594階 暗殺者
フーリシア王国エモーンズ教会
いつも祈りを捧げに来る人達はおらずその教会にはロウニールからの要請があり待機している者達がいた
「相手が魔人とはいえ何だか罪悪感が・・・」
「あん?何でだ?安全圏から魔法打ち放題・・・後衛アタッカーの魔法使いにとっちゃ理想なんじゃないのか?」
「分かっていませんねダン様は。自らの命が脅かされるからこそ命を奪う魔法を放てるのです。それがたとえ相手が魔人だったとしても」
「・・・弱いものいじめは嫌い的な?」
「近いような近くないような・・・もうそれでいいわ」
閉鎖した教会の中、ペギー、ダン、セシーヌがゲートが開かれる間の一時の合間に会話に興じる
教会周辺は聖女セシーヌを守る為に周聖女親衛隊が警備し侍女であり護衛でもあるエミリが傍に控えていた
それでも油断をしていたかもしれない。安全圏から魔法を使って援護するだけの状態に危機感は薄れ元とは言え暗殺者ギルドのトップであったエミリが死神の接近に気付かなかったのだから・・・
「次のゲートはどっちかな?セシーヌ様?それとも私かな?」
「次ペギーだったら俺様が魔人に鉄拳をお見舞いしてやる・・・魔人くらい一突きで・・・」
「しっ!」
エミリがようやく異変に気付き3人の会話に割り込み口元に人差し指を立てた
エミリに振り返る3人はその真剣な表情に気圧され口を噤む
静寂が訪れてすぐ来客がないはずの教会の扉が押し開かれる
「3人共逃げて!!」
扉が開いた瞬間の血の匂い・・・その匂いと共に蘇る記憶がエミリを動かす
飛び出して短剣を構えたエミリはまだ入口にいるフードを深く被った侵入者との距離がかなりあるにも関わらずその圧倒的な殺意に気圧されていた
すると警備に当たっていた聖女親衛隊の男が入って来て侵入者の肩を掴み連れ出そうした
「貴様!今日は教会は休みだと何度も・・・」
「教会に休みがあるとは知らなかった・・・ところで数秒とはいえ残りの人生をくだらない事に使ってもいいのか?」
「なに?」
「少し早まったな・・・7秒だ」
「な・・・は・・・え・・・」
あっという間だった
聖女親衛隊の隊員の体があっという間に崩れ去り地面にズレ落ちた
「いつも不思議に思う・・・ただ切っただけなのにまるで残りカスのような欠片しか残らない・・・元の体の半分以下・・・何故だと思う?・・・暗影のエミリ」
「・・・なぜ・・・」
侵入者が歩き出すとエミリはその分後退る
そんなエミリを見た事のなかったセシーヌは侵入者がそれ程の相手なのだと理解した
「なぜ?質問を質問で返すのは・・・」
「セシーヌ様!結婚・・・し・・・あれ?何だこれ・・・」
扉を勢いよく開けて教会に入って来たケンはすぐに異変に気付き立ち止まる。その時侵入者は踵を返しケンに向けて殺気を放った
「なっ・・・けふっ!?」
背後から何者かがケンの首元を引っ張るとケンは引き摺られるように後ろに下がる
引っ張られた事に首が締まり涙目のケンは振り返り引っ張った人物を睨みつけた
「何すんだ!・・・って・・・師匠?」
「まったく・・・バカかおめぇは」
「え?」
「そいつの間合いに不用意に入るなんてバカか自殺志願者だけだ覚えとけ」
「え?え?・・・てか師匠・・・その腕は・・・」
「代償だ・・・生き残る為のな」
何が起こっているか分からないケンが唯一分かったこと・・・それはケンが師匠と仰ぐ『切り過ぎジャック』にあった二本の内の一本の腕が肘から下が無くなっていること
「トカゲだって逃げる時に尻尾を切り離すんだ・・・人間は尻尾がねえから腕を切り離す・・・常識だろ?」
「そんな常識ないですって!・・・てか何が何だか・・・アイツは誰なんですか?何しに教会に・・・」
「あれこれ質問する前に状況を把握しろ・・・いつも言ってんだろ?」
「え、ええ・・・えっと・・・・・・・・・まったく分かんねえっす・・・ぐはっ」
「殴るぞてめぇ」
「もう殴ってる・・・何なんすか一体・・・」
「てかてめぇは何しに来たんだ?」
「え?それ聞いちゃいます?」
「・・・やめた・・・なんかイラッとした」
「聞いて下さいよぉ・・・シルがとうとう結婚を承諾してくれてセシーヌ様に用事があるって言うんでピンクときましてね・・・で、俺に任せとけって走ってここまで来たんっすけど・・・」
「何がどうピンときたんだ?」
「いやそりゃ結婚すると決まれば式じゃないっすか?結婚式・・・多分シルはすぐにでも結婚式を挙げたくてセシーヌ様にお願いをしに行こうと・・・」
「・・・お目出度い頭だな・・・」
「ええ!目出度いっす!」
「・・・ファミリシアじゃ人類の命運を賭けた戦いとやらが始まるらしい・・・各国から色んな奴がファミリシアに向かっている・・・その中にはお前の結婚相手のシルって奴のお仲間もいるって話だ」
「え?」
「その中心人物はロウニール・ローグ・ハーベス・・・聖女セシーヌはロウニールと繋がりが深いからこの時期にセシーヌを訪ねるって事は行こうとしたんだろう・・・ファミリシアへ」
「・・・誰がっすか?」
「シルだよシル・・・そこに教会と縁のなさそうな盾男と巨乳がいるだろ?教会を閉めてたって事は何か中でしてたはずだ・・・ロウニールはどこでも行き来出来るゲートって能力を持っているしそれを使って何かしようとしてたんだろう・・・で、シルはそのゲートを使ってファミリシアに行こうとしてたわけだ」
「・・・じゃああの顔を隠している人は・・・」
「ん?あれは関係ねえよ。あれはただセシーヌを殺しに来ただけだ」
「なーんだそうすか・・・ってセシーヌ様を!?」
「ああ・・・だろ?ギルド長・・・いやもうギルドはねえからただの『鏖のツァーガ』か?」
「・・・随分と変わるものだな・・・弟子を取ると」
そう言ってフードを外すと現れたのはケンも馴染みのある顔だった
シルがロウニールに殺されたと勘違いして暗殺者ギルドにロウニール暗殺を依頼した時に会った人物・・・暗殺者ギルドのギルド長ツァーガその人であった
「弟子じゃねえし」
「そうか・・・ところで何しに来た?腕一本差し出して拾った命を捨てに来たか?」
「まさか・・・鏖の名を継ぐ者として一目見ておきたくてな・・・現役引退して久しい『鏖のツァーガ』の殺しのスキルをな」
「白々しい嘘を・・・まあいい。見たいなら見ておけ・・・死にたければ手を出しても構わないぞ?そっちのジャックの弟子もな」
そう言うとツァーガは振り返り再び短剣を構えるエミリに歩み寄る
「・・・なぜです?師匠・・・それにギルドがないとは・・・」
「せっかくわざとジャックが情報を出したのに汲み取れなかったか?やはりお前はその程度・・・ジャックの方が幾分見込みがある・・・片腕は失ったがな」
「・・・ギルドが潰れた?いや・・・潰された?でもならばなぜセシーヌ様を・・・」
「時代の流れには逆らえぬ・・・いずれは必要とされない時が来るのは分かっていた。しかし分かっているのと納得するのは話は別・・・この国が必要としないのなら必要とされる国に行くまでだ・・・その足がかりとしての初依頼をやりに来ただけ・・・退くなら片腕一本で許してやろう・・・退かぬなら・・・塵芥となりここで散れ」
スウが王になり暗殺者ギルドは不要とされた
ギルドを任されていたツァーガはこれまで国の為に働いていた自負があった・・・それを突然不要と言われてしまったのだ
途方に暮れたツァーガの元にある暗殺依頼が入る
しかも他国・・・リガルデル王国からの暗殺依頼
『セシーヌの暗殺』
それを見て運命だと感じたツァーガは自らの手でギルドの幕を閉じ新たな道へと進もうもしていた
「師匠・・・いやツァーガ!あれほど優しかった貴方がなぜ!」
「・・・なぜなぜ多い子だ・・・俺が優しい?何をどうしたらそう解釈する?」
「セシーヌ様の暗殺依頼を私が失敗した時・・・出来ないと伝えた時・・・貴方は・・・」
「ああ、あの依頼か・・・別にあの依頼は達成しようがしまいがどうでもよかった・・・あの依頼は俺が出したものだからな」
「・・・え?」
「ギルドのトップでありながら冷酷さにいまいち欠けていたお前に・・・最後の試練を与えたのだ。暗殺対象がたとえ無垢な少女でも依頼とあれば確実に達成する・・・ギルドのトップの理想はそんな暗殺者だ。しかしお前は依頼対象者は確実に暗殺するが目撃されても目撃者を自分の判断で生かしてしまっていた・・・その後処理にどんな苦労をしていたかお前は知るまい」
「後処理?・・・まさか・・・」
「俺のように名を広める為に目撃者を生かすならともかく誰でも彼でも見逃してしまうと国は本格的に動かざるを得なくなる・・・動かなければ国とギルドが裏で繋がっていると疑われてしまうからな。だからなるべく目撃者は少ない方がいい・・・禍根を残さないようにする・・・それも一流の暗殺者としてのマナーだと教えただろ?」
「・・・」
「俺の跡を継ぐ候補は2人・・・1人は甘く1人はやり過ぎていた・・・どちらを育てるか悩んだ末に出した答えが『試練を与える』だ・・・そしてエミリ・・・お前はその試練を乗り越えられなかった・・・『老衰』という暗殺を思い付いたのには吹き出しそうになったよ・・・失敗した時点で殺そうと思ったがやめてもう1人の試練にする為に生かしたのはその為だ」
「もう1人・・・ジャック?」
「そうだ・・・あくまでエミリがトップだと言い続け対抗心を煽り続けた・・・そして丁度いい依頼が舞い込んだ・・・それが『ローグ暗殺』依頼だ」
「おかしいと思ったぜ・・・あんな身元も怪しい奴らの依頼を受けるなんて・・・どうせローグがその時誰と親しいか調べた上で俺に依頼を振ったんだろ?俺ならセシーヌと親しいローグがセシーヌと共に行動する時を狙うと踏んで・・・そうすればセシーヌの侍女として生きているエミリとぶつかるだのうと」
「そうだ・・・案の定ジャックはエミリが共にいる時を狙いエミリをも殺そうとした・・・まあローグ・・・ロウニールに阻まれたのは予想外だったがな」
「性格悪いな・・・そうやって裏でぜんぶ操作してやがったのか」
「ギルド繁栄の為だ・・・まあそれも全て無駄になったがな」
「・・・嘘・・・嘘よ・・・セシーヌ様の暗殺から全てが仕組まれていたなんて・・・だって私は知っている・・・定期的に依頼主からセシーヌ様の暗殺の催促が来ていた事を・・・」
「ああ、それは俺が定期的に催促が来ていると偽装していた。周囲にそう思わせる為にな」
「どうして!」
「依頼達成率100%の『暗影のエミリ』・・・その名を利用しない手はないだろう?その『暗影のエミリ』を『切り過ぎジャック』が始末し俺の名『鏖』を受け継ぐ・・・それが俺の書いたシナリオだ」
「・・・そんな・・・」
「チッ・・・踊らされていただけかよ・・・」
「なかなか難しいものだ・・・2つの技を1つずつ受け継いだ2人・・・『影歩』を受け継いだエミリと『刹那』を受け継いだジャック・・・どちらを『鏖』にするか試行錯誤した結果どちらも使いものにならなくなるとはな。1人は完全に暗殺者の道から遠ざかり1人は弱くなる一方・・・せめて現役に戻った俺の名を広める為に役立てようとしたがそれをするまでもなく死にに来るとは・・・」
「あの場面を見せ利き腕を奪ったのはその為か・・・」
「あの場面?」
「コイツはギルドに全員集め名の通り鏖にしやがったのさ・・・俺を残してな。一瞬だった・・・一瞬で全員・・・俺を残して全員やられちまった・・・実際に見るのは初めてでビビっちまって・・・『腕か命か』と言われて・・・」
「お前は『命』と答え生き長らえた・・・だからお前はこれからひっそり暮らし喧伝するべきだったのだ・・・『鏖が再び動き始めた』と・・・大陸中に伝わるようにな」
「チッ・・・てっきり俺に情でも湧いたのかと思ったが・・・ただの宣伝役に抜擢しただけかよ・・・」
「情?情などとうに捨てた・・・あるのはただ俺の名を残すという欲のみ・・・『鏖のツァーガ』という名は永遠に語り継がれる・・・『鏖』を名乗る者の手によってな」
「だってよ・・・どうする?エミリ・・・俺は腕の恨みがありお前はセシーヌを守りたい・・・ここは一時休戦してツァーガに引導を渡さねえか?2人で」
「お断りよ・・・と言いたいところだけどそうも言ってられないわね・・・セシーヌ様を守る為なら何でも使う・・・それがたとえ毒でもね」
「毒はひでえな・・・まっ暗殺者なんて社会にとっちゃ毒にしかならねえからあながち的外れでもねえか・・・毒から薬になった例外もあるがな」
「あら何?貴方私に癒されちゃったの?」
「ざっけんな・・・毒にとっちゃ薬は毒なんだよ・・・いいから殺るぞ」
「足を引っ張んないでよね」
「お前がな」
引退して久しい元NO.1暗殺者と利き腕を失った現NO.1暗殺者が手を組みもはや伝説と言われるまでになった過去最高の暗殺者に挑む
その場にいた誰もが息を呑む中、1人だけ『えっと・・・結婚式は?』と呟くケンの言葉は殺気の渦に掻き消された──────
エモーンズの歓楽街
その入口で機嫌が悪いのか目つきの鋭い男が期待に胸を膨らませ歓楽街に入ろうとする人達を睨みつけていた
「おいシークス・・・気分転換しに飲みに行こうぜ」
「気分転換?別に転換するほど気分は悪くないよ」
「けど・・・」
「行きたきゃ行けばいい・・・ボクはしばらくここにいる」
「営業妨が・・・い、いや分かった・・・気が向いたらいつもの店にいるから来てくれよ」
ジロリと睨むシークスに気圧され誘っていたヤットはサムスとレジーを連れて歓楽街の奥へと消えていった
1人残されたシークスはまた歓楽街に訪れる人達を睨みつける・・・まるで誰でもいいので難癖つけてこないか待っているかのように
しかしエモーンズにてシークスは既に顔が知れている・・・触らぬ神に祟りなしと誰もシークスに触れようとせずそそくさと前を通り過ぎて行く
「・・・チッ根性なしが・・・ん?」
このまま時間が過ぎて行くだけど諦めかけたその時、シークスの肩を叩く者が現れた
「何か用かい?喧嘩なら買うよ?」
「・・・エモーンズでは肩を叩くだけで喧嘩になるのか?」
「おまっ・・・なんでお前がここに・・・」
「だいぶ以前に来た時より変わってしまって迷ってしまった。案内してくれないか?シークス・ヤグナー」
「なんでボクが・・・そもそも何処にだよ!」
「決まっているだろう?・・・教会だ──────」




