58階 調教
武闘家・・・近接アタッカーとスカウトの能力を使い武器を使わず素手で戦う職だ。かく言う私もスカウトの適性と分かった時点で密かに目指していた職だった
スカウトは器用貧乏というか対魔物には向いていない
魔物の中には皮膚が硬く普通の刃を通さないものや魔法しか効かない魔物などが数多くいる為、身体能力を上げる事が出来ると言っても役に立たない事が多いからだ
だが、対人には強くそのせいでスカウトは対人専門・・・アサシンやシーフなど犯罪者になる者が多い
私はたまたまガゾスに貰った鉄扇『風牙扇』があり、魔物に対抗する術を持っていた為にダンジョンで活躍する事が出来た。でもしばらくしてそれではいけないと思うようになった・・・武器に頼っていたらいずれその武器がなくなった時に元のスカウトに戻ってしまうからだ
かと言って鉄扇を使うスタイルを確立した者など聞いた事がなく、誰かに習う事は適わなかった・・・なので私は鉄扇を使うのではなく、素手で戦えるようになろうと考えた。そこで目指したのが『武闘家』
スカウトの適性能力である『身体能力強化』
近接アタッカーの適性能力である『武器強化』
そのふたつを兼ね備えた職である『武闘家』
武闘家なら武器も持たなくて済むし、いざとなった時に相手の虚をつける・・・実際ヤットは私を武闘家と思わずに侮り気絶とまではいかなかったが身動きが取れなくなる程度にはダメージを受けた
まだまだ修練中の身ながら油断を誘えばAランクすら倒せる事が証明されたが・・・目の前には私の目指した完成系の武闘家が立っていた
スカウトの能力と近接アタッカーの能力を高水準で兼ね備えた者・・・Aランク冒険者シークス・ヤグナー
「ボクはね・・・相手を屈服させるのが好きなんだ。相手が強ければ強い程いい・・・同じ武闘家なら尚更だ」
「・・・私はレンジャーだが・・・一応聞いても?なぜ同じ武闘家なら尚更なんだ?」
「同じ職だと分かりやすいだろ?力の差が。武器を持っていればその武器の良し悪しで強さが違ったり、違う職だと戦い方が違ったりする・・・けど同じ武闘家ならはっきりと分かる・・・どちらが強いかが!武器のせいにも相性のせいにも出来ない・・・純粋な力の差!人はね・・・何かのせいに出来ないと絶望しやすいのだよ・・・コイツには勝てない・・・そんな目がボクを見つめる事を考えると・・・ボクは堪らなくなるんだ・・・気持ち良くてね」
「・・・全然まったく分からないが・・・」
「別に分かってもらおうとは思ってないさ。ボクが気持ち良ければそれでいい。さっきまではただの遊びだったけど本気で遊ぼう・・・君はヤットには勿体ない」
「なっ!・・・シークス!」
「下がれヤット・・・邪魔だ」
「・・・」
文句を言おうとしたヤットだったがシークスの迫力に気圧されてすごすごと後ろに下がる
やはりシークスと戦うのは避けられない・・・か
「ああ、ごめんね。ちょっと殺気が強過ぎて身動き取れなかったかな?その状態じゃ戦えないよね?」
「・・・そうだな」
「逃げないって約束するなら解いてあげるよ。ただ逃げたら・・・地の果てまで追い掛けて殺す。さっき逃げてった連中もまとめて殺す。今からすれ違う冒険者もダンジョンに来る者全て殺す・・・だから逃げないでね」
「なるほど・・・理解した」
シークス・・・コイツに道理は通じない。ダンジョンコアを破壊したいだけの奴かと思ったがその上で人を殺す事など厭わない冒険者と名乗っているだけの犯罪者・・・国もなんだってこんな奴をAランクに・・・
「しっかし意外だね。彼らとは顔見知りだったんだろ?もっとこう怒りに任せて突っ込んで来るかと思ったけど・・・案外冷静なんだね」
「意外とは?私はそんなに情熱的に見えたか?」
「見た目は冷静沈着なクールビューティだが仲間想いの熱い女・・・ギャップ萌えの常識だろ?」
「ふーん・・・でもなんで私が怒ると思ったんだ?怒る要素などひとつもない・・・ケン達はやられはしたが見事貴様らから逃げ切った。Eランク冒険者がAランク冒険者から逃げれたのだ・・・もはや勝ちに等しい。そして私もAランク冒険者に土をつけた・・・これも勝ちに等しいと言えるだろう・・・そんな私がなぜ怒る必要がある?」
「・・・恐怖で動けなかったクセに口だけは達者だね・・・調教のしがいがあるよ」
「調教?」
「ボクは後ろの3人と違ってね・・・君と勝負するつもりなんてこれっぽっちもない。なぜなら勝負になんてならないから。ボクが今からする事は『調教』・・・君がその時のボクが望む言葉を言うように教え込む事だ。まあ言葉じゃ伝わりにくいから実践といこうか・・・かかっておいで」
完全に私を舐めきっている・・・けど舐めてしまえるほどの実力はあるのだろう。何せ私はシークスが殺気を放つだけで動けなくなるのだから・・・
私が取れる行動は二つ・・・何とか隙を見て後ろにある扉から逃げるか屈辱を味わう前に死ぬかだけ・・・今ここで自分の首を切り落とした方がどんなに楽か・・・
でも私はまだ──────死にたくない!
出来れば向こうから近付いて来てくれれば扉から離れる事もないのだが、シークスは動かず私に向かって来いと言う
もしシークスの言葉を無視して動かなければどうなるかは目に見えている・・・まずは奴の誘いに乗り何とか隙を見つけるしかない
「そうそう・・・逃げたら死ぬところだったよ。ここから先は選択を間違えないようにね。期待してた事が起きなくてちょっとイライラしてきたからさ」
シークスがAランク冒険者と初めて知った時、少し手を伸ばせば届くと思っていた。そんな過去の私を殴って目を覚まさせてやりたい・・・手が届くどころか姿さえも見えないほど高みにいる事に気付かせてやりたい
目の前にまで辿り着くとシークスは細い目を更に細めて笑みを浮かべる
「よしよし・・・じゃあボクを殴ってみようか?もちろん蹴りでも構わない。武闘家らしく戦ってみてくれ」
目の前に立っても警戒など一切していない
・・・今なら当たるのでは?
そう思った瞬間に体は動いていた
拳にマナを纏い、渾身の突きをシークスに向けて放つ
「うん!ダメだね」
シークスは私の渾身の突きをアッサリといなした
次の瞬間
「っつ!?」
頬が熱い
平手打ちを・・・された?
「さあ、続けようか」
何事も無かったように言われ、本当は何もされてはないのではないかと錯覚に陥る
だが、確かに頬が熱くなり痛み出す
「くっ!・・・」
訳が分からず今度は回し蹴りを放つと簡単に受け止められ・・・
「ダメ!はい、次」
また頬を平手打ちされた
今度は私に見えるように・・・でも躱せないギリギリの速度で叩かれた
「な・・・何を・・・」
「ダメダメ・・・ボクを満足させる攻撃じゃなければ叩かれる・・・当然だよね?さあ、次!」
それから私は言われるがまま攻撃を繰り返す
その度に叩かれる恐怖と戦いながら・・・
「次!」
「なんで・・・なん・・・」
心が折れそうだ
なぜ叩かれる?
なぜ奴は私に攻撃させる?
もう訳が分からない・・・いっそう・・・
「うーん・・・もう少しかな?まだ・・・ああ、そうか」
1人で納得してポンと手を叩くとシークスは突然私の服の中に手を入れる
抵抗する力も残ってない・・・このままでは・・・
だが、予想とは違いシークスはすぐに服から手を出すと手にある物を握っていた
それは・・・
「返ヒて・・・それは・・・」
「なんかさぁ、必死さが足りないんだよね。多分心の拠り所があるからだ・・・それがこれ・・・」
私の・・・風牙扇・・・
「こんなものは・・・こうだ」
シークスはあろうことか風牙扇を力で捻じ曲げてしまった。そしてこれみよがしに私の足元に放り投げるとまたあの言葉を言い放つ
「次」
「う・・・ぁ・・・うあぁぁぁ!!」
ガゾスから貰った大切な鉄扇・・・風牙扇があったからこそ私はここまで生きてこれた・・・それなのに・・・それなのに!!
「うーん・・・まだダメだね・・・」
がむしゃらに放った一撃も簡単に受け止められる
また平手打ちが飛んでくる
もう顔の感覚がない
「次!」
「ダメダメ・・・次」
「ダメ、もっといけるだろ?・・・次」
次第に私の体が私のモノでないような感覚に陥る
そしてシークスが『ダメ』と言った瞬間に体が強張り始めた
平手打ちが来る──────
そう条件反射で思うようになってしまっている
「やっとだね。さあ逃げていいよ・・・この場所から早く逃げたいだろ?さあ・・・ボクは追いかけないから早く逃げなよ」
逃げる・・・そうだ・・・あの扉の向こうへ・・・
私は言われるがままシークスに背中を向けて歩き出す
扉へ・・・痛みからの解放に向かって・・・
「ほら、早くしないとボクの口からあの言葉が出ちゃうよ?」
あの言葉?
聞き取りずらいが声は離れているように思える
シークスは動いていない・・・今がラストチャンス・・・
「・・・ダメだ」
『ダメ』
その言葉に反応して私の足は完全に止まってしまう
「どうしたの?もしかしてここに居たいの?」
だってダメって・・・あれ?なんで私はシークスの言葉に従って・・・
「本当は武闘家として屈服させようと思ったけど君はあまりにも弱過ぎた。こんなものに頼っているから強くなれないんだ・・・だから少し趣向を変えてね・・・トラウマを植え付ける事にした」
トラウマ?
シークスは地面に置かれていた私の風牙扇を蹴り飛ばしながらそう言った
「分からないって顔だね・・・まあ顔が腫れすぎて表情が分かりにくいけど・・・うん、分からないって顔だ。そんなサラに説明してあげよう・・・君はボクだけじゃなくて誰からでも『ダメ』と言われると条件反射で殴られると思い体が竦んでしまう・・・『ダメ』以外でも多分近い言葉なら反応しちゃうんじゃないかな?例えば『ため』とか『だれ』とか・・・」
あ・・・あ・・・
「ウンウン、いい感じ。もう君は冒険者としては欠陥品・・・武闘家としての才能はあったかも知れないけど・・・もう戦えない」
ウソだ・・・そんな事・・・
「なあシークス・・・もう良いんじゃねえか?顔はもう・・・見れたもんじゃねえけどあの体はかなり魅力的だ。ちょっとだけでも・・・」
「ヤ~ッ~ト~・・・調教中のボクに意見するのはご法度って前に言わなかったか?」
「あ、いや・・・」
「君も調教してやろうか?ボクの言いつけを守るように・・・」
シークスがヤットに向かって歩いて行く
私に背を向けて・・・
どんどん離れて行くシークス
絶好の好機
動け・・・足よ・・・動いてくれ!
「あーサラ?・・・ダメだよ」
何がダメかも言ってないがシークスの言葉にまた反応して完全に動けなくなってしまう
もう私は・・・
「わ、悪かったよシークス・・・な、仲間じゃねえか・・・」
「どうしようかな・・・せっかく任せたのに逃げられそうになるし・・・うーん・・・」
「今度はちゃんとやるからさ!頼むよ・・・え!?」
「どうした?まさかサラが逃げ・・・!!」
動けない私を何かが優しく包み込む
なんだろう・・・凍り付いた体が溶けていくような・・・
「・・・遅くなった・・・もう大丈夫だ」
ああ・・・そうだ・・・風牙扇を折られ、心を踏み躙られても私には・・・貴方がいる・・・
「・・・助けて・・・ローグ──────」




