520階 天秤
「報告!十二傑の一人エメンケ様が倒されました!」
「何!?」
未だ姿を見せないシャリファ軍に備えていたアルオンの元に凶報が入る
「エメンケが?信じられない・・・あの者が人間相手に・・・」
ファミリシア代表ベニアがアルオンの隣でその報を耳にし爪を噛みながら呟いた
「人間相手に?そこ驚く事か?」
「・・・あの者はおそらく十二傑の中で対人間に特化してしているのですよ・・・マルス王子」
「あー、なるほどな。汚れ役か」
「はい。シャリファの反乱といいなかなか思うように進みませんね・・・アルオン将軍?」
ベニアは片目をつぶりアルオンに話を振るとアルオンはため息混じりに答える
「・・・お二方がここに来られたのは私を追い込む為ですか?」
「そうじゃない・・・下手を打てば取り分が減るのか気になってな」
「それは耳が痛いですね・・・シャリファの離脱がリガルデルの失態なら我が国の代表であるエメンケ殿がやられた事も我が国の失態となるのでしょうか?ささやかな取り分でしたのに減らされるのはちょっと・・・」
「ささやか?国ひとつがささやかとはファミリシア王国は強欲なんだな」
「やせ細った国ですと領土が増える分負担も増えるというもの・・・差し引いたらかなりささやかだと思いますが?お二方の取り分に比べたら、ね」
「よく言う・・・やせ細らせるか太らせるか随分前から巧みに操っていたのはどこの国だ?」
「抑止力という名の毒を各国に振り撒いていた国には敵いませんよ」
「・・・」
「・・・」
「お二方共・・・来ましたよ」
マルスとベニアが一触即発の雰囲気の中、その空気を一変させたのは戻って来た一万の大軍だった
「本当に戻って来るとは・・・五万の兵に対して一万で何が出来ると・・・なにっ!?なんで奴が・・・」
「奴?」
「・・・行方不明になってた・・・元第三騎士団団長であり十二傑の一人・・・ディーン・クジャタ・アンキネス・・・」
「『剣聖』ディーン・・・シャリファ軍の先頭に立つ、か・・・今更十二傑として勇者パーティーに参加しに来た・・・ではなさそうですね?マルス王子」
「・・・」
「シャリファが離脱したのは軍を統率する我が国の失態、十二傑でありながら有象無象にやられたエメンケ殿の責がファミリシアにあるとするならば目の前の出来事はフーリシアの管理責任・・・という事になりますね」
「となると各国ひとつずつ失態を犯した事になる・・・次に失態を犯すのはどこの国かしら、ね・・・」
「チッ・・・ディーンの事は失態と認めよう。奴は妹の配下・・・癇癪持ちの妹が拗ねて次期国王である俺に喧嘩を売っできたのだろう・・・もっと早く対策しておくべきだった」
「十二傑の一人が妹の配下?妹にそのような配下を許すなんて寛大なお兄様なのですね」
「そう言ってくれるな・・・ただ単に嫌いなんだよ・・・真面目な優等生ってやつがな」
「という事は私も嫌いって事ですか?」
「真面目な優等生が罪もない街の人間を皆殺しにするか?アルオン将軍」
「いえいえ、私は至って真面目な優等生ですよ・・・リガルデル王国にとっては・・・ですがね」
「愛国主義者は他国の事などどうでもいいって訳か・・・どうだ?リガルデル王国から我が国に鞍替えしてみる気はないか?」
「マルス王子の言葉をお借りしますと『どうでもいい国の国民になれ』と言っているのと同じだと思いますが?」
「・・・」
「フッ・・・振られました、ね。そろそろ進軍の準備をしに陣営へ戻ります・・・遅れを取って取り分を減らされたくないので、ね」
「・・・俺も戻るとするか・・・先頭で威風堂々としている奴を懲らしめないといけないからな」
「マルス王子!・・・行く前に教えて下さい。ディーンはどれくらい強いのですか?」
自陣に戻ろうとするマルスを呼び止め尋ねる
するとマルスは振り返りアルオンを見たあとディーンを見て目を細めた
「ディーンか・・・奴は『剣聖』と呼ばれているが奴にはもうひとつ呼び方がある・・・『至高の騎士』・・・我が国で最も強い騎士だ。これで満足か?」
「ええ・・・何となく分かりました。ありがとうございます」
マルスは片手を上げてアルオンの礼を受け取るとそのまま自陣に戻って行く
その姿を見届けた後、アルオンは連合軍を改めて見直した
リガルデル王国軍を中央に左翼中央寄りにフーリシア王国軍、左翼外側にアーキド王国軍、反対側右翼中央寄りにファミリシア王国軍、右翼外側にラズン王国軍がズラリと並ぶ
「壮観だな・・・ん?」
連合軍を見て感心しているとシャリファ王国軍の接近に気付いた副官が血相を変えて走り寄って来た
「アルオン将軍!御命令を!」
「そう急くな・・・先ずは左翼アーキド王国軍と右翼ラズン王国軍をゆっくりと進軍させろ。背後とまでは言わない・・・敵軍の横につかせ挟撃させるのだ。フーリシア王国軍とファミリシア王国軍は待機・・・我が軍は前に出る」
「し、しかしそれでは陣形が歪に・・・」
「構わない。たかだか相手は一万だ・・・五万全てを動かす必要もない。本当なら我が軍も前に出る必要はないのだが・・・少し興味が湧いた」
「きょ、興味・・・ですか?」
「ああ・・・フーリシアの至高の騎士・・・とやらにね──────」
「連合軍の左翼と右翼が動きました!我が軍を挟み撃ちにする模様です!」
「連合軍中央!進軍開始しました!」
全軍で迎え撃つつもりは無い・・・か
まあ五万対一万だ・・・全軍を出す必要も無いし出した方が混乱を招く可能性もあるので当たり前と言えば当たり前か
「・・・動きましたね・・・シャス殿」
「ええ・・・しかし本当に・・・」
「はい。なので心配はいりません・・・と言いたいところですが口約束なので何とも・・・ただこちらが動かなければエモーンズが火の海と化してたのは間違いないかと」
「・・・それだけは避けなくてはなりませんね・・・何としても」
あの方の仰った通りの人だな・・・羨ましい信頼関係だ
「ディーン殿?」
「あ、申し訳ありません・・・そろそろ私の旅の成果が現れる頃です・・・進軍速度を緩めましょう」
「分かりました。全軍速度を落とすぞ!悟られぬよう徐々に落としていけ!」
「はっ!」
そう・・・気付かれてはいけない
今はまだ・・・
「しかしよく気付かれましたね。参考までにどのようにして謀略に気付いたかお聞かせ願っても?」
「・・・参考にはならないと思います・・・兄妹故の気付きなので」
「兄妹・・・マルス王子の妹君であられるスウ王女様・・・でしたか?」
「はい。不憫にも産まれた時から生き残る為に必死であられました。王女という身分に甘えず必死になって生きる道を模索し持って生まれた魔法の腕前で一時期は宮廷魔術師候補にまでなられた方です。しかし宮廷魔術師にはなれず生き残る道は閉ざされたかに見えましたが・・・一筋の光を見出したのです」
「それがこの企みに気付いた事・・・ですか?」
「そうです。フーリシア王国は恥ずかしながら聖女の血筋の方達を各国への抑止力として利用していました。その抑止力もロウニール様のお陰で効果を失う事に・・・その時点でスウ王女様はマルス王子が何か企むと睨んでいました。次なる一手・・・聖女に代わる一手を」
「それがロウニール様を魔王に仕立て上げる事だったのですね」
「そうです。魔王は既にこの世にはない事を知るのはフーリシア王国の一部の民だけ・・・その知る者が僅かな情報を武器にマルス王子はある計画を打ち立てました。マルス王子が動くと踏んでいたスウ王女様はいち早くそれに気付き私を各国・・・企みに加わらないであろう三ヶ国へと派遣したのです」
「マルス王子の企みに参加しているのはフーリシア王国は当然として勇者輩出の国ファミリシア王国、そしてフーリシア王国を攻め落とせなかった事で後継者争いが激化したリガルデル王国・・・」
「はい。燻っていた火種を大火に昇華させ飲み込もうと画策している・・・シャリファ王国、ラズン王国、アーキド王国を」
「魔王を討伐する為とまんまと乗せられ軍を派遣したが最後・・・証拠隠滅をさせられた後に牙は我が国を含めた三ヶ国に向けられ・・・」
「結託した三ヶ国は労せず領土を倍近くに膨れ上がらせる・・・という訳です」
「スウ王女様は知っていた・・・マルス王子が自らの力ではなく他人の力を利用しようとする事を」
「そうです・・・知っていたからこその気付き・・・」
「それでも素晴らしい慧眼です。もしスウ王女様の気付きがなければ一体どうなっていたかと考えると・・・」
大陸は六ヶ国から三ヶ国に減っていたかもしれない・・・しかし・・・
「どうにもなってなかったかもしれませんね」
「え?いやしかし・・・」
「スウ王女様の命令を受け、各国を回っていましたがそこまで追い詰められてはいませんでした。私が失敗すれば国がいくつも滅びてしまうかもしれない・・・最初はそう思っていたのですが・・・」
「ですが?」
「私が各国の国王陛下との話し合いが失敗に終わったとしても何とかなるような気になってしまったのです・・・何せマルス王子が敵に回したのは・・・あのロウニール・ローグ・ハーベス様なのですから」
「・・・確かに・・・それもそうですね。一度敵に回してしまった私だから分かります・・・あの方は敵に回してはいけない人だ」
「ええ・・・まだロウニール様が出て来ていない理由は分かりませんが出てくればそこでこのくだらない企みは終わりを迎えるでしょう・・・それまでの辛抱です」
「ですね。その為にも・・・」
「ええ・・・耐え抜きましょう・・・どうやら動いたようです」
見るとサイドに回り込んでいたラズン王国軍がこちらではなく連合軍に向き直り声を上げた
今頃連合軍は大慌てだろう・・・味方と思っていた軍が寝返ったのだから
「これで二万対四万・・・アーキド王国は・・・」
「アーキド王国が寝返ったとしても三万対三万・・・それでは彼らは動きません」
「どちらが勝つか算段がつけば寝返る、と・・・今のままでは・・・」
「拮抗していれば動かないかもしれません・・・アーキド王国の国王陛下は強かな方でしたから・・・ですが風は吹くはずです・・・必ず・・・」
ここからは運だ
ラズン王国は二つ返事でこの局面を迎えた時に協力してくれると言ってくれた
だがアーキド王国は・・・『勝てる戦になら協力する』と言っていた
今はどちらにも傾いていない・・・つまり勝てる戦ではない状態・・・何かきっかけがあれば・・・
「・・・ちなみに女王陛下は話を持って行った時に何と?」
「・・・『我が国の者達には伝えずともよい。我が国の者がロウニールに牙を剥く事など有り得んからな。逆に事前に知ってしまえば縁演技の出来ない正直者の集まりのゆえにそちらに迷惑をかけるだろう・・・なので言う必要はない』との事です」
「・・・陛下・・・綱渡り過ぎます・・・」
「随分と太い綱のようで・・・それに現実にシャス殿達はここにいます」
「そうですが・・・ハア・・・」
「信頼されているのですね」
「その信頼に応えられて良かっ・・・どうやら風が吹きましたか?」
シャス殿視線はマルス王子率いるフーリシア王国軍に向けられていた
風が吹く・・・そして天秤が傾いた
「そのようです・・・これでアーキド王国も動くでしょう・・・さあ勝ち戦の始まりです」
何が起きたか詳細は不明だがフーリシア王国軍の中で何かが起きているの間違いない
これで均衡は・・・破れた!
「アーキド王国軍!動きます!」
「よし!我が軍の相手は三万の連合軍ではない!正面のリガルデル王国軍だけだ!行くぞ!!」
「おおっー!!」
戦争が始まる
大陸の命運を賭けた戦争が
それでも私は心のどこかで待ち望んでいる
この戦争を止める事の出来る彼の事を──────




