560階 伏龍
それは世間で言うと『粋な計らい』というやつなのだろうか
彼女は先んだって案内された部屋の中に入ると案内人の執事を目で部屋の外へと追い出し妖艶な笑みを浮かべた
どうしてこうなった・・・私は──────
リガルデル王国最強の騎士にして最高の将の子として生を受けた私は物心つく前から剣を握っていた
遊び相手はもっぱら物言わぬ木の人形・・・幾つもの傷がついたその木の人形だけだった
誕生日の度にその木の人形は新しくなり、年を重ねる毎に新しくそして頑丈になっていく
稀に訪れる親子の触れ合いが長く続くように私は一心不乱に剣で木の人形と語り合った
朝から晩まで剣を振り、夜には歴史や礼儀作法を学ぶ
リガルデル王国の長い歴史・・・栄光の軌跡をなぞり続けた
父からはその栄光に続く道を示してもらった
それは一本の道・・・『王国の剣』としての一本の道だった
私利私欲を満たすのではなく、王に忠誠を誓うのではなく、民を思うのではなく、ただ『王国の剣』として生きる・・・私にとって唯一の生きる道
そして不意に訪れた触れ合いの終わり
いつもは父が倒れた私に対して教授してくれるのだが、私が立ち父が倒れたその瞬間に親子の対話は終わり役目を受け継ぐ事となった
もう父は語らない・・・口から出るのは引き継ぎの手順に対する言葉と『王国の剣たれ』という言葉のみ
ついぞ子に対する愛情こもった言葉は聞くことはなかった
『王国の剣』として歩み始めた後は順風満帆だった
部隊に配属され部隊長、副将軍、将軍・・・陛下の信頼も得て『伏龍』と呼ばれ重宝された
陛下と宰相は国を真の意味での覇王国にしようと日々策を巡らし私はその時の為に研鑽を積む・・・どんな命令もこなせるように
しかしそんな時に彼が現れた
ロウニール・ローグ・ハーベス
彼は何処にでも瞬時に移動する不可思議な技を持ち魔王をも倒す強さを持つフーリシア最強・・・いや、大陸最強の男と言っても過言ではないだろう
10万の大軍を半数以上削り追い返すなど到底人間とは思えない力を発揮し尚且つ彼に対して安全と言える場所など皆無と言える能力・・・彼に対するのは愚かな行為・・・国の為にならない行為と判断した
しかしそれでも私は『王国の剣』
僅かな希望があればその僅かな隙に剣を叩き込み王国の未来を斬り拓く者
用意周到であり綿密に練られた計画に僅かな希望を見出し『王国の剣』として
しかし結果は惨敗
彼の力の強大さを見せつけられ戦いは終わりを迎えた
その時から彼に逆らうのは国にとって得策ではない・・・そう思うようになったが・・・
「どうしたんだ?もう後は寝るだけだろ?ベッドは一つしかないがかなり大きい・・・大の大人が2人寝ても問題ないくらいにな。だから男同士気兼ねなく寝ようではないか・・・なあアルオン」
ロウニール!これはないだろう!これは!
・・・いやサシャが女性と知らないのであればやむなしか・・・他国の王族を貴賓室に泊めさせるのは普通だ・・・それにサシャの身に何かあれば最悪の場合戦争・・・彼が最も恐れる自体を引き起こしかねない
だからこそ彼女の身を護れる私が同じ部屋にいる必要がある・・・それは分かる・・・分かるがサシャは・・・
「サシャ王子・・・あまり油断召されぬようお気を付け下さい。ここは公爵の屋敷・・・どこに目や耳があるか分かりません」
「そんな無粋な真似はしないだろう・・・彼は私が女である事を知っている」
「っ!?」
ロウニール!
知っているだと?ならば彼女と同部屋にしたのは・・・
「彼は知っているが知らぬフリをしてくれた・・・だから私もその厚意に甘え知られてないフリをするつもりだ。だからアルオン・・・お前も私を男と思い接しよ」
出来るか!
これは王女の巧妙な罠!
ここで『はいそうですか』と同じベッドで寝た途端・・・どこで聞きかじったか分からぬ怒涛の攻めが繰り広げられるのは必至・・・私にはそれに耐えられる自信が・・・ない!
「・・・私には妻と子がいます・・・ご存知でしょう?」
そう・・・私には妻と子がいる
侯爵家の娘・・・結婚するまで顔も知らなかった女性だが彼女はよく尽くしてくれる・・・そして私の子まで産んでくれた・・・その妻子を裏切る訳には・・・
「・・・妾の数はいくつだ?」
「・・・10・・・」
し、仕方ないではないか!優秀な子種が欲しいと次から次へと・・・そして妻も貴族の娘・・・その辺はかなり理解がある!
「では私で11人目だな」
何が『男と思い接しよ』だ!やる気満々ではないか!それに・・・
「王族を妾になぞ出来ません・・・サシャ王女」
「あら?せめて『姫』と呼んでください・・・2人きりの時はそう呼んでといつも言っているでしょう?」
くっ・・・出たサシャの女モード
普段は言葉遣いから仕草まで男そのもの・・・しかし剣の指導や2人きりの時に出るこの女モードは目に毒・・・若かりしき王妃にそっくりな美しき顔立ちに気品のある佇まい・・・妻もそこそこの美人であるがサシャには負ける
そんなサシャが男モードならいざ知らず女モードで攻めて来ようものなら・・・私の第二の剣が音もなく抜き放たれてしまう・・・
「でもそうね・・・確かに私は立場上王子・・・さすがのアルオンも私を妾には出来ない・・・か」
王子であろうと王女であろうと妾に出来るものか・・・まあでもこのまま諦めてくれたらそれで・・・っ!?
ファサという音が聞こえサシャを見るといつの間にか全裸になっていた
美しい・・・これがサシャの・・・
「『王国の剣』であるアルオン・・・貴方ならきっとそう答えると思っていた・・・今の私が何をしても貴方が取るのは私ではなく王国・・・だったら私は貴方が私を取るよう仕向けるだけ」
「・・・どうやってですか?」
「それは内緒・・・もし私の裸を見て襲ってくれたら楽だったんだけどね・・・」
「・・・」
そう言ってサシャは脱いだ服を着てベッドに沈んだ
疲れていたのかすぐに寝息が聞こえ私はひと安心する・・・『襲ってくれたら』か・・・もう少しでそれが現実となっていた事など知る由もないだろう。既に我慢の限界を迎えていたなど・・・男を知らぬサシャには・・・
「さて・・・着替えは貸してくれるかな?──────」
翌朝、部屋の前でうたた寝していると通りかかった公爵が立ち止まり微妙な顔をしてこちらを見ていた
「おはようございます閣下・・・何か私の顔についてますか?」
「いや・・・悪かったな。気を利かせたつもりだったがお前の事を考えてなかった」
どうやらサシャの言う通り彼は彼女が王女である事を知っていたようだ。国にとってはあまり喜ばしくない事実だが彼が所構わず吹聴する人間ではないと思うから問題はないだろう
それでも一応は口止めしておくか・・・
「この件はご内密に・・・」
「・・・それで国の為になるのか?」
「?・・・はい。万が一がありますので・・・」
サシャが王女ではなく王子である事は国の為になるかと問われれば『なる』と答えるしかない
テメントとクーガ・・・この2人のどちらかが王位を継ぎ子を成すまでは・・・
「なるほど・・・アルオンはもう少し広い視野で国というものを見た方がいいぞ?」
「それはどう言う・・・」
それはどう言う意味か尋ねようとした時、部屋のドアノブが回り中からサシャが顔を出す
「・・・アルオン・・・ここはどこだ?」
「フーリシア王国のエモーンズでございますサシャ王子」
まだ寝ぼけているのか記憶が混濁しているようだ
私の言葉を数秒噛み締めたと思ったら目を見開きキョロキョロした後で公爵の姿を見て少し開けていたドアを完全に閉じてしまった
「・・・1階の食堂に朝食を準備してある・・・と伝えてくれ」
「かしこまりました。準備が出来次第お連れします」
苦笑しながら伝えて来た彼に頭を下げると彼は階段で下へと降りて行った
その直後・・・
「アルオン・・・着替えは護衛に持たせているのだが・・・」
ふたたび顔をひょっこりと出し私にそんな事を伝えて来た
「・・・取って参ります」
王子ならば『そのままでも良いのでは?』と進言するところだが・・・昨夜裸を見てしまったせいかどうも意識してしまっている自分がいる・・・しっかりせねば・・・彼女は・・・彼は王子・・・リガルデル王国の第三王子なのだから・・・
着替えを取りに行きサシャに渡すと彼女・・・彼は部屋の中で着替え私と共に下へと降りた
初めて来たサシャも食堂の場所はすぐに分かったようだ・・・いい匂いがしている方向へと自然と足が伸びる
公爵達は私達を待っていたのか未だ食事をとっておらず私達の姿を見た瞬間に執事達に目配せし料理を並べさせた
つい最近争っていた関係とは思えないほど和やかな雰囲気・・・まあ私個人としては元々彼らを害したいとは思っていなかったしサシャ王子も無関係だったのでそれほどおかしな光景には見えなかった
だが・・・王子が突然思いもよらぬ事を発言した事によりその雰囲気は崩れ去る
『ロウニール殿と話がしたい』
王子が私の話を聞いて馬を走らせ伝えに来た内容と違う事は明白・・・一体公爵と何を話すつもりだ?
昨夜の事といい胸騒ぎがしたので同席を願い出ると王子はそれを拒んだ
嫌な予感がする・・・いや違う・・・なんだこの感覚は・・・
結局私は公爵と王子の話に参加出来ず何故か訓練所と呼ばれる場所である2人と対峙していた
その2人とは・・・
「いつかやってみたかったんだ・・・リガルデル王国の秘密兵器と」
「リガルデル王国が隠し通しいざという時に出すつもりだった『伏龍』・・・そのお手並みには私も興味があるな」
Sランク冒険者であるキースと国家転覆を企み失敗したにも関わらず何故か公爵の陣営にいるレオン・・・この2人もサシャが王女であると知る者達か・・・
「訓練所に木剣を持ち訪れたという事は・・・そういう事ですよね?」
「しかないだろ?それともここで語り合うか?」
ずいっと前に出て殺気を放つキース
大きいとは思ったが・・・オルシア将軍と同じくらい・・・いや、将軍よりも大きいか・・・
「どうせ王女が話を終えるまで暇だろ?付き合えよ」
「王子です・・・構いませんがまさか一人ずつですか?護衛がいるとはいえ他国にいる王子とあまり長い間離れる訳にはいかないのでやるならせめてお2人同時でお願いしたいのですが・・・」
「・・・そんなに早く終わらせたいのか?まあエモーンズには優秀なヒーラーがいるからな・・・さっさとやられちまって治療してもらった方が早いかもな」
「治療ですか・・・そうですね。でしたらそのヒーラーをここにお呼びした方がいいかと・・・お2人を担いで慣れぬ街でヒーラーを探すのは手間なので」
「・・・なあレオン・・・話噛み合ってねえよな?」
「どうやら伏龍殿は私達2人相手でも勝てると踏んでいるらしい・・・対してキース・・・君は?」
「無論レオンと2人なら瞬殺・・・俺1人でどっこいってところかな?」
「私も同意見だキース・・・珍しくな」
キースとレオン・・・2人が弱いとは思ってはいない
おそらくはオルシア将軍と同等レベルに達しているだろう
しかし・・・
「これでも『王国の剣』を自負している・・・あまり軽くみないでもらいたい・・・王国の重みを」
「そりゃ重そうだ・・・俺からでいいよな?レオン」
「君に譲るくらいは冷静だ・・・彼の挑発に少し滾ってはいるが、ね」
ちょうど時間を持て余していたところだ・・・さすがに王子より先に帰る訳にはいかないからな
それに・・・このまま手ぶらで帰るのも味気ない
「フーリシア王国のSランク冒険者・・・それに我が国を利用しようとした者・・・手土産程度にはなるやもしれん・・・いいでしょう・・・『王国の剣』と呼ばれる私の力・・・とくとご覧に入れよう──────」




