535階 勝利
《目覚めよオロチ!そしてそのそそり立つ・・・アタッ!》
「真面目にやれベリト・・・勇者が不機嫌になってお前を襲っても助けてやらないぞ?」
《・・・ハクのヤツなんでこんな凶暴な小僧を弟子に・・・》
「何か言ったか?」
《何でもない!へいへい分かりましたよロウニール様・・・ほら起きろ!おい聞いてんのか?》
えらく原始的な起こし方だな・・・ベリトは気絶しているエメンケの頬をペチペチ叩くとエメンケは薄らと目を開けた
「・・・こ・・・ここは・・・お前は・・・確か・・・っ!?ネ、ネコォ!?」
・・・俺じゃなくサキを見て驚き縮み上がるエメンケ・・・心なしか内股になってるような気が・・・
《今度は引っこ抜くのが大変そうにゃ・・・何せ八本もあるし》
「は、八本?な、何が八ぽ・・・は、は、八本!?」
《気に入ったか?人間・・・このベリト様の最高傑作は》
「なんだこれ・・・なんだこれは!!?」
《チ〇チ〇》
「これのどこがチ〇チ〇だ!俺の・・・俺の大事な・・・」
ちょっと可哀想になってきた
俺ならいっその事殺してくれと叫ぶかも・・・でももぎ取られたままよりマシ・・・でもないか
《騒ぐなみっともない!てか寧ろ誇れ》
「誇れるか!・・・よくも貴様ら・・・絶対にぶっ殺して・・・っ!?・・・ま、魔王?それに・・・ジーク?くっ!なんだ繋がれて・・・おい!ジーク!何やってんだ助けてくれ!コイツらを・・・」
ようやく鎖で繋がれている事に気付いたエメンケは勇者を見つけて助けを求める。だが視線がラナに向けられるとその言葉を一旦止めて思考に入った
奴の頭は今フル回転している事だろう
魔王である俺と勇者が並び立っている事
未遂とは言え襲ったラナから冷たい視線を送られている事
そのラナと勇者が一緒にいる事
考え得る最悪の事態を想定しどう切り抜けるか考えているはずだ
暫くして何か妙案でも思い付いたのかエメンケは微かに笑みを浮かべると勇者を見つめ口を開く
「・・・何やってんだ?ジーク・・・お前はそこの魔王を倒しに行ったんじゃなかったのか?ウルティアは?他の連中はどうした?」
「・・・他に言う事はないのか?・・・エメンケ」
「他に?宿で寝てたと思ったら目が覚めたら拘束され目の前に魔族が居る・・・この状況で俺が言う事って言ったらこれだけだ・・・『助けてくれ』」
なるほど・・・そういうストーリーで行くつもりか
「嘘つけ!お前は・・・お前達はラナを・・・」
「ラナ?ラナなら隣に居るじゃないか・・・俺達がラナを何だってんだ?」
「ラナを襲っただろ!」
「はあ?おいおい・・・魔族に何を吹き込まれたか知らないがさっきも言ったように俺は宿で寝てただけだぞ?まあお前達が戦っている最中に寝るなんて悪いとは思ったけど睡魔には勝てなくてな・・・それで俺がラナを襲っただって?そっちこそ悪い夢でも見たんじゃないか?」
「悪い夢?・・・何を・・・あなたが・・・」
「ラナァ・・・それ本当に俺か?魔族が化けてたとか幻覚を見せられたとか・・・そういう事なんじゃないのか?俺がラナを襲う?勘弁してくれよ・・・そんな訳ないだろ?」
「幻覚じゃない!あなたは私を・・・」
「どうして言い切れる?幻覚を食らった事あるのか?それとも魔族に何か言われたか?長い間一緒に旅して来た仲なのに俺の言う事は信じず魔族の言う事を信じるのか?」
「違う!あれは・・・」
「よーく考えてみろ・・・おかしな事はなかったか?魔族が幻覚を使って人を騙すって聞いた事あるだろ?一ミリも疑わしい事がなかったのか?・・・なあラナ・・・俺の命が懸かってんだ『間違えでしたすみません』じゃ済まないんだぞ?本当に・・・本当に俺だったか?」
「・・・」
人の記憶なんて曖昧だ
完璧に覚えているつもりでも何か忘れている事はないかと考えると途端に不安になってくる
しかもその記憶に人の命が懸かっているとなると自信があったとしても見落とした部分があったかもと考えてしまう
物的証拠なんてある訳もなくラナの記憶だけが頼りのこの状況・・・追い込まれれば追い込まれるほどラナは自信がなくなり断言出来なくなるだろうな
「ジーク・・・お前もどうかしてるぜ・・・魔族の言葉を鵜呑みにするなんて・・・俺達仲間だろ?本当にそんな事すると思ってんのか?」
「・・・そんな事って?」
「さあな・・・知らねえよ。言っただろ?俺は宿で寝てただけ・・・ラナが何されたかなんて知るはずもない。ほらラナからも言ってやってくれよ・・・なあ・・・なあ!」
「うっ・・・」
更にラナを追い込むエメンケ
その追い込まれたラナを見て勇者は背中の聖剣を抜き構えた
「もういい・・・もうこれ以上ラナを苦しめるな!」
「チッふざけんな!無実の罪で殺られたくねえから必死になってんのが分かんねえのか!魔族に踊らされやがって・・・それでも勇者か!」
「お前は・・・っ!ロウニール?」
言わせておけば好き勝手とまあ・・・本当呆れるな
俺は怒りに打ち震える勇者の肩にポンと手を置いた後、進み出て繋がれたエメンケの前に立つ
「股間に八本・・・それでも人間か?」
「っ!てっ・・・てめえらがやったんだろうが!」
「そうそう・・・悪い事しようとしていたからお仕置がてらにね。見苦しいからもう囀るな・・・」
「なんだと!?・・・おいジーク!早く殺れ!」
「だから{囀るな}と言っている」
「~~~!?」
言霊により言葉を発せなくなったエメンケ。それでも必死に何かを訴えようとするが俺は構うことなく隣でまだ気絶しているオルシアの元へ
「起こせ」
命令するとベリトはオルシアの髪を引っ張り顔を上げさせると往復ビンタを食らわせた・・・コイツに朝起こしてもらうのはやめよう・・・起こし方が雑過ぎる
「・・・・・・・・・チッ!ぬかったか・・・」
「おはようオルシア将軍・・・目が覚めてすぐで悪いが聞きたい事がある」
「・・・何も話す事はない・・・殺せ」
「そう言うなよ将軍・・・少しだけでいいからさ」
「・・・」
黙りか・・・意外と賢いな
しっかりと周りを見て状況を把握しようと努めている。そして隣にいるエメンケの様子を見て先に目を覚ましている事を理解したからこその『沈黙』・・・エメンケが何を話したか分からないまま口を滑らせたら状況を悪化させかねないからな
「・・・一つだけ分からない事がある。どうしていたいけな少女を襲った?」
「・・・」
「やはりお前も理由は言わないのだな・・・オルシア将軍ともあろう人が少女を襲ってまで何をしようとしていた・・・ただ性欲を持て余していたのか?」
「・・・」
「黙秘か・・・まあいい。『猛獅子』オルシア将軍は『変態』エメンケと共に少女を襲い返り討ちに合って死んだ・・・墓標にはそう刻んでやろう」
「ッギ・・・ふざけるな・・・俺は見張ってただけだ!」
「見張りも立派な共犯だろ?どうせエメンケの後でやろうとしてたんじゃないのか?いいから吐いちゃえよ・・・理由が分からないとこのままじゃ名誉に傷が付くぞ?」
「フン!それで口を割ると思ったか!エメンケが何を言ったか知らないがそんな女興味もないわ!」
「本当に?」
「当たり前だ!変態と一緒にするな!」
「本当の本当に?」
「くどい!天地神明に誓って俺はやってないしやるつもりもなかった!それとこれ以上話すつもりはない・・・たとえ殺されようともな」
「・・・別に話さなくていい・・・必要な事はもう聞けたから」
「なに?」
理由なんてどうでもいい・・・俺が聞きたかったのは『襲ったか否か』だけ
オルシアは名誉を傷つけられまいという思いとエメンケが既に襲った事は自白したという勘違いにより口を滑らせた
聞きたいのはその事だと知らずに・・・あっ!
勇者が突然走り出し飛び上がる
狙いはエメンケ・・・我慢の限界を迎えたか
俺はゲートを開いてカミキリマルを取り出すとエメンケの前に立ち勇者の剣を受け止める
「どけ!コイツだけは・・・」
「好きにすればいい・・・が、それは全てが終わった後だ」
「なに?」
「俺の計画は『誰一人として死なずに魔王を演じきる』だ・・・一人でも死ねば計画は失敗って事になる」
まあ多少の犠牲はやむ無しと思っていたけど・・・それは内緒
「だったらさっさと終わらせろ・・・そのお前の計画を」
「分かった分かった・・・じゃあ殺してもらおうか」
「??お前・・・殺すなと言ったり殺せと言ったり・・・一体何がしたいんだ!」
「言ったはずだぞ?勇者が魔王を倒してこその物語だ・・・だから勇者のお前が殺すのは当然・・・魔王だ」
「・・・え?」
「家で話したの聞いてなかったのか?さあサクッと魔王を倒して世界に平和をもたらせてくれ・・・真の魔王を、ね──────」
魔王城
そこには置いてけぼりをくらった勇者パーティーの面々が困惑した表情を浮かべ佇んでいた
「・・・なあ追いかけようぜ~?ここに居ても仕方ねえだろ?」
「追いかけるって言ってもどこにだよって話だろ?武王国は頭まで筋肉で出来てんのか?」
「・・・ダンテ・・・確かお主は『不死者』とか・・・どうせ待つなら見せてくれるか?その通り名が嘘偽りではないことを」
「やろうってのか?コゲツ・・・いいぜ暇潰しにやってやるよ」
待ちくたびれて苛立つ2人が構えるとウルティアが杖を地面に打ち付ける
「やめなさい!2人共・・・出て行くのは得策ではないわ・・・いつ戻って来るか分からないし・・・それに探すにしても魔王の使ったゲートは大陸中どこでも行ける・・・見つけるのは困難なはずよ」
「だったら餓死するまでここにいるか?俺ぁ付き合う気はないぞ?」
「・・・そこまで待つつもりはないわ・・・せめて一日・・・それぐらいあればきっと・・・え?」
突如としてゲートが開く
5人は息を飲みゲートから出て来る人を見つめていると出て来たのは・・・
「・・・なんだそんなに見つめて・・・恥ずかしいじゃないか」
出て来たのはロウニール
その姿を見て全員が武器を取り構える
「魔王!ジークは・・・ジークはどこ!?」
ウルティアは顔を顰めつつロウニールに尋ねるとロウニールは何故か微笑み親指で自分の後ろを指した
するとロウニールの背後にあるゲートから人影が・・・その人影は勇者ジーク。特に怪我もなく元気そうなジークを見て一同はホッとするもジークが持つ奇妙なものを見て一様に驚きの表情を浮かべた
「お待たせみんな」
「ね、ねえジーク・・・その手の・・・」
「ああこれ?魔王だよ」
そう言ってジークは手に持つモノ・・・見た事ない異形の者の首を掲げた
「ま、魔王??・・・だって・・・」
ウルティアの視線は自然とロウニールに向けられた
するとジークは微笑み声高々に告げる
「ロウニールは操られていただけ・・・真の魔王はコイツだ!僕は一騎打ちの末真の魔王に勝つ事が出来た!世界を・・・救ったんだ!」
「・・・は?」「なに?」「へぇ」「あん?」「・・・」
ウルティア、コゲツ、ソワナ、ダンテ・・・そしてシャス・・・様々な反応を見せるが勇者はそんな事など関係なく真の魔王の首を持ちながら大手を振って魔王城を出ようとする
「ま、待って待って!・・・ジーク・・・何を言ってるの?」
「何って・・・聞いてなかったの?」
「いや聞いてたけど・・・でも・・・」
「なに?僕の言ってる事が信じられないの?・・・それとも僕の知らない何かを知ってるとか?」
「・・・」
ジークは暗に『魔王は既に倒されておりロウニールは魔王ではない事を知っていたのか?』と尋ねる
ウルティアは言える訳もなく口を噤むとジークは再び歩き出す
世界に平和が訪れた事を伝えに──────




