538階 終わりの始まり
花びらが舞う
その花びらの舞う中で祝福される2人はとても幸せそうな笑顔を浮かべている
私はその様子を窓辺で眺めいた
すると背後から人の気配が・・・この部屋の主人であるフレシアだ
「お主達はいつやるの?」
「彼忙しくてね・・・私も体調があんまり良くないし・・・」
「忙しい・・・ああ、『王会合』の件でか」
「それだけじゃないわ。街の事から国の行事にまで駆り出されて・・・屋敷にはひっきりなしに客が来るし屋敷は大賑わいよ」
「フーリシア王国に留まらず大陸中が注目しておるからな・・・お主の旦那には」
「最近よく『隠居生活』って言葉を口にするようになったわ。人里離れた場所で家族三人で暮らそうって・・・」
「ふっ・・・それは世間が許すまい・・・その様子だとあの話はまた今度の方が良さそうだな」
「今度でも受けないと思うわよ?一応フーリシア王国には思い入れもあるみたいだし」
「お主はどうなのだ?王妃と呼ばれたくはないか?」
「一応これでも王妃よ?」
「『魔王妃』か・・・だが魔王を演じるのをやめたのでは?」
「まだ少し続けるらしいわ」
「なぬ?なぜ故・・・少しとはいつまでだ?」
「世界が平和になるまで・・・よ」
「途方もない『少し』だな・・・本気で言っているのか?」
「本気よ・・・彼はね。この子が学校に行くまでに終わるかしら?『やーい魔王の子!』ってイジメられそうで不安だわ」
まだ何の反応もない小さな命・・・その命をお腹の上からさすってみた。ロウが毎日話し掛けるから私もなんだか思うようになってしまった・・・この子が今も私の声を聞いていると
「ふっ・・・それでその魔王の子の名は決まったのか?」
「・・・決まったと言うか・・・」
「?・・・ああ、そういう事か。いいか?絶対に折れてはダメだぞ?名は一生ついてまわる・・・学校で『魔王の子』と揶揄されるより遥かに長い年月を共にするのだ。サラよ・・・必ず勝て」
「勝ち負けじゃないんだけど・・・でも今回はかなりまともだったわよ?男の子は少しアレだけど・・・」
「ほう?なんという名だ?」
「・・・『サロ』」
「・・・いや、悪くはない・・・悪くはないがもっとこう・・・ないのか?」
「目をキラキラさせて言われるとどうしても別の名前って言えなくて・・・」
「サラの『サ』にロウニールの『ロ』で『サロ』か・・・まあらしいと言えばらしい名だな。男の子がそれで少しアレと言うことは女の子は良い名なのか?」
「ええ・・・彼にしては可愛らしい名よ?」
「ほう・・・その名は?」
「女の子の場合は・・・」
私がロウニールが付けようとしている名前をフレシアに教えようとした時、部屋の扉が勢いよく開け放たれる
「女王陛下!失礼します!ダカン殿下が・・・」
「おっとすまぬ。どうやら泣いているようだ。続きはまた後にしよう」
フレシアの子ダカンにはフレシアが女王である事からほとんどが乳母の手によって育てられている
だがどうしても泣き止まない時はこうやって兵士がそれを告げに来てフレシアがダカンの元へ向かうらしい
フレシア曰く『重要な案件を片付けている時は不思議と大人しいのだが私が暇をしていると泣き止まなくなるとか・・・もしかしたらそういうのが分かるのかもな』って言ってた
空気を読むって言うのかな?フレシアもそういう子だからこそ泣いた時は必ず駆けつけるのだとか
私は乳母に頼らずに頑張ろうと思う
フレシアみたいな立場でもないしその為にこれまでメイドとして修行して来たし・・・良き妻にそして良き母になる為に・・・
また窓の外を眺めるとその私に気付いた2人が手を振ってくれた
シャスさんとマーナ・・・『氷盾騎士』シャスと『聖女』マーナの結婚式
私は小さく手を振り返すと空を見上げた
雲一つない空・・・賑わう人々・・・幸せそうな笑顔・・・こんな日が長く続くよう祈りながらまた自然とお腹をさする
もうセシーヌに聞いて分かっていた
彼女の名前は──────
ファミリシア王国王城内謁見の間
「つ、次は必ずや・・・お願い致します!今一度私めにチャンスを!」
「次・・・か。シンディはどうした方が良いと思う?」
「シンディはね殺した方がいいと思うの」
玉座に座るファミリシア王国国王エギド・レーゼン・ファミリシアは玉座の隣に小さい椅子を置き足をパタパタさせる娘シンディ・レーゼン・ファミリシアに尋ねると彼女は満面の笑顔で迷うことなく『天侯爵』ことウルティア・レベン・オーラルスに言い放つ
「シ、シンディ様!私は・・・」
「ギフトもない貴女に『天侯爵』なんて大袈裟な2つ名を付けてあげたのは期待してたから・・・その期待を裏切ったのだから死ぬしかないでしょ?って言うかなんで死んでないの?死ぬ気でやってたら失敗したら死ぬんじゃないの?つまり手を抜いてた・・・そういう事でしょ?」
「ち、違います!私ではどうしようもなく・・・」
「だったらチャンスをあげても同じなの。やっぱりギフトがないとダメなの・・・だから・・・死んじゃえよ」
シンディがパタパタさせていた足を止め椅子から降りるとそれまで床に額を擦り付けるように平伏していた『天侯爵』ことウルティアは立ち上がり後退る
「シ、シンディ様・・・どうかご慈悲を・・・」
「慈悲?何を言ってるの?今から与える死こそが慈悲なの。それとも貴女の全てを破壊されたいの?一族郎党全てを」
シンディに顔を向けつつウルティアの視線は左右の壁際に立つ者達に向けられる
近衛兵ではない。王家直属の特殊な配下達である
シンディの一言で彼らが何をするかウルティアは知っている・・・それは散々見てきた光景・・・それが今自分に向けられようとしていた
シンディの言っている事は冗談ではない
ここでウルティアがまだ命乞いでもしようものならシンディは配下達に命令し一族郎党皆殺しにするだろう
それでも助かりたいという気持ちと家族を思う気持ちが入り交じりウルティアに思いもよらぬ行動を起こさせる
「う、うああああぁぁぁ!!」
決して王家に手を出してはいけない
その鉄の掟すら忘れてしまうほど取り乱し無防備に近寄って来るシンディに向けて襲い掛かる
得意の魔法を使えばもしかしたら目の前の幼い少女を殺せたかも知れない。少なくとも冷静であれば拘束し人質にしてその場を逃げる事は出来たかも知れない
だが取り乱し思考が停止していたウルティアはただ素手でシンディに襲い掛かった
そして・・・
「それは最も悪手なの」
掴みかかろうとするウルティアを見てシンディは恐れを抱くことなくただ微笑み呟いた
すると壁際に立っていた配下達がいつの間にかウルティアを取り囲み各々の武器で彼女の命を削り取る
「がっ・・・」
「残念なの・・・ノーギフトの期待の星としては哀れな最期なの」
「シ・・・」
血を吐きながらシンディを睨みつけなおも手を伸ばそうとするウルティアを見てシンディはため息をつくとウルティアと共にこの謁見の間に来た者の一人に視線を向けた
「そう言えば亡命して来た貴方・・・確かダンテ?ギフトは『再生』・・・で合ってる?」
「・・・はっ!その通りです」
「ならそのギフト見せてくれない?死んで解放されると思ってシンディを睨みつけるウルティアに思い知らせてやるの。ここで死んだ方がどれだけ良かったか、と。目の前で家族が切り刻まれ自分は弄ばれありとあらゆる拷問を受けそれでもまだ死ねない生き地獄・・・王家に逆らった罪・・・それがどれほどの大罪か大勢に知らしめるの・・・皆は口々に言うの・・・『ああはなりたくはない』と」
「・・・」
「最後の肉の一片まで役に立つ・・・臣下の鏡なの。・・・あら?嬉しくて漏らしてしまったみたいなの・・・さすがノーギフト・・・犬畜生並なの」
シンディは笑みを深めウルティアの憎しみに満ちた顔を撫でると玉座の横にある自分の椅子に戻って行く
その背後では元リガルデル王国の『不死者』ダンテがウルティアに治療を施す
その治療は地獄の始まり
痛みが引き意識がはっきりとしていく程に恐怖が増していく
「ウルティア・・・生きて我が国の糧となるの」
シンディは傷が癒えていくウルティアを見て嬉しそうに言った
彼女の存在がまた王家の力となる
彼女が苦しめば苦しむほど王家に逆らう者はいなくなる
そうやってファミリシア王国は密かに牙を研いで来た
ウルティアは苦しむ事で国の礎となり王家の威光を増す役割を果たす事になる
人はそれを生贄と言う──────
とあるダンジョン
コツコツとその場に相応しくない靴音が鳴り響く
石畳の床に硬い靴での移動は足を痛みかねないがその人物は気にすることなく奥へと進む
そして慣れた手つきで重厚な扉を押し開くと鼻歌交じりに扉の奥へと進み行く
そして奥へと辿り着き立ち止まると部屋の主に笑顔を向けた
《朗報よ。私の予想通り勇者が負けた》
部屋の主はその言葉に反応を示さない。それでも来訪者は言葉を続ける
《これでインキュバスに続いて二人目・・・どう?資格なら充分だと思うけど・・・》
インキュバスという言葉に反応し部屋の主は閉じていた目を開け来訪者を見つめる
《・・・新たな輪廻を起こして何を望む?》
《あら?起きてたの?ならさっさと反応してよね・・・で、何を望むかって?そりゃ輪廻こそ私のライフワークですもの・・・やらなきゃ生きてる意味ないじゃない》
《生きている意味・・・か》
《相反する二人が輪廻の中心となる・・・互いの力が大きければ大きいほど私はイキそうになる・・・生きてるって実感出来る瞬間よ》
《・・・》
《冗談よ。それよりその気になら手伝うわよ?まあ手伝わなくても大丈夫そうだけど少し早める事は出来るわよ?》
《自然の流れに身を任せる・・・いつもの事だ》
《じゃあその自然の流れでインキュバスと勇者を負かした相手と輪廻が起きるとしたら受け入れるってこと?》
《自然の流れには逆らわぬ・・・逆らうのはお主の特権であろう?ウロボロスよ》
《まあね・・・貴方は自然の流れを好む者・・・生きとし生けるもの・・・いえ存在するもの全てが向かう先・・・その先への水先案内人だもんね・・・アバドン》
『再生』のウロボロスと『破壊』のアバドンが見つめ合う
終わりの時が刻一刻と近付いていた──────
ここまでお読み頂きありがとうございます
次回から始まる三部が最終章となります
書き溜がとうとう底を尽きかけ、忙しさも相まってもしかしたら毎日更新が止まってしまうかも知れませんが最後までお付き合い頂けたらと思います
という訳で最終章の映画風予告をお楽しみ下さい
──────
勇者ジークが魔王を倒し世界に平和が訪れた
人々は魔王の脅威から解放され歓喜する
だが・・・その平和は仮初の平和だった
「何を企んでるやら・・・あの国は」
陰謀
「許さぬ・・・決して許さぬぞ・・・」
復讐
「もう終わりだ・・・人類は決して手を出してはいけなかったのだ・・・」
絶望
《絶望を知れ》
「知りたくないわね・・・少なくとも今は!」
悲劇
決して開けてはならないパンドラの箱を開けてしまった人類
全てが終わりを迎えようとしていた
その絶望の中、一人の男が立ち上がる──────
「パパでちゅよ~聞こえてまちゅか~?」
「大丈夫?この人・・・」
「多分ダメ」
理想の街を作る為に奔走するトラブルメーカー
ロウニール
彼を中心に消えかけた希望が再び光を取り戻す
「お前ら全員{ふせ!}・・・よしいい子だ」
「ふ・・・ざけんな!僕達までふせさせてどうする!?」
「あ・・・」
希望か絶望か
「ねえ・・・この子の名前は決まったの?」
「ああ・・・男の子なら・・・女の子なら・・・」
破壊か創造か
「いつまで寝てやがる・・・大地を鳴らせ!!希望を揺り起こせ!!」
全てはこの男に託された
《絶望を知りに来たか》
「知ってるよ・・・お前が教えてくれただろ?・・・今度は俺が教えてやる・・・希望ってやつをな」
最終決戦
「なんだ・・・ほら聞こえてたじゃないか・・・ちゃんと」
開幕──────
《ねえ・・・輪廻る?》
「なんだその輪廻るってのは・・・ただでさえ頭の中がごちゃごちゃしてるんだから新しい言葉を増やすな」
《んーじゃあ輪廻るねる?》
「だから増やすな!」
三部2023年9月1日スタート




