575階 天変
ファミリシア王国王都ファミリシア
そこはこれから栄華を極めるはずだった
この場所が世界の中心となりこの国の王に全ての者が跪く・・・そんな未来とは裏腹に王都にはもはや城しか残されていない
城以外何も・・・人も建物も・・・城以外の場所には存在する事が許されない
その原因は
「どうしてこうなった・・・なぜ余は・・・」
城内でボロ衣を纏い城の外を眺める
僅か数週間前まではそこには綺麗に建ち並ぶ建物や舗装された道路・・・そしてそこで生活する人々が映し出されていた
しかし今は・・・草も生えていない大地が広がるのみ
この世の終わりとも取れる光景にその国の長であったエギド・レーゼン・ファミリシアは下唇を血が出るほど強く噛み締め悔しさを滲ませた
そんなエギドに近付く影がひとつ
《あら?こんな所でサボってていいのかな?働かざる者食うべからずって言葉知らないの?》
「貴様は・・・ウロボロス!!」
振り返り睨みつけるエギド・・・その憎悪が込められた視線をものともせずウロボロスは笑顔で返す
《はーいウロボロスちゃんデース・・・それが何か?》
「貴様よくも・・・よくも余を・・・」
《『騙したなー!』って?・・・プッ・・・自分は騙すくせに騙されないとでも思ってたの?ウケる》
「余は・・・余はファミリシア王国国王エギド・レーゼン・ファミリシアだぞ!」
《だから?てか元でしょ?今はアバドンの家来?奴隷?・・・まあどっちでもいいや。とりあえず自分の意思で何も出来ないただのお人形さんでしょ?》
「くっ!」
《まったく・・・『アバドンを操れる』なんて言葉に騙されるなんて気は確か?騙した私が言うのも何だけどね。でもビックリしたでしょ?まさかいきなり街を滅ぼしちゃうなんて・・・せっかくの魔力発生装置が台無しよね?》
「・・・人は装置か・・・」
《何言ってんの?散々それ用に使ってたじゃない・・・魔物の核を人間の核にぶっ込んで魔人を作り出しアバドンの糧としていた・・・でしょ?》
「それは貴様が!」
《やったのは君でしょ?まあ溜め込んでくれた分アバドンの活動に必要な魔力も溜まった事だし・・・地下から溢れ出るほど溜めてくれるとは思わなかったわ・・・意外と優秀よね》
「なぜ街を・・・」
《知らないわよ・・・まあ強いて言うなら『アバドンだから』じゃない。彼破壊の事しか頭無いからね・・・本当世話が焼けるんだから》
エギドは見た
アバドンがフーリシア王国から戻った後、エギドの目の前で街を破壊する姿を
アバドンの手のひらから放たれた魔力は城以外の一切を破壊尽くした
街にいた者は何が起きたか分からぬまま死んでしまっただろう・・・それだけ一瞬の出来事だった
「・・・悪魔め・・・」
その時の光景を思い出し呟くエギドに対してウロボロスは冷笑を浮かべ踵を返す
《何よそれ・・・君に対して『人間め』って言うのと同じなんだけど・・・バッカみたい。とりあえず仕事しなさーい・・・死にたくなければね。人間は死ぬまで働くって得意分野でしょ?》
そう言い残し立ち去るウロボロス・・・その後ろ姿を恨めしそうに睨みつけエギドが呟く
「・・・いつか絶対に殺してやる・・・」
するとウロボロスは立ち止まり振り返ると笑顔で返す
《それって私に対する愛情表現と同じだから・・・待ってるね──────》
ファミリシア王国王城・・・その頂上
《まーたここに居るの?飽きないね》
《・・・》
《そういじけないでよ・・・もう少しだからさ・・・ピョェ》
《・・・》
《・・・ビックリした・・・その暇潰し楽しい?いつもやってるけど・・・》
《何度壊そうが湧き出て来る・・・全てを壊さねばそれこそ無限に・・・》
《もうちょっと待ってよ・・・約束でしょ?》
《ウロボロス》
《なーに?》
《魔人を増やし何を企む》
《・・・内緒》
《・・・》
《分かったわよ。ほら待っている間に魔力が足りなくなっても嫌じゃない?》
《それだけではあるまい》
《・・・ハア・・・演出よ演出。人間が貴方に滅ぼされるかはたまた人間が勝つか・・・その決着に貴方の味方が誰もいないなんて寂しいでしょ?だから盛り上げる為の演出・・・》
《この辺りを壊す前に人間を集めたのはその為か・・・》
《数が多い方が盛り上がるからね。今はせっせと作り続けてるよ・・・そのせいでもうヘトヘト》
《・・・作ってるのは人間では?》
《あのね・・・作るにしても核が必要なのよ。だから良さそうな核を砕いてその破片をそれぞれ再生させて増やしているの・・・偉いでしょ?》
《・・・》
《ちょっとは労をねぎらってもバチは当たらピョッ!?・・・ちょっと!その無言でやるのやめてくれない?》
《・・・避けたか・・・》
《え?》
《面白い・・・暇潰しに行ってみるか》
《ちょっとアバドン!・・・行っちゃった・・・》
城の頂上から一瞬にして飛び去ってしまったアバドン。その飛んで行った方向を目を細めてウロボロスは見つめた
《避けたとか言ってたわよね・・・遠くからとはいえアバドンの攻撃を?・・・あの子以外にもそんな人間がいるなんて・・・はっ!ちょっと待った!そんな面白そうな人間破壊しちゃだめー!って聞こえないか・・・急がなきゃ・・・アバドンが壊しちゃう前に──────》
フーリシア王国王都フーリシア
「まだ調査に出た人から連絡はないの?」
「はっ!未だ連絡は来ず・・・こちらからも連絡を試みるも音信不通でして・・・」
「・・・もう一度送って!それと冒険者ギルドに緊急依頼として出しておいて!」
「はっ!」
フーリシア王国史上最年少で宮廷魔術師となったロウニール・ローグ・ハーベスの妹シーリス・ローグ・ハーベスはもうひとつの史上最年少を記録していた
フーリシア王国宰相・・・それが今のシーリスの肩書きである
そのシーリスは兵士に命じると爪を噛みながら既に次なる手を模索する
「・・・あまり根詰めるな・・・気持ちは分かるが・・・」
「もう何組も送っているのに一向に情報が入って来ない・・・それなのに指をくわえて待っているだけのアタシの気持ちが分かるって言うの?」
「仕方ないであろう・・・自ら乗り込む訳にも・・・」
「それだ!アタシが行って・・・」
「いい加減にせぬか!お主の役割は仇討ちだけではないぞ!」
「なら解任して・・・姪っ子の仇討ちも出来ないなら宰相なんてこちらから願い下げだわ」
「・・・頭を冷やせ。何も仇討ちするなとは言ってはいない・・・こうしている間にも様々な問題が起きている・・・仇討ちだけに没頭して他を疎かにするでないと言っているのだ」
「他って何?それってそんなに大事な事?」
「シーリス!・・・ハア・・・兄が大好きなのは分かったから少しは冷静になれ。我が国の問題ならば良いが他国・・・ファミリシア王国が関連しているのだ・・・そう簡単に済む話ではない」
「誰がバカ兄貴大好き人間よ!・・・こうなったら戦争よ・・・ディーン将軍とアタシの編成した魔法兵団で乗り込んで・・・」
「何が『こうなったら』だ・・・発言が矛盾している事に気付かぬ程熱くなりおって・・・」
王城内執務室にて仇討ちに燃えるシーリスをスーは呆れた顔で見つめる
「ですが本当にファミリシア王国が関係しているとなれば問題です。仮にも我が国の公爵であられるローグ卿の屋敷に侵入し・・・」
「分かっているディーン・・・妾も腸が煮えくり返る思いだ。冷静さを保っていられるのも目の前で熱くなっている地味子がいるからだ」
「誰が地味子よ派手子!・・・てか何で送り込んだ人達は連絡すら取れなくなってるの?見に行かせただけなのに・・・」
「想像つくであろう?・・・捕えれたか殺されたか・・・それしかあるまい」
「・・・」
「だから冷静になれと言っておるのだ・・・送り込んだ兵士にも家族がおる・・・それが分からぬほど頭に血が上っておるようだからな。それとも何か?自分以外の家族はどうなっても構わないと?」
「・・・そんな訳ないじゃない・・・そんな訳・・・」
「やれやれ・・・ディーンお主は何か良い手はないか?」
「・・・暗殺者ギルドを使うのは・・・」
「よせ・・・あのギルドとは手を切った。・・・王になって聞いた時は身の毛のよだつ思いだったぞ?まさか国が暗殺者ギルドを運営していたとはな」
スーは思い出し頭を抱える
王位につき引き継ぎも儘ならぬ頃に知らされた真実・・・冒険者ギルドを国が資金を出し運営し度々依頼をしていたのだ
王家に逆らう者、国を脅かす者の暗殺や怪しい者を調査する諜報員として使っていた。もちろん国との繋がりを残すような事はしない・・・あくまでも対立するような形を演じており王国騎士団や衛兵などと何度も衝突を繰り返す。だが、暗殺者ギルドの者を王国騎士団や衛兵が捕らえた事がないというのが繋がりを何より証明していた
「毒には毒を・・・我が国らしいな・・・だが妾は毒になど頼らん!・・・という訳で他にないか?」
「・・・ならば宰相殿の案で行くしかないかと」
「ふぇ!?」
「シーリスの案?それって・・・ディーン!?お主さっきから暗殺者ギルドだのシーリスの案だの・・・まさかお主も・・・」
「はい・・・あの件を聞いた時より剣の修練に対する熱が上がっております・・・このままでは私自身が燃え上がってしまうと思う程に・・・」
「お主もか・・・妾の陣営には冷静に物事が判断出来る者はいないのか・・・」
「ですが決して短絡的な考えではありません」
「なに?」
「ファミリシア王国以外の国もファミリシア王国と連絡が途絶えたと聞いております。つまり・・・」
「つまり?」
「ファミリシア王国が亡国の危機にあるやも知れないのです」
「ん?ファミリシア王国が何か企んでいる・・・そういうことでは無いのか?」
「お忘れですか?ローグ卿が王会合を開き御自身が『大陸の守護者』となられた理由を」
「・・・アバドン・・・まさかファミリシア王国はアバドンに?」
「分かりません・・・が、それを知る術がない今、多少強引な手を使ってでも調べるべきかと・・・」
「それがシーリスの案・・・軍を率いて乗り込むつもりか?」
「はい・・・各国にはその旨を事前に伝えれば問題ないかと」
「調査の為に軍を・・・ファミリシア王国に入るにはリガルデル王国を通らなければならないが今の王は話の分かる人だった・・・それにロウニールに恩もあると申していたし・・・確かに事前に話を通せば可能は可能だが・・・」
「いたずらに兵士を送り込んでも犠牲が増える一方です。ここは国を挙げて調査に乗り出し真実を突き止めるべきです」
「その真実とはファミリシア王国と連絡が取れない理由か?それとも・・・」
「もちろん我が友の仇討ちの相手は一体誰なのか・・・です」
「・・・ディーン将軍・・・」
「・・・どいつもこいつも・・・ハア・・・各国には妾から連絡しておく。了承が取れ次第リガルデル王国を通りファミリシア王国へと向かえ」
「陛下!」「派手子!」
「派手子言うな・・・ただし一ヶ国でも反対したらこの話はなしだ・・・いいな?」
「その時はその時・・・恩に着るよ派手子!」
「だから!・・・ハア・・・もういい・・・それと・・・」
「まだあるの?」
勢いを削がれたと言わんばかりにシーリスが睨む。その視線を受け流しスーは立ち上がると2人に命令した
「誰も死ぬな・・・これは至上命令だ──────」
各国の了承を得てシーリスとディーンが軍を編成し出た後、すぐに異変が起こった
「陛下!暗殺者ギルドが・・・」
「なに?壊滅だと?」
これまでの繋がりを断ちはしたもののその後は何もせず放置していた
次に何か犯罪を犯せば潰す・・・そう脅しをかけただけに留まっていたのだ
「誰が何の為に・・・」
「分かりません・・・ギルド内は凄惨な有様で誰が誰だかの区別もつかず・・・」
死者が誰なのか分かれば生き残った者を調べれば良かった。しかしギルドに所属する者のリストは持っているものの誰が誰だか分からない状態では生き残っている者を探すのは不可能に近い。特に暗殺者なれば隠れるのは得意のもの・・・犯人はもはや見つけることは出来ないのではとスーが考えていると兵士は続けてある紙を差し出す
「これは?」
「現場に落ちていたものです・・・その内容が・・・」
「っ!?・・・王国騎士団長を呼べ!今すぐにだ!」
「は、はっ!」
報告に来た兵士はすぐに部屋を出て王国騎士団団長のジュネーズを呼びに行く
「・・・まずいぞ・・・内紛か?この手紙の事と関係でも・・・せめて暗殺者ギルドの誰と誰が生き残っているか分かれば対策も立てようがあるのだが・・・」
執務室で1人となったスーが手紙の内容に頭を抱えているとドアがノックされる
タイミング的にジュネーズだと思ったスーが『入れ』と一言かけるとドアが開き1人の騎士が姿を現す
「陛下」
「おおジュネー・・・んん?お主は・・・」
「話は聞きました。私が行って参ります──────」




