577階 墓標に刻んで
──────その鎖はいつまでも巻き付けているつもり?──────
「・・・鎖?何の事だ?」
──────何の事って・・・見れば分かるでしょ?ほら・・・自分の体を見て──────
「俺の体・・・え?なんだこのぶっとい鎖は・・・」
腕に足に首にも・・・巻き付いて身動きひとつ取れやしない・・・
──────身動き取れないって自分で巻き付けといて何言ってるの?──────
「俺が?自分で?・・・なんで??」
──────もう忘れたの?あの日の事──────
あの日?あの日・・・あの日あの日あの日あの日あの日・・・・・・・・・忘れる訳ないだろ・・・
──────随分頑丈ね・・・それはそっか・・・その怒りを封じ込める為のものだもんね・・・その鎖は──────
怒りを封じ込める・・・怒りを・・・
──────でも正解・・・その鎖がなければアナタはあのままアバドンの元に行き死んでいた・・・そして全ての人間が──────
「アバドン・・・アバドン!!」
──────そう怒らないの・・・と言っても無理か・・・うん、無理ね──────
「ああ、無理だ・・・ダンコ・・・教えてくれ・・・俺はアバドンに勝てるのか?」
──────ダンコ?──────
「え?お前ダンコだろ?」
目の前の少女は困ったような素振りを見せて固まってしまった。ダンコじゃなきゃ一体誰なんだよ・・・まさかこの空間では記憶がないのか?
──────うーん・・・そうとも言えるしそうじゃないとも言えるかも・・・まあダンコでいいや──────
「何だそりゃ」
白い空間・・・そこで本を読み漁るダンコ・・・ダンコ・・・だよな?
──────それは置いといてアバドンに勝てるかだっけ?結論から言うと・・・無理──────
「・・・」
──────分かってるでしょ?相手は『破壊』のアバドン。全てを破壊する者──────
「じゃあもう・・・何をしてもダメって事か?」
──────うん──────
「おい!ならもう全て終わりじゃないか!それならなんで鎖を外せとか言ってくるんだ?もう何したって・・・」
──────何をしても無駄・・・普通なら──────
「え?」
──────『破壊』のアバドンに敵う者などいない。そう魔王インキュバスが勇者以外では敵う者がいないのと同じ──────
「それって・・・」
──────しかも魔王インキュバスは輪廻を結び自ら作った。自ら魔王ヴォルガード・ギルダンテと名乗り勇者だけ倒せる魔王を演じてた──────
「・・・」
──────魔王ヴォルガード・ギルダンテ、魔王インキュバス、本来の名は『創造』のインキュバス・・・『破壊』のアバドンと『再生』のウロボロス以外の創造者・・・決して人間が手の届かない所にいる者だ。本来なら──────
「でも届いた・・・なら・・・」
──────私の知識は本の中だけ。でも彼女は知っていた・・・だから──────
「彼女?誰だよ彼女って・・・そいつなら知っているのか?アバドンを倒す術を!」
──────私は彼女・・・彼女は私──────
「おおう・・・前にもそんな事・・・いやあの時は確か・・・」
俺がダンコでダンコが俺で・・・みたいな感じだったはず。今彼女が言ったのは『私は彼女で彼女は私』だ・・・彼女・・・もしかして・・・
「サキ?」
──────彼女も私──────
「『も』!?・・・あー、混乱してきた・・・とりあえず知っている彼女って奴が誰なのか教えてくれ!」
──────アナタ──────
「いやわたくし男ですが」
──────彼女はアナタを見て知った。だからアナタも知ってるはず──────
俺を?俺を見て知ったって・・・
──────アナタを見てアナタなら出来ると思った。アナタしか出来ない事・・・アナタなら分かるはず──────
俺なら?・・・俺しか出来ない事?・・・それって・・・
「魔王を倒した時の・・・」
マナと魔力を衝突させる技・・・そうだ・・・あの技は魔王・・・『創造』のインキュバスにも効いたんだ・・・アバドンにだって・・・
──────私はそれの威力を知らない。だから倒せるかどうかも分からない。けどインキュバスを倒せたのなら可能性はある。ただ──────
「ただ?」
──────『創造』のインキュバスは得意分野がその名の通り『創造』・・・人間で言うと生産職──────
「うん?・・・ま、まあそうだな」
──────だとしたら『破壊』のアバドンは?──────
『創造』が生産職なら『破壊』は・・・
「・・・冒険者?」
──────正解──────
嬉しくねえ・・・そっか・・・生産職に戦いで勝てたとしても冒険者相手では話が変わってくる。生産職はあくまで造り手・・・戦いを専門にしている冒険者とでは・・・雲泥の差だ
──────インキュバスよりアバドンの方がこと戦いに関しては強い。それは歴史が証明している──────
そう言えば聞いたな・・・勇者が勝てばアバドンは出て来ないがインキュバスが勝った場合はアバドンが出て来て全てを破壊する、と・・・つまりそれはインキュバスをもって事だしな
ぶっちゃけあの時インキュバスに勝てたのは奇跡・・・その奇跡をもう一度・・・しかも難易度を上げて起こせってか・・・
──────限りなく0に近い・・・けど0じゃない・・・それでもやるなら鎖を断ち切ればいい──────
「それってやるしかないって事じゃないか・・・まあいい・・・この怒りをぶつけるにはちょうどいい相手だ・・・何せアバドンは・・・」
──────怒りだけでは倒せない──────
「なに?」
──────覚えておいて──────
「どういう事だ?怒りを力に変えれば・・・」
──────痛いわよ?──────
「え?・・・イダッ!」
いきなり頬に痛みが・・・すると鎖が粉々に砕け散り──────
「・・・サラ?」
「他の誰に見える?」
平手を放った後のような構えをするサラが突然目の前に・・・いやこれ『ような』じゃなくて実際放ったな?左頬が物凄く痛い・・・
「・・・なぜ・・・」
「なぜ?虫が付いてたのよ・・・頬に」
「虫?・・・サラの手にも俺の頬にも何もいないけど・・・」
「いたのよ・・・『弱虫』って名前の虫がね」
・・・弱虫?そんな虫いたっけ・・・って俺が弱虫って事?
「酷いな・・・俺は・・・」
「じゃあ行きましょうか」
「へ?何処に?」
「決まってるでしょ?デートよ──────」
白い部屋から平手打ちで現実に戻され弱虫呼ばわりされてデート・・・いやもう何が何だか分からん・・・何が起こっているんだ一体・・・
「ほら早く!日が暮れちゃうわよ?」
前を歩くサラはいつも通り・・・以前と変わらなかった
あんな事があったのに・・・以前と・・・
「・・・また叩かれたいの?」
「え?いや!・・・てか自分がSランク冒険者って自覚ある?物凄い痛かったんだけど・・・」
「もう見たくなかったのよ」
「え?」
「ううん・・・さあ、行くわよ!」
「そう言えば何処に行くんだ?」
「それはもちろん・・・墓地よ」
デートで墓地!?
「さ、いいから早く!」
「ちょっ・・・サラ!?」
訳も分からず引っ張られ墓地へと向かう
エモーンズの墓地と言えば俺の家の近くの場所・・・そしてラックとネルちゃんが眠る場所でもある
その墓地に少し駆け足で向かい到着する
随分と長い間来てなかったような・・・ラックに怒られそうだ。もっと来いって・・・
「先日出来たと報告があったの」
「出来た?・・・何が?」
「・・・この子のお墓よ」
そう言って彼女はお腹を押さえながらあるお墓の前に立つ
そのお墓には何も刻まれずただ石が長方形に切られ置いてあるだけ
「・・・」
自然と拳を握っていた
彼女はそんな俺の拳を見た後、目を逸らしお墓に手をかける
「・・・少し前・・・貴方より先に目が覚めたの・・・もちろん起きてたわ・・・私と貴方は起きながら寝ていた・・・現実から目を逸らすように」
「・・・」
「とても貴方に起きろとは言えなかった・・・私ももっと寝ていたかった・・・寝ていれば考えなくて済むし・・・けど寝ていても時間は進む・・・進んでいくの・・・」
「・・・」
「まだ現実を直視出来ない・・・けど私達の時間が進んでいる・・・当然周りの時間も・・・」
「・・・」
「ハクシさんが亡くなったわ」
「・・・え!?・・・今何て・・・」
「やっぱり理解していなかったのね・・・貴方の師匠であるハクシさんはファミリシア王国の街で敵襲に合い命を落とした・・・貴方はそれを聞いて頷くだけだったの」
ウソだ・・・師匠が・・・なんで・・・
「ここずっと貴方は虚ろな目をしていた・・・多分起きる前の私と同じ・・・でも貴方は私が動くと自然と動いたの・・・部屋から出る時も食事の時もお風呂の時も・・・トイレさえも・・・」
「・・・」
「きっと貴方は私と同じ・・・現実を・・・あの子を失ったという現実を受け入れたくなかった・・・その為に感情をなくしていたの・・・けど貴方は・・・それでも私を・・・守ろうとしてくれた・・・」
「・・・」
「現実を受け入れたくない・・・それは私も同じ気持ち・・・でも受け入れないと前に進めない・・・立ち止まっても・・・時間は残酷に過ぎていく・・・」
「・・・俺は・・・」
俺は何をやってたんだ・・・俺は・・・
「エモーンズからケイン達が居なくなった・・・それからキースにレオン・・・元『タートル』の人達も・・・」
「え?」
「貴方を見捨てた・・・そう思う?」
ケインが?キースがレオンが?・・・一体何処に・・・・・・・・・まさか!
「ダメだ・・・そんな・・・」
「私達が止まっている間にみんなは先に進んで行った・・・貴方はどうするの?まだ立ち止まっている?それとも・・・」
「・・・」
「・・・私の大好きなロウニールはね・・・いつもみんなの事をシレッと助けてくれて・・・私のピンチの時はいつも駆け付けてくれて・・・誰よりも強く誰よりも優しく・・・誰よりも痛みを知る人」
「・・・サラ・・・」
「誰よりも責任感があって誰よりもみんなの笑顔を守りたいって頑張って・・・誰よりも私を・・・私達を愛してくれる人」
「サラ・・・俺は・・・」
「この子は女の子」
「え?」
「セシーヌに言って伏せといてもらったの」
「なんで・・・」
「この子ね・・・貴方が女の子の名前で呼ぶと反応薄いけど男の子の名前で呼ぶと蹴るのよ・・・『そんな名前で呼ぶな』ってね・・・その反応が楽しくて・・・嬉しくて・・・」
「サラ・・・」
「ねえ・・・この子の名前を刻んであげて・・・そしてここから始めましょ・・・貴方と私と・・・この子の物語はまだ終わってないでしょ?」
女の子・・・そっか・・・女の子か・・・サラに似てくれてたかな?俺に似たら・・・まあでも可愛いだろうな・・・うん・・・絶対可愛いはずだ
「名前は変える?あの時決めた名前・・・随分前だし・・・」
「いや・・・」
俺はお墓の前に立ちゲートを開き剣を取り出す
そしてマナを込め、お墓に彼女の名前を刻んだ
「結局その名前にするのね?」
「ああ・・・ずっとこの名前で読んでいたから・・・いや?」
「ううん・・・素敵な名前・・・貴方にしては」
「最後余計だろ・・・・・・・・・さあ行こうか」
「何処に?」
「決まってるだろ?・・・デートの続き──────」




