624階 手掛かり
「ナージ様!」
珍しくサーテンがナージのいる執務室のドアを激しく開け放ち叫んだ
「何事ですか?」
「こ、これを!」
サーテンは一礼もせずズカズカと部屋に入ると1枚の紙をナージに見せた
「・・・『直ぐに戻るので探さないで欲しい。サラ・ローグ・ハーベス』・・・」
「街にでも出掛けられたと思っていたらその手紙が部屋の片隅に・・・」
「・・・まさかこれ程早く動かれるとは・・・」
「っ!?ナージ様は奥様がどちらに行かれたか御存知なのですか!?」
「ええ。奥様は十中八九ファミリシア王国でしょう」
「ファ、ファミリシア王国!?」
「・・・少し落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますか!旦那様があのような状態の時にもし奥様の身に何かあれば・・・」
「お忘れですか?奥様はSランク冒険者ですよ?」
「それでもです!・・・しかし奥様はなぜファミリシア王国に・・・何か忘れ物でもしたのでしょうか・・・」
「奥様が出掛けるとしたらひとつしかないと思いますが?」
「まさか・・・旦那様の・・・」
「十二傑のダンテ・・・彼が何処にいるか気になっていたようです。それとなく探りを入れましたら私の所に来る前にシュルガットの所へ行き色々と聞いていたみたいですよ?」
「色々とは?」
「ベルフェゴールとヴァンパイアが探しているウロボロスは『再生』の力を持っている・・・閣下を治せる力を。そしてダンテもまた・・・」
「旦那様を・・・し、しかしそれでしたら何も奥様が行かなくとも・・・それか護衛に何人か連れて・・・」
「それが嫌だから黙って行ったのでしょう。何人も連れて行動すれば人目につきダンテを逃がしてしまうかもしれません。それにもう・・・待つのも限界だったのでしょう」
「・・・あれから1ヶ月・・・もうそろそろいい加減起きて欲しいものです・・・」
「そうですね。そうすれば私の仕事量も少しは・・・減るどころか増えそうな気がするのは気の所為と思いたいところです」
「気の所為ではないかと・・・何せあの旦那様ですから」
「やはりそうですか・・・困ったものです──────」
運が良かった
書き置きをして着の身着のまま出て港に向かうとちょうどアキード王国のファミリシア王国行きの船が今まさに出航の準備の真っ最中だった
交渉して乗せてもらうと船は準備を終えたらしくすぐに出航した
屋敷の誰かにでも見られたりしたら連れ戻されたり着いてくると言いかねないし
大勢で行ったら目立つから逃げられてしまう・・・それに連れ戻されたら多分代わりの誰かがダンテを探しに行くって事になるだろう・・・もう待つのはイヤ・・・自分の手で彼を・・・
「公爵夫人」
「はい?・・・ああ、船長さん」
甲板に出て風を浴びながら物思いにふけていると乗船を許可してくれたこの船の船長に話し掛けられた・・・何か用だろうか?
「この船は貨物用なのでご不便をお掛けすると思いますがご容赦下さい」
「何かと思えば・・・無理にお願いしたのはこちらです。どうかお気になさらずに」
「しかし・・・ローグ公爵様と言えば我が国の国王陛下と御友人であると聞いております。つまり公爵夫人もまた陛下の御友人・・・であれば最大限に礼を尽くしても尽くし足りる事はありません。どうか御用命があれば何でも仰って下さい」
畏まる船長・・・船員達も近寄り難いのか遠目で私を見て戦々恐々としている様子・・・まあ無理もないか・・・まだ実感はないけど一国の公爵夫人・・・船員達にとっては腫れ物に触るようなものなのだろう
「・・・ファミリシア王国にはどれくらいで着きますか?」
「潮の流れが少し悪いので早くて3日でしょうか・・・お急ぎなら船に風魔法使いが数名載ってますのでその者達に風を起こさせ少しでも早く・・・」
そっか・・・帆を張って風を受けて速度を上げる事が出来るなら・・・
「もし良ければ私もその風魔法使い達に混ざっても?」
「公爵夫人は風魔法使いでしたか・・・しかし何も公爵夫人ともあろう方が・・・もちろん構いませんがそれなら他の風魔法使い達に公爵夫人の分も頑張らせて・・・」
「それには及びません。皆さんはいつも通りに・・・それと私は風魔法使いではありません」
「へ?ならどうやって・・・」
「それは見ての・・・お楽しみです──────」
「公爵夫人ー!またのお越しをー!!」
ファミリシア王国の港町ワムロードに到着し船を下りると甲板から手を振る船員達・・・昨日とはまるで違う対応に思わず苦笑してしまった
それもそのはず目的地に早く着けば着くほど船員達はその分休暇が増えるらしくエモーンズから3日以上かかると計算していたのに1日で着いたからだ。それも苦もなく
と言うのも風魔法使いのやり方を見て私が風牙龍扇を使い風を起こし続けたから・・・酷使されると思っていた風魔法使い達は最初だけで後は全て私の風だけで2日も短縮してしまった。まあ船長は帆柱が折れるのではないかと終始顔が引き攣っていたが他の船員達は休暇も長くなり楽を出来たと大喜びだった
あまり目立つのは良くないのだが・・・
フードを目深にかぶり軽く手を上げ船員達に応えると港から出た
さてと・・・ここからは気を引き締めないと・・・
事情を知らないダンテは私が探していると知れば追手と勘違いし逃げてしまうかもしれない。なので彼より先に見つけ出す必要がある・・・となると大っぴらには探せない・・・ダンテにバレずに情報収集をし近付かないと・・・しかも迅速に・・・ん?
またあの視線か・・・船に乗った時から度々感じる視線・・・しかしその視線がする方向を向いても誰も居らず気配を探っても何も引っかからない。最初は船員が興味本位で私を覗いているのかと思ったが船を下りてからも感じるとなると・・・いや多分気の所為だろう・・・一応はこれでもスカウトの経験はそこそこ長い・・・私の探知から逃れられる者など早々いないはずだ
もしかしたら少々過敏になっているのかもな・・・冷静にならないと・・・
あまり気負わず冷静にことを進めないと。それにはまず準備ね
ダンテは私の事を知っているから変装をしないと・・・幸いゲート倉庫にサラートに変装出来る仮面がある。それに合わせて服装も変えればダンテに気付かれる心配もない
問題は何処で着替えるかよね・・・宿屋で着替えたら受付の時と違う人が出て来たら騒ぎになるし・・・屋敷で着替えてくれば良かった。けどそうすると船に乗せてもらえなかった可能性もあるのよね・・・うーん・・・仕方ない
私は誰にも見られないように路地裏へと入り誰も居ない事を確認すると指輪にマナを流しゲートを開く
「何だそりゃ?」
「っ!」
振り返るとゾロゾロと路地裏に入って来る男達・・・まさかこの道って何処かに行く抜け道になってたとか?それにしても油断した・・・ゲートを開く前に後ろを確認するべきだった
「空間に穴?何かの魔法か?・・・まあいいやそれは後で聞くとして・・・フードを取りな姉ちゃん」
「・・・なぜ?」
「人と話をするのに顔を出さないってのはどうなんだ?礼儀ってもんをどこかに忘れて来たのか?」
「突然後ろから話し掛けるのも礼儀としてどうかと思うけど?」
「おいおいそりゃ話し掛けるだろ・・・この道は俺らヘギドゥ一家の管轄だからな。勝手に使ってるのを見掛けたら呼び止めねえ訳にはいかねえってもんよ」
なるほど・・・コイツらの縄張りって訳ね。この街の領主は何をしているのかしら・・・まったく
「それは知らなかったわ。ならすぐに出て行くからそこをどいてちょうだい」
「こらこら勝手に入っておいて出りゃいいなんて虫のいい話があると思うか?」
「ならどうすれば?」
「だからフードを取れって・・・話はそっからだ」
下卑た笑みを浮かべる男達・・・まあそういう事よね
簡単に倒す事は出来るけどコイツらがダンテと繋がってたら面倒ね・・・目立たないようにしようとしてたのにこういう人達ってどこからともなく湧いてくる・・・ハア・・・
「これでいい?」
深く被っていたフードを外すと男達の目の色が変わる
「こりゃ・・・マジか・・・」
「で?どうすればどいてくれるの?」
「そりゃ・・・なあ?」
先頭の男は他の男達に目配せをする
全部で5人か・・・結局こうなるならフードを被ったままやっとけば良かった
5人は申し合わせたように動き出し私を取り囲んだ
「・・・どういう事?」
「パターンは三つあった。一つは通行料を支払い無事に出て行く・・・もう一つはしばらくここでオネンネだ。まあ運が悪きゃ一生目を覚まさねえかもしれねえオネンネだけどな。んで三つ目・・・これはかなりラッキーだぜ?互いに気持ち良くここから出られるってやつだ」
「へえ・・・で、私は?」
「決まってんだろ?三つ目だ・・・お互い気持ち良くなろうぜ・・・抵抗しなきゃこっちも手荒な真似はしねえ・・・けど・・・」
「・・・その前に二つほど聞きたいのだけど・・・」
「あん?」
「教えてくれたら優しくしてあげる」
「っ!?・・・お、おう何でも聞けや」
・・・何を勘違いしているんだか・・・まあいいわ
「貴方達・・・ダンテって男を知ってる?」
「ダンテ?・・・知らねえな。この辺じゃ聞かねえ名だ」
「そう・・・じゃあもう一つ・・・貴方達はこれまで何人の女性とここで楽しんだの?」
「なんだ?嫉妬か?そりゃ数え切れねえほどだ・・・自ら入るバカはいねえから連れ込んで・・・おっと悪気はねえんだぜ?どうやら本当に知らなかったみたいだしな」
ノコノコ入ったのは私ぐらいって訳ね・・・それにしても数え切れないほどか・・・初犯だったら見逃してあげようと考えたけど・・・
「貴方達が数え切れないと覚えてなくてもやられた方は覚えてるわよ?約束通り優しくしてあげる・・・痛みを感じないほど一瞬で・・・イかせてあげるわ」
風牙龍扇を懐から取り出すと風牙を二発放った
油断していたのかあっさりと4人の首は飛び私と話していた男は呆気にとられ放心状態に
「さて・・・貴方を残した理由は分かる?」
「ふ、2人で楽しむため?」
「・・・逞しいと言うか何と言うか・・・貴方達のせいでこの街で情報収集は難しくなったわ・・・だから貴方が私の期待通りの答えを持ってたらイかしてあげる」
「ほ、本当か!?な、なんだ何でも答えるぞ!」
「ここ1ヶ月で貴方達のような人達の中で勢力を伸ばした人達はいない?それか新しく出来た組織みたいな連中があるとか・・・」
「1ヶ月で?・・・王都が壊滅したって噂を聞いてからだいぶ上からの締め付けは緩くなったらしい・・・だからどこも軒並み勢力を伸ばして・・・あ、でも新たな勢力なら風の噂程度だけど『スーザン近くの山に住み着いた奴らがいる』って・・・」
「山に・・・ね」
山賊ってこと?なんで山に住み着いたのかしら・・・
「その山は前に魔族が住み着いていて誰も近寄らなかったんだ・・・そんな所に好き好んで住む奴なんているのかよって話半分で聞いてたけど・・・どうやらそいつらは近隣の街から食いもんや女を・・・べ、別にそいつらが俺達と同じって言ってる訳じゃねえぞ?ただそういう話を聞いたってだけで・・・」
魔族がいて人が寄り付かない山・・・もしかしてベリトとバフォメットがいた山?まあそうなるともう魔族はいないけど・・・だとしたらなぜそんな山にわざわざ?山賊って人が来なければ成り立たないしわざわざ街に下りるのも大変なんじゃ・・・山に何かあるのかそれとも・・・人気のない山に住む必要があるのか・・・例えば追われる立場である、とか・・・
「うん・・・行ってみる価値はありそうね。なかなか有益な情報だったわ」
「それじゃあ!」
「・・・なんで近付きながらズボンを下ろそうとしているの?」
「え?だって・・・イかせてあげるって・・・」
「・・・貴方よく仲間を殺った相手に欲情出来るわね・・・」
「別に仲間なんて思っちゃいねえし・・・なあやろうぜ・・・イかせてくれるんだろ?俺のを入れたらどんな女でも・・・ってあれ・・・なんで斜めになって・・・」
不用意に間合いに入って来るもんだから風牙龍扇で首を斬り付けた。鉄扇も素早く振れば剣並の斬れ味になる・・・しかし意外と喋れるものね・・・首を斬り落としても
「貴方のなんて入れる訳ないでしょ?私に入っていいのは彼だけ・・・ちゃんと約束通り逝かせてあげたから往生してね」
「そ、そんな・・・ひどっ」
酷いのはどっちだか・・・ようやく地面に落ち喋らなくなった頭を見下ろしため息をつく。国が機能していないとこういう輩がどんどん増えて大変な事に・・・
私が協力しても微々たるもの・・・でも彼が起きて協力すればきっと・・・
私の為だけではなくファミリシア王国の為にも彼を早く起こさなきゃ・・・私は決意を新たに路地裏を抜け出し歩き出す
目指すはファミリシア王国スーザンの街・・・待っててロウ・・・私がきっと──────




