582階 勇者と魔王
「勇者の力が・・・魔族の力?」
《ええ・・・インキュバスが最初に創った魔族でもあったの。で、それはもう大事に大事に育ててね・・・いずれ来るであろうアバドンとの再戦に備えていた・・・けど・・・サタンはインキュバスを裏切り人間と結ばれた》
「・・・」
《迂闊だった・・・インキュバスは魔族を創る事に集中したいが為に人間に生殖機能を付けたの。勝手に増える仕組みをね。一応インキュバスは色んな事を考えて人間を創ったのよ?人間が未熟な状態で生まれるのは知識を吸収しやすくしているの。熟した状態だと吸収率が悪いからね。それと老いるのにも理由はあるわ。脆弱な人間だけど長く生きると力をつけてしまうかもしれない・・・そう考えて適度な年数生きたら死ぬように設計されてて・・・まっ、その辺はどうでもいいか・・・とにかく人間はよく考えられて創られていた・・・食料としてはね》
「くっ・・・」
《けどインキュバスの過ちは先に創っていた人間をベースに魔族を創ってしまったところよ。まあ元々人間は私達をベースに創り出したのだけど、インキュバスは人間をベースに魔族を創った・・・アバドンと戦う時以外は人間と見分けがつかない程に》
「・・・戦う時以外?・・・そうか・・・あの姿は・・・」
《そう・・・見た事あるでしょ?人間の姿だった魔族が異形の姿に変えるのを。あれは本来アバドンと戦う時に見せる姿なのよ・・・あの姿になると魔力の消費が激しいから人間の姿をしているの。で、話は戻るけど魔族が人間の姿をしている時、インキュバスは付けなきゃいいのに余計な機能まで付けちゃったの・・・それが生殖機能よ》
「・・・」
《まあでも気付いた時は後の祭り・・・サタンがあろうことか人間を孕ませて生まれちゃったのよ・・・魔族と人間の子・・・サタンの力を受け継いだ人間が》
「それが・・・僕の力・・・」
《そそ・・・それで他の魔族も真似し始めちゃってね・・・魔族創りに没頭していたインキュバスはビックリしてたわ・・・食料である人間が力をつけ始めていた事に。で、インキュバスは決めたの・・・危険な食料は処分しよう、とね》
「危険な食料・・・力を付けた人間か・・・」
《意外と小心者なのよねインキュバスって。放っておけばいいのに・・・けどこれまたビックリまた予想外の事が起きたのよ・・・サタンが反旗を翻し人間側についたの。凄いわよね・・・創造主であるインキュバスに逆らったのよ?本当ビックリしたわ。しかもサタンに賛同するモノも現れサタン率いる人間とインキュバス率いる魔族の大決戦が繰り広げられた・・・もう私は大興奮!インキュバスとアバドンの戦いも面白かったけどそれの比じゃないくらい・・・面白かったの》
「・・・」
《でねでね、インキュバスとサタンの一騎打ちになるんだけど私はこれで終わりは勿体ないって考えてね・・・そこで傍観者をやめて介入してやろうと・・・この戦いがまた見れるように・・・それが初めての輪廻転生だった》
「勇者と魔王じゃなく・・・サタンと魔王?」
《そうよ。結果は上手くいった・・・全て処分し終えたと安堵するインキュバスに再び輪廻して襲い掛かるサタン・・・もう痺れたわよこの展開!》
・・・何気にこの女が一番ヤバイような・・・
《それでね。何度も繰り返していたのだけど結局インキュバスが勝っちゃうの。創造主の意地ってやつかな?結果が分かってる戦いなんてつまらないのに・・・ずっとインキュバスが勝ってアバドンが動き出してサタンとの戦いに疲れ果てていたインキュバスが負ける・・・そんな事を繰り返してたの・・・ね?つまらないでしょ?》
「・・・」
《そんな事を繰り返しているといい加減頭に来たインキュバスがある事を考えついたの・・・私の輪廻の力で復活するのではなく自力で復活し復活したてのサタンを倒してしまおうってね。そこで考え付いたのがサキュバス・・・アナタ達にはダンジョンコアと言った方が馴染み深いかしら?同じような失敗をしないように生殖機能を付けず見た目まで変えて・・・そして自分の能力も与えてね》
「・・・創造・・・」
《そういう事。『創造』の力を与えられたサキュバスはインキュバスを復活させる為に必死になって頑張った・・・インキュバスも足りなければサキュバスを増やし続けとうとうサタンが復活した間際を狙いサタンを滅した・・・これでインキュバスとしてはアバドンに備えられる・・・そう考えていたのだけど・・・残っていたのよサタンの意志が》
「・・・それが・・・勇者・・・」
《輪廻は力によって範囲が違うの。私1人の力じゃたかが知れてるけど他の力を利用すればかなりの範囲を巻き込めるわ。その力とはぶつかり合う2人の力・・・つまり最初の輪廻はインキュバスとサタンがぶつかり合った時に生じた力を利用したわけ。それはもう凄まじい力でかなりの範囲を輪廻に巻き込めた・・・当然その中にはサタンと人間の子もいたのよ・・・けどサタンに比べれば脆弱・・・とてもインキュバスには勝てない・・・だからね・・・私が手伝ってあげたの。インキュバスにバレないように名前と姿形を変えて・・・聞いた事あるでしょ?セーレンって》
「・・・セーレン・・・セーレン様!?」
《そうよー拝んでもいいわよー・・・まっ、そこからは知ってるでしょ?当時の勇者が聖女である私の力を借りて魔王インキュバスを倒した・・・けど私的にはやっぱり傍観者の方が好きだったからそれ以降手は貸してないけどね。でも間近で見て凄い良かったの・・・脆弱な人間が魔族の力を得て創造主であるインキュバスを討つ・・・もう堪らなかったわ。だから輪廻を上書きした・・・サタンとインキュバスの輪廻は終わり人間とインキュバス・・・勇者と魔王の輪廻にすり替えたのよ》
「私達は魔族を女神様と・・・で、てももしそれが本当なら貴女の力添えなしに人間が魔王に勝つ事は難しいのでは?それなのに歴史上勇者が負けた記録など・・・」
《ないわよね。サタンですら勝てなかったのに人間は勝ち続けた・・・私より人間との戦いが気に入っちゃった人がいたから・・・ね》
「・・・インキュバス・・・」
《そういう事。彼は自分が創ったモノがイレギュラーがあったとはいえ自分を超えた事に感動を覚えたの・・・インキュバスは魔王を演じるようになり自ら人間と戦うようになった・・・その時のインキュバスはまるでアバドンと戦う時の・・・。アナタ達の歴史はインキュバスと戦い始めた時から始まった・・・だからまあ食料って認識がないのも仕方ないのかもね》
確かに最も古い歴史は勇者と聖女セーレンが共に戦い勝った時だ。その前は文献が残っていないと聞いてたけど・・・まさか滅ぼされていたなんて・・・うん、待てよ?
「一応僕も歴史の勉強はやらせられた・・・勇者が無知だと恥とか言ってね。でもその時に聞いた話と矛盾しているところがある」
《何かしら?》
「人間は元々核は持ってなかった・・・けどお前達魔族が出て来て魔力が蔓延してから人間に核が・・・。元々持っていたならそんな話は出ないはずじゃないか?」
彼女の話だと人間は元々核を持っていたって事になってる。僕の聞いた話が嘘だとしたらなぜそんな嘘をついたんだ?嘘をつく理由がないような・・・
《あーそれね・・・その話を広めたのはインキュバスよ》
「・・・え?なんで・・・」
《そんな嘘を広めたか・・・それはね・・・》
「それは・・・」
《インキュバスが小心者で人間が意外と賢いから、よ》
「・・・魔王が小心者で人間が賢いからってなんでそんな嘘をつく必要があるんだ?」
《アナタ・・・家畜と命懸けで戦っている人間がいたとしたらどう思う?》
「家畜と?」
《ええ。本来なら育て太らせ子孫を残させて美味しく頂く家畜・・・その家畜と命懸けで戦っている人間を想像してみなさい・・・滑稽を通り越して憐れみを感じること請け合いだから》
・・・想像してみよう
例えば・・・コゲツ・・・コゲツが家畜と対峙して・・・
『此処で会ったが百年目・・・いざ尋常に勝負!』
『ンモゥー』
という場面に出会したとしよう・・・その時僕は・・・僕は・・・
腹を抱えて笑い転げるだろう
「おいジ~ク・・・誰の事を見て何を想像してんだ?」
「・・・別に何も・・・」
「コノヤロウ・・・俺で想像しやがったな?今にも吹き出しそうな顔しやがって・・・」
仕方ないじゃないか・・・で、でもこれが嘘を広めた理由?
《そうなるでしょ?もし元から核があると知れば賢い人間はいずれ気付く・・・自分達は魔力を生み出す為に創られたのでは?・・・と。まあ私は気付かないと思うけどね・・・インキュバスは念には念をと気付かれないようにしたってわけ。元々人間がいて後から魔族が出て来たのなら『人間は魔物の食料になる為に創られた』とはならないでしょ?本当小心者なのよ・・・小心者で意地っ張りで頑固で器用貧乏・・・それがインキュバスなのよ・・・》
えらい言われようだな・・・魔王・・・でもなんか・・・寂しそうに言うよな・・・もしかして・・・
《話が逸れまくったわね・・・これで分かった?アナタ達は所詮食料・・・魔物の為のエサ・・・》
「だった・・・だろ?」
《そうね・・・今は反抗期の家畜くらいには成り上がったかしら?》
「・・・調理前で良かったよ・・・その家畜が暴れる前にとっととどいてくれないか?家畜同士の争いを見るのが大好きな変態さん」
《酷い事言うわね・・・まあ概ね合ってるけど》
視界に奴が入った瞬間にこれまで聞いていた不可思議な話はどうでもよくなった
深く考えるのは後だ・・・今は人間が魔物のエサって事もこの力が魔族の力っていうのもどうでもいい・・・今はただ・・・
「もう少し早く歩けよダンテ・・・お陰で聞きたくもない長話を聞かされる羽目になったじゃないか」
「・・・ダンテさん、だ小僧・・・お前の口の悪さだけは結局治療出来なかったな」
ダンテ・・・命令されたか知らないがウルティアを・・・ウルティアの家族と共に酷い目に合わせた男・・・コイツだけは絶対に許せない!
《・・・本当面白い子・・・さっきまで話に夢中になってたのに今は・・・ふふっ・・・じゃあ家畜同士の争いを見るのが生き甲斐の変態さんは退散するわ・・・忘れないでね・・・家畜は用済みになれば美味しく食べられるだけよ?それとあんまりのんびりしていると・・・他の家畜も食べられちゃうかもよ》
ダンテ、ファーロン、エターニアは僕達の前で止まり、後ろにズラリと並んでいた魔人達は僕達を避けるようにして迂回し進もうとしている
僕達の背後にある街を目指して・・・
「・・・ジーク・・・」
ラナが僕の裾を掴む
見ると彼女の視線の先には街を目指し進む魔人の中にいる小さな魔人
その魔人が実際そうなのかは分からないけど・・・もし子供が魔人化したらあのくらいの大きさに・・・
「大丈夫だよラナ・・・もう誰も・・・」
魔人にさせない!そして魔人にやらせない!
魔人は元人間・・・その魔人に人間を殺させるもんか!
「お前達をさっさと倒して僕は魔人を止める・・・絶対にだ!」
「おーおー相変わらず熱いね。そう言ってる間にも魔人達は・・・へ?」
頭の後ろで手を組み余裕ぶっているダンテに一閃・・・さすがの『不死者』も胴体と首が離れたら生きてはいけないはずだ
「たっぷり痛めつけてからと思ったけど時間がない・・・先に行って待っているウルティアに土下座して謝るんだな・・・ダンテ──────」




