511階 対峙
サラが名乗った名はジーク達に衝撃を与えた
サラ・ローグ・ハーベス・・・その名はサラが魔王であるロウニール・ローグ・ハーベスの妻である事を示す
つまり魔王の妃『魔王妃』である事を
その魔王妃からの提案はラナの気持ちを汲みたいジークにとっては好都合だった
大軍で押し寄せれば人質を取られやむを得ず戦いに参加していたり操られているなど関係なく殺してしまう事になる。だがサラの提案を受ければもしかしたら人質を解放出来たり洗脳が解けるかもしれない。魔王に好きで付き従う人間などいないと考えるジークやラナにとっては可能性は大いにあると踏んでいた
しかし提案を受けて仲間達の元へ戻ったジークに突き付けられた答えは『否』。提案を受けるべきではないと主張する者がほとんどだった
「なんで!ここで相手の主要メンバーを叩けば助かる人も出て来るかもしれないのに!」
「だとしても相手の提案を受けるべきではありません。こっちに都合が良いように見せて実は何か企んでいる・・・その可能性が捨て切れない限り」
「相手の懐に入る訳でも無い・・・この場所で戦うなら罠なんて仕掛けようがないだろ?」
「そう思う事こそ相手の思うつぼですよ?ジーク殿。私達が来るのを事前に知っていたはず・・・となれば考える時間は充分あったはずです・・・私達が気付かないような罠を仕掛ける事も出来ると思われます」
「・・・だからどうした?僕は勇者だ・・・罠だとしても真っ向から粉砕してやる!」
「私はこの軍を預かる者です。我が国の兵士だけならいざ知らず他国の兵士を預かっている身なのです・・・危険を承知で兵士達を危ない目に合わせる事など出来ません」
「だから!兵士達じゃなく僕達が・・・」
「そう油断させて兵士達を狙っているとしたら?ウルティア殿の魔法を放つ時に彼らはいましたか?突然現れ魔法を防いだ・・・私にはそう見えました・・・つまり彼らは空間を瞬時に移動出来る術を持っていると考えた方が良いかと・・・私達が戦っている間に兵士達の背後に大量の魔物を送られたらどうしますか?」
「うっ・・・」
ジークは言葉を詰まらせる
先程目の当たりにした現象・・・サラ達が突然現れるのを見ているだけにアルオンの言う言葉が突き刺さる
しかし・・・
「なあ・・・提案を受けても受けなくても空間移動が出来るなら兵士が殺られるのは同じじゃね?」
会話に割り込み発言したのは十二傑の一人ダンテだった
「・・・もっと違う罠を仕掛けている可能性も否定できません。相手の提案に乗ると言うのはそのリスクが・・・」
「んなもん全員で突っ込んでも一緒だろ?それとも何か?誰一人死なないように戦争をふっかけるつもりだったのか?なら宝石箱にでもしまっとけよ・・・傷つかないようにな」
「・・・」
「ダンテ殿!アルオン殿は被害を最小限にする為に尽力しようと・・・」
「おいおいウルウル姉ちゃん・・・その被害を最小限にってやつが魔王妃ちゃんの提案を受け入れる事だって言ってるだけだぜ?それとも何か?大軍を突っ込ませてあの街の住民達を蹂躙しないといけない理由でもあるのか?」
「そんな事は・・・」
「俺はあの事件の現場にいたからよく知ってんぜ?今は姿が見えないが奴はこっちが動いた後で魔物を出して来やがった・・・逆を言えば動かなかったら出さなかったかもしれねえ・・・同じ轍を踏むのはバカのする事だろ?それに総大将のアルオンは勇者パーティーってやつじゃねえから個人戦に参加しないだろ?なら何かあっても対処出来んじゃね?」
「ですが・・・」
「あーうるせえうるせえ・・・ちょっと耳かせや」
なおも反論しようとするウルティアを制してダンテは彼女に近付くと何かを耳打ちした
するとウルティアは一瞬ダンテを睨んだ後、首を振りながら大きくため息をついた
「・・・ダンテ殿の・・・いえ、ジークの意見に賛同します」
「ウルティア殿?」
「ダンテ殿の回復魔法の凄さは周知の通りです・・・彼は『俺の意見が通らないなら癇癪起こして帰っちゃうかも』と・・・彼はパーティーに必要不可欠です・・・なので・・・」
脅しとも取れる発言だが事実もう一人のヒーラーであるラナとは比べ物にならない程の回復魔法を駆使するダンテはウルティアが言うように勇者パーティーには必要不可欠だった
その彼が離脱してしまうとサラが仕掛けているかもしれない罠にかかるより犠牲者が出るのは火を見るより明らかでありウルティアは従わざるを得ないと判断する・・・が
「抜けると脅して自分の意見を通す?なかなかの駄々っ子ぶりだなリガルデルの猛者は」
「あぁ?なんだお前は・・・どうしても大量虐殺の現場が見たいってか?バベルゥ」
「見たいね・・・それが俺の生き甲斐だからな」
「意味分かんね・・・てめえの腹かっさばいて出て来る血で満足してろよ変態野郎」
ウルティアは意見を変えたが未だサラの提案を受け入れるべきではないと判断する者はいた
意見が割れ一触即発の雰囲気の中、一人の者がその雰囲気を変える
「・・・申し訳ないが私は辞退させてもらいます」
「辞退?何を辞退するのです?今は提案を受けるか拒否するかの話を・・・」
「どちらもです。シャリファ王国の軍がエモーンズに攻め込む事もなければ私が彼らと戦う事もありません」
辞退を申し出、ウルティアの疑問に答えたのはシャリファ王国『氷盾騎士』シャス・クーデリ・アンキス
その言葉を聞き一同は提案を受けるか受けないかどころではなくなる
「シャス殿!それは何を意味するか分かっているのですか!?」
「ありえない・・・この戦いは国の存亡を・・・人類の存亡を懸けた戦い・・・それを辞退する?ありえないわ!」
「それを意味するものがどんなものか分かっているつもりですアルオン殿、ウルティア殿。しかし我が女王陛下は私の意見に賛同してくれると信じています・・・大恩あるロウニール閣下・・・それにサラ様に刃どころか足すら向けるべきではありませんので」
シャスが魔王がロウニールであると知ったのはつい先程・・・行先はエモーンズと聞いていたが目的がロウニールと知ったのはその時だった
そこに更に女王フレシアの親友であるサラをも敵とみなす勇者達・・・彼らを見てシャスは決断した
「大恩ある?なんだシャリファ王国は既に魔王の手中だったってか?」
「どう捉えていただいても構いません。女王陛下も私も仮にロウニール様自ら御自分が魔王であると口にしても刃を向けはしないでしょう」
「それが何を意味するか分かっていると言ってましたね?本当に分かっているのですか?シャリファ王国は魔王の属国とみなされ魔王討伐後制裁を受けるでしょう・・・国交断絶・・・それだけでシャリファ王国はどうなるか国にお住まいのシャス殿ならお分かりなのでは?」
「当然です。貴殿の国から国交を断絶されたら食料ガキ足りなくなり餓死者も出て来るかもしれません・・・ですがそれでもです──────」
「揉めてる・・・わね」
《この期に及んで何を揉める事があるんだ?せっかく俺達が大量虐殺しないでやるって言ってんのに・・・頭沸いてんのか勇者共は》
「ベリト・・・どうでもいいけど私達と話す時は魔力を込めないで。不快なのよその声」
《おっと・・・わりぃわりぃ王妃様」
「その王妃様もやめて・・・さてこの間に誰が誰を受け持つかおさらいでもしておきますか?」
「必要ねえよ・・・もう全員自分の受け持つ相手をロックオンして滾っているところだ・・・なあ?」
「貴方様だけでは?」
「チッ・・・執事服が戦場に似合わねえな・・・シツジ」
「お褒めの言葉ありがとうございますキース様」
「褒めてねえ!」
キースとシツジがじゃれ合う中、サラはこれから戦う事になる者達を見回した
魔族であるベリトとバフォメット、キースとシツジ、客人として滞在していたハクシ、ソニアとペギー、そしてレファレンシアに・・・
「イテテ・・・くそっ・・・油断した・・・」
先程勇者と交渉を行ったダン
その9人にサラを加えた10人が勇者パーティーに挑む
「みんなわかってる?第一に殺されず・・・第二に殺さず、よ。あくまでも目的は・・・」
「分かってるって。で、奴らはどこまで知ってんだ?」
「この計画は知られてないはずです。けど誰がいるかとロウの状況は知っているはず・・・マルスが情報を共有していたら、ですけどね」
「第一王子か・・・ジェイズの野郎も付く相手を考えろって話だな」
「ケインさんを軍団長にしたい一心でやった事・・・許されることではないけど責められませんね」
「将軍になったのにか?」
「辺境の地の将軍と軍団長じゃ重みが違うのでしょう・・・彼にとっては」
「理解出来ねえな・・・どこでもやってる事は同じだろうに・・・」
ジェイズはフーリシア王国第一王子マルスと連絡を取り合いロウニール達の情報を流していた
それはケインと共にエモーンズに赴任して来た時から続いていた。フーリシア王国宰相クルス・アード・ノシャスの指示により
内通者・・・発覚した時は激震が走ったがロウニールは常々内通者がいると仮定して動いていたのとバレても問題がない情報しかジェイズが知らされてないという事もあり特に問題にはならなかった
問題は現在ロウニールが身動き出来ないことを知られた事のみ・・・その情報が今後どう左右するか分からなかった
「情報漏洩よりもケインさんが戦えないのは痛いですね」
「部下から裏切り者を出したんだ・・・それにジェイズの他にも裏切っている奴がいるかもしれねえしな・・・それにまだ見つかってねえんだろ?ロウニールを刺した奴」
「はい・・・守りは固めてますが・・・」
「街に潜んでいるかもうとっくに逃げたか・・・まったく・・・平和な時間を返してもらいたいもんだぜ・・・なあシツジ」
「平和な時間・・・ですか?私にとっては苦痛の時間でしたが・・・」
「俺に仕えるのが苦痛だって言いたいのか?」
「自覚がないことに驚きを隠せません」
「楽しい時間だったろ?」
「苦痛以外の何物でもないありませんでした」
「てめえ・・・ん?」
キースがシツジに殴りかかろうとした時、勇者達に動きがあった
「どうやら決まったみたいですね・・・シャスさんとバウムさんが出て来ていないのは嬉しい誤算ですね」
「恩ってのは売っとくもんだな・・・これで10対10・・・面白くなりそうだ」
「楽しめる余裕があれば、ですけどね。行きましょう・・・焦らずゆっくりと、ね──────」




