536階 禁句
魔王討伐の報せは瞬く間に大陸全土に伝わった
それと同時に俺が真の真央に操られていただけという事も
人々は魔王を倒した勇者達を讃えお祭り騒ぎ・・・どうやら倒した日は大陸共通の祝日になるのだとか・・・
俺が屋敷の廊下の窓から外を眺めこれまでの事を振り返っていると奥から俺を見つけ近寄って来る人物に声を掛けた
「・・・そろそろ帰ったらどうだ?ジーク」
「帰るのは一瞬で終わるだろ?ラナがまだ残りたいって言うからもう少しいいだろ?」
勇者ジークが魔王討伐を終えてから一ヶ月・・・ジークとラナは凱旋せずに俺の屋敷に居座っていた
その理由が今まさに俺の前を通り過ぎる
「サラお姉様!1人で歩いちゃダメですよ!言って下されば私が・・・」
「いいのよラナ・・・少しは運動しないとね」
ラナがサラに懐いてしまったからだ
事の発端は俺の作った『新魔王の首』を持って魔王城に行く時・・・ジークはラナを1人にしたくないと駄々を捏ねた
なので『世界一安全な場所』であるサラの部屋へラナを連れて行ったのが原因だ
そこでサラとラナは意気投合・・・ラナはサラをお姉様と呼びサラはラナを妹のように可愛がった。どうやら色々話をしたらしい・・・主に恋愛の話だとか・・・詳しく聞きたいような聞きたくないような・・・
とにかくラナが帰りたくないと言い始めたので凱旋し各国から褒め称えられるはずのジークは未だに魔王がいた場所から離れていない。確かに歩いて帰れば一ヶ月以上かかるだろうしゲートで俺が送れば一瞬で帰れるから日にち的には変わらないかも知れないけど・・・いいのか?そんなので
「てな訳で勝負だ!ロウニール!」
「どんな訳だ・・・もうお前とやるのは飽きた。他の相手を探せ」
「ええ!?だって他の奴らじゃ相手にならないし・・・やろうよ」
「ヤダ!」
これは一種の懐かれなのか?
ジークは毎日のように手合わせを申し込んで来る
ラナはサラにベッタリだし勇者パーティーの他の人達は全員それぞれの国に帰って行ってしまったから手持ち無沙汰なのは分かるけど・・・正直めんどくさい
勇者だけあって強いししつこいし・・・それに下手したら抜かされそうになるのが怖い・・・成長速度半端ないんだよな・・・勇者だけあって
「ははーんさては僕に抜かされるのが怖いんだろ?」
うぐっ・・・勇者は心も読めるのか?
「・・・言ってろ。そんな事言ってると送ってやらないからな」
「あ!それずりい!」
「ずるくない!暇ならダンジョンにでも行ってろ!」
「えー・・・仕方ない・・・誰か誘ってダンジョンに行くか・・・」
そう言って残念そうにジークは去って行く
ようやくジークから解放された俺は執務室に戻ると机の上に置かれている書類の山にげんなりする・・・これでもセイムが俺が見るべきものを選別してこの量だ・・・ここ毎日ずっと・・・
「これ・・・明日でいいか?」
「構いませんよ。明日になれば倍になっていると思いますがそれでも良ければ」
「・・・サーテン・・・代わりに・・・」
「いけません。セイム様が見て旦那様が見るべきものと選別した書類です。全てに目を通してください・・・もちろんしっかりと」
「ハア・・・どうせくだらない内容だろ?」
「旦那様にはくだらなくても他の貴族の方達には死活問題です。何せ支持していた方が失脚されたのですから慌てふためき旦那様に縋るのも無理はないかと」
「そりゃまた変わり身が早いこと・・・」
「貴族ですから」
貴族ですからの言葉に妙に納得してしまった
まあフーリシア王国の貴族達が慌てるのも無理はない・・・磐石だと思っていたマルスが失脚・・・で、誰も予想だにしなかった人物が王位継承権の筆頭になったんだからな
第二王女スウ・・・今やとある大貴族の後ろ盾を得て飛ぶ鳥を落とす勢いだ。まあその大貴族ってのは俺なんだけどね
ロウニール・ローグ・ハーベスは魔王扱いされていたが魔王に操られていただけ・・・それが表向きの顛末だ
けど一部の人は知っている・・・俺が魔王を演じており見事魔王を演じきった事を
俺が魔王ではないことを知っていた者は期待していた・・・俺と勇者が共倒れするか片方が生き残ったとしても傷付き容易に殺せる状態でこの件が終息する事を
共倒れしなくてもどちらかが死ねば傷付いた片方を殺せばいい・・・そんな風に考えていたのだろう
けど実際は2人共ピンピンしていた
しかも勇者であるジークは存在しない魔王を倒したというおまけ付きで
真実を知る者達にとっては容易に分かる嘘・・・けどそれを嘘とは言えない・・・何せ真実を知る者にしか分からない嘘だからだ
ジークが倒した魔王は偽物だと言えばなぜ偽物だと分かったか言わなくてはならない。なぜ分かったかと言うと俺が既に魔王を倒しているからだ・・・それを言えば魔王が既に倒されているのを知っていたのに俺を魔王と言って兵士を集め攻め込んだのがバレる
だからジークが嘘を付いていてもそれに付き合わざるを得ない・・・自業自得だ
で、先ず初めに動き出したのがフーリシア王国
結果を知り青ざめた王様の顔を見たかったな・・・マルス主導で行われていたが王様も絡んでいたに違いないからかなり焦った事だろう
マルスは勇者を使い俺を始末しようと計画を立てた・・・味方のフリして使えないと分かったら処分する・・・聖王国とは何ぞやって感じだな
んで、失敗に終わっただけならまだしも俺にその計画がバレて晴れて敵対関係となった。普通なら王族と公爵とはいえ辺境の僅かな土地を治める貴族・・・相手になるはずもない
だけど俺は『10万の軍勢を退け勇者すらも負かす』貴族・・・敵に回せば国ひとつくらい軽く滅亡させられる事を王様達は知っている・・・そんな事はしないけど少なくとも敵に回したくないと考えるはずだ
そして王様が取った行動が次期国王をスウにすること
どうやらスウは王様と賭けをしたらしい。内容は聞いてないけど賭けは『勇者と俺どちらが勝つか』だった
表向きの勝者は勇者だけど実際は俺の勝ち・・・で俺の勝ちに賭けていたスウは見事賭けに勝つ
多分継承権を賭けたのだろうけどよくやるよ・・・まあ結果的にそれでスウは第一継承権を得て俺という後ろ盾も得ることになったのだけど
問題はマルスが次期国王になると思い込みあぐらをかいていた貴族達だ。マルスに媚びへつらっていたが意味無いことだったと気付いた時には後の祭り・・・自分達の地位は磐石だったはずが今や風前の灯となった
なぜならスウは第一継承権を得てすぐに公言したからだ・・・『国を作り変える』と
具体的な発言ではなかったが国は王侯貴族が作って来たという自負があるのか『国を作り変える』という発言は『貴族を一新する』に聞こえたらしい。敵対はしていなくともスウを支持していなかった連中は戦々恐々とし結果がこの書類の山だ
スウに直接媚びるのではなく唯一の後ろ盾となった俺に媚びる・・・金銀財宝などを送ってくる者もいれば娘を貰ってくれと言う者まで・・・ぶっちゃけいちいち相手してたらキリがない
「・・・とりあえず届いた物は送り返せ」
「ナマモノもありますが如何致しますか?」
「凍らせれば腐らないだろ?」
「なるほど・・・鬼畜ですね」
「おい・・・どういう意味だ」
「人間を凍らせて送り返せ、と」
「・・・人間をナマモノ言うな・・・まさか女性を送って来たのか?娘・・・じゃないよな?」
「送られた方の娘かどうかはまだ分かりません。それと男の子もいます」
「・・・なぜ!?」
「私の口からは・・・旦那様の趣味がバレたとか?」
「どんな趣味だ!・・・とりあえず全員送り返せ!馬車代もこっちで持ってやれ。それと手紙には結婚した旨と生涯相手は一人のみと付け加えろ」
まだ結婚式をしてなかったな・・・大々的にやって宣言しておくか・・・サラ以外と結婚しない。妾も作らない、と
そう言えばサーテン達使用人が俺の事を『ご主人様』から『旦那様』に呼び方を変えたな・・・結婚したからだろうか・・・それとも・・・
「あ!急ぎお伝えしなくてはならない事があったのを忘れていました」
「・・・なんだ?」
「赤ん坊が送られて来ました」
「・・・なんだと?」
「カゴに入れられ一筆『貴方が父親です』と・・・」
「・・・探せ・・・」
「?奥様をですか?怒られる覚悟が出来た、と」
「違う!その子の母親だ!至急全力で探せ!」
「畏まりました。セシーヌ様に御所力を頂いても?」
「ああ・・・持てる力を全て使ってもいい探し出せ!」
何が『貴方が父親です』だ!サラとしか・・・てかサラに見られたら事実じゃなくても不味いだろ!
「・・・ちなみにサラはその事を・・・」
「もちろん知っております。奥様に赤ん坊をお見せしたところ『ロウには似てないわね。母親似かしら?』と仰ってました」
「・・・サーテン?」
「何でしょう?」
「もし次・・・いやないとは思うが次に同じような事があったらサラに見せる前に俺に見せろ」
「隠し子・・・って訳ですね」
「違うわ!・・・ハア・・・もういい・・・早く探して来い」
その後赤ん坊騒動はすぐに決着した
犯人はエモーンズに住む夫婦・・・なんでも家が貧乏で子供が生まれたけど子供に貧乏な暮らしは不憫だと思った夫婦は俺の所で育ててもらおうと置いていったのだとか
ちゃんと拾われるまで陰から眺め拾われた時は涙ながらに見送ったのだとか・・・いやいやいや
一応悪気がないのは分かったので稼ぎのいい別の仕事を紹介してあげた
それと出産祝いという名目でいくらか渡したら凄く喜んでいた・・・仕方ないだろ?母親が泣きながら謝り子供を抱きしめている姿を見たら・・・
赤ん坊を両親の手に返した夜、俺はサラにその話をすると彼女は首を傾け唸った
「うーん・・・私だったらどうしてたかしら・・・やっぱり自分の手から手放してでも子供の幸せを願う・・・のかな?」
「金持ちの家で育ったからってその子が幸せになるとは限らないだろ?やっぱりお金が無くても愛情いっぱいで育てた方が子供も嬉しいと思うけどな」
「・・・そうよね・・・無理に理解する必要もない、か。人それぞれだし・・・」
「そうそう・・・俺達は俺達で子供に全力で向かい合えばいい・・・パパですよ?聞こえてますか?」
お腹に口を当てて言うが反応は無い・・・聞こえてないのかな?
「おバカまだ聞こえないわよ」
聞くところによるともう少し大きくなったら外の声が聞こえるのだとか・・・お腹を蹴って反応するらしく今からそれが楽しみだ
「あとどれ位で反応するかな?」
「多分半年もすれば反応すると思うけど・・・その時はお腹も膨らんでくるのよね・・・」
「何か気になるの?」
「そりゃだって・・・見た目が・・・」
「太ったサラも可愛いと思・・・ぐえっ」
「太ったって言わないで!分かった?」
本気で首を絞められた・・・俺がうんうんと頷くと解放されたけどどうやら禁句のようだ・・・気を付けよう
そうだ・・・太っ・・・お腹が目立つ前に結婚式をした方が良さそうだな。やる事が多過ぎて目が回りそう・・・せめてサラと寝る時だけは忙しさを忘れるとしよう──────




