537階 兄妹
「王子!どうなっているのですか!」
フーリシア王国王城内の一室で腕を組み目を閉じて座っているマルスに詰め寄るのはバデス・アジート・アルファス・・・第一騎士団団長だった
マルスはその言葉を受けて目を開けバデスを見ると肩を竦めて首を振る
「どうもこうもない・・・スウの奴にしてやられただけだ」
「してやられただけ・・・第一第二騎士団が統合・・・そして団長にディーンめが就任する事がしてやられただけですか?」
バデスの言うように既存の騎士団は統合され一つとなりその団長に行方不明だったディーンが選ばれた
当然第一騎士団団長であったバデスと第二騎士団団長であったヨーグは騎士団団長ではなくなり更には騎士団からも追い出される始末・・・堪らずバデスはマルスの元へやって来て問い質す
「仕方なかろう。今や国内・・・いや大陸一の戦力を持つロウニールめがスウの後ろ盾となったのだ。スウの意見に逆らおうものなら全てを失いかねない」
「・・・それほど・・・なのですか?」
「勇者の剣と十二傑を退けたのだぞ?更にシャリファ、ラズン、アーキドはロウニールと友好関係にあるのが分かった。ゲートを脅しの道具にする為に各国を旅させたのがアダとなった・・・その旅で奴は各国の王と・・・」
「・・・どうされるおつもりですか?まさかこのまま・・・」
「飼い犬が言う事を聞かないので有効活用しながら処分しようとしたら噛まれた・・・となればまた手懐けるしかあるまい・・・大陸一の番犬を手に入れれば自ずと王位は俺のものとなる」
「出来るのですか?完全に敵対したとお聞きしてますが・・・」
「出来る出来ないではない。やらねばならぬのだ。ロウニールに関してのあらゆる情報を手に入れ従わせる他道は無い」
「・・・ロウニールにこだわらず別の方法はどうでしょうか?」
「別の方法・・・とは?」
「マルス王子は現在継承権第二位・・・つまり一位がいなくなれば・・・」
「スウを・・・妹を殺せと?」
「ロウニールを落とすよりは簡単かと・・・騎士団を離れたとはいえついて来てくれた者もいくらかおります。それとディーンが団長となって日が浅く内部からも崩壊させる事も今なら可能かと・・・」
「ついては来ていないが現団長より元団長の言葉が届く今だから出来る・・・か。従いそうな者は何名いる?」
「分かりません・・・が、貴族出身ではないディーンに反発する者は少なからずいるでしょう・・・その者達を刺激すれば・・・」
「ロウニールは遠く離れたエモーンズにいる・・・ゲートですぐに来れるとはいえ王都で起きた事に瞬時に対応出来るかと言ったら難しいだろうな・・・確かにロウニールを再び手懐けるよりは確実かも知れぬ。だがスウの奴も宮廷魔術師候補になるほどの魔法使い・・・簡単にはいかぬぞ?」
「マナ封じの首輪を付ければただの小娘に成り下がります。侍女に金を握らせて・・・」
「マナ封じの首輪か・・・その時は俺にやらせろ・・・兄に逆らった妹がどうなるか他の兄弟にも見せてやらないとな」
「っ!・・・マルス王子・・・来客のご予定は?」
「来客?いやないが・・・」
「誰か来ます・・・しかも複数・・・」
マルスとバデスが入口を見るとそのタイミングでドアが開け放たれる
「・・・人様の・・・しかも兄の部屋に無断で入っても良いと誰が教えた?教育係は解任だな・・・スウ」
「愛しの妹がお兄様に会いたくて会いたくて仕方なかっただけですわ・・・それよりも気になりますの・・・元第一騎士団団長と何を話していたのかが」
マルスの部屋に入って来たのはスウとディーン、それにディーンに従う騎士団達
抜きこそしていないが皆帯剣し鎧を身に着けている為に物々しい雰囲気が漂っていた
「そこまで好かれているとは知らなかったな。それよりその変な喋り方はなんだ?王になる練習でもしているのか?」
「その通りですわ。人前に出る事が増えそうなので必死に覚えている最中ですの・・・癇に障りますか?」
「・・・若干な・・・と言うか聞くに耐えん」
「それは失礼しましたわ・・・それで何の話をしていたかお聞かせ頂いても?」
「・・・くだらん雑談を聞いてどうするつもりだ?」
「くだらないかどうかは妾が判断する。素直に吐けば極刑は免れよう」
「いつものスウに戻ったな・・・話は本当に雑談だ・・・今後の身の振り方を・・・」
「身の振り方?それはこういう事をするということ?」
スウは通信道具と同じような丸い玉を見せた
そしてスウがマナを流すと・・・
『マナ封じの首輪か・・・その時は俺にやらせろ・・・兄に逆らった妹がどうなるか他の兄弟にも見せてやらないとな』
「なっ!?」
「この話の前後もバッチリ録音させて頂いてますわ」
「・・・どうやって・・・」
「ローグ公爵が寄贈してくれたのですわ。音を記録する『録音器』それから他にも・・・例えば遠く離れた部屋の音を聴く事が出来る『盗聴器』も・・・魔法を溜める事が出来る杖などを開発出来るローグ公爵にとってはそのような小道具など朝飯前なのだとか・・・」
「スウお前・・・俺の部屋にそんなものを・・・」
「お兄様の部屋だけでなく他の部屋にもですわ。お2人が何を話されているのか気になったのでたまたま録音していましたらこのような会話が・・・残念ですわ・・・お兄様」
「スウ!!」
ディーン達が動き出す
バデスが応戦しようと壁に掛けられた剣を手に取り2人は対峙する
「ディーン!!お前さえ・・・お前さえいなければ!」
「バデス団長・・・私がいなくても結果は変わりませんでしたよ・・・身の丈に合わない欲は身を滅ぼす・・・貴方は団長の器じゃない。無能な貴方のせいで死んでいった団員達にあの世で謝りなさい」
ディーンとバデスがすれ違い、ディーンが抜いていた剣を収めるとバデスの体中から血が噴き出す
「・・・貴族でもない・・・若僧・・・が・・・」
「そういうところをスウ王女様は治そうとしているのです・・・貴族至上主義から民の為の国作り・・・その為には貴方方は邪魔になるのです」
「・・・世迷言を・・・いつか綻びが・・・」
「綻びこそが貴族です」
「・・・忌々しい・・・奴だ・・・」
バデスはディーンを睨みそう言い残すと息絶えた
そして残るはマルスのみ・・・そのマルスも騎士達に囲まれて万事休す・・・その時騎士達を掻き分けてスウがマルスの前に立つ
「・・・兄を殺すか?妹よ」
「殺される前に殺す・・・当然でしょ?」
「もっと早く・・・芽を摘むべきだったか」
「無理でしょ・・・芽吹くと思わず利用する事だけを考えていたのだから」
「・・・俺を殺せば国が荒れるぞ?」
「荒れるなら荒れればいい・・・その方が手っ取り早く整地出来ると言うもの・・・歪な形で組まれた塔の上でふんぞり返るほど度胸はないのでな」
「バランスを・・・保って来たのだ!だからこそここまで高くそびえ立った!」
「そのバランスとは『毒』の事?聖王国が聞いて呆れる・・・毒に塗れた塔に住む気はない」
「我が国の歴史を否定すると言うのか!」
「そうだ。だから宣言したのだ『国を作り変える』とな・・・膿を出し切り本当の聖王国に・・・痛みは伴うが仕方あるまい」
「王族らしからぬ考え方だな。膿だと?そんな考えではいずれ自分の首を絞める事になるぞ?」
「どうして?」
「その膿こそがこの国を守って来た盾だからだ!この世は聖人君子で成り立っているとでも思っているのか?善意に満ちていると?相手が毒を放って来たらどうする?ご自慢の盾で最初は防げたとしてもやがて盾は腐食し毒は国全土に拡がるだろう!毒を以て毒を制す・・・それしか方法がないのだ!・・・スウよ・・・その毒に俺がなろう!お前の手を汚さぬよう俺が毒となりお前を守ってやる!」
「随分と雄弁に語るではないかお兄様・・・相手が毒を用いる?ならば妾は宣言を訂正しよう。『国を作り変える』のではなく『世界を作り変える』・・・毒など使用せぬ世界にな」
「青二才が・・・それが可能だと本気で思っているのか?毒を捨てよと声高々に言えば全員捨てるとでも?捨てた者が捨てなかった者に奪われるだけ・・・それがなぜ分からない!」
「ならば相手が強い毒を用いたのならこちらは更に強い毒を用いるのか?歴史歴史と言うが歴史は倣うものではない。紐解き学ぶものだ。先人が落ちた穴になぜ自ら飛び込む?穴があると教えてくれているのだ・・・回避するべきと思わぬのか?」
「回避出来ない穴もある」
「回避出来なければ埋めればよい」
「底なしの穴にいくら土をかけたところで埋まる訳もない!」
「ならば飛べ」
「飛んで越せると思っているのか?」
「越せる。その為に毒を削ぎ落とすのだからな・・・身軽になり空高く飛ぶ為に」
彼らの言う毒が武器だとしたら穴は悪意
人間は悪意という穴に落ち毒という武器を用いて争い続けて来た
その穴に入れば戦わざるを得ないのならば入らなければ良い・・・だが穴は大口を開けてゆく手を阻む
回避する事もましてや飛び越す事も出来ないとマルスは思っていた・・・が、目の前の少女は真っ直ぐにマルスを見つめはっきりと言った
『飛び越す』と
「いつの間に人間に翼が生えたのやら・・・翼がなければ落ちるだけだぞ?しかも高く飛んだ分落ちた時の痛みは倍増する・・・それでも飛ぶと言うのか?」
「心配してくれてるのか?殺そうとした相手を?」
「・・・国を憂いているだけだ・・・兄妹の情など既にない」
命乞いではなく本気で自分の力が必要だと信じていたマルスだったがスウを見てそれは間違いだったと気付く
そして横を向き既に息絶えたバデスの亡骸を見て笑った
「まさかこのような終わりを迎えるとはな・・・もしバデスの口車に乗らなかったら俺はまだ生きていられたか?」
「・・・考え方が変わらないならいずれは・・・ローグ公爵を『犬』と称し飼い犬やら番犬やらと考えているようでは長くはなかったはずだ」
「フン・・・ならばロウニールの奴はお前の何なのだ?飼い猫か?」
「『翼』・・・妾が国を導く為の『翼』だ」
「・・・翼・・・なるほど・・・そういう事か・・・『やらせる』のではなく『共に』・・・俺には到底思い付かない考えだな」
「それはどうかな?歴史に学びお父様を反面教師とすれば妾のような考え方になったかも知らないぞ?」
「ひねくれ者になれって事か・・・実直な俺には無理だな」
「よく言う・・・欲に素直なだけだろう・・・他に言い残す事は?」
「ない」
「そうか・・・さらばだ・・・兄よ」
「ふっ・・・その呼び方の方がお前らしい・・・初めてお前と向き合い会話をした気がするよ・・・」
「道具と会話する趣味はあるまい・・・妾を少しでも妹として見てればまた違った結果になった・・・かもな」
スウは踵を返し振り返ることなく部屋を出た
続けてディーンがマルスに頭を下げ退出し残ったのはマルスと騎士達
「なんだディーンがやってくれるんじゃないのか?」
「・・・」
「まあいい・・・せめて痛くないようにしてくれ・・・痛いのはちと苦手でな・・・」
マルスに抵抗する気はなかった
もし他の兄弟がマルスの暗殺を企てたとしたら彼もまたその命を奪っていたはずだから
そしてもうひとつ・・・抵抗する気になれなかったのは・・・
「どこで間違えたか・・・あの時か・・・あの時ロウニールの奴に毒を・・・」
思い出すのはロウニールの屋敷のお披露目パーティーでの出来事
マルスはロウニールに首輪をかけたつもりだった。だがロウニールは自ら首輪を噛みちぎりとっくにマルスの元から去って行ってしまっていた
もしあの時首輪をかけずスウのように共に歩む選択をしていたら・・・少しだけ未来は違ったかもしれない
「あの時既に穴に落ちていたか・・・そりゃ八方塞がりになるってもんだ・・・お前達・・・スウに伝えろ。俺を追い込んだのはスウ・・・お前じゃない。ロウニール・ローグ・ハーベス・・・奴の手を取らず首根っこを掴もうとしたからだ。奴は翼にもなるが毒にもなる・・・それをゆめゆめ忘れるな・・・そう伝えろ」
「・・・畏まりました・・・それでは」
「ああ・・・見てるぜスウ・・・お前が高く舞い上がるのを、な──────」
「よろしかったのですか?継承権を剥奪するだけでも・・・」
「存外残酷よな・・・ディーン」
「え?いや・・・」
「あの兄から継承権を奪いでもしてみろ・・・野垂れ死ぬか恨みを持つ者に殺されるだけだ。どちらにせよ悲惨な死が待っている・・・ここで結末を迎えた方が幾分マシだと思えるくらいのな」
「しかしそれでは・・・」
「なんだ妾の心配をしているのか?兄を殺した妹・・・ふむ・・・穴に片足を突っ込んだか」
「王女様!」
「冗談だ・・・そう怒るな。兄はもう穴から抜け出せなくなっていた・・・情をかけて手を伸ばせば妾まで穴の中・・・それは即ち・・・」
「国ごと・・・」
「そうなる。民を巻き込む訳にはいかん。さてもう少し膿を出そうと思ったが終わりにしよう。玉座に座るぞ」
「国王陛下はマルス王子が勝つと信じていたのですね・・・まさか玉座を賭けるとは・・・」
「負ければリガルデルかファミリシアに嫁がねばならなかったが・・・しばらくエモーンズに足を向けて眠れないな」
そう言ってクスリと笑うとスウは足を早め玉座へと向かう
その時、ディーンは何かに気付き足を止めた
「・・・王女様」
「なんだ?」
「誰かあの場で水魔法を使いましたか?」
「誰も使っていないが・・・なぜだ?」
振り返らずに答えるスウ
ディーンは目を細めその後ろ姿を眺めた後首を静かに振った
「いえ・・・気になっただけです」
スウの後ろを歩き零れ落ちる水滴を見た
その水滴は何なのかそれ以上追求せずまた歩き始めた
王位に就くその小さき背中に生える片翼の翼となる為に──────




