565階 道
リガルデル王国は変化を迎えようとしていた
長きに渡り王座についていたフォーデム国王がその座を退き新たな国王として第三王子であるサシャを指名したからだ
国民にとっては寝耳に水だったはずだ
なぜなら誰もが第一王子のテメントか第二王子のクーガのどちらかが王になると思っていたからだ。巷ではどちらが王になるか賭けまでしていたとか・・・賭けの対象である2人以外から選ばれた場合は返金となるのだろうか・・・返金でないのなら揉めそうだな
とにかく国民の関心はこれまでほとんど名を聞いた事がない第三王子が王になる事に集まっており街を少し歩けばサシャの名を耳にするほどだ
関心の高さと同時に聞こえてくる内容から不安の高さも伺えた
国民にも覇王国の者としての自負がある
だからこそ皆不安に思うのだ・・・これまでこれといった活躍が聞こえてこなかったサシャが覇王国の王としてやっていけるのかと
そして関心の高さと相まってこの広場で行われる戴冠式に人を集めさせた
リガルデル王国の歴史上最も人が集まった戴冠式になるのは間違いないだろう
「アルオン将軍・・・クーガ殿下から『何としてでも止めろ』と伝言を受けたはずでは?」
戴冠式の準備中、最終確認の為に行われる広場の中央に立ち不備がないか確認していると背後から話し掛けられる
振り返るとそこにはクーガお抱えの将軍・・・ホドオースが立っていた
「貴公が止めればいいだろう?」
「戴冠式の責任者である貴公の言が必要なのだ!問題が発生したと告げ少し遅らせればいい!さすれば殿下がお越しになり過ちを正して下さる!」
「陛下の決定が過ちであると?」
「過ち以外の何だと言うのだ!サシャ王子がだと?サシャ王子はクーガ殿下に不幸があった場合の予備である事は貴公も知っておろう!本来ならクーガ殿下の同じ土俵にすら上がれぬ王子を王に据えるなど・・・」
「ならば貴公がそれを陛下に忠言すればいい。私は御免だ・・・まだやり残した事が沢山あるのでな」
「アルオン将軍!」
「何を言っても変わらぬよ・・・そうクーガ殿下に伝えるがいい」
「ほう・・・そこまで父上の意志は固いか」
「クーガ殿下!」
クーガの場所からは明日の戴冠式まで間に合わないと思ったのだが・・・間に合ってしまったか・・・
ホドオースの背後から現れたのはクーガ・・・ホドオースも驚いているところから見るとかなり無理をして強行したみたいだな
「居城からですと4日はかかると思いますが・・・実は近くに居たのですか?」
「馬を乗り継いで来た・・・お陰で四頭も馬を駄目にしたぞ?」
「それは可哀想な事を・・・」
「国の一大事だからな・・・これから犠牲になる民の数からしたら他愛もない犠牲よ」
「何かありましたか?」
「とぼけるな・・・兄上ならともかくサシャだと?父上は何を考えている!」
「間に合ったのですからご自身で聞かれてみては?」
「我はお前に聞いているのだ・・・アルオン!一体何があった!」
クーガの登場でそれまで忙しなく動いていた兵士達の手が止まる。ほとんど作業は終わっているがこのままだとせっかくの舞台を壊しかねないな
「陛下が決められた事ですので私がとやかく言う事でもありません。何があったかも含めて陛下にお尋ね下さい」
「・・・いつからサシャの幕下に加わったのだ?」
「私はあくまで王国の将軍・・・剣です。誰かの幕下に加わる事はありません」
「そう言えばそういう奴よな・・・貴様は。いいだろう・・・貴様の主が誰なのかすぐに分からせてやる・・・行くぞホドオース!」
「ど、どちらへ?」
「決まっているだろう!王都に着いてまだ父上への挨拶を終えてないからな・・・父上も我の顔を見たら考え直すだろう・・・誰が王に相応しいかを」
クーガはホドオースを連れて去って行ってしまった
事情くらい話しておいた方が良かったかもしれないな・・・そうすればクーガも理解したかもしれない・・・何を言っても無駄だという事を──────
次の日の朝、私は早くから戴冠式の準備に追われていた
式の総責任者に選ばれてからほとんど寝ずに城と広間を行ったり来たり・・・それも今日で終わる
戴冠式自体はそう長くは掛からない・・・舞台の上で現国王が退位を宣言し新たに国王となるサシャに王冠をかぶせそのサシャが新国王として所信表明演説を行う
私の仕事は新旧国王の護衛だ。警備を統制し式を見に集まった国民から王の身を護ること。その為に舞台の設置から何から押し付けられた・・・何でも警備をするのに会場となるこの広場を隅々まで把握していた方がいいという理由らしいが要は嫌がらせだ
陛下としては私がしっかりしていればこうはならなかったと言いたいのだろう
確かにそうなのだが相手が公爵なのだから仕方ないと思ってもらいたいものだ
そう言えばクーガはあれから陛下と会って話をしたらしい
何も変わってないところを見ると袖にされたか諭されたか・・・
少し前ならクーガを支持していたかもしれないが今となっては彼の剣になる気は毛頭ない。自分の心境の変化の理由ははっきりしないが恐らく・・・
「将軍!集まっている人達を会場に入れてもよろしいでしょうか?後から後から増え続けて入口付近は限界に近いです」
「分かった。舞台の前の兵士の配置が終わり次第入口を開放しろ」
報告に来た兵士の慌てようからかなりの人数が押し寄せている事が伺える
王都は疎か周辺の街からも集まっていると聞く。街の至る所にも警備は配置しているがこれだけの人が一極集中すると防犯上宜しくないのだが・・・今日だけは仕方ないか・・・何せ戴冠式など一生に一度見れるかどうか・・・頻繁に王が変わればまだしも余程のことがない限り王は変わることはないからな
「配置終わりました!入口を開放します!」
「人が雪崩込まないよう少しずつ入れろ!走った者は退場させると伝えておけ!」
「はっ!」
入場が終われば間もなく始まる・・・王の交代式・・・だが実権は現国王のまま・・・
サシャはどんな気持ちなのだろうか
きっと王にはその事は告げられているはず・・・名ばかりの王となる事を普通に承諾したのだろうか
それに・・・エモーンズにて公爵と何やら話し込んでいたみたいだがその話の内容は何だったのだろうか
いや今は式に集中しよう。何が起こるか分からない・・・もしかしたらクーガが式を邪魔するかもしれない。もしくはテメントもこちらに向かっており外から・・・
「将軍!上限に達しました!」
「入口は封鎖したか?」
「はい!入れなかった者は不満の声を上げておりましたが・・・」
「どうにも出来ん。どうせ魔道具で声は王都全体に届く・・・それに・・・今後は見る機会もあるだろう。新国王のお姿は」
姿は見れても中身が伴っているとは限らないが、な
入場が終わると誰も居ない舞台上へと視線が集まる
すると王と宰相・・・それに正装をしたサシャが舞台の上に現れた
観衆は既に次期国王が誰になるかは知っているようでサシャの姿を見ても騒ぎはしなかった・・・まあ騒げば連行されることを知っているからかも知れないが・・・
舞台にある演台に王が近付くと多くの人達が集まっているにも関わらず広場は静まり返った
まるで王の最期の姿を目に焼き付けるかのように見つめ言葉に耳を傾ける
理由など一切話さずただ退位する事を告げる王・・・これで現国王の姿は見納めとなり新たな国王が誕生する
王はサシャを呼び隣に立たせると改めて新国王の名を告げる
新国王はサシャ・マージナル・リーブル
そう告げた瞬間に広場は疎か街中が拍手喝采の音に包まれた
そして・・・とうとうサシャの演説が始まる
所信表明・・・サシャが王になりこの国がどうなるのかどうするのかを観衆に・・・いや国民全体に向けて発する
これまで城の中で息を潜め暮らしていたサシャが・・・人前に出ることなど殆どなく決まった者としか会話をしてこなかったあのサシャがいきなり大勢の前で何かを話す・・・まるで親にでもなったかのように心配になり胸がドキドキしてきた
「・・・あ・・・」
魔道具がサシャの声を拾う
第一声・・・その言葉は残念ながらそれ以上紡がれる事はなかった
「・・・」
しばしの沈黙・・・永遠に続くかもと思わせる沈黙
今のサシャは何を考え感じているのだろうか・・・何千何万という視線に晒されどのような心境なのだろうか・・・逃げ出したいと思っているのかそれとも・・・
「どうした?聞こえねえぞ!」
観衆から野次が飛ぶ
すぐさまその声の近くにいる兵士に目配せし指で声の方向を指して確保するよう伝えた
演説が終わっておらず戴冠もしていないが既にサシャはリガルデル王国国王・・・そのサシャに対しての暴言は決して許されるものではない
兵士が動くとギチギチに入っていたにも関わらず観衆は左右に分かれ道が出来る
誤認逮捕をされるのは勘弁して欲しいという気持ちの表れだろう・・・動き出した兵士は簡単に野次を飛ばした者まで辿り着くことが出来たようだ・・・しかし
「うわぁ!」
兵士が飛ぶ
比喩ではなく観衆が避けて出来た道を進んだ兵士が突然叫び宙を舞ったのだ
非常事態・・・そう判断した私は兵士達全てを見回すと全力で捕まえるよう指示を下そうとした
だが・・・声の主の方からこちらにやって来た
観衆の道を進み姿を現したのは2人の男女
私はその姿を見て何故か心躍る
終わってしまった何かが・・・また動き出す予感がして・・・
「・・・ロウニール・ローグ・ハーベス・・・」
王・・・いや前王が呟く
その声を魔道具が拾い各所に配置した魔道具から王都全てに伝わった
「久しぶり・・・いや、4日ぶり?」
とぼけた様子で公爵は返事をするとそのまま舞台に近付き最前列で足を止める
流石に舞台に上がられたら対処しなくてはならないが上がらなければ対処する必要はないだろう。兵士達はこちらを見て私の指示を待っているが首を振りその視線に応える
「・・・今は戴冠式の真っ最中・・・邪魔立てはよしてもらおうか」
「邪魔だったか?それは悪かった・・・せっかちな性分でね・・・なかなか話さない王女を見ててつい・・・おっともう女王か」
「っ!・・・ロウニール・ローグ・ハーベス公爵・・・何を勘違いしているか知らないがサシャは王子だ」
「は?どっからどう見てもサシャは王女だろ?なあセシーヌ」
「はい・・・元聖女の私の『真実の眼』はしっかりとサシャ様は女性と」
「ローグ卿!!」
「吠えるなフォーデム・・・傾聴しろ・・・新女王の言葉をな・・・そうだろ?サシャ女王陛下」
サシャはコクンと頷き一歩前へ
そして一瞬私を見ると口の端を僅かに上げた
その瞬間に全てを悟る・・・これは全て仕組まれたことなのだと
公爵が王を退位させサシャを選ばせる事も・・・そして民衆の面前でサシャが王女である事を晒す事も・・・全ては仕組まれていた事・・・
目の前に続いていた道が途切れる・・・それはサシャが歩むはずだった王と宰相が用意した王道・・・しかしサシャはその道から自ら外れ歩き出す・・・その道が安寧の道か茨の道か分からぬまま・・・歩き出したのだ
「私が紹介に預かったサシャ・マージナル・リーブル・・・この国の新たな王・・・女王だ──────」




