509階 謀略
エモーンズの屋敷は夜を迎えても眠る事はなかった
頻繁に訪れる人・・・その中で最も多く見られたのは冒険者だった
その冒険者の1人が1階のソファーに座り頭を抱えるナージに恐る恐る声を掛けるとナージは顔を上げその冒険者に振り向く
「ああ呼び掛けに応じてくれた方ですか・・・今は誰も部屋に入れない状態ですのでまた必要になったら声を掛けさせて頂きます」
「は、はい」
ナージに言われ冒険者は頭を下げ屋敷を後にした
何人の冒険者を返したか分からない・・・自分達で来て欲しいと言って呼び寄せたにも関わらず
「ナージさん・・・まだ・・・」
冒険者と入れ違いで街から戻って来たセイムがナージの姿を見て近寄って来ると2階を見上げながら声を掛ける
するとナージはセイムを見て首を振り大きくため息をついた
「頑なに入室を拒否しているようです。彼ら・・・いや彼女にとっては人間自体が敵のようで・・・」
「そんな・・・でも・・・」
「一定の効果があれば私も無視して強引にでもといきたいところですが何をやっても無駄だったので押し通す事も出来ない・・・今は任せるしかないかもしれません」
先程屋敷から出て行った冒険者はヒーラー・・・刺されたロウニールを治すべくナージ達がエモーンズにいる冒険者達に声を掛けた結果来てくれた人だった
しかし治そうにもロウニールが運び込まれた部屋には誰も入れない状態が続いておりナージは泣く泣く来てくれた冒険者達を追い返す形となっていた
「それで・・・何か有益な情報はありましたか?」
「いえ・・・症状から『呪毒』に似ているという人もいましたが如何せん聞いた事ある程度で実際にかかった人はいないようです。昔は『呪毒士』なんて呼ばれる人達もいて暗躍していたそうですが今は聞かなくなって久しいらしく・・・」
「呪いのように毒のように人間を苦しめ徐々に衰弱させ殺す『呪毒』ですか・・・確かそれなら回復魔法で一定の効果は得られると聞いていましたが・・・」
「少しも効果が見られなかったのですか?」
「・・・分かりません・・・すぐに回復魔法をかけてもらった後は傷口が塞がったりある程度の回復の兆しが見えたように思えたのですがその後締め出されてしまったので」
「じゃあ中に居るのは・・・」
「サラ様と・・・魔族の方々のみです」
「そう・・・ですか・・・」
刺されたロウニールを自室まで運び私兵の中のヒーラーに回復魔法をかけさせた。しかしナージが言ったようにある一定の効果は見られるも完治はせず数人いたヒーラーのマナはすぐに枯渇してしまった
そこでナージは冒険者に助けを求めるが事情を聞いた魔族達が部屋に入るなりサラ以外の者達を部屋の外に締め出してしまった
それからというもの部屋の外から声を掛けても無反応・・・強引に入る事も出来たが中の魔族が何をしてくるか分からない・・・なのでナージは中に入るのを諦め次なる手を模索している最中だった
「もし仮にロウニール閣下の症状が『呪毒』だったとしても回復する手段は不明のまま・・・せめて何をされたのか分かれば回復する手段も分かるかもしれないのですが・・・」
「刺された箇所の傷は癒えたけど意識が戻らない・・・更に苦しそうにしているのですよね?」
「ええ・・・私が最後に見た時はそのような感じでした。ですが症状が変わっているかもしれませんし何とも言えない状況です。魔族の方々が治して下さっているのかも知れませんし・・・」
「あんたもメルヘンな事言うのねナージ」
「ジェファーさん・・・どうでしたか?」
ナージとセイムが話しているといつの間にか外から帰って来たジェファーが会話に参加する
ナージに尋ねられたらジェファーは首を横に振るとソファーに座り天井を仰いだ
「聞いても『分からない』って返事だけ・・・セイムはどうだったの?」
「ボクの方も全然でした・・・噂に聞く『呪毒』に症状は似ている・・・それだけで他は何も・・・」
「ハア・・・やっぱり犯人を捕まえるしかないか・・・何か進展はあった?」
「何も・・・ただこの街を出ていなければ時間の問題かと・・・総動員で探してますので」
「出ていなければ、ね。出てたらそれこそお手上げじゃない・・・私ならとっとと街を出て行くけど・・・」
「犯人の思考は分かりかねますが毒の種類にもよるかと・・・致死率が高ければ目的は達成出来たと立ち去るでしょうし不安があるなら残って状況を見守るかと・・・」
「潜んでいて快復しそうならまた来るかもって事よね?まっ、来たところであの部屋に入れば瞬殺だろうけど」
「そうですね。彼らと話が出来るのなら犯人を誘い込み捕まえたいところですが・・・」
「ちょっとそれ・・・ロウニールをお取りに使うってこと?」
「そうなりますね」
「それって話が出来たとしても無理そうなんだけど・・・」
「どうでしょうか・・・説得する自信はあるのですが如何せん話が出来なければ何とも・・・」
「説得ねえ・・・サラならともかく私は出来る気しないけど・・・特にサキは・・・」
「・・・」
サラ以外の者を部屋から追い出したのはサキだった
刺されたロウニールを見て怒り狂い殺気を込めて言い放った言葉にその場にいた者達は逆らう事が出来ず部屋を出る他なかったのだ
『人間共はこの場から立ち去れ』
ジェファーはその時の事を思い出し身震いしながらロウニールがいる2階を見上げる
「味方ならこれ以上ないほど心強いのだけどね・・・どうなっちゃうんだろうこれから・・・」
「・・・分かりません・・・が、これだけは言えます。兎にも角にも閣下次第である、と。とにかく私達は治療に専念しましょう・・・手はあるはずです・・・必ず──────」
屋敷2階の自室でベッドの上に横たわるロウニール。その傍らにはサラがいて意識のないロウニールの手をずっと握っていた
部屋の中には他にサキ、ベリト、バフォメット、シュルガットがいるが誰も口を開かずただ重苦しい雰囲気の中刻一刻と時間だけが過ぎていく
そんな中、痺れを切らしたベリトが頭を掻きながら部屋から出ようとするとバフォメットがそれに反応する
「どこに行く気だ?」
「・・・ちょっとそこまで・・・」
「酒・・・か」
「い、いいだろ?別に・・・ここにいたって何も変わらないし護衛はお前らがいれば充分・・・ん?」
酒を飲みに行こうとしていたのを言い当てられしどろもどろに答えるベリトの視線がある方向を見て止まった
ロウニールの傍からずっと離れなかったサラが立ち上がったからだ
「・・・サキ・・・ひとつ頼みを聞いてくれる?」
《聞ける頼みならね》
立ち上がったサラは視線をロウニールに向けたままサキに話し掛けると壁に寄りかかっていたサキは片目を開けてそれに答える
「連れて来て欲しい人がいるの・・・」
《それは人間?だったらお断りよ》
「・・・なんで?」
《人間を信用していないからよ》
「ロウを治すのに必要だったとしても?」
《だったとしても、よ。さっき証明したばかりじゃない・・・人間は信用ならないって》
「・・・だから彼を治せる魔族を探している・・・ってこと?」
《ええそうよ。私は魔族は知っているけど人間は知らない・・・だから人間ではなく魔族に頼る・・・当然でしょ?》
「・・・」
《ちなみに誰を連れて来て欲しかったの?》
「聖女セシーヌ・・・彼女なら彼を助けられるかもしれない・・・」
《そう・・・けどその信用を裏切るかもしれない・・・サラ・・・現実を直視しなさい・・・信じた結果が今なのよ?》
「・・・」
返す言葉を見失いサラは2回目の沈黙
サラの愛する人を刺したのは紛れもなく彼女が信用していた相手・・・ケンだった
その事実がサラの口を閉ざさせる
同じくらい信用していたと思っているからこそ『セシーヌは裏切らない』とは言えなかった
まだ心の中でケンの事を信じているから・・・
何か事情があるのだろう
ただそれとロウニールを刺した事は別の話
どんな事情があるにせよやった事には変わりないし許すつもりはなかった
しかしサキのケン・・・と言うより人間に対する怒りがサラを冷静にさせる。そしてベリトとバフォメットの会話が耳に入りサラはようやく決心する
『ここにいたって何も変わらない』
その言葉はサラに向けられた訳ではないが彼女を突き動かす
「じゃあ・・・ロウをお願い」
《・・・なに?》
「治せるって確信があるんでしょ?ならあなたに任せるわ・・・あなたがセシーヌを連れて来てくれない以上私には打つ手がない・・・だから私は私のするべき事をする」
《意外ね・・・ロウの傍で泣く事しか出来ないと思っていたのに・・・一体何をするつもり?》
「彼が・・・彼がしようとしていた事よ」
サラは言うとロウニールの顔を暫く見つめ名残惜しそうな表情を浮かべた後、ガラリと表情を変え部屋から出た
寂しげな悲痛な表情はもはや見る影もなく何かを決意した表情へと変わっていた
そして2階から階段を降りると命令を出す
「ナージ急いで今から言う人達をこの屋敷に集めて」
サラの手によりエモーンズが動き出す──────
──────ファミリシア王国王城内の一室にて膝を突き合わすは同国国王エギド・レーゼン・ファミリシアと元聖者であり現在聖者の父であり勇者の父として要職に就くラージ・アン・メリア
この2人の密会は月に数度数年に渡り続いていた
「いよいよ大詰めだのう・・・ラージよ」
「はい。長いようで短かったような気がします・・・勇者が我が息子と分かった時にここまで辿り着くまで・・・」
「勇者の父ゆえの閃き・・・いや啓示とでも言うべきか・・・」
「奴らが排他的なやり方をしていたからこそひっくり返すのも容易いと気付いたまでです。まさか実行に移す前に戻れる事になるとは思いもしませんでしたが・・・」
「セーレン教だったか・・・過去の聖女を神と崇め奉る・・・だが所詮は過去・・・現在の者には敵うまい」
「はい。我がロジアク教は勇者の父である私が教主を務めております。過去の聖女がどのような奇跡を起こしたか知りませんが魔王を倒すという奇跡を起こした勇者には及ばないでしょう・・・大陸における影響力は言わずもがな・・・フーリシア王国も受け入れざるを得ますまい」
「ただ戻るのではなく教主として・・・そしてフーリシア王国にロジアク教が浸透すれば・・・」
「労せずフーリシア王国は我が手に・・・ひいてはファミリシア王国国王エギド・レーゼン・ファミリシア国王陛下の物となります」
「ふっ・・・魔王討伐後を考え動いているのはフーリシア王国やリガルデル王国だけと思ったら大間違い・・・目にものを見せてくれよう」
「それも全ては我が愚息が魔王討伐を果たしてからとなりますが・・・」
「愚息とはよく言う・・・母を奪い孤児院に押し込んでおったくせに」
「あれは・・・どこで吹聴されるか分からなかったので・・・その状況で子をちゃんと孤児院に届けるなど慈悲深いと思いませんか?」
「慈悲か・・・随分と慈悲深いものだなロジアク教は」
「ええかなり・・・何せ私がフーリシア王国に戻りロジアク教の教主の座に就いたとしてもセーレン教を追い出したりしませんから・・・共に歩みながら違う神を崇めたいと考えております」
「共に歩む?侍らせるの間違いであろう?」
「・・・聖女の中にはかなりの美人がいるとか・・・そうそうフーリシア王国の聖女は別格と聞いた事があります。そう聞いた時は殺すには惜しいと思いましたが・・・今になって暗殺が実行されずに済んで良かったと心から思っております」
「これから大陸で最も多くの教徒を持つであろう教主のセリフとは思えんな。出来ればアレはやりたくない・・・期待しているぞラージよ」
「必ずやご期待に添えましょう・・・全てはファミリシア王国の為に──────」




