558階 サシャ・マージナル・リーブル
「・・・改めてご挨拶申し上げますリガルデル王国王女サシャ様」
「ブハッ!・・・いやすまん」
・・・キース・・・
笑いが収まったタイミングで仕切り直すと吹き出すキース・・・屋敷から追い出してやろうか?キースだけ
「サシャでいい。『大陸の守護者』殿」
一応はフーリシア王国の王位継承権を持つ公爵だけど相手が他国の王女となれば立場的には彼女の方が上になる。なので気軽に呼び捨てには出来ないのだが彼女がここまで訪れた理由はどうやらフーリシア王国の公爵である俺にではなく『大陸の守護者』としての俺にあるらしい
「・・・では、サシャ・・・一体何の用でここに?」
サシャ・マージナル・リーブル・・・大陸の中央に位置する大国リガルデル王国の王女。髪はおかっぱで凛とした佇まい・・・それに切れ長の目に高い鼻に薄い唇・・・服装は一見すると男物のように思える。これに外套でも羽織れば傍から見ると男にしか見えないような服装・・・もしかしたらリガルデル王国からここまで来るまでの間女性と思われないように変装でもして来たのかな?綺麗だし旅の途中でバカな男が近寄って来ないように
サシャが座る背後には護衛と思わしき2人が立っているがたった2人の護衛を連れてここまで来たのだろうか?一国の王女ならもっと引き連れて来そうだけど・・・それだけ急いで来たって事か?
「お願いがあって参った。夜分遅く不躾かと思ったがなにぶん火急な故その辺はご容赦もらいたい」
「お願い?」
確かにこんな時間に?と思たけど着いてそのまま屋敷に訪れたみたいだな・・・それ程急ぐ理由って・・・
「父上を止めてもらいたい」
「父上って・・・リガルデル王国の王様?」
サシャは王女なのだから当然父親は王様だ
彼女はコクンと頷き堰を切ったように話し始めた
要約するとリガルデル王国の王様はファミリシア王国に騙された事に腹を立てて仕返ししようとしている・・・ってな事らしい
騙された?・・・普通に共謀してたような気がするけど・・・
「どうファミリシア王国がリガルデル王国を騙したと?」
「・・・魔王と勇者の戦い・・・それを軸に考えられた策はかなり綿密に行われたようだ。終わった後の領地の分配まで考えられていたとか・・・とにかくその計画は三ヶ国の一蓮托生の思いで成ると思っていた。だがそれは違っていた・・・『アバドン』・・・そのような言葉はファミリシアから聞く事は一度もなかったという・・・父上はそれが裏切りと・・・」
「何言ってんだか・・・リガルデル王国だって素直に三ヶ国で領地を分け合ってその後仲良くしようなんて思ってないだろ?」
「・・・返す言葉もない・・・その通りだ。大陸が六ヶ国から三ヶ国になった後、どう攻めるか考えていなかったと言えば嘘になる・・・」
「なら同じじゃないか・・・もしそれでもリガルデル王国の王様がファミリシア王国に騙したって言うならお門違いもいいとこだ。互いに手の内を明かさなかっただけの話だろ?・・・まあファミリシア王国の奥の手はとんでもないのは確かだけど・・・」
「・・・それでも父上は・・・常に『覇王たれ』と言われ続けて来た父上は謀ったファミリシアが許せなかったのだ。自分の事は棚に上げてると分かっていても・・・」
大国のプレッシャーってやつか?どんな教育を受けてんだか・・・
「それで?許せないからって何をしようとしているんだ?一応知っているかもしれないけど『大陸の守護者』として動くのはアバドン関連だけだ・・・戦争を起こそうってなら止めるけど基本国同士のいざこざくらいなら何も出来ないぞ?」
「それは父上も分かっている・・・だからあのような姑息な手を・・・」
「姑息な手?」
「騙したファミリシア王国の王だけでも始末すると・・・暗殺を依頼したのだ」
ああ・・・コーヒーが美味しい・・・空きっ腹に染みる独特な苦味と芳醇な香り・・・胃が耐え切れずに悲鳴を上げているのがよく分かる
「・・・ロウニール殿?」
何がロウニール殿?、だ。コイツが来なければ今頃モッツ料理を堪能していたと言うのに・・・暗殺?ざっけんな!王なんて殺せば混乱し魔力が充満するじゃろがい!・・・ん?て事はアバドン案件になるのか?
「・・・暗殺はどうやってするつもりだ?」
「そこまでは・・・私が耳にしたのは父上がファミリシアの王を暗殺するという情報のみ・・・やり方まで調べていては手遅れになると判断し急ぎこちらまで来た次第だ」
むう・・・確かに調べている間にも事態は進む・・・成功するにせよ失敗するにせよ事が起きれば取り返しのつかないことになるのは目に見えているしサシャの判断は正解だろう
成功すればファミリシア王国は混乱し失敗すればファミリシア王国とリガルデル王国の戦争待ったなし・・・そこに『大陸の守護者』として介入するのは難しい
命を狙われたという名目をアバドンが動き出すからという理由で止める事など出来はしない・・・ただでさえアバドンの件は半信半疑なのだから・・・
「よく知らせてくれた・・・私の方で必ず暗殺は止めてみせよう」
「っ!ありがとう・・・恩に着る」
ハア・・・どうしてこう次から次へと問題が・・・本気でファミリシア王国を乗っ取った方が楽なんじゃないか?・・・いやでも実はアバドンなんて知りませんとか国民にとってはいい王様ですみたいな状況だったらまずい・・・アバドンを知らないってなれば無実の罪を着せる事になるし国民にとっていい王様だとしたら俺が国を乗っ取ったら反感を買い内乱が起きるかも・・・動くとしたら調査が終わりアバドンと関係していると分かった時点じゃないと・・・だとすると今は暗殺を止めるのが最善か・・・
「おいおい黙って聞いてたけどこの女の話を疑いもせず信じて大丈夫か?」
おいキース
「こっ・・・殿下に向かって『この女』とは何事だ!!」
これまで黙っていた護衛と思わしき2人は一斉に剣の柄に手を掛け殺気を放つ
「おお悪ぃな・・・綺麗な顔立ちしてるから女かと思ったら違ったか・・・この男は」
「貴様っ!」
「やめないか!・・・私は正真正銘女だ。世間的には男だがな」
??
「我が国に王女は存在しない・・・存在するとしたら王子が即位した後だ。まだ兄達はどちらも即位していないからな・・・故に私は王女ではなく王子という事になる」
???
「・・・レオン・・・解説頼む」
「・・・男尊女卑・・・」
「男尊女卑?」
「男性を重んじ女性を軽んじる風習がリガルデル王国にはあるようだね。女王なんて以ての外・・・第一王子のテメント、第二王子のクーガ・・・2人がもし亡くなったら第三王子として王となる・・・で間違いないかな?」
「・・・その者の言う通りだ。兄が即位すれば王女として利用されるか兄二人に不幸が訪れたら王子として即位し王となる」
「・・・女王?」
「ただの王だ」
「・・・キース・・・理解した?」
「理解出来たら俺はどっかの国の宰相にでもなってるよ」
それはない
寝言を言うキースはさておき女性が上に立つのが嫌だってこと?けどサシャは女性・・・たとえ男性に偽装してても女性は女性だろ?意味が分からん
「理解し難いのは仕方のない事だ。私も教育の賜物かつい最近までそれが正しいとさえ思っていた。『女は道具』・・・道具が君臨する国などないだろう?」
滅ぼしたろかリガルデル王国
「だが血筋にも重きを置いている為、女は男の兄弟が生きている間は念の為に男として生活し、万が一男が全て絶えたら男として王位につく・・・そして女を妻に迎え裏で男と契りを結び子を成すのだ。懐妊中は病気とでも言って表に出なければいい」
そこまでして男に拘るか・・・全く意味が分からん
「過去に1度だけそのような事が行われたとか・・・もちろん国民は疎か一部の者しかそれは知らされていない・・・見事王を演じ切り崩御されたそうだ」
あーそうですか・・・それは良かったですね
「・・・話が脱線してしまったな。とにかく対外的には私はリガルデル王国第三王子となる。と言ってもそちらの言うようにそれを証明するものなど持って来ていないからどう信じてもらえば良いか分からないが・・・」
セシーヌに見てもらえば嘘か本当かすぐ分かる・・・キースに言われるまで全く疑ってなかったけどそう言えば彼女の言っている事が本当かどうかなんて分かるはずもないしな・・・王族が絡んでいる事だし慎重に進めた方が良さそうだ
「セシー・・・いや・・・」
待てよ・・・セシーヌの『真実の眼』って元をたどれば・・・
〘サキ〙
〘・・・寝てるにゃ〙
〘随分器用な寝言だな・・・アイツを連れて来てくれ〙
〘アイツ?どいつにゃ?〙
〘『真実の眼』の大元・・・ヴァンパイアを──────〙
「お待たせしましたロウニール様」
ベルは人間のようなものを引きずりながら部屋に入って来てポイッと投げた
そう言えばベルが初めてヴァンパイアをここに連れて来た時もこんな感じだったような・・・
「サキは?」
「『重い!』と言い断念して私に連絡してきた後は定かではありません」
んにゃろ・・・寝てやがるな
《・・・ま、眩しい・・・戻せ・・・》
シアが危なかった時に颯爽と現れてその窮地を救ったらしいが・・・見る影もないな
ヴァンパイア・・・『魔眼』の持ち主でセシーヌやデュランなど『眼』関係の能力を持つ人は全てコイツの子孫なのだとか・・・もしかしたらファミリシア王国の王都でベルを魔族と見破ったのもコイツの子孫かも・・・そう考えると腹立って来た
「おいヴァンパイア起きろ・・・起きて少しは働け」
《・・・?ああ、魔王様未満の人間か・・・我に何の用だ?》
コイツ・・・誰が魔王未満だ!
「お前の子孫に苦労させられてるんだ・・・少しは働いて俺を助けろ」
《子孫?・・・一部の魔眼を受け継いだ人間の事か?それならその恩恵も多少は受けていると聞いている・・・苦労した分はその恩恵で相殺だ》
この・・・なんなんだコイツは!王女であるサシャや俺の前でぐでーとしやがって・・・ヴァンパイアって絵本だと陽の光に弱いとか何とか書いてあったけどただ怠けている姿を見た奴が適当に書いただけじゃないか?
「どう致しますか?手足を削ぎ落とせば多少は言う事を聞くと思いますが・・・」
「やめろやめろ・・・それなら素直にセシーヌを呼んできた方が早・・・?」
寝っ転がりながらクンクンと鼻を鳴らすヴァンパイア
すると突然妙な事を呟いた
《・・・処女の匂いがする・・・》
知らんがな!
何だよ『処女の匂い』って!・・・・・・あれ?今この部屋にいる女性はサラとサシャだけ・・・つまりその匂いって・・・
「わ、悪いか!ずっと男として生きてきたのだ!当然そうに決まっているだろう!」
サシャ・・・顔真っ赤だ
《・・・処女はいい・・・穢れていない証拠だ》
「ロウ・・・コレ踏み潰していい?」
「気持ちは分かるけど後でなサラ・・・てか頼みも聞かずにいきなり何を言って・・・」
《頼みというのはどうせこの女の真偽を確かめよとかその辺の事だろう?安心せよ・・・処女は嘘をつかない》
何その格言みたいな言葉
『処女は嘘をつかない』
んな訳あるか!
「処女処女ってバカにして・・・私だって・・・好きで処女でいる訳じゃないわ!」
いや話の流れおかしくない?・・・てかさっきまでと言葉遣いが違うような・・・
《処女を誇れ人間の女よ》
「誇れるわけないでしょ!・・・少し前までは気にもしてなかった・・・けど・・・・・・・・・アルオン・・・」
アルオン?
《もし不必要なら我がもらっても・・・》
「ベル・・・ヴァンパイアアウト」
「ハッ!」
《待て!久しぶりの処女を・・・ベルフェゴール!離せ!》
もうヴァンパイアは永久にダンジョンに閉じ込めておこう
来た時よりも荒々しくベルに引き摺られヴァンパイアは退場した
しかしなんだ・・・空気を重たくするだけして行きやがって・・・てかサシャがさっき呟いた『アルオン』ってあのアルオン・・・だよな?
「・・・あの・・・サシャさん?」
「くっ・・・貴殿はあの方と親交があると聞いている・・・だからもう察しているだろう・・・そうだ私は・・・アルオンに恋をしている!」
知らんがな!
どうでもいい告白・・・てか親交云々関係なくない!?
レオンに助けを求めると視線を逸らし、キースを見るとつまらなそうに欠伸をしていた
何故かサラはうんうんそうなのみたいに頷いてるし・・・あれこれそんな話だっけ?一応国家の一大事みたいな話だったような・・・
「全てはあの時・・・アルオンと出会った時から始まったのです・・・」
おいおい何か語り出したぞ?勘弁してくれ──────




