566階 女王と王国の剣
「一部の者以外は私を男と思っていたはずです。王子と名乗りほとんど城の外に出ていなかったので当たり前のことなのだけど・・・理由があって王女ではなく王子と名乗ってい増した・・・まあ些細な事ですけど」
些細な事・・・か
「男か女か何故偽ったかなど全て些細な事・・・肝心なのは私が王になり皆をどう導き何をもたらすか・・・ただそれだけです。それが気になりこうして皆は集まったのでしょう?」
「サシャ!お前は自分が何を言っておるのか分かって」
「フォーデム{お黙り}」
サシャを止めようと王・・・前王が声を荒らげるが公爵の一言で口だけをパクパクさせて声が出ない状態になってしまった
これだから公爵は怖い・・・どうやったら手を使わずに人の口を塞ぐ事が出来るのやら・・・
「ありがとうローグ公爵」
「どういたしまして・・・続けてどうぞ」
こうなってはサシャを止める者はもう居ない・・・いや・・・居る・・・
声の出なくなった前王は私に目で訴えかけてくる
『サシャを止めよ』と
そう・・・私なら出来る・・・公爵の油断を誘い、難なくサシャに近付き一刀のもとに切り伏せる事が出来る
自然と足は舞台へと向かう
「・・・」
私を見て観衆がざわめく中、公爵は何も言わずサシャは舞台の上に飛び乗った私に微笑みかける
「どうした催したか?アルオン」
その言葉に反応せず私は演台の前に立つサシャの後ろに
この距離ならたとえ公爵が何をしようと私の刃が先にサシャを捉えるだろう
「・・・お気にせず続けて下さい・・・私は私のやるべき事を全うするまでです」
この戴冠式の責任者としてではない・・・『王国の剣』としてやるべき事を果たす
状況を飲み込めない観衆はまだ動揺しているが当の本人は至って冷静だ
『そう』と一言返事を返すと私に向けていた微笑みを消し再び集まった観衆に語り掛ける
「少々バタバタとしたが問題ない・・・続けましょう。先ずは皆が気になっているだろう事柄から話しましょうか・・・何故『私が国王に選ばれた』のか・・・その理由は単純です・・・上の兄2人が『失敗をしたから』なのです」
サシャが話し始めた瞬間に静かになった観衆も今の言葉を聞きまたざわめき出す
それはそうだサシャを選んだ理由など観衆は求めていない・・・しかも『失敗をした』など王族の恥部を晒す意味など無いに等しい。『サシャを王に選んだ理由』が気になっている者が居たとしても誰も声に出して聞きはしないだろう・・・それをわざわざサシャの口から言う事はなかった
サシャの意図はなんだ?もし王国の為にならぬのなら・・・
剣の柄に手が伸びる
この距離ならば一瞬でサシャの首を斬り落とす事は可能だ・・・そしてそれが王国の為になるのなら私は相手がたとえサシャだとしても躊躇う事はないだろう。これから紡がれる言葉が・・・王国の為にならぬのなら・・・私は観衆の面前だろうが剣を抜く・・・たとえその後で公爵と対峙する事になったとしても
「・・・『失敗』と言っても意味が分からないでしょう・・・ですがその『失敗』の結果王国に不利益が生じたのは確かです。ひとつの結果は被害が甚大なものだった・・・と言えば殆どの方が思い付くはずです」
フーリシア侵攻作戦・・・とでも呼べばいいのだろうか
レオンの口車に乗りオルシア将軍率いる10万の軍がフーリシアに侵攻した。実際に侵攻命令を出したのは前王だが軍を率いていたのはオルシア将軍・・・テメント王子の派閥の筆頭であるオルシア将軍だったのだ
その為敗戦の責任はオルシア将軍が被り結果将軍の上に立つテメント王子が割を食らった・・・戦争の全責任は前王にあるはずなのだが敗戦の責任は将軍に・・・まあよくある話だ
確かオルシア将軍がテメント王子の派閥に入ったのはテメント王子が王になれば好き勝手出来ると思っていたかららしい・・・クーガ王子より少し気が弱いところがあるからな・・・テメント王子にとってオルシア将軍が派閥に入ってくれる事は喜ばしい事だったはずだが結果足を引っ張るとは皮肉なものだ
なので世間的な公表はテメント王子が主導しフーリシアに攻め入ったが敗戦に終わる・・・となっている。戦死した5万の兵士達の遺族はさぞかしテメント王子を恨んでいることだろう
そしてそれにより王位継承争いは第二王子であるクーガに軍配が上がると思いきや魔王ことロウニール・ローグ・ハーベス公爵に負けてしまい第三王子であるサシャに白羽の矢が立った・・・公爵と第二王子クーガの事は世間一般には知られていないので疑問に思う者も多いかもしれないな
だがサシャの今の言葉で第二王子クーガも何かしら『失敗』したのであろうと想像するだろう・・・それにより今目の前にいるサシャが選ばれたのだと
「さて・・・選ばれた理由はそれくらいにして本題に入りましょう。私が王になると決まった時、どのように皆を導くか考えました。考えて考えて・・・考え抜いてここでそれを発表しようと思いましたが・・・皆の顔を見てどうでもよくなりました」
・・・サシャ・・・
柄に伸びた手がしっかりとその柄を掴む
王は有能であるべきである。無能は無害にあらず有害だ・・・国にとって害ある者は・・・
「・・・勘違いしないで下さい。どうでもよくなったとは『どう導く』とか『何を成す』とか伝えようとしていた事が意味のないという事に気付いたのです。何故なら私達は・・・家族なのですから」
家族?まさか綺麗事を並べ民にへつらう気か?
そんな王は要らない・・・そんな者が王になればたちまち周辺諸国に食い尽くされてしまうに違いない・・・ここはリガルデル王国・・・大陸全ての国に囲まれた最も苦境に立たされた国でありそれ故に屈強でなくてはならない
サシャ・・・残念だ・・・君が私を握る事は・・・ない
「まあ待てアルオン」
極僅かな殺気を感じたのか私を止めるべく公爵が話し掛けてきた
しかしその声は前方の舞台下からではなくすぐ後ろから聞こえてくる
「・・・何を待てと?」
「全て聞いてからでも遅くないだろ?」
「・・・」
「彼女は彼女なりに考えている・・・その考えは俺好みでもある・・・だから最後まで聞け・・・聞いて判断しろ・・・誰の剣になるかを」
公爵は思い違いをしている・・・私は王国の剣だ・・・誰かの剣になるつもりはない
考えなしに誰かの剣になればどれだけ楽なのだろうか・・・けど私はその時その時で王国の為になる者の剣になる道を選んだ
今の私を握っているのは前王・・・サシャが国に害を成すと分かれば容赦なくその首に刃を向ける
それが今は・・・王国にとって最も・・・
「突然家族と言われて戸惑っていることでしょう。ですが私は皆の顔を見てふと思ったのです・・・国とは何なのか・・・と。人によって意見が違うかもしれませんが私は・・・私は国とは家だと思ってます。国民全員が住むとても大きな家・・・」
違う・・・国とは王であり民であり領土・・・その全てが『国』なのだ。家?そんな生易しい表現では収まらない・・・そんな考えでは・・・
「私はこれまでのほとんどの時間を城の中で費やしました。外に出る事など許されずずっと城の中で生活し城の中が全てでした・・・そんな世間知らずの私が王になる事に不安を持つ方もいるかもしれません・・・ですが少し前に私は一大決心をし城の外に出てみたのです・・・国内は疎か国外にも行き感じた事は・・・『こんなものか』です」
っ!?
急にサシャの背中が大きく見えた
私の剣が首に届かないと思えるくらいに大きくそして力強く見えた
「城の外の世界は想像していたものよりも遥かに劣っていました。私の想像力があり過ぎたのかも知れませんが・・・とにかく城の外の世界もまた城の中の世界と変わりなかったのです。城の外は城の中の縮図にしかなかった・・・こう言った方が分かりやすいでしょうか?国とは家であり王はその家の家長に過ぎない・・・皆も同じ家に住む家族です。では他国は?そう他国は単に隣の家です。つまり単なる隣人なのです。この国は今まで隣国に囲まれそれでも強くあろうと『覇王国』などと名乗り呼ばれ存在してきました・・・ですがそれは家が建ち並ぶ場所で『俺は強いんだぞ』と虚勢を張る愚かな家でしかなかったのです」
それは他国も同じ考え方だった場合だ
確かにサシャの言うように隣の家ならば脅威に感じる事はないだろう・・・だが他国は我が国を隣の家などと思ってはいない・・・虎視眈々と領地を広げようと狙っている敵なのだから・・・
「馬鹿な事を言ってると思っている方も沢山いるでしょう・・・世間知らずが何をと怒りを感じている方もいると思います・・・私は感じた事を言ったまで・・・理想ではなく想像でもなくそう感じただけなのです。そしてそれは現実です。他の誰が言っても笑われるような事も私が言えばそれが真実となり現実となるのです・・・それが強者の特権というものでしょう?」
声色が変わった?いや・・・違う・・・彼女は何も変えていない・・・彼女は・・・
「これだけは言っておきます・・・隣の家に土足で踏み込むな・・・それだけ守れば同じ家に住む家族として私は全身全霊をかけて皆を守ると約束しましょう。隣国に囲まれ脅威?気にする事はありません・・・単なる隣人だ。リガルデル王国の王である私が言うのだから間違いありません・・・そうでしょう?」
観衆は彼女の問いかけに歓声で応えた
その大歓声に体が震える・・・いや・・・この震えは歓声のせいではない・・・この震えは・・・
彼女は自分の思い描いた通りの世界であって欲しいと願っているのではない・・・違っていれば変えてやると言わんばかりの強者の弁・・・いや、正しく王者の弁
生易しい考えなどではない・・・強き者だから言える言葉
不意に歓声を一身に浴びていたサシャが振り返り私に微笑みかける
その微笑みを見て咄嗟に私は剣を抜いた
彼女に向けるはずだった剣先・・・その剣先は彼女に向くことはないだろう
一歩前に出て跪くと横に向けた剣を掲げ宣言する
「私は貴女の剣となりましょう・・・女王陛下──────」




