から貫いていた・・・けど今やるべき事はそれじゃない・・・ここを抜け出してネターナを治療して他の人達と合流する・・・みんな屈強な船乗りだったし生きているはずだ」
「・・・成長したな・・・リュウダ」
「誰かさんみたく武者修行とか言ってほっつき歩かずに釣りをしてたからね・・・あ、そうだ・・・確か乗組員の中にヒーラーっていたよね?」
「ああ・・・いたな」
「・・・なあ!捕まっている中にヒーラーはいるか?」
リュウダが地下牢全体に届く声で叫ぶと遠くの方から返事があった
「は、はい・・・船医である俺がヒーラーですが・・・」
「遠いな・・・そこからネターナを治療出来ないか?」
「すみません・・・船長からかなり離れているもので・・・広範囲回復魔法を使っても届くかどうか・・・」
「構わないから試してくれ。マナを残していたところで使う事ないだろ?少しでも回復しないと・・・お前達の船長はこのまま死ぬ事になるぞ?」
「っ!・・・分かりました!何とか届かせます!」
リュウダの言葉を聞いて船医は広域回復魔法を唱え始めた
「・・・酷い怪我に見えるが死にはしないだろ?奴らもまだ死なせはしないはずだ」
「多分ね・・・けどそう言った方が頑張るかと思ってね」
「本当・・・成長したな」
「褒めるのはいいからコゲツも少しは考えてよ。これからどうするか・・・それと次に誰かが尋問に呼ばれた時、どう答えるかを」
「?素直に答えりゃいいだろ?隠す必要なんてねえし・・・」
「あるでしょ?ここに連れて来られたのは約半数・・・その数を素直に言えば他のみんなに追っ手が向かう」
「だったらここにいるのが全員って言えばいいだけじゃねえのか?」
「そうだけどもしネターナが喋ってしまってたら?元々は40人だったと答えてたらどちらかが嘘をついた事になる・・・本当かどうか整合性を取るはずだから同じ質問をぶつけるはずだよ?だからネターナが目覚めなかった時、どう答えるかを考えとかないと」
「お、おうそうだな・・・俺もそう思っていたところだ」
「尋問・・・じゃなくて拷問か・・・1ヶ月やそこらじゃ分からないけどネターナは決して屈指ないと思うけど・・・せめて何人と言ったか分かれば口裏合わせ出来るのに・・・」
「ここにいる人数だ」
「え?」
「ネターナが奴らに伝えたのはここにいる人数のみ・・・次に奴らが来たら俺が立候補して奴らに伝える・・・それで問題ねぇ」
「・・・ならお願いするよ・・・僕は痛いのはやだからね」
「・・・・・・・・・やっぱり船の上でやられた傷が・・・なあちょっと・・・聞いてるか?リュウダ?リュウダくん?リュウダァァ!!」
コゲツが絶叫する中、リュウダは別の事を考えていた。それはここにいない20名の安否と彼らがどう動くか
もし無事なら情報収集をするはず・・・その時にここに捕らわれている事を知れば助けに動くかもしれない
「せめて龍槍があればな・・・ロウニールから貰ったゲート倉庫・・・奴らに奪われたのか海に落としたのか・・・とにかくここから逃げ出さないと何も始まらない・・・カギはあの子だな・・・ゲートちゃん・・・だっけ?無事だといいけどね──────」
オレをずっと見つめる黒い影・・・コゲツとかいう人間を一撃で仕留めたコイツはオレじゃどうしようもない
ここは洞窟か?それともこういう家なのか?明かりもないから細かく見る事も出来ない・・・ただ外からの明かりが微かにあるだけ
船がコイツに壊されて気付いたらここにいた。ご丁寧に両手両足を着けられて
しかも見張りは2人でもう1人の人間・・・いや人間か怪しいがコイツの能力が厄介だ・・・手足を鎖で繋がれても本来ならどうってことない・・・けどコイツが・・・
「・・・『吸魔』」
「くっ!!・・・ああああぁぁぁ!!」
吸われていく・・・せっかく溜まった魔力が全て・・・
生きられるギリギリくらいまで吸われてしまう・・・これだとゲートを使えたとしても1回くらいだ
それに何か邪魔しているのかこの土地以外・・・マスターの元へゲートを開こうとしても開けなかった。ゲートを遮断する結界のようなものが張ってあるのだろう・・・いや魔力自体を遮断するものかも・・・マスターと連絡も取れないし
ゲートを繋げれば助けてもらえるのに・・・それが分かってて吸っているのか?
「何者なんだお前達は・・・魔族ではないようだけど・・・」
「・・・」
「何か喋れよ!口がないのか?」
いくら話し掛けても返事がない。何なんだよ一体・・・ん?
「良かった。忙しくて来れなかったから死んでたらどうしようかと思ったけどまだ元気そうだね」
入口から気配を感じ、見ると見た事ない服を着た人間達がゾロゾロと洞窟?の中に入って来た
「ようやくまともに話せそうな人間が来たな・・・ここはどこなんだ?」
「質問は後・・・それよりお腹は減ってないか?」
「質問が先だ」
「・・・そうか・・・伝承によると魔族は食事を必要としないとか・・・けど他の者達は必要だろう?」
「っ!?オレ以外にも?」
「いるよ。君も含めて20名くらい・・・他にもいたみたいだけど運悪く連行されてしまった後だった」
「運悪く?まるでオレ達が運がいいみたいな言い方だね」
「運がいいと思うよ。連行されたら何をされるか分かったもんじゃない・・・幸いにもここには拷問器具は置いてないし置いてあったとしても拷問するつもりもない」
「・・・ならこの鎖も外してもらえると嬉しいんだけど・・・」
「それはならない。君が魔族である事は分かっている・・・未知の存在である魔族を野放しにするほど私が間抜けに見えるか?」
「・・・」
魔族が未知の存在?って言うことはこの大陸に魔族はいないって事?ならコゲツをやったコイツと魔力を吸うコイツは・・・人間?
「他の者達に持って来た食事を運べ。私はこの子と少し話をする」
「しかし!」
「二度言わせるな。行け」
「・・・はっ!」
他の人間より偉そうにしていると思ったら本当に偉いみたいだな・・・見た目はオレより少し上くらいなのに・・・この大陸の貴族の子かもしくは・・・
「・・・こちらの詮索はしないことだ。仲間になるなら自ずと分かる」
「仲間?仲間にしようとしている相手を鎖で拘束するのがこの大陸のやり方なのか?」
「『この大陸』か・・・本当に別の大陸から来たみたいだね」
しらばっくれても無駄だろうな・・・ここは素直に話して出来るだけそっちの情報も引き出してやる
「船で1ヶ月くらい移動したら辿り着いた。距離は分からないけどそれだけ離れている所にこことは別の大陸があってそこから来た」
「何の為に?まさかたまたまって訳じゃないだろう?」
「オレも詳しくは知らないけど・・・オレ達の大陸に鱗付きの腕が流れ着いてその腕は『助けて』と書かれた手紙の入った筒を持っていたんだ。それで・・・」
「わざわざ船でここまで?目的は?まさかその『助けて』と書かれていたから助けに来た・・・なんて事はないよね?」
「そのまさかだよ」
「・・・信じられない・・・そっちの大陸は暇人ばかりなのか?」
「だから詳しくは知らないって!てかそっちはどうなんだよ!別に何もしてないのにいきなり襲いかかって来て・・・どれだけ野蛮なんだよ!」
「それは・・・彼は彼の役割を果たしたまでだ」
彼・・・コゲツを倒して船を壊したコイツの事か?
「役割って・・・コイツは一体・・・」
「彼はこの大陸の守り神・・・外敵から・・・そして民を護る魔神ヒース・クランだ──────」




