50階 ドラゴニュート
「ドラゴ・・・ニュート」
《上級の魔物よ。高い知能と戦闘力を持ち、硬いドラゴンの鱗と鋭い爪が特徴・・・今のアナタじゃ万が一にも勝ち目はない相手ね》
万が一にも・・・そこそこ強くなったつもりだったけど当然ながら上には上がいる。ダンコは冗談ぽく言うが勝ち目がないのは本当なんだろうな
「ドラゴンと人のハーフみたいな魔物だ。討伐推奨ランクはAランク・・・Fランクのお前さんに話すような相手じゃない・・・」
「Fランク?僕はGランクですけど・・・」
「ソロで10階を踏破したんだ・・・当然ランクアップだ。本当はDランク辺りが相応しいと思ったんだが流石に3つもランクを上げるのは目立ち過ぎるしな・・・まあ、少し待てば俺の権限で上げれる所までは上げてやる。それだけの実力はあるだろう」
「ギルド長の権限って何ランクまでなんですか?」
「Dランクだ。Cランクからは国に判断を仰がなきゃならねえ・・・七面倒臭いがな」
って言うとダズーさんはいきなり僕を権限いっぱいのランクにしてくれようとしてたって事か・・・かなり評価してくれているんだな
「どうしてそこまで・・・」
「言ったろ?人材が必要だって。俺の元に残れば最高の環境で最高の手柄を立てさせてやる。代わりと言っちゃなんだがいずれ人喰いダンジョン40階のボスであるドラゴニュートを倒してくれ・・・悪い取引じゃねえだろ?」
「最高の?・・・それって・・・」
「11階からはソロだと厳しい。人喰いダンジョンははっきり言って11階から始まると言っても過言じゃねえ。広大なフロアにひしめく魔物・・・10階まではぶっちゃけスタンダードなダンジョンだが、11階からはまるで違う。スカウト泣かせの仕掛けもあるしダンジョン内で迷子になる奴もしばしば・・・だから組合からベテランの奴を付けてやるし装備も支給してやる。破格の待遇だろ?」
「えっと・・・パーティーを組む気は・・・」
「・・・なぜだ?」
「それは・・・」
何と答えようか考えていると突然部屋のドアが開き見覚えのある顔が・・・
「師匠!期待の新人が現れたって本当か!?・・・って・・・いじめられっ子?」
誰がいじめられっ子だ
突如現れたのは昨日ギルドで僕に絡んで来た髭面のオッサン冒険者・・・それにしても今ダズーさんを師匠って呼んだ?
「いじめられ?・・・何言ってんだ?ゲイル」
「いや、だってそいつ・・・師匠・・・まさかそいつが期待の新人って事は・・・」
「ああ、今勧誘真っ最中だ。今はまだFランクだが近い内にDランクとなるだろう。お前なんぞあっさり抜いちまうかもしれねえぞ?」
「???」
絶賛混乱中の髭面オッサンことゲイルさん
僕も若干混乱中だ・・・ゲイルさんはギルド長であるダズーさんの・・・弟子!?
「・・・なるほどな。マナを使えるようになるのが遅くて最近までいじめられてた、と。だけどマナが急に使えるようになり自分の力を試してみたくなったがイジメてた奴らがいるダンジョンじゃやりづらいからわざわざ遠くの・・・エモーンズにいる連中にバレないように腕試しをしようとカルオスくんだりまで来た・・・って訳か」
「ええ。最初はほんの腕試しのつもりだったんですけど・・・」
「『結構俺って強いんじゃね?』みたいになって思わず10階まで踏破しちまったって訳か・・・どんだけだよ・・・」
何とかダズーさんとゲイルさんを誤魔化せた?本当の事は言えないから少し事実と嘘を織り交ぜて伝えたが反応を見る限りだと2人は信じてくれているように見えるけど・・・
「それで?マナが使えるようになったのが遅かったのは分かったが適性はなんだ?」
「適性は近接アタッカーと・・・魔法です」
「なに!?」
2人の目の色が変わる
それはそうだ・・・普通は適性は一つ。なので自分に合った適性を突き詰めて行くのが一般的だ。二つの適性を持つとなるとかなりレア・・・まあ、実際は全てに適性があるのだけど、それを言ったら世界初となり大騒ぎになるので言うのは止めておこう
「って事は・・・魔法剣士?こりゃまた・・・」
「遠距離から近接まで何でもござれか・・・戦士にとっては理想だな・・・ソロで10階を踏破出来るのも頷ける」
「師匠・・・さっきから10階を踏破って言ってるけど・・・」
「ああ・・・ロウニールはソロで人喰いダンジョンの10階を踏破した。しかも初ダンジョンだぜ?信じられるか?」
少し派手にやり過ぎたかも・・・もしこれでもっと先に進んでたらどうなってた事やら・・・
ダズーさんの言葉を聞いてゲイルさんは僕の事をチラリと見ると再びダズーさんの方を見て口を開いた
「・・・師匠・・・少しコイツと話をさせてくれ」
「あん?・・・まあいいがしっかり勧誘しろよ?今の俺達にゃ希望だぜ?」
希望ってそんな大袈裟な
「・・・分かってる・・・あー、名前はなんだったか・・・」
「ロウニール・ハーベスです」
「そうか・・・ロウニール・・・少し付き合え」
「・・・はい・・・」
有無も言わさぬ迫力に僕はただただ頷くしか出来ず黙って部屋を出るゲイルさんについて行く
部屋を出たゲイルさんはそのままギルドを出て無言のままどこかに向かって歩いて行く。僕は既に日が落ちてすっかり夜モードの街を横目にその後ろ姿を追った
賑やかな街の雰囲気とは余所にゲイルさんの向かっている先はどうやらその喧騒とは無縁の場所らしく、徐々に人の気配は失われ静寂が辺りを包み込む
そしてゲイルさんが立ち止まった場所は・・・墓地だ
「・・・昨日はすまなかったな・・・この街には死に急ぐ奴が多過ぎる・・・お前もその1人だと勝手に勘違いしちまった・・・」
「い、いえ・・・ところでここは・・・」
「見ての通り墓地だ・・・ただしここに刺さってる墓標はただ名前が書かれているだけ・・・そこには遺体なんざありゃしねえ」
墓標はその下に遺体が埋葬されている事を示すもの・・・なのにゲイルさんはそこには遺体はないと言う
長細い板に名前が刻まれ地面に刺さっているだけ・・・それでもゲイルさんはその板に向かって手を合わせた
「・・・ここはダンジョンで死んだ者達の為に作られた場所だ。『人喰いダンジョン』での死はイコール喰われるって事になる・・・お前も10階まで行ったのなら分かるだろ?」
「・・・はい・・・」
グール、ダーエナ、マンイーター・・・そしてツチグモ・・・もし僕が殺られたら死体は残らずその魔物達に喰われていただろう。つまりここは・・・そういった冒険者達の墓標・・・
「クソッタレなダンジョンだがこの街に生まれこの街の冒険者として上手く付き合って行く事が当たり前だった・・・現に最盛期はもっと多くの冒険者がこの街に集い攻略目指して切磋琢磨してたってもんだ・・・しかし潮目が変わったのは15年前・・・俺が駆け出しの冒険者だった頃だ──────」
ゲイルさんは15歳で冒険者デビューした。その頃のカルオスの街で最も実力があるとされていたのはゲイルさんの父親、グリアさん率いるパーティーだった
タンカーのグリアさん、その兄である近接アタッカーのダズーさんの2人を固定メンバーとしカルオスにいる冒険者で組合に入っている人と共にパーティーを通じて組んでダンジョンに挑む・・・そうする事によってカルオス自体の冒険者の質はどんどん上がり『人喰いダンジョン』と言われ忌み嫌われていたダンジョンだったが冒険者の死亡率は劇的に減ったという
しかしダンジョンの攻略を進め40階に到達した時、ダンジョンでは日常的だが、カルオスの街にとっては悲劇の時が訪れる
「・・・その日は親父と師匠・・・それに組合の中でも屈指の実力者2人と共に40階を攻略しようと準備をし出掛けた・・・俺はまだ駆け出しだったからそのパーティーに加われない事を悔しがったのを今でも覚えてる・・・31階から攻略を開始して1週間・・・遂にボス部屋の前に到着すると万全を期してボスに挑んだ・・・が、生き残ったのは片腕を失った師匠のみ・・・親父達は・・・」
「・・・」
ダンジョンの日常・・・強ければ財を得るが弱ければ死ぬ・・・でもそれはカルオスという街にとっては悲劇だった・・・求心力となっていた2人の内1人が亡くなり、もう1人は片腕を失い冒険者を引退・・・2人を慕っていた冒険者達は1人・・・また1人とカルオスを去って行く
気付いた時には『人喰いダンジョン』に挑む冒険者はかなり減り、そのせいで街は最盛期の輝きを失ってしまった
前任の冒険者ギルド長は責任を取り辞任し、新たにギルド長になったのは片腕を失い冒険者を引退したダズーさんだった
「師匠は最初こそ弟・・・つまり俺の親父の死のショックで塞ぎ込んでたがしばらくして精力的に活動してな・・・今では最盛期とは言わねえがそれなりに盛り返して来てる・・・けど・・・あれから40階を越えられた者はいねえ・・・俺も含めてな」
「・・・あの・・・つかぬ事をお聞きしますが・・・どうやってダズーさんはボス部屋から出られたのですか?確かボス部屋は一度閉まれば倒すか倒されるかだったと・・・」
「・・・その場に居た訳じゃねえが聞いた話だと・・・魔物に・・・『ドラゴニュート』に逃がされた・・・らしい」
「逃がされた?」
「腹がいっぱいだったんだとよ・・・親父とその仲間達を散々食い散らかして満腹になったら『用はないから帰れ』って・・・俺ら冒険者は奴にとって自ら飛び込んで来る餌なんだよ・・・クソッタレが・・・」
仲間が・・・兄弟が目の前で喰われ立ち去れと言われたダズーさん・・・僕だったら立ち直れないかもしれない・・・ダズーさんが冒険者を引退した気持ち・・・分かる気がする
「・・・俺は最初その話を聞いた時、なんで生き残ったのが親父じゃないんだって師匠を責めた・・・けど考えてみれば当然だよな・・・親父はタンカーだ・・・誰か生き残ったとしてもそれは親父じゃねえ・・・他の誰かだ・・・だから・・・俺は師匠を責めるのではなく、俺の力で復讐してやろうと考えたのさ・・・この手で・・・ドラゴニュートをぶっ倒すって」
タンカーが生き残り他の仲間が死ぬって言うのはタンカーにとって恥ずべき事・・・僕には理解出来ないけど、タンカーにとっての矜恃なんだろうな・・・
「それで・・・ドラゴニュートに挑んだんですか?」
「挑んでたらここにはいねえよ。とっくにドラゴニュートの腹の中・・・待機部屋までは行けたんだ・・・けど、門を開け中にいるドラゴニュートを見たら怖気付いちまった・・・俺の今の実力じゃ敵わねえ・・・ってな」
《賢明ね。この人間でも届かない・・・ましてや今のドラゴニュートじゃ尚更ね》
「・・・それで僕のような外から来た冒険者をスカウトしているのですか?」
ダンコの言葉が気になったけど、今は聞く事が出来ないから無視してゲイルさんに尋ねる。するとゲイルさんは苦笑して頭を搔いた
「俺の全盛期は後数年で終わるだろう・・・それまでにドラゴニュートを倒せなきゃこの街にいる冒険者のモチベーションは下がりまた暗黒期だ・・・希望を見せてやらなきゃならねえ・・・40階の先がある事を・・・見せてやらにゃ・・・『人喰いダンジョン』はただのクソッタレなダンジョンで終わる・・・」
ダズーさんの言っていたダンジョンの成長が止まっていると言うのは誰も40階をクリア出来ないからか・・・その先がある事を誰も確認出来ないから成長が止まっていると表現した・・・で、何とかゲイルさんが現役の間に40階をクリアしないとこの先何十年も誰もクリア出来ないままとなりいずれ冒険者達は去りこの街は廃れて行く・・・それを心配して・・・
「それなら僕のような駆け出しの冒険者ではなくベテラン・・・それこそAランクパーティーに助けを求めるとかした方が確実じゃないですか?」
「・・・だよな。俺の復讐と街の今後を天秤にかけりゃそりゃあ街の方が優先だ・・・分かっちゃいるんだが・・・な」
そっか・・・Aランクパーティーなんか呼んだらドラゴニュートは倒せるかも知れないけどゲイルさんは・・・
パーティーは連携などが取れて初めて機能する。もしAランクパーティーにゲイルさんが参加させてくれと言っても断られるだろう。仮にゲイルさんの実力がAランク相当だったとしても慣れない人を加入させるデメリットを考えたら断るのが普通だ。信用信頼はもちろんのこと、どう動くかなど細かい連携は長年組んだパーティーメンバーでないと難しいだろうし・・・
「まっ、俺が諦めたら多分そうなるだろう・・・師匠もそう考えているはずだ。だから有望な奴をスカウトして俺と組ませドラゴニュートを討伐しようとしているが、それも今年いっぱいで終わりにしようと言っていた」
「?・・・なぜです?」
「言ったろ?俺の全盛期は後数年で終わるって。師匠からしたら今年が最後・・・来年になって有望な奴が現れてもそいつが育つ頃には俺の全盛期は終わっちまってると判断したのさ・・・」
「あ・・・そう・・・ですか・・・」
「だからって訳でもねえが・・・最近気が立っててな・・・有望な奴が現れねえ・・・俺の衰える日が近付いて来るってのに・・・だからお前がいじめられてたって聞いた時に腹が立っちまってな・・・弱え奴なんて必要ねえって思っちまってあんな事を・・・本当にすまねえ!」
「い、いえ!気にしてないです!・・・・・・でも僕は・・・」
「・・・ダメか?」
「その・・・」
もしここで冒険者を続けるとしたらエモーンズの兵士は辞めないといけない。それにここに来た目的はエモーンズのダンジョンの参考になればと思って来ただけ・・・ずっとここでゲイルさんと冒険者をする事は・・・
「だよな・・・急にそんな事言われても・・・」
悲しげなゲイルさん・・・僕なんかに期待してくれてたのが分かり心が痛む
けどエモーンズをずっと離れるつもりはないし・・・そうだ
「もし・・・もしですよ?僕が1年・・・いや、2年後強くなってゲイルさんとドラゴニュートを倒しに行くって言ったら・・・ゲイルさんはその提案を受けてくれますか?」
「おいおい・・・10階を踏破した実力は本物だろうけど・・・流石になあ・・・」
「僕は強くなります・・・誰よりも・・・。連携は僕がゲイルさん達に合わせますし連携なんて気にしなくても倒せるくらい強くなれば・・・」
「ちょ、ちょっと待て!その意気込みは買うがよ・・・俺もはいそうですかって待つのは・・・」
「・・・明日・・・一緒にダンジョンに行きませんか?まだ11階のゲートしか使えないですが、そこで僕の実力を見てください・・・そして、それを見てゲイルさんが僕を待つかどうか・・・決めて下さい」
「・・・自信があるんだな?」
「はい・・・まだ拙いと思いますが・・・2年後ならやれるって事をお見せします」
今の僕の実力を見て、2年後でも無理だと思われたなら仕方ない。でも、もし・・・ゲイルさんがこれなら行けると判断してくれたら・・・僕は2年間で必ずドラゴニュートを超えてみせる
《本当・・・約束が好きね》
ダンコに嫌味っぽく言われたけど僕は無視してダンジョンに共に行く事をゲイルさんと約束しその日は宿へと戻るのであった──────




