569階 ウルティアを訪ねて
ファミリシア王国南西部ゲーテナストの街
その街に辿り着いた2人の男女は予想していたより遥かに寂れている街を見てしばらく言葉を失っていた
「・・・村?」
「コラ!そりゃぁ私も驚いたけど・・・ウルティアさんの印象からは想像出来なかったわね」
「派手な服装を好んでたからな・・・街も派手かと思いきやここまで地味なんて・・・」
「派手とか地味とか言わない!・・・まあでも・・・うん・・・そうよね・・・」
2人の男女・・・ジークとラナは王都からこの街ゲーテナストに来ていた
目的はただ一つ・・・かつての仲間であるウルティアに会う為だ
「この街でウルティアが歩いていたらさぞかし目立つだろうな」
「さすがに周りに合わせて服も変えるんじゃない?」
「地味な服のウルティア・・・想像出来る?」
「・・・と、とにかくせっかく来たんだから早く会いに行きましょ!時間なあれば街を案内してもらえるかもしれないし・・・」
「案内するような場所あるか?」
「ジーク!」
2人ははしゃぎながらウルティアが居るであろう領主の屋敷を目指す。国王エギドから感じた不穏な空気を払拭するように・・・
かつての仲間に会う・・・ただそれだけなのに拭いきれない不吉な予感・・・その予感が的中してしまったと気付いたのは街で一番大きな屋敷の前に辿り着いた時だった
誰に案内される訳でもなく大きな屋敷を目指しただけ・・・領主ならば大きな屋敷に住んでいるだろうという勝手な想像だったがその想像は当たっていた
しかしその大きな屋敷に着いた2人はこの屋敷がウルティアの屋敷ではない事を願っていた
見るからに廃墟と化した屋敷・・・まだ人の温もりを感じられる事から廃墟となったのはつい最近に思える
「・・・引越し・・・たのかな?」
「そうね・・・もしくはここは他の人の家でウルティアさんの家は他にあるとか・・・」
「ここがウルティアの家じゃないにしてもこんな屋敷に住む奴いるか?お化けならともかく・・・っ!」
「どうしたの?」
「いる・・・屋敷の中から人の気配を感じる・・・けど・・・」
「けど?」
「気配が集中しないと分からないくらい・・・薄いと言うか弱いと言うか・・・隠れているって訳じゃないと思うけど・・・」
「もしかして怪我とかしてるのかも・・・行ってみようよ!」
「いやでも・・・ほら勝手に入るのは・・・」
「何言ってるの!もしかしたら怪我して動けないかもしれないでしょ?てか今まで散々人の家に入っては荒らしまくってたのに今更何言ってんの?」
「あれは・・・勇者の特権と言うか・・・王様が言ってたろ?全ての人は勇者に協力する義務があるって・・・」
「それは魔王を倒す為ならって意味でしょ?タンスの中身を見てどうやって魔王を倒すのよ!」
「それはエメンケとかダンテに言われ・・・わ、分かったよ!入ればいいんだろ?入れば!怒られたらラナのせいだからな!」
「・・・お風呂・・・覗き・・・」
「さあ行こう!全て勇者である僕の責任の元で!」
女性陣が風呂に入っているのを覗き見して見つかった苦い思い出・・・それもエメンケとダンテに唆されてやってしまった事だった。一度の過ちが高くついた・・・これから一生言われ続けるなと項垂れながらジークは廃墟としか言いようがない屋敷へと足を踏み入れた
「・・・おーい、誰かいるか?」
「ごめんください・・・お邪魔します・・・」
「・・・」
反応は無い
招かれざる客なのか返事が出来ない状況なのか判断出来ずしばらくその場で待った後、2人は気配を感じた場所まで移動を開始した
外見からも察せたがやはり廃墟になって間もないと感じるところが多々あった
広い玄関には埃がほとんど落ちておらず壁や扉も然程汚れてはいない。そして僅からながら感じる人の温もりが逆に2人を不安にさせる
つい最近までここで人が生活していた・・・その事実が何かがあったと思わせるからだ
「行こう・・・気配は奥だ」
「・・・うん・・・」
嫌な予感を振り払い2人は更に奥へと向かう
勇者として貴族の屋敷には何度か訪れた事がある2人は奥にどのような部屋があるか知っていた
サロン・・・貴族同士の社交場として使う広間が奥にある事が多かった。だがジークが感じている気配はひとつ・・・それに社交界を開いているようにはとても思えない為になぜ1人でその場にいるのか分からず不安を更に増幅させた
「鍵が・・・掛かってる」
「どうする?探して来る?」
「いや・・・時間が掛かるし面倒だ・・・」
そう言ってジークは剣を抜くと扉の隙間に剣を振り下ろした
「・・・凄い」
「これでも勇者なんでね・・・開けるよ」
この扉の向こうに気配がある・・・ジークは覚悟を決めて扉に手を掛けるとラナも覚悟を決めたのか無言で頷き持っている杖をギュッと握り締めた
「・・・っ!」
扉を開けると暗闇が支配していた
そして鼻腔をくすぐる嗅いだことのない異臭
ジークは思わず顔を歪めラナは咄嗟に鼻を塞いだ
「な・・・んだこの臭い・・・」
「分からない・・・けど・・・」
1分たりともここに居たくないと思う2人だったがそうなると尚更気になるのがジークが感じた気配の存在
この中に存在する人間がいる・・・そう考えると背筋に冷たいものが走る
「とりあえず明かりを・・・」
ウルティアに教わった火魔法・・・ジークの役割は近接アタッカーだが覚えていて損はないと教えてもらった暗闇を照らすには充分な炎を手のひらから出して部屋を照らす
すると部屋は広間となっており小さなテーブルがいくつも不規則に並べられていた
そのテーブルには見たことも無い料理が置かれまるで立食パーティーの最中のよう・・・しかしその料理の盛り付けはパーティーでは凡そ出される事はないだろう乱雑に皿の上に置かれた状態だった
「肉料理?あまり美味しそうじゃないな」
「そうね・・・もしかしてこの臭いってこの料理が腐った臭いかも・・・」
「かもね・・・パーティーの最中に何かが起きて屋敷から逃げた?で、残った人が・・・」
「そうなると何日も前からここに居ることに・・・早く探しましょ!もしかしたら危険な状態かも!」
そう言って駆け出すラナをジークは止めようとしたが叶わず僅かな明かりで気配の元を探し始める
「ひっ!」
ジークが周囲を警戒しつつラナの後を追っているとその彼女から短い悲鳴が発せられた
「ラナ!」
急いでラナの元へ駆けつけるジーク
するとラナを見つけホッとするも束の間、ラナの視線の先が朧気ながら見えて眉間に皺を寄せた
「・・・ウルティア?」
「っ!ジーク!・・・来ちゃダメ!」
「来ちゃダメって・・・そこにいるのはウルティアだろ?」
ラナに隠れて全体像は見えないがチラッと見えたその姿はかつての仲間であるウルティア・・・来てはダメだと言われても自然と足が前へと進む
ラナはジークの接近に気付き慌てて何かを探すような素振りを見せるとテーブルに掛けられたテーブルクロスを料理が乗った状態で引き抜きそのテーブルクロスをウルティアらしき人物にかけた
ラナがテーブルクロスを引き抜いた際に落ちた皿の割れる音が広間に響き渡る
次の瞬間すぐそこまで近付いたジークの目にウルティアの姿が映し出された
足が止まる・・・いや足が竦む
仰け反りそうになる体を必死に抑えるが一歩そしてまた一歩と引き摺られるように後退する
ラナがそのウルティアらしきものに回復魔法を施しながら何か叫ぶがジークの耳には届かない
かつてウルティアだったものがテーブルクロスにその身を包み虚ろな目を後退るジークに向けると突然目を見開き叫んだ
「~~~!・・・で・・・もう・・・で!・・・」
声なき叫びと共にジークを拒絶するかのように手を前に突き出し暴れ出すウルティア
ラナは彼女に優しく語りかけながら回復魔法を続けるが彼女の視線はずっとジークに向けられたまま・・・怒り憎しみ殺意・・・そして怯えを含んだその視線を向けられジークはその場に立ち尽くす
かつて仲間だったウルティアに向けられた憎悪の目がジークの胸を締め付けていた
しばらくそのまま時間が経過する・・・するとようやく我に返ったウルティアは落ち着きを取り戻しラナにボソボソと何かを語る
ジークは離れた場所でそれを見ているだけ・・・彼が近付こうとするとウルティアはまた怯え始めてしまうからだ
ようやく話もひと段落したのかラナはウルティアに寄り添うように座っていたが立ち上がりジークの元へとやって来た
「ラナ・・・ウルティアは・・・」
「・・・酷い怪我を負っていたの・・・致命傷になるような怪我はないけれど・・・腕には数多くの裂傷に両足は骨が折られて歩ける状態じゃ・・・ううん・・・もしかしたらもう二度と歩けないかも・・・」
「治らないのか?」
「どうだろう・・・けどそれよりも・・・」
「それよりも?もしかして他にも怪我を・・・」
「ううん・・・腕と足以外は特にないわ・・・顔に痣があるけどすぐに治りそう・・・けど・・・怪我よりも心の傷が・・・」
「心の傷?」
「・・・すぐにこの部屋から出たいけど私では彼女は・・・ジーク、彼女を乗せられ運べる物を街で見つけて来てくれない?」
「それだったら僕が・・・」
「ダメよ!・・・お願い・・・今は私に任せて」
「・・・」
ラナの願いは聞いてあげたかったがここにラナとウルティアだけを残して探しに行くのは気が引けた
ジークが思い悩んでいるとその時・・・
「・・・ラナ・・・わたしは・・・大丈夫・・・」
「ウルティアさん!」
「ごめんなさいジーク・・・ごめんなさい・・・」
「なんで謝るんだよ・・・一体何が・・・誰がウルティアを・・・」
「っ!!」
ジークが近付こうとするとビクッと体を震わせ縮こまる。自分の体を抱き締めるようにして震える彼女の腕に何かが着けられているのに気付いた
「それは・・・マナ封じの腕輪?」
怯える彼女を見て足を止めたジークはその腕に着けられている腕輪がマナ封じの腕輪か尋ねると彼女は頷く
魔法使いである彼女がマナを封じられたら戦う術はない・・・そんな彼女を痛め付けたと知るとジークは怒りで体を震わせ拳を握る
「誰なんだ!誰がそんな物をウルティアに・・・答えてくれウルティア!」
「・・・」
「ジーク・・・今はそっとしておきましょう?場所を移動して何か温かいものでも・・・」
「けど・・・まだそいつらがこの近くにいるかもしれない・・・正体が分かないこの状態でラナとウルティアだけを残して行くなんて僕には出来ないよ!」
「でも・・・」
ラナはヒーラーでありウルティアは魔法使い・・・もし今ウルティアに着けられたマナ封じの腕輪を外したとしてとウルティアは戦力にはならないだろう。そもそもジークが近付けない為に腕輪を外すことも出来ない。そんな中で誰かに襲われたら・・・そう訴えるジークにラナは何も言い返せなかった
「・・・いいの・・・ここから離れる気はないわ・・・ラナ・・・水を貰えない?もうしばらく水を口にしてないからもう喉がカラカラ」
「う、うん・・・私ので良ければ・・・」
ラナは自分用の水筒を取り出し封を開けるとウルティアの口元に持っていき傾ける
ウルティアは自分で持つこともなく水筒が傾くことによって流れ出る水を口に含むと喉を鳴らしながら乾いた喉を潤した
「ふぅ・・・ありがとう・・・」
「・・・ウルティア・・・」
「そう急かさないの・・・全部話すわ・・・けど聞いたら戻れなくなるけど・・・それでも聞く?」
「戻れなくなるって一体・・・いや、何でもいい!話してくれウルティア!」
「・・・そう言うと思ったわ・・・さてどこから話せばいいのやら・・・そうね・・・始まりはここから・・・わたしが天侯爵と呼ばれるようになった時から決まっていたのかも・・・こうなる事は、ね──────」




