590階 勇者ジーク
始まった
みんなは僕の周りで必死に戦っていた
魔人は一体一体がシアの言う通りかなり強い・・・上級魔物と同じくらいと言っていたけど確かにそれくらいの強さはあるみたいだ
しかもその魔人が一体ならともかく群れで襲って来るのだからかなり厳しい戦いになりそうだ・・・早くみんなの応援に行かないと・・・
「本当に一人で来たのね・・・もしかして舐められてる?」
「舐めてるのはそっちだろ?お前なんか僕一人で充分だ」
メターニア・・・見た目は以前と変わらないが今のメターニアは12個のギフトを・・・・・・いや、あまり考えるな・・・ロウニールが言ってたじゃないか。ギフトを同時に使えても2個くらい・・・だとすればたとえ12個のギフトを持ってたとしても以前と強さはそんなに変わらないはずだ
「・・・あら?どうやら気付かれちゃったか・・・やっぱりあの方が待ち望むだけあるわね・・・ロウニール・ローグ・ハーベス・・・」
「今の相手は僕だろ?いいのか・・・油断してたら今度は僕に真っ二つにされちゃうぞ?」
「油断していた・・・と言ったら言い訳になるわね・・・ただ同じ過ちは繰り返さない・・・一度殺されたのだから尚更ね」
「繰り返すさ・・・何度でも・・・人類の敵となるなら僕が相手になるからね・・・人類の希望である僕が」
「随分と心許ない希望だこと・・・貴方を見るとあの方に従って正解だったと確信出来るわ」
「あの方・・・ウロボロスか?」
「ええ・・・アッチを生かし続けてくれるあの方・・・ウロボロス様に忠誠を誓った時点でアッチは夢が叶ったの・・・誰よりも長生きするって夢がね」
「そりゃまた結構な夢だな・・・けど儚い夢で終わる・・・僕が終わらせてやる!」
「出来るの?貴方に」
「出来るさ・・・何せ僕は・・・勇者だから──────」
くそっ・・・このままだとヤバいぞ
開戦の狼煙としてペギーに放ってもらったフェニックス・・・何体かそれで行動不能になったように見えたがたぶんダンコの言うように再生してやがる
中途半端なダメージは意味が無い・・・つまり広域魔法は通じないってことになる。フェニックスのような広域魔法は周辺一帯にダメージを与えるがそのダメージは同じマナや魔力を使った攻撃よりも低くなり魔人を倒すには足りない・・・となると範囲を狭めても高威力の魔法や攻撃で仕留めていくしかない
数が少なければ問題ないがこうも数が多いと魔力を使う魔族はまだしもマナはすぐに枯渇してしまうだろう・・・人間にとってかなり相性が悪い相手だ
もしファミリシア王国がこの魔人を率いて戦争を仕掛けたとしたら余裕で大陸は飲み込まれていただろう
「くっ!・・・ロウ!お願い!」
「サラ!・・・ゲート」
サラが魔人の攻撃を受けて俺を呼ぶ
すぐにサラのすぐ近くにゲートを開くとゲートが眩い光を放ちサラの傷を癒した
「セシーヌありがとう!」
「どういたしまして・・・どうか気を付けて」
サラはゲートの先にいるセシーヌに礼を言うと再び魔人へと突っ込んで行く
サラに戦いが始まる前にお願いしていた・・・開始してから一回だけ少しでも怪我を負ったら呼んでくれ、と
ペギーの魔法が成功したから同じように出来るとは思ってたけどどうやら問題ないみたいだ・・・遠隔ヒーラーは
現在ここにいるヒーラーはラナのみ・・・それでは心許ないとセシーヌに協力を仰ごうとしたけど乱戦になるのは目に見えていたので躊躇した
ヒーラーを守りながら戦うのは難しい・・・しかも固まって戦うならともかく魔族であるベル達は元々バラけて戦わせるから更に難しくなる
ならばと考え出したのがこの遠隔ヒーラー・・・俺が負傷者の近くとセシーヌの場所を繋ぐゲートを開き、セシーヌがその場で負傷者を回復する・・・これならセシーヌは安全だし回復もすぐに行える
ただ・・・
〘ヒールは魔族には効かないんだよな?〙
〘ええ。ダメージを与える事はないにしても回復させるのは無理よ〙
そうなんだよな・・・主な戦力である魔族・・・圧倒的な強さを誇るが回復出来ないとなるとかなり厳しい・・・今でこそベルもベリトもシュルガットもダメージは受けてないみたいだけどもし戦線離脱する事になれば一気に崩れかねない
かなり綱渡りの状態・・・いつ切れてもおかしくない綱の上を渡っている・・・始めてしまってなんだが何か打開策を考えないとジリ貧だ
ん?待てよ
〘なあダンコ〙
〘なに?〙
〘今ふと思ったのだけど俺って回復魔法効くよな?〙
〘それが何か?〙
〘いやほら・・・魔族が回復魔法を受け付けない理由って肉体が魔力に馴染んでいるせいだろ?〙
〘まあそうね。人間が使う回復魔法はマナを使用しているから肉体が人間とは違う魔族は回復出来ない・・・で?〙
〘ほら、前に言ってたろ?俺の体が魔力に馴染んで死なない体?になってるって・・・〙
〘不死ではなく不老ね・・・まだアナタは人間よ。正確に言うと人間の体・・・魔族の体ではないわ〙
〘なるほど・・・え?もしかして魔族の体になると魔人みたいに黒くなる?〙
〘魔人が黒いのは急激な変化に耐えられなかったからよ。徐々になる分には色は変わらないわ・・・ベルフェゴール達だって黒くないでしょ?〙
〘確かに・・・それにしても・・・そっか・・・まだ人間か・・・〙
〘・・・安心した?〙
〘いや・・・このままだと勝てない気がしてね・・・けど・・・〙
「ロウ!」
戦況を把握する為に少し離れた場所にいた為に油断していた
サラの声に反応し顔を上げると魔人が一体俺の目の前に・・・剣を取り出している暇はない。襲いかかる魔人に手のひらを向けると魔力を一気に解き放った
魔力は魔人を貫きその活動を停止させる・・・上級魔物と同程度の強さを持つ魔人を一撃か・・・もはや人間技とは思えないな
「コラッ!ボーッとしない!」
「ふぁい」
わざわざ俺の元まで戻って来て両頬を抓るサラ
真剣な眼差しに対して素直に謝ると『分かればよろしい』と言って再び戦場へと駆け戻る
俺と同じ武道着を着て走るサラの背中を見て何となく思った
俺が人間でいられるのはサラのお陰なのでは、と
でもそれも・・・
〘・・・ロウ・・・〙
「さて俺もそろそろ始めるか・・・ヴァンパイア!魔物達を投入しろ!俺達とジーク達の間くらいにドカーンとな。本格的な魔人狩りの始まりだ!──────」
《うふふ》
《・・・随分と楽しそうだな》
《分かる?人間同士の戦争は何度か見てきたけど実際に参加するのは初めてだしこんな間近で見るのも初めて・・・しかも片方は私が操作しているって・・・もう最高》
《くだらんな・・・我が出ればすぐに終わるというのに・・・》
《あのね・・・もう少し遊び心を持ったら?》
《必要があればな》
《必要とかそう言うのじゃなくて・・・ハア・・・まあいいわ。アナタが出たら遊ぶ暇もなく終わっちゃうのは確かだし・・・》
《やはり足りないか》
《足りないわね・・・もう少しだと思うのだけど・・・》
《もう少し?》
《ええ・・・最高傑作も彼も・・・》
《実力が足りぬか・・・》
《いえ・・・刺激が足りないみたい》
《刺激?》
《ええ今彼らに必要なのは刺激よ・・・とても強い刺激が、ね──────》
善戦
仲間達と共に戦った時と比べればジークは善戦していた
12のギフトを巧みに操るメターニアに対しジークは冷静に対処する
が、聖剣で斬りつけてもメターニアの見た目は柔肌に傷一つ付けることは叶わなかった
変幻自在に巨大化する手足、聖剣すら弾き返す鉄壁の肌、読まれる思考に距離を取れば放たれる炎のブレス・・・まだ半分にも満たないギフトに翻弄されるジーク・・・しかし前回の戦いに比べれば善戦と言えた
「どうしたの?さっきまでの勢いがなくなってきてるのだけど・・・」
「・・・ちょっと幻滅していてね・・・女性の肌ってもっと柔らかいものだと思ってたのに現実は違うんだな」
「優しく触れないからよ・・・て言うかまだラナとしてないの?」
「変な事言うな!僕とラナは・・・」
「貴方とラナは?」
「・・・何でもない!お前のギフトの中には『お喋り』も入ってるのか?」
「入っているかもね・・・けど残念ね」
「何が?」
「大好きで大好きで仕方ない女性の肌に触れられる機会がもう来ないかも知れないなんて・・・」
「はっ!何を言って・・・」
「あ、間違えちゃった・・・触れられないじゃなくて先を越されると言った方が正しかったかしら?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ・・・ラナって私のように肌を硬く出来る?じゃないと魔人は貴方が私にしたように荒々しく触ろうとするから怪我しちゃうかも・・・」
仲間達と共に戦っているラナ・・・その彼女が今どうなっているかジークは知らない
皆を信じて目の前のメターニアに集中するべきだったのだがジークは言葉に踊らされる
「ラナ!」
振り返り見ると仲間達は一気に押し寄せる魔人達に苦戦していた
コゲツ、アッシュ、バベル、ソワナが円陣を組みその中心にラナを置くがその円は徐々に円を崩し魔人の手がラナに近付く
まるでコゲツ達を無視してラナだけを狙っているような動き・・・コゲツ達も必死に応戦するが魔人の手がラナに届くのは時間の問題だった
「ラナ!!」
もう一度叫ぶ
だが仲間達を回復し続けるラナには届かない
こんな事なら連れて来るべきではなかった。エモーンズの屋敷に置いてくれば良かったと激しく後悔するジーク・・・その後悔は更に強くなる
スカウトながら近接アタッカーとして戦ってきたコゲツに近接アタッカーのソワナ、そしてタンカーのバベルと違いアッシュは正面から戦う事に向いていない支援型スカウト・・・真正面からの攻撃に躱す事は可能だが受け止めるのは慣れてはいなかった
そのアッシュに群がる魔人に対し何とか円を保っていたがそれも限界を迎え何体かの魔人が円の内側へと侵入する
ラナは回復魔法に集中し動かない・・・そのラナに魔人が手を伸ばす・・・優しく触れるのではなく彼女の柔肌を破壊せんと
「やめろ・・・やめろぉ!!!」
ジークは彼女が真横に吹き飛ぶのを目の当たりにした
魔法に集中し目を閉じていたラナは為す術なく飛ばされ地面に転げる
目の前の魔人相手に必死だったコゲツ達もようやくラナに魔人の魔の手が届いた事を知り慌てて駆け寄ろうとした時・・・ラナを守る為に組んでいた円陣は完全に崩壊してしまった
保っていたバランスは崩れラナに駆け寄ろうとしていたコゲツ達までも魔人の渦に飲まれていく
ジークの目は倒れたラナを追うが魔人が壁となり見失ってしまっていた
「ラ・・・っ!」
「ダメじゃない・・・余所見したら」
胸の辺りに突き出る鋭い刃
振り返るとメターニアが背後から自らの手を刃に変えジークを貫いていた
「・・・おま・・・」
「本当は首を刎ねても良かったのだけど・・・殺すなって言われたから・・・ねえ今どんな気持ち?目の前で最愛の人がぐちゃぐちゃにされるのって・・・どんな気持ち?」
「くっ!」
大地を蹴り前に出て刃から抜け出す
そのままラナに駆け寄ろうと足を一歩踏み出した
メターニアの相手を任された以上、ジークは振り返り彼女と戦うべきだった
持ち場を離れラナを助けに行けばロウニール達にも被害が及ぶかもしれないから・・・それでもジークは更に一歩踏み出す
その時・・・
「・・・こ、れは・・・」
体が暖かい光に包まれるとメターニアに刺された傷が見る見る内に塞がっていく
回復魔法・・・その魔法をかけているのは・・・
「ラナァ!」
魔人達の隙間からジークに向けて手を伸ばし微笑むラナ
彼女はゆっくりと首を振りジークが来るのを拒んだ
「すまねえジーク!ここは俺達に任せろ!・・・お前は・・・お前はメターニアを討て!!」
コゲツの声が聞こえる
「やっと燃えてきたところだ・・・邪魔するなジーク!」
バベル
「ラナは無事よ!とっととそいつを倒して迎えに来てくれる?」
ソワナ
「捲土重来・・・破鏡不照!!」
アッシュ
それぞれがそれぞれの役割を果たそうとしていた
「あら?行かないの?今なら見逃してあげるけど?」
ジークが足を止めると挑発するようにメターニアは笑う
まるでどう足掻いてもジーク達に勝ち目はないと嘲るように・・・笑っていた
「・・・行く前に忘れ物があったのに気付いたよ」
「へえ?・・・剣でも落としたかしら?・・・!?」
メターニアの顔から笑みが消えた
そして小さく見えていたジークの背中が大きく見え無意識の内に後退る
「・・・で・・・忘れ物って何よ?」
虚勢を張り下がった足を再び前へと進めたメターニアにジークは振り返り剣先を彼女に向けた
「・・・お前の首だメターニア・・・勇者の力を思い知れ──────」




