573階 絶望
「よくぞ参ったローグ卿よ!歓迎する・・・それと王会合に出れなくて済まなかった。体調がすこぶる悪くて・・・歳には勝てんのう」
うーん・・・初めて会った時とだいぶ印象が違うな
もっとのほほんとしていたと思ったけど今は活気に満ち溢れ歳には勝てないと言っているがまるで若返ったみたいだ
城に着くとすんなり謁見の間に通されたはいいものの余裕の表情のエギド・・・これが演技なら大したもんだな
てかそれよりもアレはなんだ?
玉座の隣に玉座を模した小さな玉座・・・そこに座る少女・・・その少女が気になってエギドが霞んで見える
「父上・・・紹介して欲しいの」
「おお、すまんかった。ローグ卿、この子はシンディ・・・余の娘だ」
「どうも・・・フーリシア王国公爵ロウニール・ローグ・ハーベスです」
「今は違うの」
あん?あ、そっか
「大陸の守護者ロウニール・ローグ・ハーベスです・・・でいいか?」
「そうなの!カッコイイの!お股が大洪水なの!」
おいエギド!てめえ娘に何教えてんだコイツ!・・・お股が大洪水なんて夜の店でも使わねえぞ!
「ははっ、すまんね。なにぶん素直な子でね」
フォローになってない!
素直って事は大洪水って事になるやろがい!
「・・・ゴホン・・・あー、俺がここに来た理由は?」
「はて・・・お見舞いにでも来て下さったかな?」
んな訳ねえだろ・・・調子狂うな・・・本当にコイツがアドバンを?
「手紙に書き記したはず・・・俺が大陸の守護者として来たって事は魔族・・・アドバンの事に関してって事くらい分かるだろ?」
「そのアドバンとやらと余にどんな関係が?」
「それを調べに来たんだよ。関係なきゃそれでいい・・・関係があれば・・・」
「あれば?」
「世代交代が早まるかもな」
つっても一人娘だったらどうしよう・・・あの子が王様?・・・笑えないな
「世代交代か・・・優しいのう大陸の守護者とは」
「なに?」
「てっきり有無も言わさず始末するのかと・・・優しい・・・実に優しいのう・・・」
「・・・なら優しさを消してやろうか?」
「構わぬよ。どうせ余は何も関与しておらん」
うっ・・・自信満々に言われるとそうなのかと信じたくなる
けどコイツはこんな面してダンテを差し向けウルティアは疎か家族や使用人まで殺すよう命じた・・・優しそうな顔に見えるのは太って丸いからそう見えるだけ・・・コイツは・・・そうだ!ウルティアの件で・・・いや待てよ・・・ウルティアの件はアバドンとは全く関係ない。そこから攻めるのは無理があるぞ?となると・・・・・・どうしよう
〘呆れた・・・ノープランだったの?〙
〘何となく勢いで・・・ほら、ウルティアの話を聞いて少し頭に血が上って・・・〙
〘はいはい・・・なら・・・〙
「どうされましたかな?もう質問が終わりなら親睦を深める為に食事でも・・・」
「ギフト」
「うん?」
「ギフトはどうやって与えてるんだ?」
「・・・それとアバドンとやらに何の関係が?」
「何度も言わせんなよ・・・それを調査しているって言ってるだろ?」
「ふむ・・・確かにその通りだな。しかし困った・・・ギフトに関しては秘匿とされている。その理由は国の存亡に関わるからなのだ。たとえ大陸の守護者殿に聞かれても答える訳にはいかぬのだ」
「それは後ろめたい事があるからでは?」
「そうではない。この国が農王国と呼ばれているのは知っておろう?それは誉れ高き事なのだが如何せん肥沃な大地には恵まれておるがそれだけでは作物は育てど人材は育たん・・・特に武の方はな。それで先祖が編み出したのがギフトであるのだ。他国に奪われぬよう独自に得た力・・・それがギフト・・・それだけに外部に盛れたらこの国の自衛手段は皆無に等しくなってしまう・・・何せ真似されたら元々武力の高いところには勝てんからのう」
「口外はしないと約束する」
「ほっほっ・・・それを鵜呑みにせよと?国が滅ぶやも知れぬのに?」
言える訳ない・・・か
いや、言える訳がない理由を考えて話しているだけかも・・・きっとそうだ
けど反論する余地はない。ダンコの言う通りギフトの話からなら切り崩せるかと思ったけど向こうが一枚も二枚も上手だ
〘アナタが下手なだけよ・・・でもこの様子だと誘導尋問してものろりくらりと躱されるだけでしょうね〙
突然の訪問にも動揺せず余裕を持ってそうだから多分予め答えを用意している・・・答えられない質問には国家機密と言えばそれ以上は追求出来ないし・・・やっぱりもう少し証拠を集めないとダメか・・・
「お父様ぁ」
「ほっほっ・・・甘えた声を出しおって・・・余程気に入ったみたいだのう」
あん?いきなり何の会話だ?
「どうだろう?ひとつだけ方法があるにはある・・・本来秘匿にすべき内容を貴公に話す事が出来る方法が」
「へえ・・・そりゃ興味深いね。で?その方法は?」
「この子・・・シンディと結婚する・・・ただそれだけ」
「そりゃ簡単だな・・・って結婚!?」
「ほっほっ・・・身内になれば話せる内容なのでな。簡単であろう?この子は遅くに出来た子でな・・・他の子はとっくに成人し家庭を持っているがこの子はまだ幼く相手はまだいない。この子には他の子と違って自由にさせてあげたいから常に言っておったのだ・・・好きな者と添い遂げよ、とな」
「・・・出会って数分なんだけど・・・」
「一目惚れというやつだろうな・・・親の贔屓目を入れずとも中々の美人に育つと思うが・・・どうかな?」
「『どうかな?』じゃない・・・俺にはもう既に心に決めた人・・・ってか結婚してるし・・・」
「それは聞いておる。では仮の話だ・・・もしその相手が居なくなったとしたらどうかな?」
「・・・なあエギド・・・その仮の話に意味あるか?」
「っ!?・・・落ち着っ・・・」
「ムカつくな・・・もう面倒だから全員殺るか・・・違ったら謝りゃいい・・・仮にお前らがアバドンと繋がりがあったとしたら世界が滅びるんだ・・・それなら疑わしきは罰せよ精神で潰していった方がいい・・・そう思わないか?」
もうマジで殺すか・・・仮に、だと?仮に何が起きる事を想像させようとしてんだコイツは・・・そんな事はあってはならないしある訳・・・・・・・・・まさか・・・
「・・・激しいのう・・・さすが大陸の・・・」
「おい!サラに何をした!!」
「?サラ?・・・すまぬが誰だか・・・」
違うのか?それとも脅しの意味で言ったのか?純粋に仮の話をしただけ?・・・くそっ・・・ゲートが使えればすぐにでも戻れると言うのに・・・
嫌な予感がする
殺気を放った時は表情こそ強ばっていたがすぐに冷静さを取り戻し余裕を見せるエギド・・・俺がやらないと思ってんのか?それとも余裕でいられる理由があるのか?
「・・・すまなかった・・・あまりそう言う仮定の話は好きではなくてな・・・今日はこれまでにしてまた出直すとするよ」
今日はこれで退散しよう。また来ればいいだけ・・・今はサラの無事を確認して安心したい気持ちでいっぱいで他の事なんて考えてられ・・・
「それは残念ですな。せっかく美味しい料理を準備させていたのに・・・まあまたの機会に・・・余の願いはローグ卿と仲良くなること・・・その事を忘れないでもらいたい」
仲良くなる事?もしアバドンと関係なくても願い下げだ
「覚えておくよ・・・けど残念ながらその願いは叶いそうにないけどな──────」
今頃彼はファミリシア王国か・・・ふとした拍子に会いたくなるのよね・・・妊娠中って情緒不安定になりやすいのかしら?
最近は求められても断ってるけど今度帰って来た時は久しぶりに・・・でもこのお腹見られるの嫌なのよね・・・別に太った訳じゃないけどやっぱり・・・ねえ
「どうされましたか?ため息などついて」
「バフォメット・・・色々とあるのよ色々と・・・」
「私で良ければ相談に乗りますが?」
「ありがと・・・でも大丈夫よ」
ロウに言われて私の護衛をしているバフォメット・・・知らず知らずの内にため息をついていたみたいで心配させてしまった
てか護衛なんてやり過ぎよね・・・別に誰が襲って来る訳でもないし仮に襲って来たとしてもこれでも一応まだ現役の冒険者・・・普通の相手なら負ける気はしないわ
多少動きづらいけどある程度なら動けるしね
本当心配性なんだから・・・今度戻って来た時に護衛は要らないって言おうかしら・・・え?
急にバフォメットは鋭い目付きで窓を見る。いきなりどうしたのかと私も見ると突然窓が自然に開いて風と共に現れた
白く長い髪をなびかせて音も立てずに部屋に降り立つその人を見た瞬間これまで培って来た経験が警鐘を鳴らす
目の前のモノから逃げよ、と
「・・・どうして・・・まだ魔力は・・・」
《ここはまだ息苦しい・・・だがやがて居心地の良い場所へと変わるだろう》
「・・・本物・・・ですか・・・」
「バフォメット・・・この人は?」
「・・・お逃げ下さい・・・数分・・・いや数十秒は稼いでみせます」
《大きく出たな・・・インキュバスの戯れが我の時間を貪るか》
今の会話で全てを理解する・・・そして逃げないといけない事も理解するが体は一向に動いてはくれなかった
目の前でバフォメットはその姿を異形なものに変え果敢に挑む
華奢だった腕が倍以上に膨れ上がり拳の先がありとあらゆる物を溶かしてしまいそうなくらい熱を持ち真っ赤に染め上がるとその拳を目の前のモノに叩き込む
だがソレは特に躱す事もなく難なく受け止めるとその拳を腕ごと破壊した
《ぐううぅ!・・・っ!何をしているのです!早く逃げなさい!》
「・・・あ・・・」
《全てを溶かす『溶解』の力か・・・残念だが全てに我は入ってはいなかったようだな》
《くっ!・・・おのれぇ!》
そう叫びながらバフォメットはソレに向かって行きながらも指先から何かを私に向けてオレンジ色の液体を発射した
その液体は私の足元に落ちると煙を上げながら床を溶かしていく
《ほう・・・面白い》
《逃げろぉぉぉ!!》
バフォメットは更に大きい声で叫んだ
それは私に向けてと言うより屋敷全体に向けて・・・床に穴を空けて逃げ道を作ると同時に他の人に危機を知らせ助けを求める為に叫んだのだ
しかし・・・目の前に私が通れる程の穴が空いてはいるが動けない・・・動かなきゃいけないのに・・・脚が竦んでしまい・・・動けないんだ
バフォメットはソレに突っ込んで行き残った片方の腕を振り上げるがあえなくその腕は掴まれ破壊されてしまう
それでも私を庇うようにソレの前に立ちソレを睨みつけるバフォメット・・・だがソレはそんな事はお構いなく涼しい顔をしてバフォメットの額に手を当てた
《・・・数十秒は経過しましたが?》
《そうだな褒めて遣わす。次がないのが残念だ》
《ええ・・・全く》
ソレはバフォメットの頭を破壊した
頭が無くなり体は倒れ込む・・・そしてソレは私を見た
《絶望を知れ》
「知りたくないわね・・・少なくとも今は!」
ソレが見ているのは私であって私ではなかった
ソレの視線の先には命にかえても守るべきものがある
ロウ・・・お願い・・・力を貸して・・・
今ここにはいない彼に語りかける
きっと彼は応えてくれるはず・・・何せ私の中には・・・彼が存在するから・・・
《・・・少々煩くなりそうだな・・・聞こえるか?絶望の足音が》
足音?・・・そうか騒ぎを聞き付けて誰かが・・・
「絶望じゃなくて希望でしょ?」
《希望とは絶望を生む糧でしかない・・・貴様にはまた絶望を生む糧になってもらう》
「何を言って・・・っ!?」
ソレは目の前から消えると突然背後に現れた
振り返りざまに肘をお見舞いするがありえない硬さを感じ肘に痛みが走る
《また創るがいい・・・その時はまた壊しに来よう》
ソレが触れたのは私の・・・
「・・・お願い・・・それだけは・・・」
《絶望を知れ──────》




