563階 壁に耳あり
「随分と派手な登場ですね・・・閣下」
「そうか?これでも抑えた方だけど・・・出来れば魔獣も従えて街を練り歩いてやろうと思ったが流石にそれは止められた」
「止めた方には感謝の意を・・・」
校舎ならやりかねないという気持ちと流石にやらないだろうという気持ち半々・・・以前ならともかく今の公爵を見たらやりかねない
1000程の兵士を引き連れ武器を携え王都を堂々と歩く様は我が王国が陥落したのではと錯覚する程の光景だった
先頭は知る人ぞ知る『大陸の守護者』ロウニール・ローグ・ハーベス卿・・・左右にフードを深くかぶった2人を連れその背後には完全武装の軍を率い城の前に現れた
あまりに異様な光景に街は耳が痛くなる程の静寂に包まれている
「で?通せんぼか?」
「いえ・・・身の程は知ってますので・・・御用聞きに参ったまでです」
「フォーデムに会わせろ」
王の名を呼び捨てですか・・・やはり要件はあの・・・
「謁見・・・という事でよろしいですか?」
「謁見?違うな」
「では何用で?」
「裁きに来た・・・リガルデル王国国王フォーデム・サーザント・リーブルを」
これが訓練所だったりしたら願ったり叶ったりなのだが・・・なかなか本気の公爵と戦う機会などないだろうから
言葉と同時に発せられた圧力はこれまで味わった事がない程強く大きかった。この場からすぐにでも逃げ出したい程に・・・それでもふつうに立っていられるのは私が標的ではないからだろう。もしわたしが標的なら咄嗟に剣を抜いてしまってたはずだ
「・・・ご案内します・・・ですが後ろに控える兵士は御勘弁を」
「ダメ?」
「ダメです」
「なら待機する場所を提供してくれ・・・じゃないと暴れるぞ?」
「・・・城の裏手に軍の訓練場があります。そこならばこの人数でも充分収まるかと」
「分かった。ケイン将軍!」
「チッ・・・はっ!」
「・・・今聞いた場所で待機しておけ・・・それと舌打ちはやめろ」
「・・・はっ!」
ケインと呼ばれた彼もかなりの実力者のようだが公爵に心から忠誠を誓ってはなさそうだ
態度や舌打ちも然ることながら表情があからさま過ぎる・・・そんなケインは軍を率いて言われた通り城を迂回し始めた
「案内しろ」
「はっ!」
場所は行けば分かるだろうけど監視と説明役が必要だろう。訓練場には軍が待機している・・・もし彼らだけで行けば衝突は免れない。公爵に限って下手な事をするはずもないが念の為に見張らせておく必要はあるだろう
城から立ち去る軍を見届け、残った面子を確かめる
公爵とその左右に位置する2人・・・フードをかぶっていて誰かは分からないが2人共体格から女性と思われる
公爵の妻であるサラ・セームン・・・サラ・ローグ・ハーベスはもう少し背が高かった記憶があるからその他の女性と言うと・・・
「気になるか?」
「いえ・・・しかし謁見の間ではフードを外してもらう必要が・・・」
「必要ない・・・では入るぞ」
謁見の間とはいえ立場が違うから言う事を聞く気はないか・・・今更ながら気が重くなって来た
勝手知ったる何とやら・・・公爵は2人を連れて城の中を進み謁見の間へ・・・そのまま入ろうとする公爵を謁見の間の前にいた衛兵が止めようとするが私はそれを首を振って制止する
そして・・・
「・・・よくぞ参ったロウニール・ローグ・ハーベス卿よ」
「ようこそお越し下さいましたロウニール・ローグ・ハーベス様・・・だろ?」
王と対峙し頭も下げずにそう言い切る公爵に謁見の間にいる護衛兵達は騒然・・・王は顔を紅潮させ隣にいる宰相は眉間に皺を寄せた
私はすぐに王の隣に移動しこの瞬間を黙って見ることに・・・腰に吊るした剣を抜く事がないと願いたいが・・・それは難しそうだな
「無礼であろう!王の御前であるぞ!先ずは跪き頭を垂れよ!」
「・・・リガルデル王国宰相ハムナート・エイザ・クモクスか・・・まだ理解してないようだから教えてやる。一度しか言わないからよく聞けよ?俺は『大陸の守護者』としてリガルデル王国国王フォーデム・サーザント・リーブルを裁きに来た。つまりこれは謁見じゃない・・・本来なら城の前で出迎え頭を下げるべきはそっちになるはずだ」
「なにっ!?・・・言わせておけば・・・」
「よいハムナート!控えよ」
「し、しかし・・・」
「このままでは一向に話が進まん・・・それよりも何もよりも『裁く』と聞こえたが朕の耳がおかしくなったか?」
「安心しろ耳はおかしくないようだ」
「・・・朕には戯言に付き合う暇などないのだが?」
「戯言を言いにリガルデル王国くんだりまで来る暇は俺にもない」
「・・・ならば問おう・・・何をもって朕を裁くと?」
「ファミリシア王国国王暗殺を企てた罪・・・それ以外に心当たりがあるのか?フォーデム」
本題に入ったと思いきやいきなり核心を・・・しかしこの短期間に公爵は証拠を集められたのか?まさか私やサシャの証言だけではあるまい
暗殺の件など知らない兵士達がザワつく
部屋の中は異様な空気に包まれるが王は冷静に笑みまで浮かべその言葉を受け止めていた
「暗殺?ファミリシアの王を?・・・どこで聞きかじったか知らないがそんな根も葉もない噂を信じここまで来たと言うのか?それも軍を率いて」
「噂?違うな。実際に聞いたからここまで来た」
「なに?」
「『こちらからは手を出さず迎え入れシラを切り通す・・・そして相手の不躾な行動を非難する』・・・以前の会話はうる覚えだがつい先程の会話なら覚えてる・・・一語一句違わないと思うがどうだ?」
っ!先程の王の発言をそのまま・・・あの時あの部屋にいたのは4人・・・王に宰相・・・それに報告に来た兵士に私・・・誰かが公爵に洩らしたとしたら・・・
王がこちらを睨んでいる
そう・・・疑わしいのはあの発言の後で公爵と会っている私だ
報告に来た兵士はあの後何処に行ったのか分からないが少なくとも公爵と会う機会はなかっただろう。もしかしたら通信道具を使い伝えたかもしれないが王はその可能性を考えず私を疑っている
「あーちなみに人に聞いたんじゃないぞ?聞こえたんだ・・・悪口とか『ヤツ』の事に関しては敏感でね」
「・・・ふざけた事を・・・貴様は遠く離れた場所の会話を聞く事が出来るとぬかすか!」
「そういうこと」
「そんな事が出来るものか!ならば貴様が聞いたという・・・」
「陛下!」
「『貴様が聞いたという』・・・なんだ?フォーデム」
王の言葉を宰相が制止する
王は何と言おうとしたのだろう・・・『貴様が聞いたという』の続きは何を・・・
宰相はすぐに誰にも聞かれぬよう耳打ちし王は小さく頷いた
おそらく王が言おうとしていた言葉は自らの首を絞める言葉だったのだろう・・・皆目見当もつかないが
「・・・なるほど・・・宰相の座についているだけはあるな。『いつ聞いたと尋ねれば言ったことを認めたことになりかねない。下手なことは言わない方がいい』・・・ってか?」
「っ!」
そういう事か
公爵は離れた場所でも会話が聞く事が出来ると言った・・・なので王はならばファミリシア王国の暗殺の件はいつ聞いたのだと聞こうとした。王としてみればそこで公爵が見当違いの日を言ったら離れた場所でも会話が聞けるのは嘘だと言えたかもしれない・・・が、それは暗殺の話はしたがその日ではないと証言しているようなもの・・・宰相が止めなければ自白と受け止められてもおかしくはなかった
しかし公爵はどうやって今の耳打ちの内容を聞いたのだ?宰相の表情からして内容は合っていたみたいだが・・・
「言ったろ?聞けるって・・・どんなに小さい声でも相手に届くような声なら俺にも聞こえる・・・さて、ぶっちゃけそんな事はどうでもいいんだ。俺はフォーデム・・・お前を裁きに来た。なのでお前がするべき事は弁解ではなく釈明・・・何故あれほど俺が言ったのにも関わらず暗殺などふざけた事をしようとしたか素直に吐けば情状酌量の余地はあるかもな」
まさしく断罪・・・しかしもし仮に聞いたとしても・・・
「・・・ハア・・・証拠は?」
「証拠?・・・ない」
「ない?それで一国の王である朕を裁こうと言うのか?そうか分かったぞ・・・貴様の狙いはこれだったのだ!『大陸の守護者』など耳障りのいい言葉で騙し結局は我が国を陥れようと・・・」
「そのようですな。証拠もないのにこのような所業・・・決して許されるものではありません。即刻各国と連携を取りその『大陸の守護者』とやらの権利を剥奪せねばなりません!」
そう証拠がなければ罪には問えない
特に王を裁くとなればそれ相応の・・・決定的な証拠がなければ裁く事など・・・
「何言ってんだ?耳はおかしくないようだが頭はおかしいようだな。『大陸の守護者』の権利はありとあらゆる者を裁ける権利だ。そこに証拠が必要と誰が言った?ぶっちゃけ気分次第で裁けるし好き嫌いでも裁ける・・・まあそんな事はしないがな」
「ま、待て・・・待て待て・・・なんだと?・・・証拠もなく裁けるだと?そんな事は一言も・・・」
「逆に聞きたい・・・証拠をガッツリ掴んで裁ける権利と誰が言った?」
「っ~~~!」
王は言葉を失いながらも叫んだ
音の出ない叫び・・・それがどれ程の驚きを表しているか正直私には分からない
王にとってみれば『当然の事』だった。当然証拠がなければ罪には問えない・・・それが普通だ。しかし公爵はまるで当然と言わんばかりに証拠など要らないと言う・・・私も流石にその発言にはびっくりだ
「そ、そんな権利は無効だ!今すぐにでも・・・」
「無効にしても同じだぞ?『大陸の守護者』というのは俺にとって自ら着けた足枷だ。大陸を守る為に働くという意志の表れでもあるがぶっちゃけ足枷にしかならない。それを無効とするなら勝手にすればいい・・・俺も勝手にするから」
「・・・脅しのつもりか?」
「違う、忠告だ・・・首が繋がっていたいのなら素直に吐け・・・俺らはそれを聞いて判断する」
裁きを受けず『大陸の守護者』という権利を無効にすれば公爵は好き勝手に動き出す。それは意にそぐわない者は皆殺しにすると言っているようなものだ。そしてそれを出来るのを私達は知っている。この部屋にいる兵士達には理解出来ないが知っている私達は理解してしまう・・・これは脅しではなく本気なのだと
かと言って受け入れてしまえば王は裁かれる事に・・・どちらを選んでも王にとっては都合の悪い話だ
けどどちらがより都合が悪いかと言えば・・・
「・・・何故貴様のような奴が・・・」
「力を得たのか・・・か。今はともかくいずれ感謝する事になると思うぞ?大陸全ての人々が」
「大陸全てだと?少なくとも朕は感謝などする気はない!」
「じゃあチン以外で」
「くっ!」
不敬極まりない発言でも王は何も言い返せない
それを見て動揺を隠せない兵士達・・・なるほど・・・そういう事か・・・ようやく理解した
公爵が何故王に対して不遜な態度を取るのか・・・軍を率いて城ではなく王都に降り立ったのか・・・
公爵は見せているのだ・・・『大陸の守護者』とはどのような存在なのかというのを我々に・・・王国全土に知らしめようとしているのだ──────




