510階 私の名は
「報告!エモーンズ入口付近にて武装した者達が多数待ち構えております!装備が不揃いの為正規の兵士ではなく冒険者や街の住民達と思われます!」
逃げなかった・・・か
フーリシアは街に宣戦布告したと聞いている・・・けど逃げず戦う姿勢を見せるって事はそういう事なんだろうな
「ジーク・・・街の人達もいるみたいだけど・・・」
「通告はしている・・・なのに逃げないって事は魔王の手下とみなして・・・倒すしかない」
「でも!」
「脅されたりしてる可能性もあるって言いたいんだろ?でも・・・それでもこの戦いには人類の未来が懸かっているんだ・・・怪しいと思ったら倒さないと足元をすくわれる」
「そんな・・・」
実際足元すくわれたしな
口で言えばいいのに逆さ吊りにするなんて・・・でも実際にやられないと理解出来なかったかも
あの時敵にやられていたとしたら死んでいたかもしれない。勇者は魔王を倒しす義務がある。負ける事も逃げる事も許されない使命・・・もし僕が負けたり逃げたりしたらそれは僕だけの敗北ではなく人類の敗北となる・・・それだけは避けないとダメだ
たとえ99%大丈夫だとしても1%疑わしければ罰するべき・・・それが僕の出した答えだ
「ラナさん・・・勇者ジーク殿は我らの希望・・・失敗は許されないのです。魔王がどんな手を使って来るか分からない今、ひとつの油断が命取りに・・・ですから私共がお願いしたのです・・・どうかご容赦を」
「アルオン様・・・わ、私は別に責めている訳じゃ・・・ただもし操られていたりしたら可哀想だと思って・・・」
「操られている可能性は高いですね。過去の文献にも魔王の手下が人を操り勇者を苦しめたとありますし・・・そして操られた人はもう元には戻れないとも・・・」
「そう・・・なんですね・・・」
ラナ・・・なんでアルオンの言葉は素直に聞くんだよ・・・
「ん?・・・ジーク殿・・・あれを」
アルオンは僕の抗議の視線に気付かず街を指さした
仕方なく振り向き指した方向を見ると1人の厳つい男が集団の前へと出て来た
「勇者と話がしたい!」
「・・・断る!」
「っ!クソガキィ!しゃしゃり出て来んじゃねえ!」
「話したいって言ったのはそっちだろ!」
「・・・エモーンズでは『クソガキ』は『カッコイイ』って意味だ!」
「嘘つけ!」
話がしたいだって?何を今更・・・敵意がないなら逃げるべきだったんだ・・・逃げなかったのなら・・・お前達は敵・・・話す事なんて・・・
「・・・ジーク・・・」
うっ・・・ラナ・・・そんな目で僕を見るなよ・・・僕だって本当は・・・
「ジーク殿、敵の言葉に耳を貸す必要はありません。一気に攻め魔王の首を・・・」
「・・・話すくらいならいいだろ?そんな余裕すらない奴が勇者と呼べるか?」
「ジーク!」
アイツらと話すって言っただけで喜ぶラナ・・・彼女はどうしても住民達を傷付けたくないらしい。アルオンに言われたから反発しただけだけど・・・結果オーライだな
「・・・そうですか・・・仕方ありません。ただお一人で行くのは危険です・・・奴らは何をしてくるか分かりませんので」
「護衛でも連れて行けってか?この僕を守れる人なんている?」
「身体的に守れる人はいませんが精神的には守れるかと・・・不測の事態も考慮したら・・・ウルティアさん、お願い出来ますか?」
「ええ・・・守ってみせるわ。大事な大事な勇者様ですもんね」
精神的?僕が揺さぶられるとでも?・・・まあいい・・・何の話をしたいか知らないけどやる事は決まってる・・・何を言って来ても動じること無く堂々話し合いをしてやろうじゃないか
話をしたいと言ってきた男に僕はウルティアを引き連れて歩み寄る
おかしな動きをする様子はない・・・ただ男は僕が近付くのをじっと見ていた
そして・・・
「それで?話とは?」
「せっかちな勇者だな・・・自己紹介くらいさせてくれよ・・・俺様の名前はダン・フォロー・・・エモーンズで冒険者をやっている」
「ダン・・・か。僕はジーク・・・勇者のクソガキだ」
「悪かったって・・・それでそちらさんは?」
「ウルティアよ。で?勇者に何の用?魔王の手先さん」
「ダンだ・・・用も何も俺達の街に大軍引き連れて来といてよう言うぜ・・・逆にこっちが聞きたい・・・何しに来た?まさか観光・・・って訳じゃねえよな?」
「何しに・・・勇者である僕が向かう先に何があるのかなんて決まっているだろ?」
「物分りが悪い方でね・・・はっきり言ってくれないと分かんねえんだわ」
「・・・そうなんだ・・・じゃあはっきり言ってやる・・・魔王ロウニール・ローグ・ハーベスを討伐しに来た」
とぼけてるのかそれとも何か企んでるのか・・・既に知っているはずなのに今更それを聞いて何になる?
気になるのはダンと名乗った男は僕の言葉を聞きながら仕切りに後ろを気にしているような素振りをしていた。後ろには怯えた目で僕達を見つめる人達しかいない・・・でももしかしたら・・・
「・・・監視・・・されているのか?」
「さあな・・・なあ、前哨戦って訳じゃねえけど俺と手合わせしないか?勇者ってのがどれほどのもんか確認したい」
「手合わせ・・・この状況で?」
「この状況だからこそだ」
監視されているかどうかの質問を否定も肯定もせずはぐらかして手合わせしたい?・・・一騎打ちじゃなくて手合わせ・・・つまりそれは・・・
「受けるべきじゃないわ・・・何か企んでいるはずよ」
「僕がやられるとでも?」
「そうじゃなくて・・・」
「大丈夫・・・何を企んでいようと・・・僕は負けない」
ウルティアはやめろと言うが特に怪しい気配はないし正直何を企んでいるか気になる・・・もしダンが監視されているから手合わせを申し込んだのなら何か裏があるはずだ
振り返りラナを見ると心配そうに見つめていた
彼女は僕を心配しているのではなく街の人達の心配をしているはずだ・・・彼女は優しいからな
街の人達がなぜ逃げずに街の前で僕達を待ち構えていたのか・・・その真意を知る必要がある・・・そしてもし助けられるのなら・・・
「どれくらい手加減すればいい?」
「死なない程度に頼む・・・お互い、な」
そう言うとダンは突然盾を構えて突進して来た
距離が離れている為に状況がいまいち飲み込めていない仲間達がざわめく
僕は咄嗟に背中の剣を抜き押し出して来た盾を受けると金属音が鳴り響き動揺する仲間達の声をかき消した
「頼みがある」
剣と盾で押し合いをしていると僕だけに聞こえる声でダンが呟く
「頼み?」
「魔王ロウニールは街の奥の屋敷の中にいる・・・例に漏れず6縛りの結界の中でな。俺達は従っているわけでも操られているわけでもない・・・6縛りの結界の中で大事な人が人質に取られて仕方なく従っているフリをしているだけだ」
「なるほど・・・それで手合わせってわけ?」
「ああ・・・勇者に近付けば奴らもバレると思ってるのか近付いて来ないからな・・・この距離なら会話も聞かれずに済む」
「で?頼みとは?」
「軍を退かせ少人数で街に入ってくれ。奴らも大軍で押し寄せなきゃ俺達を使おうとはしないはずだ」
「使う?」
「奴らは・・・魔王は人間が大軍を率いて来た事を知ると余興を思い付いたらしい・・・人間同士争わせるって余興をな。それで人質を取って戦わせようとしているんだ」
「街の人達と軍を?そんな事しても一瞬で終わるのに?」
「ああ・・・大軍で俺達を蹂躙させる・・・そしてネタばらしするのさ・・・『お前達が殺したのはやむを得ず従っていた普通の人間だ。その人間達を殺して満足か?』ってな」
ああなるほど・・・僕達に殺させて罪悪感を植え付けようとしているわけか・・・いい性格してるよ魔王・・・
「軍が退いたら人質は解放される?結局僕達と戦わせる気じゃ?」
「そうなったとしても大丈夫だろ?勇者なら俺達を殺さず気絶させるくらい朝飯前・・・違うか?」
そうか・・・確かに僕達ならそれが出来る・・・けど軍と戦えばそうもいかない。軍全体に街の人達を殺すなと命令しても難しいだろうし・・・
「よし!それじゃあ・・・っ!?」
「ぐあっ!」
突然横から突風が吹きせめぎ合っていたダンが吹き飛ぶ
僕がやったんじゃない・・・これは・・・
「ウルティア!」
「何を吹き込まれていたか知らないけど忘れないで・・・彼らは敵よ!」
「何を・・・彼らは・・・」
『彼らは敵じゃない!』
そう言おうとしたけど脳裏に逆さ吊りにされた記憶が浮かぶ
ダンの言葉が嘘じゃないと言い切れるか?もし嘘だったとしたら・・・僕がやられてしまったら・・・人類が・・・滅んでしまう
でも・・・本当だとしたら?
彼らは大事な人を人質に取られて無理矢理戦わされている・・・そんな人達を僕は・・・
「軍を投入しなさいジーク・・・罪はわたし達が背負うわ・・・あなたは魔王を・・・魔王だけに集中して!」
軍を?彼等の言い分を聞かず始末してしまおうと?もし話が本当だったとしても僕は直接手を下さないで済むってこと?
「ダン!!・・・おのれ・・・卑怯な!」
吹き飛んだダンに老人が駆け寄ると彼を抱き起こしながら僕とウルティアを睨んだ
違うんだ・・・僕はあなた達も救うべき人類の一部だと思っている・・・けど・・・
真偽が分からない時点で賭けとなる
真ならダン達を含んだ人類を救う事に
偽なら人類の滅亡
人の命の数を天秤にかけてはならない・・・そんなのは分かっている。けど・・・もし偽だった時の犠牲があまりにも大きい・・・大き過ぎるんだ
「・・・くっ・・・交渉には応じない・・・逃げなかったお前達が悪いんだ・・・」
僅かな隙も見せてはダメだ・・・僕は人類の・・・希望なのだから
「・・・立派な志じゃのう。少数を切り捨てるか勇者よ」
「・・・」
仕方・・・ないじゃないか
僕が答えに窮していると老人は気絶したダンをそっと地面に横たわらせ立ち上がると地面に置いていた槍を手にして僕に向けた
「沈黙か・・・まあいい。ワシの名前はヘクト・フォロー・・・ダンの祖父にしてこの街の門番じゃ・・・もし街に入りたいのならワシを倒して行くがいい!」
「・・・くっ!」
「お望みの通り倒して進むわ・・・ジークここはわたしに任せて」
ウルティアが前に出て魔法を唱えようとする
どう見てもヘクトと言う老人に対して使う魔法のレベルじゃない・・・まさかヘクトと気絶しているダン・・・更には街の前で立っている人達まで一気に片付けてしまうつもりか!?
「やめっ・・・」
「もう遅いわ!『トルネードストーム』!!」
何が遅いだ!止めようとする素振りすら見せずに!
ウルティアが持っていた杖を突き出すと風が螺旋を描きヘクト達の元に
風は彼らに近付けば近付くほど勢いを増し飲み込もうとする・・・あんなもん僕だって防ごうとしたら無傷じゃ済まない!
「に、逃げろ!!」
思わず叫んでしまったが躱せる訳もなくヘクト達は巨大な凶風に飲み飲まれ・・・・・・・・・てない?
ウルティアの放った風魔法『トルネードストーム』はヘクト達を飲み込み更には街の前にいる人達をも喰らい尽くす勢いだった・・・けど風は止まり土煙を舞わせる
ヘクト・・・もしくはダンが止めた?・・・いや・・・あれは・・・
「ご挨拶ね・・・いきなり魔法を撃ち込んで来るなんて」
「お前は・・・それに・・・」
声を発した女性には見覚えがある・・・確か魔王と一緒にいた奴だ。その女性の前にいるウルティアの魔法を受け止めた奴らはあの時の・・・
《痛え・・・結構やるぞあの人間》
《私は別に痛くないが?》
《ほとんど俺が受けたからじゃねえか!》
《出しゃばるからだろ?》
《・・・てめえ・・・》
「はいはい喧嘩しない!あの魔法使いがやろうがやるまいが関係ないでしょ?あなた達の担当は勇者・・・そこの少年よ」
《チッ・・・分かってるよ・・・覚えてろバフォメット》
《君が人間の魔法如きで痛がってた事をか?ベリト》
間違いない・・・あの山にいた魔族だ・・・ここにいたのか!それにしてもあの女性・・・まるで魔族を従えているような感じだ・・・しかもあの魔族達が僕の相手?
「まったく・・・それにしても壮観ね。人がこんなに集まるの初めて見るわ」
「お前・・・何者だ!」
「お前って・・・年上に対しての言葉遣いじゃないわね・・・まあいいわ。そんな事より勇者にひとつ提案があるの」
「提案?」
「ええ・・・あなた達だって無駄に命を散らしたくないでしょ?だから提案・・・あなたが集めた人達と私達で勝負しない?で、負けた方が退くの・・・どう?後ろの大軍を動かせば乱戦になり人はかなり死ぬけど今の提案なら人死は少なくても済む・・・まっ私達に勝つ自信がないなら断ってもらってもいいけどね」
「・・・なんでそんな事しないといけないんだ?乱戦になる?まともに戦えると思っているのか?この人数相手に」
「思っているから言ってるの。こちらには地形を変えてしまう程の魔族がいるのを忘れないでね・・・この2人が暴れれば無事じゃ済まない事くらい分かるでしょ?」
確かに山は削れ見る影もなかった・・・あの2人が暴れたら・・・
「てか魔王はどうした?お前は何者なんだよ!」
「またお前って・・・そう言えば名乗ってなかったわね・・・私の名前はサラ・・・サラ・ローグ・ハーベスよ──────」




