614階 最終決戦⑧
王城前広場より更に離れた高台の上でナージは戦況を見つめる
魔人の群れに対して善戦はしているものの兵士は傷付き徐々にその半円を狭めていた
「ナージ!私達を投入するかあそこにいる人達を撤退させるかしないと・・・」
フレシアの護衛という名目で後衛部隊に残っているサラがボロボロの前線を危惧して叫ぶがナージは首を横に振る
「もう少し・・・このままで・・・」
「なぜ・・・攻めるか守るかはっきりさせないとジリ貧だ・・・このままではケイン達は・・・」
《後学の為に聞きたいわね・・・あそこに留まる理由を》
「っ!・・・貴女は・・・」
サラが振り向くと不敵に笑う魔族が立っていた。サラはすぐに横にいるフレシアを庇うような立ち位置を取ると戦いになった時に備え構える
「ウロボロスさん・・・ですね?指揮官がこのような場所に来てもよろしいのですか?」
《・・・へえ・・・自己紹介もまだなのによく分かったわね。誰かから聞いてたの?『絶世の美女がウロボロス』とか・・・》
ウロボロスはおどけてみせるとナージに近付いた
サラが警戒するがナージは目でサラを制し身構えることなく目を細めケイン達を見つめた
人間側の頭脳であるナージと魔人を操るウロボロス・・・2人は特に殺気立って相対する訳でもなく横に並び戦場を見つめる
「そんなところです。ところで何しにここに?」
《ちょっと気になってね・・・ゲートを使って逃げると思いきや逃げないであそこで戦ってる理由・・・なぜ?》
「気になりますか?」
《ええ・・・教えてくれたら手加減してあげてもいいわよ?》
「・・・本来なら相手の指揮官にこのような事を言うものではないのですが・・・手加減して下さると言うのならお教えしましょう。私の狙いは『目標の集中』です」
《目標の集中?》
「ええ。魔人達が同士討ちしないのは誰かが操っていると結論付けました。城を守るように群れる魔人・・・ロウニール様達が城に突入した後、城を守る必要がなくなったと判断されたら果たしてどのような行動に出るのか想像もつきません。残った私達に向かって来るのかそれとも近隣の街に向かうのか・・・分からなければ対策の立てようもありません。ですが戦場に残っていれば魔人の動きは限定されるかと」
《ふーん・・・残っている人間達を無視して別の場所に移動してたら?》
「その先にいる人達が犠牲になるでしょうね」
《・・・追わなかったってこと?》
「追う必要がありますか?私達がこうして集まったのはあくまでもロウニール様のサポートとしてです。アバドンという人類を滅ぼそうとする敵と戦おうとされているロウニール様のサポート・・・この場に残っているのならまだしも何処かに行くと言うのなら手を振ってお見送り致しますが?」
《・・・多くの人間を見て来たけどアナタ程割り切った人間は初めてね・・・目的の為なら犠牲は厭わないって事?偽善的な考えの多い中でよくアナタのような人間が育ったものね》
「自分の能力を把握しているだけです。能力以上のものは引き出せない・・・ですので能力に見合った行動を取るべきだと私は思います。そしてそれを実行しているに過ぎません」
《・・・それはそれで腹が立つわね・・・つまり私が操る魔人はアナタの能力以上の相手ではないって事でしょ?》
「私一人の力ではなくここにいる全ての人達の力が貴女の操る魔人の群れと同等なだけです」
《あっそ・・・まあいいわ・・・ちなみにあそこで戦っている人間達が背にしている壁・・・あの壁を魔人が破壊したらどうする?》
「ゲートを中心に半円から真円に陣を変えるしかありませんね・・・多少犠牲は増えるでしょうけどあの方達なら持ち堪えてくれるはずです」
《じゃあやってみなさい・・・と言いたいところだけど勝負はお預け・・・いえ終わりかしら?》
「?それは一体どういう・・・っ!?」
突然激しい音と共に城から瓦礫が中庭に降り注ぐ。見上げるとそこはアバドンとウロボロスがいた場所だった
《暇潰しは終わり・・・とうとう始まったみたいよ?人間の運命を決める戦いが。と言っても戦いになるのかしら?インキュバスは倒したみたいだけどアバドンは別格・・・何せ『破壊』のアバドンだからね》
「・・・決着がつけば魔人は引く・・・そう捉えてよろしいのですか?」
《どうしようかな~・・・まっ、アバドンに勝てたら引いてあげるわ・・・そんな事は起こりようがないけどね。あ、ちなみに負けても引くわよ?どうせ後はアバドンが全てやるし・・・楽しかった・・・とてもいい暇潰しになったわ》
「・・・」
《そう怒らないでよ・・・本当は彼に魔人と戦ってもらってアバドンに見せようとしたの・・・あれがインキュバスを滅した人間だ、ってね。けどズルしてアバドンの元にさっさと行っちゃうから・・・ちょっとした腹いせを含めた暇潰しだったの。もうここで人間を少し減らそうが意味はない・・・アバドンを少し手伝った程度にしかならないのよね・・・てかこれ以上やるとアバドンのライフワークを奪っちゃうことになるし・・・ん?あっ・・・終わったみたいよ?希望が叶うといいけど・・・ね》
ナージとの会話を切り上げウロボロスは手をヒラヒラさせてその場を去る。まるで見ずとも結果が分かっているように
ウロボロスの言う『終わった』とはロウニールとアバドンの決着がついた事に他ならない。ここにいる全員が一斉に城を見上げると部屋の奥から何者かが姿を現した
「ロ・・・」
城までは遠くはっきりとは分からなかったがロウニールだと確信したサラが彼の名を呼ぼうとするが次第に姿がはっきり見え始め言葉を失う
サラが見たのは確かにロウニールの姿・・・しかしその姿は想像したものとは違っていた
自ら歩いて出て来たのではなく背後にいるアバドンに首根っこを掴まれ力無く運ばれており胸の付近には血溜まりが出来ていた。顔まではっきり見えないが明らかに生気を感じないその姿にサラは表情をなくし膝を落とす
誰も何も言えなかった
言えばそれが現実になってしまうと言葉を失っているとアバドンは眼下を見下ろし軽く腕を振るった
城を囲うようにそびえ立つ壁・・・その壁が突如として崩れ去る
ケイン達は突然の出来事に慌てふためき魔人達に背中を取られまいと陣形を半円から真円へと変更しようと動き出す・・・が、気付くと周りにいる魔人はその一切の行動を停止させていた
状況を把握するべく辺りを見渡すケイン・・・ふと振り返り見上げるとケインもまたサラ達が見ている光景を目にする
そして・・・
「ロウニール!!」
ケインが叫ぶと皆が反応し見上げた
するとアバドンはニヤリと笑いロウニールの首から手を離す
ゆっくりと・・・実際にはかなりの速度でロウニールの体は城の頂上付近から落下し地面に激突する・・・が、見ていた者達にはそれがまるでコマ送りのようにゆっくりと落ちていくように見えていた
戦場に不快な音が鳴り響く
それは全員を絶望させるには充分過ぎるほどの不快な音だった
これまで騒がしかった戦場は無音に近い状態となる
その無音こそが絶望の音であると知るのにそう時間は掛からなかった
「・・・あ・・・」
誰かが放心状態の中呟いた
「負けた・・・のか?」
誰かが現実を受け入れ始めた
「嘘だ・・・ウソ・・・だ・・・」
誰かが現実から逃避した
誰かが誰かが誰かが誰かが・・・皆が・・・絶望した
そんな中、一人の男が軍の先頭に立ち剣先を遥か上空のアバドンに向ける
「・・・総員配置につけ・・・これより城を攻めあそこにいる敵を討つ!」
その男ケイン・アジステア・フルーが告げると全員がそれぞれの武器を手に一人また一人とケインの元へ
アバドンはその光景を見て浮かべていた笑みを消し苛立ちを覚えた
希望が終れば絶望が待っているはず・・・つい先程までは期待通りの展開になりそうだった・・・が、人間の希望はまだ消えず再び燃え盛ろうとしていた
《無知は罪とはよく言ったものだ・・・知らぬなら教えてやろう・・・今は絶望の刻であると》
アバドンは呟くとテラスから足を一歩踏み出した。そしてそのまま下に落ちると動かないロウニールのすぐ横に音も立てずに着地する
「・・・アバドン・・・」
ケインが先頭で睨みつけながら呟くとその声がアバドンに届く
《気軽にその名を口にするな人間・・・貴様らはただ絶望に打ちひしがれておけ》
その言葉と同時に兵士達の目にはアバドンの姿が大きく映る。体が大きくなった訳ではない・・・存在自体の大きさに恐れ戦き自然と構えていた武器を下げた
多くの仲間達と共にいるにも関わらず恐怖が胸を締め付け足を震えさせた
その時・・・
「うわあああ!!ほ、本当に大丈夫だろうな!?」
《・・・おそらく》
「てめえ!死んだらぶっ殺してやる!!」
上の方から声が聞こえたと思ったら突然アバドンの背後に土煙が舞う
その土煙が晴れると5人の戦士が並び立っていた
「足がジーンだこの野郎」
「私は何ともなかったが?」
「ワシも・・・逆に浮いたくらいじゃ」
「私も平気でした」
《重さの問題でしょう・・・体重差の問題かと》
キース、レオン、ハクシ、ディーン、ベルフェゴール・・・一人面子は違うが無事ロウニールに追いつき最上階にて揃ったはいいものの部屋はもぬけの殻となり壁が大きく壊されていた
壊れた壁を通りテラスに出て下を覗くとアバドンらしき影が見えた為に飛び降りたのだった
「クソッタレが・・・ところでアレがアバドンってヤツだろ?ならヤツの相手をしていたロウニールはどこ行った?」
キースがキョロキョロと見回してもロウニールの姿が見えず首を傾げる。すると飛び降りて来た5人に振り返ったアバドンがニヤリと笑いその疑問に答えた
《ロウニールとは無謀にも我に挑んで来た人間の事か?それなら貴様らの後ろに居るぞ?》
飛び降りて来た5人は城からかなり離れた場所に着地していた。アバドンの言葉に疑問を抱き振り返るとそこには落とされ身動きひとつしないロウニールの姿が・・・あった
「・・・レオン・・・援護しろ・・・」
「・・・ああ」
ロウニールに駆け寄るディーンとハクシ
キースは手に持っていた大剣をこれまで以上に巨大化しアバドンへと振り返る
そしてベルフェゴールは無言で本来の姿へと変化した
「ヤツに恐怖した者は下がっていろ!動ける者は・・・俺に続け!!」
キース達と反対側にいるケインが剣を掲げ叫ぶ
するとそれに呼応するようにジークが、ワグナが、アルオンが躍り出る
人類側最強格の者達に挟み撃ちに合う状況下の中、アバドンはほくそ笑みそれらと対峙する
人類の存亡を賭けた戦いは最終局面を迎える──────
「ロウ・・・そんな・・・」
放心状態のサラが呟く
視線の先は城から落とされ動かないロウニールの姿
駆け寄るディーンとハクシは目に入らずロウニールだけをずっと見ていた
そこにひとつの小さな影がロウニールに駆け寄ると吸い込まれるようにロウニールの中へと消えて行く
同じく駆け寄っていたディーンとハクシはそれを見て足を止め、遠くで見ていたサラは呟く
「・・・サキ?──────」




